SEED:Overcomers トールのトリガー/シンの選択 作:reex
CE71/2/9
それは、誰にとっても避けようにない、純粋なる遭遇戦だった。
地球の重力が生み出すデブリベルトが壁となり、味方も敵も互いの存在を感知したときには、すでに逃げ場はなかった。
ネルソン級宇宙戦艦<モンゴメリ>、ドレイク級宇宙護衛艦<バーナード><ロー>の3隻からなる第8艦隊先遣隊は、アークエンジェルの補給のためランデブーポイントへと急いでいた。
そのモンゴメリの艦橋で、スーツ姿の
「艦長、その……アークエンジェルとの通信はどうだね?」
艦長のコープマンは、飽きもせず繰り返される質問に顔をしかめた。
「アークエンジェル側はデブリベルトです。障害物が多く、リアルタイム通信を確立できません」
ため息を吐きながら続ける。
「事務次官殿が搭乗していることを含めて、こちらが向かっているという電文は送っていますから、後は我々がデブリベルトに入りランデブーポイントまで行くだけです」
官僚のトップ層であるジョージ・アルスターが宇宙へ上がってきていたのは、G兵器とアークエンジェルを、正式にオーブから受け取るためだった。
彼は一度拒絶されながらも、粘り強く交渉した結果サハク家の協力を取り付け、ヘリオポリスでの開発へつなげた。
しかしヘリオポリス崩壊で状況は一変。
ジョージにとって取引以上に問題だったのは、愛娘がヘリオポリスに疎開していたことだ。
絶望の縁に追い込まれたジョージは、しかしアルテミスから送られた乗員名簿に光明を見出した。
娘に真っ先に再会するため蛮勇を奮い、半ば強引にこの艦橋に乗り込んでいた。
早くに妻をなくしたジョージにとって、娘のフレイ以上に大事なものなどこの世になかった。
祈るように手を組み続ける。
気まずげな沈黙が満ちるブリッジに、CIC管制官の声が響いた。
「レーダーに感あり! ……デブリベルトよりローラシア級1隻の進出を確認しました! 距離700!!」
「なっ……敵の後続は?!」
「今のところ、確認できません!」
「……ということは、たまたま出くわしたか」
コープマンは思わず舌打ちする。
連合がランデブーすることを知っているのであれば、敵の数が1隻というのはありえない。
そもそも宇宙で単艦行動というのはレアケースだ。 友軍が撃破されたか、隠匿を主体として別行動を取っていたか。
会敵した以上、戦闘は必至。
しかし、先遣隊側には問題があった。
本来1隻対3隻であれば、MSを持ち出されても十分互角に戦える。
MAを直援にあてて、砲撃戦で沈めてしまえばいい。
だが、今回はアークエンジェルへの補給が任務であったため、物資を優先してMAの搭載数が少ないのだ。
脇目もふらず逃げるのも手だが、そうするとアークエンジェルが干上がる。
いくらか逡巡した後、コープマンは指示を出した。
アークエンジェルは近い、敵後背を突いてもらうのが確実だ。
「第1種戦闘配備!! 距離を保ちつつ、MAの出撃を急がせろ! アークエンジェルには、救援要請を送れ!」
一方対する
「なぜですゼルマン艦長!! 我々が出れば、あの程度の艦隊すぐに沈めてみせます!」
がなり立てるザフトの赤服、イザーク・ジュールにゼルマンが冷たい目を向ける。
「君等の実力を疑うわけではない。だが、君等が出ている最中に、この艦が沈めばどうする? 艦を失えば、MSも宇宙の藻屑だぞ」
アルテミスで見失った
ランデブーポイントを目指してデブリベルトを出た瞬間、地球連合の艦隊と遭遇してしまったのだ。
折り悪く、今のガモフには、奪取したデュエルとブリッツ、そしてヴェサリウスから移された予備機のジンが1機だけだ。
たった3機のMSの攻撃では、敵艦隊を破壊する前に砲撃戦で沈められる可能性が有る。
隊長であるクルーゼの言葉であれば否やはないが、若者の暴走に付き合うつもりはなかった。
「心配せずとも、数時間も睨み合えばクルーゼ隊長のヴェサリウスが到着する。そうすれば挟み撃ちにしてしまえばいい」
ゼルマンの判断は合理的だったが、イザークは内心で怒りをたぎらせていた。
デュエルを自機にしてから、イザークは尻でコクピットを磨いていただけだ。
戦いに出たアスランやディアッカ、追い立てられはしたが攻撃を行ったブリッツに乗るニコル・アマルフィと自分を比べ、焦燥感が募る。
「チッ、ディアッカ! ニコル! MSで待機するぞ!」
「へいへい」「わかりました」
肩を怒らせるイザークに、ディアッカとニコルは苦笑いをしながら付いていった。
そして、お互いがお互いの挟撃を狙う、奇妙な睨み合いが始まった。
デブリベルトを進むアークエンジェルには、疲れと静かな興奮が漂っていた。
アルテミスを出港してから実に10日あまり。
つい先ほどにもモンゴメリから電文が入り、友軍まであと僅か、という所まで来ていた。
(ようやく、このストレスから解放されるわ……)
艦長席に座るマリューは、目を閉じたまま天を仰ぐ。
少ないクルーをやりくりして率い、避難民とG兵器という責任を抱え、たった1隻で孤独にデブリベルトを進む。
短い休憩の時間すら、胃がキリキリと痛んで眠れない。
それがマリューの状態だった。
それでもトールたちが企てたバスターの動作試験は、良い気晴らしになった。
しかも幾度かの試験を経て、実戦投入できるレベルへと仕上がっている。
更にトールは毎日実機での射撃訓練とシミュレータに勤しんでおり、データ蓄積も進んでいる。
(G兵器と、この新OSがあれば、間違いなく地球の戦況は変わる。後もう少しよ、マリュー・ラミアス)
CICに一声掛けて飲み物を取りにブリッジを出ると、出待ちしていたらしいフレイが声を掛けてきた。
「あの、艦長。パパの船との通信って、まだでしょうか?」
フレイの表情には、期待と不安が等量に混ざっていた。
苦笑いしながら答える。
「まだ距離があるから難しいわ。大丈夫、もう少しの辛抱よ」
先ほどのモンゴメリからの電文には、わざわざジョージ・アルスターの同乗が付記してあった。
もしやと思ってフレイに確認したところ、父親だという。
(彼女を助けられて良かったわ……)
娘の危機に戦艦に飛び乗る官僚のトップ。
何やら微笑ましいものを感じながら歩みを進めようとしたマリューの耳に、
『緊急警報! モンゴメリから救難要請! ラミアス大尉とバジルール少尉は、至急ブリッジにお戻りください!』
「そんで、俺と坊主に先行しろって?」
第2種戦闘配備が通告され、慌ただしい艦内。
キラはムウ、トールと共にブリッジに呼び出されていた。
「ええ……。まだデブリの中だから、アークエンジェルは全速を出せないわ。メビウス・ゼロとエールストライクで先行してもらって、先遣隊を援護して欲しいの。アークエンジェルの直援は、バスターにお願いすることになるわ」
まだ内心の迷いを拭い切れないのか、マリューは苦しげに告げた。
キラは真っ先に反論した。
「でも! バスター……トールは初めて実戦に出るんですよ?!」
トールは果たして戦えるのか、そして友人達の乗るアークエンジェルを守ることができるのか。
いくつもの不安がない交ぜになって、声のトーンは高まる。
「ストライクだけ、ゼロだけと言うのも考えられはするわ。でも、相手が1隻というから、戦力を集中して直ぐに撃退するのが一番望ましい。……ケーニヒくんには、負担をかけることになるけど」
「でもっ!」
なおも言い募ろうとするキラを、トールが肩を抱いて引き留める。
「まぁまぁ、落ち着けよキラ。こっちにはまだ敵はいないんだ、おまえが追い払ってくれれば戦闘にもならないって。……後は、おまえの作ったOSと、俺を信じてくれよ」
優しく告げるトールに、キラは押し黙った。
アークエンジェル防衛の手順確認をする、といって残ったトールと、それに付き合わされたムウを残し、キラは一人ブリッジを出た。
音を立てて扉が開くと、なぜだかフレイが駆け寄ってくる。
「キラ! 救援に行ってくれるの?!」
「え、……うん」
キラがそう答えると、しがみつくようにして訴えてきた。
「お願い、パパを助けて……。あの戦艦に乗ってるって、さっき艦長が……。まだ、顔も見てないの」
瞳を潤ませて懇願するフレイに、思わずキラはうなずいてしまった。
「う、うん、わかった……。絶対とは言えないけど、最善を尽くすよ」
肩を抱き、「おねがい……」と涙声をこぼすフレイを優しく突き放した。
フレイに部屋に戻るよう促し、格納庫に歩を進める。
(……最善を尽くすって、言っちゃったからな)
パチンと頬を叩いて、気合いを入れた。
リニアカタパルトから、
無人の機体は、打ち出された速度そのままにアークエンジェルの先を行く。
「キラ・ヤマト、ガンダム。行きます!」
続けてエールストライクが射出された。
伸び切ったケーブルが弾けるように外れ、反動が機体を小刻みに震わせた。
そのまま僅かにスラスターを吹かすと、機体は目前のメビウスにどんどん近づいていく。
キラの指が、キーボードの上を踊った。
「近距離通信システム、コネクション確立。コンピュータ連結正常。メビウス-ストライク、リンゲージ開始」
軌道が重なる瞬間、メビウスの多目的アームがエールストライカーに噛み合う。
瞬間、電磁ロックが火花を散らし、二つの機体が一つの生命体のように呼吸を合わせた。
近距離用データリンクからメビウスのシステムを掌握し、外部から操作することでストライクの外付けブースターとする。
OS開発のために、メビウスのシステム分析を行った副産物である。
メビウスがストライクと連動して動くことにより、最大推力の向上と移動中のバッテリー・推進剤の消耗を抑えることができる。
長駆しなければならない今回の戦いには、うってつけだった。
後から発進したメビウス・ゼロがストライクに並走する。
『よう坊主。MAの加速も、悪くないだろ? ……本格的な宙間戦闘は、お前も初めてだ。ムリはしすぎるなよ』
たしかにムウの言う通り、キラも本格的な戦闘はヘリオポリス以来だ。
アルテミスでは装置防衛が目的だったから、そう機体を動かすことはなかった。
ただ、バスターとの試験や、トールのシミュレータに付き合ったことで要点はわかる。
(大事なのは、止まらないこと、囲まれないこと、そしてバッテリーだ)
特に機動力に優れるエールであれば、この3点を守りさえすればそうそうやられない。
脳裏でシミュレーションを繰り返すキラの目線に、宇宙を切り裂く砲火が映った。
ストライクがトリコロールに染まると同時、ノイズ交じりの広域チャンネルにムウの声が割り込む。
『こちらはアークエンジェルからの救援部隊。
通信する最中も、敵味方の砲火が嵐のように吹き荒れる。
ローラシア級のカタパルトから何かが射出された。
白い機影が視界を横切り、コンピュータが遅れて識別信号を返した。
図面で見た覚えのある機体……
(ヘリオポリスを襲った部隊……! こんな所にまで!)
あの崩壊の光景が蘇る。
(確かに、オーブも連合も責任がないわけじゃない。だけど……)
それでも彼らが来なければ、ヘリオポリスは平穏だった。
「あああっ!!」
ビームライフルを連射する。
躱したデュエルがこちらに気づき、弧も描かず直線的に迫る。
シルエットを一気に拡大させながら、ライフルを撃ち込んできた。
反射的にメビウスとのリンクを切る。
飛び出したMAが盾となり、眼前で爆発。
炎と破片がストライクの装甲を叩く。
ロールしながら爆炎のスクリーンを突き抜けると、戸惑いにデュエルの足が止まっている。
(いまだ……!)
肩からビームサーベルを引き抜き、斬りかかる。
瞬間、鉄杭がストライクを打ち据えた。
PS装甲がはじくが、衝撃までは殺せない。
姿勢が崩れたところに、デュエルのライフル。
キラはあわててシールドで受け止めた。
斜め上から、アルテミスでも見たブリッツが現れる。
ブリッツの持つ
援護に回られると厄介だ。
遠くでは、ジンとメビウス・ゼロが撃ち合っている。
焦りが募るが、頭の冷静な部分がつぶやく。
(他に敵MSは出てきていない……。僕がここで囮になれば)
砲撃戦は地球連合の得意分野だ、先遣隊も充分戦えるだろう。
キラは再びペダルを踏み込む。
推進剤が噴き出し、機体が火線に飛び込んでいった。
アークエンジェルがたどり着いたとき、戦場はさらに混迷を深めていた。
当初1隻だったザフトに、先遣艦隊後方から援軍の
挟み撃ちされた3隻とメビウス・ゼロ、ストライクは防衛に手一杯。
ザフトの増援に対抗するには、まずこちらも合流したいが、ローラシア級が邪魔だ。
真っ先に排除する必要がある。
戦場の焦点が新たに現れたアークエンジェルに集まる中、バスターに乗ったトールは一人デブリの影に紛れていた。
(直ぐにアークエンジェルの護衛に戻らなきゃ行けない。……チャンスは一度だけだ)
通信で状況を把握したトールは先行して出撃し、いくらか彷徨った末にこの場所に陣取った。
機体を飛ばせば、2分程度の距離。戦場とはいえ、ほんの僅かな距離だ。
だが、トールにはわかる。
この僅かな違いで、デブリの隙間からローラシア級の機関部へ射線が通る。
それは空間認識というより、愚直な訓練の成果としての経験則だった。
増援からはイージスも出てきたそうだが、ストライクに絡んでいるようだ。
対MS戦であれば、おそらくまだ
ザフトは、数値では知っていてもその威力を実感していないはずだ。
静かにコマンドを操作すると、機械的な動きで
(恨みはない。だけど……)
彼の未来に対して、今のザフトは邪魔者でしかない。
唾をのみこむと、渇いた喉がかすかに痛んだ。
覚悟は、とっくの昔にできている。
モニタ上に照準環が重なり、ロックサインが緑に変わる。
そこからわずかに修正。
「恨んでくれて良い。悪いけど……消えてくれ」
静かに引き金を引くと、巨大な光芒が宇宙を切り裂く。
熱線は一直線に走り、ローラシア級を貫いた。
瞬間、閃光と共に艦体が引き裂かれ、無音の爆炎が広がる。
炎を視界に収めながら、極限の集中が切れたトールは大きく息を吐く。
粘ついた汗が背中をなでた。
(……ミリィに、早く会いたいな)
その為にはアークエンジェルを守る必要がある。
トールはもう一度トリガーを握り直し、急いでアークエンジェルへ戻った。
メビウスストライク!(ビシッ
この展開のためにランチャーを使わなかった面もあります。
ちなみに今のOSのナチュラル対応度・完成度はストライクダガー以上、M1アストレイ以下です。