JANE DOEに花束を   作:忘旗かんばせ

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第八話

 

 0

 

 愛・ラブ・チェンソー

 

 1

 

「ばん」

 

 ピストルを象って伸ばした人差し指で、顳顬を撃ち抜くようなジェスチャー。瞬間、アキの姿は変身した。

 

 銃の悪魔——正確には、世界中に散らばった銃の悪魔の肉片のうち、ソヴィエトが保有していた二十八パーセントの顕現。マキマの裏切りによって、それに取り憑かれたアキは銃の魔人となり、そして血の魔人、パワーによって最悪の末路から救われた。

 

 その結果、いかなる奇跡か神の悪戯か。アキは自らの意思を取り戻した上で、銃の悪魔の力までをも己の支配下に置いた。すなわち、デンジやレゼのような、悪魔の力を持つ人間として——武器人間として、覚醒したのである。

 

 額からバレルが伸びる。トカレフTT-33。かつてソヴィエトにおいて最も愛された人殺しの装置。それとよく似た、漆黒のシルエット。アキの頭は異形のそれへと変化し、そしてその両腕もまた。

 

 AK-47。カラシニコフの名で知られる自動小銃。その人を殺すための姿形を、模して。

 

 かつて。アキの家族は——銃の悪魔に殺された。アキにとって、銃の悪魔はこの世の何より憎い怨敵であり、ずっと、それを殺すことを夢見て生きてきた。それだけが人生の目的で、そればかりが人生の意義だった。大国の思惑によって、銃の悪魔がその身を裂かれ、生かされ続けていることを知った後にも、それは変わらなくて——だからこそ。その力を今、自分がその身に宿していることを、喜べはしない。

 

 己の家族を奪った仇の、その憎らしい力。そんなものが、己の肉体に宿っている。掻きむしりたくなるほどの怖気が走り、吐き気がするほど虫唾が走る。

 

 だが——それでも。

 

 それでもアキは、この力と付き合っていくと決めた。

 

 この力が。

 この憎むべき力が、次の悲劇を防ぐための力になるのなら。

 

 新たなる家族を守るための力になるのなら——

 

 いいだろう。

 

 存分に、使い倒してやろうじゃないか。

 

 それが、アキの新たなる決意で、だから。

 

 銃口が、眩く火を吹く。

 音速を遥か置き去りにして放たれる弾丸に対し、前に出たのは刀の武器人間だった。刹那の見切り。人間の知覚限界を遥かに超越して飛来する弾丸に対し——居合一閃。切り裂かれ、二つになった弾丸が、両頬を掠めて後方へ流れる。人のそれを超越した、悪魔の絶技。その壮絶は言うに及ばず、しかし——一度きりでは。

 

「悪いが、今度はキンタマじゃすまねぇぞ」

 

 言葉と共に、両手の銃の形が変わる。バレルは長く、六本に。束ねる円盤と、肘から突き出るベルトリンク。かつてそれを発明した人名に由来して、それは人々に、ガトリング砲と呼ばれる機関銃だった。

 

「……お前それはずる——」

 

 言葉が言い切られるのも待たず、回転開始。フルオート、連射。

 

 マズルフラッシュは竜の吐息に似ていた。噴き上がる炎。熱と光が槍の如くに伸び上がる。秒間にして百発を超える冗談のような連射速度。〇・〇一秒に一発。雨霰なんて生ぬるい言葉ではとてもではないが追いつかない、銃弾の濁流。放たれるそれを、切り裂くことなどできようものか。河を切り裂く刀がないのと同じように、刀の武器人間は弾丸の濁流に飲み込まれ——跡形もなく、この世から消え失せる。

 

「さあ——次はどいつだ」

 

 戦端は派手に。

 残酷に冷酷に、開かれる。

 

 2

 

 天使の悪魔は呼び出した武器によって槍の武器人間を貫いた。

 クァンシの弓矢は火炎放射器の武器人間を地平の彼方へと吹き飛ばし、その背を狙った剣の武器人間は岸辺のナイフによって心臓を穿たれた。

 吉田ヒロフミは蛸の悪魔の触手によって鞭の武器人間を絡め取り、その拳によって暴行を加える。

 デンジの目には、初めから一人しか映っていなかった。

 

 ヴヴン。心臓の奥、エンジンが高鳴る。

 いつか、その高鳴りは恋の高鳴りで、今は。

 

「——マキマさぁあああああん!」

 

 その名を叫びながら、デンジは飛びかかる。回転する刃。燃え立つように、火の粉を散らす。マキマは刀を取り出した。

 

 振るわれるチェーンソーの刃。気紛れ、奇天烈、奇想天外。アトランダムに、法則などなく、出鱈目に振るわれるチェーンソーの刃を、けれどマキマは紙一重で躱わす。切り裂かれるは空。差し込まれるは刀の反撃。

 

「がっ、はァ——!!」

 

 胃を穿たれた。競り上がる血潮が、喉元を熱くする。口の端から流れ出ようとする血反吐を、けれどデンジは歯を食いしばって一度口腔に溜め、そしてマキマの目を目掛けて一気に吐き出す——が。

 

「見えてるよ」

 

 マキマは頭を逸らし、それを避ける。血の一滴が頬に掛かって——それで、終わり。

 

「お返し」

 

 引き抜かれた刃が振られ、デンジの血がデンジ自身の目を狙う。咄嗟に腕で顔を覆うが——

 

「素直すぎるね」

 

 もう一度、抜かれた刃が差し戻されて、デンジの臓腑を抉る、たまらず、デンジは背後に下がった。

 

「それが、未来の悪魔の力ってやつですか?」

 

 スターターを引き直しながら、デンジは言う。マキマは微笑んだ。

 

「流石に気付くか。まあね。ただ……私と相性がいいとは言えないけれど」

 

 ひうんひうん、と。風を切って、マキマは刀の血を払う。近接戦闘は苦手ではない。ではないが——得意でもない。

 

 マキマは刀を持ったまま、逆の手を伸ばす。人差し指の先までを、ピンと長く。それはさながら銃を模すように。

 

 そして——呟く。

 

「『怠惰』」

 

 がくり、と。デンジの体が重くなった。重力——では、ない。そう、これは——倦怠感だ。

 

 体が、だるい。もう一歩も動きたくない。まるでフルマラソンを走り切った後のように、全身が全霊で休息を欲している。今すぐにでも、布団で眠りたい。いや、そんな贅沢すらも必要ない。今ここで、全てを放り出して眠りたい——なんて、ありえない思考。何が起こった——と思うよりも前に。

 

「『色欲』」

 

 脳が——桃色に染まる。マキマのことが、ひどく魅力的に見えた。いや、今までだってそう。決して、魅力的に思わなかったわけではない。わけではないけれど、今は戦闘中で、それなのに、ああ——目が離せず。熱が、滾って。

 

「『嫉妬』」

 

 がしり、と足を掴まれる。何に? 振り返れば——己の影に。

 

「『強欲』」

 

 虚空から、現れた髑髏の手が、デンジの両腕を掴む。さながら、デンジは磔にされたような姿勢になった。

 

「『暴食』」

 

 デンジの体に——蛆が湧く。「ぐっがぁああああああああっ!!」身体中の肉を、血を、貪り食らう獰猛な蛆虫。叫ぶ口の端からも、夥しいほど白く、蠢く蛆がこぼれ落ち——そして羽化する。大量の蝿が、デンジの周りを舞い、またその卵を体に植え付ける。

 

「『憤怒』」

 

 ぼう、と。燃えるように頭が沸騰する。怒りのあまり? そんな言葉ではまるで足らない。だってそう——物理的に、血が沸騰しているのだ。熱い、熱い、熱い——体が内側から煮えたぎる地獄に、デンジは悶え苦しみ——

 

「『傲慢』」

 

 マキマの掲げた指先に、光が灯る。小さく、淡いそれは、瞬く間に膨れ上がり、極大のプリズムとなって——

 放たれる。

 

「あ——ああああああああああっ!」

 

 焼き焦がす光。それは肉体をではなく、魂をこそ苛む光だった。デンジの過去が思い出される。かつて奪った無数の命がデンジを見つめる。己の驕り高ぶりが殺した命たち。己の命こそ唯一と驕り、己の命こそ大切と高ぶり、殺し尽くした命たち。それらが一斉に、デンジの魂を責めたてて——最後には。

 

 父親の影が、見つめ。

 

「……死人が、今更湧いて出てんじゃねぇよ!!」

 

 けれど、デンジはそれを振り払う。傲慢の悪魔のその一撃を、ただ意志の力のみによって。

 

「……強くなったね、デンジくん」

 

 マキマは指を伸ばしたまま、呟く。

 

「でも」

 

 その先に——黒が。

 

「その強さは、罪だ」

 

 膨れ上がる。

 

 罪には——罰を。

 

「『大罰』」

 

 これまでの全ては、つまり前振りに過ぎない。七つの罪の悪魔たちの力により、極限まで力を増した罰の悪魔の攻撃が、本命として——放たれる。

 

 それは黒い、黒い黒い、どこまでも黒い暗黒の稲妻だった。音を超え、光の速度で、それは死神となって——直撃。デンジの体を焼き尽くす。

 

 悲鳴すらもなかった。

 

 肉体、精神、魂——その全てが芯の芯まで焼き尽くされる。黒く、黒く、焦がし、灰に——変わる寸前。

 

「……厄介な」

 

 一瞬先、見せられた未来に、マキマは舌を打つ。

 

「————ギャワッッッ!!!」

 

 大地から飛び上がる——深藍のシルエット。三対の瞳、三対の足。異形の特徴を持つ、巨大な鮫——鮫の悪魔、ビーム。

 

 彼はその巨大な口でデンジを挟むと、罰の稲妻に焼かれながらも必死に大地を泳ぎ——

 

「チェンソー様!」

 

 その牙で器用に、スターターを引く。

 ヴヴン。焼かれた体が再生し——再び、不死身のヒーローが蘇る。

 

「——でかしたぜ、ビーム」

 

 言いながら、復活したデンジは襲い来る罰の雷撃をそのチェーンソーで切り裂いた。黒き稲妻が、回転する炎の剣に退けられる。そう、それこそは、楽園を守護せし聖なる剣。罪も罰も、その剣の前ではまさしく無力。開闢以前。楽園の世界に罪はなく、また罰もない。

 

 デンジはビームに跨った。それはさながら、輝ける聖騎士も同然に。

 

「不格好だ」

 

 吐き捨てるように、マキマは言う。こんなもの、三流以下のスプラッタコメディ。滑稽、俗悪。下品で下劣。グロテスク、アンド、キッチュ。使い古された醜悪喜劇。こんなものに殺されるくらいなら、自ら死んだ方が百倍マシだと思うくらいに。

 

「ビーム」

 

 鋭く、冷たく、恐ろしく。威圧するように攻撃的に、マキマは声を放つ。

 

「私の手元に戻りなさい。これは命令です」

 

 その言葉に、ビームはびくりと身を固め——

 

「ビーム」

 

 その頬を、デンジの手が摩る。暖かな心地。どこか体の芯が、温まるような。

 

「お前のしたいようにしていいぜ」

 

 労うように、言われて。

 ビームは——

 

「チェンソー様、最高! 最高! 最高!!!」

 

 叫び、マキマに牙を向く。

 

「よっしゃァ! いくぜ、ビーム!」

「突撃! 突撃! 突撃!」

 

 空を泳ぎ、デンジを乗せたビームはマキマへと突貫する。

 

 唸りをあげるチェーンソー、そしてビーム。そう、かつてその名はマキマが与えた。ビーム——智天使(ケルビム)。それは奇しくも聖書において、回転する炎の剣と共に楽園を守護せし天使の名であり——

 

「皮肉、か」

 

 呟きながら、マキマの体はバラバラになった。

 

 3

 

 飛び散った肉片は、けれどすぐさま修復される。まるで——その死がなかったことのように。

 

「——私は」

「日本の総理大臣と契約してんだろ? 知ってるぜ」

 

 言いながら、再び、デンジはマキマの体をバラバラにする。噴き出る血飛沫、臓物、脳みそ。けれど全ては、夢のように。

 

「……ならばわかるでしょう。私を殺しても意味はないと」

 

 体を復元しながら、マキマは言う。

 

 マキマ——支配の悪魔は、日本の内閣総理大臣と契約し、その死を日本国民に押し付けている。

 マキマが死ぬたび、その代わりに日本の国民のうち誰かが死に絶え、そしてマキマは蘇るのだ。

 

「それとも、日本人が絶滅するまで私を殺してみますか?」

 

 その問いに、けれどデンジはマキマを刻みながら言う。

 

「やってもいいけど、夜寝れなくなりそうだしな。別の方法を試さしてもらうぜ」

「試す?」

「マキマさん……あんたは、俺を使って——死や飢餓、戦争を食べさせようとしてたんだろ?」

「——まさか」

「マキマさん」

 

 告解するように、デンジはマキマへ語る。

 

「俺は、あんたのことが好きだった」

 

 初めて出会った時。

 デンジにとって、マキマは間違いなく光で、きっと。

 デンジはマキマに恋をしていた。

 

「でもその好きは多分、一緒に居たい『好き』じゃないんだ」

 

 姿を見れば頬が染まり、触れ合えば胸が高鳴る。

 でも、それじゃあ。

 それじゃあずっと、隣にいられるだろうか?

 

「マキマさんは、遠い」

 

 美しく、高く、そして、遠い。

 きっと——誰も。

 その隣には立てないくらいに。

 その体を。

 抱きしめることもできないくらいに。

 だから、多分。

 デンジはマキマのそばを、選ばなかった。

 だから全ては今更で、それでも。

 それでも——

 

「これからは、一緒だよ」

 

 一生。

 その罪を、背負う。

 背負い続ける。

 

 そんな覚悟を、勝手に決めた。

 

 デンジは。

 二人の女性を、愛したのだ。

 だから——

 

「それじゃあ、マキマさん」

 

 その頭を、掴んで。

 

「——頂きます」

 

 牙を剥いて放たれるその言葉が、マキマにとって生涯最後に聞いた声になった。

 

 そういえば、いつか。

 その言葉を誰かと言い合うような毎日が、欲しかったような気がして。

 

 そんな思考を最後に、マキマの意識は、闇へ途絶えた。

 





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