Fate/You Died.   作:助兵衛

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第10話 黒野邸

 誠は窓の外を見上げ、思わず息を飲んだ。

 

 ――門。

 

 それは、家という言葉では到底足りない規模のものだった。黒塗りの門柱には重厚な紋章が刻まれ、鉄製の格子は鋭い槍のように天へ突き立っている。まるで外界を拒む壁のような威圧感がそこにはあった。

 

 黒野家。

 

 その名は、この灰原町で知らぬ者がいない。

 

 高校に入学して以来、黒野理央の存在は常に話題の中心にあった――彼女が校内に一度も姿を見せなかったにも関わらず。

 

 いいや、だからこそだ。

 

 姿を見せないからこそ、人々は噂を膨らませていった。

 

 ――黒野家は灰原町を影で取り仕切る一族だ。

 ――市長も警察署長も、顔を上げられない“地元の頂点”。

 ――有力企業の社長や政治家を多数輩出する名門中の名門。

 

 それだけではない。

 

 ――警察が介入できない領域まで手を伸ばしているらしい。

 ――莫大な資産と影響力を持ちながら、その実態はベールに包まれている。

 ――“裏社会”と繋がっている……。

 

 とはいえ、誠が知っているのは所詮“噂”ばかりだ

 

 ……しかし、それは、今日見たものと地続きの世界観だった。

 

 荒唐無稽だと思っていたはずの話が、今は妙に現実味を帯びて胸へ響く。

 

 門を潜る瞬間、誠は無意識に息を詰めた。

 

 門の内側には、外の町とはまるで別世界の空気が流れていた。広大な敷地を覆う緑は丁寧に整えられ、並木道は奥の屋敷へとまっすぐ伸びている。一本通った石畳を黒塗りの車が進み、その後ろを理央と誠が並んで歩いた。

 

 屋敷はすぐには見えない。敷地の広さが常識外れなのだと、誠は理解した。

 

 静寂。

 

 都心の高級住宅街とも違う、人工の気配が薄い静けさだった。風の音すら響きを抑えられたような、まるでこの一帯が結界で覆われているような、不自然な静けさ。

 

──本当に人が住んでいるのか。

 

 そう思った矢先、森のような並木の奥に、影が浮かび上がる。

 

 屋敷――あるいは館と呼ぶべき建造物だ。

 

 複数の屋根が重なり合う和洋折衷の巨大な邸宅。ライトアップもしていないのに、漆黒の外壁は月光を飲み込んだように存在感を放っている。圧に近い静謐。そして、威厳。

 

 誠は思わず言葉を失った。

 

「こっちよ、灰原君」

 

 小さく振り返った理央の声に、我に返る。

 

 屋敷の玄関前に着くと、ちょうど扉が内側から開いた。

 

「お、お嬢様――!」

 

 出迎えたのは黒いスーツに身を包んだ女性だった。髪をすっきりとまとめ、無駄のない立ち姿。表情は整っているが、その動きはやや慌ただしい。

 

「ご無事で……」

 

「ただいま。留守を任せていたわね」

 

 理央は簡潔に答えた。言葉は短いが、口調は柔らかい。どうやら使用人からの信頼は厚いらしい。

 

 一方、その女性――執事か侍女かは分からないが――はすぐに誠へ視線を移した。

 

「お客様でいらっしゃいますか?」

 

 表向きの丁寧さ。だが、声には探るような響きがあり、誠の服装――切り裂かれた制服や焼けた袖口をさりげなく観察している。

 

「灰原誠です。黒野さんに――」

 

「そう。灰原君は私の――」

 

 理央が普通に名前を口にした瞬間、空気が変わった。

 

 女性の顔にわずかな感情の揺れ――驚愕が浮かぶ。

 

「……灰原?」

 

 それは明らかな反応だった。

 

 女性は一瞬だけ言葉を失い、次いで素早く姿勢を正す。その動きは、さっきまでとは違う。礼儀正しい――それ以上だ。まるで、誠の正体を一瞬で把握したかのような態度の変化。

 

「――失礼いたしました。黒野家執事の一ノ瀬と申します。灰原様、ようこそお越しくださいました」

 

 声の調子が、まるで別人。

 

 さっきまで「客人」として扱っていた態度から一転、身内か、それ以上の重要人物に対するそれへ――。

 

 誠は戸惑う。

 

「え……え?」

 

だが、一ノ瀬と名乗った女性は誠の困惑などお構いなしに、深く頭を下げた。

 

 理央は微かに目を伏せる。

 

 ――灰原という名前には、何か意味がある。

 

 誠は、今さらながらそれを理解し始めていた。

 

 一ノ瀬はすぐに姿勢を正し、理央の隣に立った誠へ慇懃に道を示した。

 

「どうぞこちらへ。館の中へご案内いたします」

 

 その声音は澄んで落ち着いていたが、どこか緊張が混じっていた。彼女が誠の名前を聞いた瞬間に見せた反応――あれは決して気のせいではない。

 

 理央と共に石畳のエントランスを進み、重厚な扉をくぐる。足を踏み入れた瞬間、邸内に漂う冷たい気配が肌を撫でた。

 

 ――静かだ。

 

 深い静寂が屋敷全体を覆っている。それは単なる高級住宅の静けさではなかった。まるで、必要な音以外は存在を許されていないような――音そのものが選別されているような、不自然な静けさ。

 

 天井は高く、漆黒の大理石の床が奥へと続いている。左右には赤い絨毯の階段が伸び、壁には古い洋画や甲冑が無言の威圧を放っていた。

 

 中へ進むと、さらに数人の使用人が現れる。

 

「――お嬢様!」

 

「ご無事で何よりでございます!」

 

 皆が理央を出迎えるため急ぎ駆けつけてきた――が、誠の姿を見ると動きを止めた。

 

「……あの方は?」

 

「お連れのお客様……ですか?」

 

 探るような視線。最初の一ノ瀬と同じ反応だった。

 

 だが、一ノ瀬が小声で何かを告げる。

 

 ほんの一言、名前を耳打ちしただけだった。

 

 ――灰原。

 

 その言葉を聞いた瞬間、使用人たちの表情が一変した。さきほどまでの訝しむ色が完全に引き、緊張と敬意に取って代わる。

 

「――失礼いたしました」

 

「灰原様、どうぞこちらへ」

 

 態度は滑らかに切り替わった。作り物めいた笑顔や取り繕った敬語ではない。それは訓練によって身に刻まれた、本物の礼節と警戒――“重要人物”に対するそれだった。

 

 誠は思わず立ち止まる

 

「灰原君、気にしないで」

 

理央の小さな声に促され、誠は足を進めるしかなかった。廊下は広く、歩くたびに靴音が深く反響する。壁にかけられた絵画や古い燭台が通路を静かに見下ろし、館にはどこか“人の気配とは別の何か”が沈んでいる。

 

 しばらく進んだところで、一ノ瀬が足を止めた。

 

「こちらが、灰原様と……そちらのお連れ様にお使いいただくお部屋でございます」

 

 重厚な扉が静かに開かれる。客室と言われたそこは、もはや“部屋”という規模ではなかった。応接セットとベッド、ドレッサーがあるのは普通として――暖炉、書棚、奥には専用のバスルームまで完備されている。

 

 誠は思わず口を開けた。

 

「……これ、客室なのか?」

 

「ごめんなさい、簡易な部屋だけれど」

 

 理央は平然としている。黒野家にとっては、確かにこれが“簡易”なのだろう。

 

 そのとき、一ノ瀬が用意されたクローゼットを静かに開いた。

 

「お着替えをご用意しております」

 

 吊るされていた服を見て、誠は目を瞬かせた。

 

 ――自分の学校の制服。それも新品に見える。そしてサイズは……間違いなく俺のものだ。

 

 さらにその隣には、上質な黒を基調とした室内着、下着まで揃っている。

 

「……なんで、こんなものまで」

 

 思わず漏れた疑問。

 

 一ノ瀬は微笑を崩さずに答えた。

 

「失礼を承知で申し上げますと、灰原様の衣服は損傷しておりましたので。採寸はこちらで把握しておりますのでご安心ください」

 

「いや、採寸って……いつの間に……」

 

 誠が戸惑う横で、理央は「当然でしょ」という顔をしていた。

 

「この家に入る以上、灰原君には安全と体面を整えてもらう必要があるわ。着替えが済んだら、ダイニングまで来て。食事をしながら今後のことを話しましょう」

 

 理央は踵を返しつつ、誠へ視線を向ける。

 

「――ああ、それと。あなたのサーヴァントも同行していいわ。と言うより、今後は何があっても必ずサーヴァントを側に控えさせて」

 

 その瞬間、部屋の隅で静かに佇んでいたバーサーカーが小さく頭を垂れた。

 

「御配慮、感謝いたします」

 

 その声は丁寧で静か。しかし瞳の奥では獣の光がわずかに揺れている。

 

 一ノ瀬が会釈する。

 

「お連れ様にはそちらの付帯室をご利用いただけます。武具の手入れも必要であればお申し付けください」

 

 付帯室――つまり、この客室にはさらに“奥の部屋”があるらしい。どこまで広いんだ、この屋敷は。

 

 理央は扉の前で振り返った。

 

「準備ができたら案内を呼んで。それじゃ、ダイニングで」

 

 そう言い残し、部屋を出ていった。

 

 静寂。

 

 誠はゆっくりと息を吐く。

 

静寂。

 

 誠はゆっくりと息を吐いた。

 

「……すごい場所に来ちまったな」

 

 独り言のようにそう漏らしながら、クローゼットへ歩み寄る。乱れた制服を脱ぎ、新しいシャツに袖を通すと、生地のすべらかさと柔らかさに驚いた。

 

 

 サイズは完璧に合っている。袖丈も肩幅も、仕立てたようにぴったりだった。

 

 着替えを進めていると、背後から声が落ちた。

 

「……マスター」

 

 振り返ると、付帯室の方からバーサーカーが姿を現していた。いつもの煤けた狩人服ではなく、黒を基調とした現代風のロングコートに、黒のスキニーパンツ。そして白いシャツ。その上から細身のベストを羽織っている。

 

 ――似合いすぎている。

 

 誠はその姿に息を止めた。

 

 無骨な狩人服では隠されていたしなやかな身体のライン――鍛え抜かれた体幹、引き締まった脚、しなやかに膨らむ腕の筋肉。それらが現代の衣服によって洗練され、むしろ一層際立っている。

 

 

 背は高い。女性としては異常なほどに。モデルのような体躯でありながら、動きには野生の獣じみた静けさが宿っている。髪は整えられ、表情は穏やか――だが、その瞳だけは変わらない。赤い炎が灯るように爛々と輝き、まるで“狩り”の本能が常に覚醒しているかのようだった。

 

「服というのは不思議ですね。……纏うだけで、人は違う生き物に見える」

 

 バーサーカーは胸元を軽く整える。

 

「あー、えっと……似合ってるな」

 

 バーサーカーは一瞬キョトンと惚けた様な表情をしたが、すぐにまた取り澄ました表情に戻り微笑する。

 

「私には不要な装いですが――マスターが望むなら、従いましょう」

 

 誠は整えた襟を軽く押さえ、呼び鈴を押した。

 

 間もなく静かなノックの音が響き、ドアが開く。

 

「お待たせ致しました、灰原様。ダイニングへご案内いたします」

 

 現れたのは先ほどの一ノ瀬ではなく、若い男性の執事だった。その立ち姿もまた隙がなく、洗練されている。誠は軽く頷き、隣に立つバーサーカーを一瞥する。

 

 バーサーカーは黙って頷いた。彼女の赤い瞳は油断なく揺れ、獣じみた警戒心を失っていない。

 

広大な廊下は静謐そのものだった。壁にかけられた絵画と古い鎧、長く伸びる赤い絨毯。まるで歴史の重みがそのまま凝縮されたような空間――だが同時に、目に見えない“何か”に監視されているような気配もある。

 

「こちらでございます」

 

 重厚な扉の前で使用人が足を止めた。

 

 扉が開かれると、暖かな光が流れ出す。

 

 ――ダイニング。

 

 長いテーブル。深紅のテーブルクロス。シャンデリアの光が銀器を反射し、食卓を柔らかく照らしている。

 

 その中央、テーブルの向こう側に――黒野理央が座っていた。

 

 制服から黒のワンピースドレスに着替えており、その姿は同年代とは思えないほどの端正さと威圧を帯びている。背筋は真っ直ぐ、指先まで気品を失わない。向かって右側にはセイバーが控えていた。スーツ姿に身を包み、背筋を伸ばし直立している。その佇まいは執事のようでもあり、戦士のそれでもあった。

 

 理央がゆっくりと視線を上げる。

 

「いらっしゃい、灰原君。席について」

 

 誠はわずかに緊張しながら頷き、席に向かう。

 

 バーサーカーも後ろに控え、理央とセイバーを観察するように目を細めた。

 

 使用人が席まで案内すると、理央は軽く手を挙げた。

 

「――下がっていいわ」

 

 その言葉と同時に、扉の内側に控えていた使用人たちが一斉に頭を下げ、静かに退出していく。

 

 やがて扉が閉じられ――音が消えた。

 

 残されたのは誠とバーサーカー、そして理央とセイバー。

 

 静かな食堂は、一気に別の空気へと変わっていた。

 

 理央がグラスの水に軽く口をつけ、静かに言う。

 

「……さて。ようやく落ち着いて話ができるわね」

 

 その微笑は美しいが――どこか、冷たい。

 

 誠は知らず、背筋を正していた。

 

 理央はグラスを置き、指先を静かに組む。その瞳には曇りのない冷徹な光が宿っていた。

 

「灰原君。まずは――この“灰原聖杯戦争”について、黒野家としての立場を伝えておくわ。

私個人としては、あなたを全面的にサポートすると決めたわ」

 

 誠は一瞬息を止めた。理央は続ける。

 

「この儀式では、基本的にマスターとサーヴァントは孤立無援。協力も同盟も自己責任――それが原則。でも、あなたには例外的に黒野家の庇護を与える。情報、人員、物資、隠れ家――用意できるものは全て提供する」

 

「なぜ俺をそこまで?」

 

 理央は答えなかった。答えない代わりに――静かに、言葉を選んで告げた。

 

「それが――黒野本家の決定だから」

 

 その瞬間、誠は悟った。この聖杯戦争において、自分が想像以上に“特別な立場”に置かれていることを。

 

 少し沈黙が落ちてから――誠は問う。

 

「……なあ、聞いてもいいかな」

 

「何かしら」

 

「この戦いはリタイアはできないのかな、黒野が言ってたみたいに、街から出たりとか」

 

 理央は僅かに黙った。表情は変わらないが、瞳だけが誠を見据えたまま細められる。その沈黙は――言葉を選んでいる沈黙だった。

 

 そして、きっぱりと答えた。

 

「――できるわ」

 

 その言葉に誠は少し安堵し――

 

 だがすぐに、続く言葉が胸を凍らせた。

 

「ただし――灰原君はできない」

 

「……な、なんで?」

 

 理央は誠を真っ直ぐ見た。

 

「通常この儀式を離脱するには、サーヴァントとの契約を破棄し、令呪を誰かに譲渡すればいい。あとは監督官──今回は黒野本家が投降したマスターを保護する事になっているわ」

 

 理央は言葉を区切り、硬い声音で告げる。

 

「でも、灰原君は出来ない」

 

ダイニングの空気が重く沈む。誠は思わず言葉を失った。

 

「……それって、どういう意味なんだよ」

 

 令呪を譲渡する。それはルールに従い聖杯戦争から離脱するための、最も一般的な方法――のはずだった。

 

 だが理央は迷いなく言い切った。

 

「灰原君は――令呪を譲渡できない」

 

 誠は反射的に左手首を見る。そこに浮かぶ歪な紋章――令呪。それが皮膚の奥に食い込むように重く感じられた。

 

「は? でも、さっき自分で言ったじゃないか。“通常は令呪を誰かに渡せばいい”って。だったら俺も――」

 

「灰原君は例外よ」

 

 理央の声には、わずかな怒気にも似た響きがあった。それは誠を咎めているわけではない。むしろ――『それ以上は踏み込ませたくない』という拒絶の色だった。

 

「なんでだよ。理由を言ってくれ。どうして俺だけ――」

 

「言えない」

 

 はっきりと。短く。けれど強く。

 

 言い方は冷たいが、その目は誠から逃げてはいない。真正面から射抜くような視線。それは“はぐらかし”とは違った。

 

 ――これは、言いたくても言えない情報。

 

 誠の胸にそんな確信が生まれる。

 

「灰原君が望む答えは簡単に出せるものじゃない。それに――今はまだ、あなた自身がそれを聞くべき段階にない」

 

「ふざけるなよ……俺は、自分の命が懸かってる話をしてるんだ!」

 

「分かってる。だから私は最初から言っているわ」

 

 理央はまっすぐ告げた。

 

「私はあなたをサポートする。あなたを裏切らない。あなたを切り捨てない。そして――必ず生き残らせる」

 

 静かに。だが、その言葉は重かった。

 

 ただの慰めではない。宣言。覚悟。命令にも近い意志。

 

 黒野理央という少女が、どれだけ自己を律し、どれだけの責任を背負っているのか――その一端が垣間見えるような言葉だった。

 

 だが――誠には、まだ受け止めきれない。

 

「でも……俺は、普通のただの――」

 

「いいえ。違うわ」

 

 理央は強く遮った。その表情には珍しく、感情の影が宿っている。

 

「灰原君、あなたに関しては一つだけはっきり言えることがある」

 

「な、なんだよ……」

 

「――あなたは絶対に令呪を譲渡してはいけない」

 

 誠は息を止めた。

 

「それだけは、絶対にしてはならない。もし誰かが令呪の移譲を提案しても、どんな状況になっても、それだけは受け入れてはダメ」

 

「それは……どうしてだよ」

 

 そして、またしても理央は――静かに、しかし揺るぎなく告げる。

 

「理由は言えない」

 

 誠は拳を握った。理不尽だ。あまりに不透明だ。理央を信じたい自分と、理解できずに反発する自分がぶつかる。

 

「……じゃあ信じろって言うのかよ!? 何も教えないまま、お前は俺に“はいそうですか”って従えって、そう言うのかよ!」

 

 真正面から理央を睨む。

 

 理央はわずかに瞳を伏せたが――そのまま席を立った。

 

 そして、セイバーの前まで歩き――静かに言った。

 

「――セイバー。あなたの真名を含めた全情報を、灰原君に開示して」

 

 理央の言葉に、セイバーは静かに頷いた。

 

「――かしこまりました。マスター」

 

 彼は席から一歩前へ進み、誠の方へと向き直る。その背筋は軍人のように伸び、まっすぐに立つ姿はひとりの戦士としての威厳に満ちていた。

 

 冷たい空気の中、その声だけが火のような熱を帯びて響く。

 

「セイバー・クラス。真名は――火の無い灰」

 

 短い宣言。だがその一言は、強烈な実感を伴って誠の胸を打った。

 

 バーサーカーが低く息を吐き、静かに補足する。

 

「――真名開示。英霊にとって最大の弱点を晒す行為。これを軽々しく行うサーヴァントはいません」

 

 彼女の赤い獣眼が理央とセイバーを見据える。

 

「神話や伝承で語られる英雄には、その存在と同じほどに有名な“弱点”が必ずあるものです。たとえばアキレウス――英雄中の英雄は不死身とされましたが、その踵には唯一、不死ではない生身がありました。英雄の名を知るとは、それら特性の全てを知ることでもあるのです」

 

 誠は飲み込むように息を吸った。

 

 ――つまり今、この瞬間。

 

 理央は――いや黒野家は、誠に対し取り返しのつかない“信用”を示したということだ。

 

 セイバーは再び言葉を続ける。

 

「我が来歴は――語るに難い。なぜなら私は、この世界の神話や物語にも記録されていない存在だからです。私は“世界の火が消えかけた果て”に生きた不死者。幾度倒れようとも立ち上がり、灰の身を引きずりながら戦場を進む不死者」

 

 その言葉には荘厳な響きがあった。古い墓標の並ぶ荒野に吹く風のような孤独――そして、決して折れぬ意志。

 

「私は火を継ぎました。“火の無い灰”。正史には存在しない、もしもの可能性の一つ」

 

 理央が静かに続ける。

 

「セイバーはおそらく、並行世界、あるいは異聞帯と呼ばれる“もしも”の世界で生まれた英雄。私たちの知る歴史には存在しないけれど、確かに“どこかの世界”では実在した人物」

 

「……そんなことが……」

 

 誠は呟くように言った。

 

 セイバーはただ静かに告げる。

 

「武器についても開示します」

 

 そう言い、彼は右手を軽く掲げた。

 

 次の瞬間――灰が舞い、そこに鋼鉄の直剣が現れる。

 

「宝具の一つ――《灰の遺剣》。かつて私が幾度も死に、それでも積み上げた旅路が宝具として実体化した武器。構えに応じて形状も性質も変化する武装です。セイバーというクラスで召喚された為、扱えるのは剣と、盾のみですが」

 

 誠は息を詰める。

 

 理央も続けるように言った。

 

「そして――もう一つ」

 

 セイバーは胸元に手を当てた。

 

「……我が身には、未だ燃え続ける――“世界の火”の残滓が宿っています」

 

 彼の身体から、薄く炎が溢れた。それは熱を持ちながらも周囲を燃やさず、暖かな光を纏って揺れる。

 

「これこそがもう一つの宝具。“火”という概念を内包した力――名はまだ明かせませんが、時が来れば使うことになるでしょう」

 

 バーサーカーでさえ目を細める。

 

「……確かに、このような情報を第三者へ開示するなど――正気の沙汰ではありませんね」

 

 理央は頷く。

 

「だからこそ私は言ったの。私はあなたを裏切らない」

 

 誠は言葉を失った。

 

 ここまでされたら――信じるしかない。

 

 理央は誠を見据え、まっすぐに告げた。

 

「もう一度言うわ。信じなさい、灰原君。――私はあなたを必ず守る」




真名:火の無い灰
クラス:セイバー
性別:男性
身長・体重:178cm・78kg
属性:秩序・善

筋力:B 耐久:A 敏捷:B
魔力:C 幸運:D 宝具:A+

クラススキル
対魔力:B
三節以下の詠唱による魔術を無効化。大魔術・大禁呪級は防げない。

騎乗:C
正しい調教、調整がなされたものであれば万全に乗りこなせ、野獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。

単独行動:A
マスター不在でも長期間現界可能。
死線を何度も越えた「不死者」の霊格がこれを可能にしている。

不死者:A
幾度でも立ち上がる執念としぶとさの象徴。致命傷を受けても一定時間で復活する。
霊核破壊や概念殺し以外では完全に消滅しない。

修羅の戦技:A
多様な武器・戦技を瞬時に使い分ける総合戦闘技術。
戦場適応能力に優れ、対複数・対大型・対英霊戦のすべてに対応する。
セイバーとして召喚された為、サーヴァント時は剣にのみ適用される。

火継ぎの意志:B+
精神汚染・恐怖・洗脳・支配に対する強い耐性。
世界の終焉すら受け入れた意志は常に精神を一定に保つ。

宝具

『灰の遺剣』
ランク:B〜A 種別:対人宝具/概念武装
レンジ:1〜30 最大捕捉:50人

かつて火の無い灰が歩んだ旅路の結晶。
積み重ねた戦いの歴史が武器として顕現したものであり、「構え(戦技)」によって形状と性能が変化する可変型宝具。
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