灰が風に流され、校舎裏の空気は静寂を取り戻していた。だが、その静けさは決して安らぎではなかった。異様な気配──校舎全体に染み込んだ不穏な魔力は、依然として残っている。
理央は息を整えながら制服の袖口を掴んだ。表情は凛として揺らがない──ように見える。しかし、誠にはわかった。ほんのわずかに、その手が震えている。
「……行くわよ、キャスターを探す」
理央は歩き出す。疲労を感じさせぬ声音──だが、魔力消耗は明らかに無視できるレベルではない。セイバーに宝具を発動させた反動だ。
「黒野、本当に大丈夫なのか?」
誠が迷いながらも声を掛けると、理央は一瞬だけ歩みを止めた。
「問題ないわ。慣れている」
誠は言葉を詰まらせた。「慣れている」という言葉の意味が重く響く。魔術師として命を張る世界に生きる者の、それはあまりに静かな覚悟の表れだった。
そこへ紗月が割り込むように歩み寄る。
「結界の範囲は……学園全体だね。中心は恐らく校舎内。かなり広範囲に術式を展開してる。これだけの大規模な魔術の効果が、使い魔を呼び出すだけとは考えにくい。油断せずに行こう」
理央は頷き、セイバーへ短く命じる。
「敵の魔力を探知できる?」
「不確定要素が多い魔術式ですが、微かに“匂い”は残っています。──付いてきてください」
四人は校舎の通用口から中へ入る。
そして──その異変はすぐに理解できた。
廊下の中央に、教師が倒れていた。
まるで眠っているように──しかし、ピクリとも動かない。
「……先生!?」誠が駆け寄ろうとするのを、理央が制した。
「触らないで。魔術的な影響下にある可能性が高いわ」
視線を前へ移すと──さらに戦慄が広がる。
曲がり角の先、別の生徒三人が廊下に倒れている。
保健室前のベンチにも──二人。
廊下だけではない。教室の扉越しにも──机に突っ伏したまま意識を失ったクラスメイトたちの姿が見える。
静寂。人がいるのに動かない──異様な静けさ。
誠は喉が張り付くような乾きを覚えた。
「な、なんだよこれ……全員、死んでるのか……?」
言葉を発した瞬間──理央の冷たい声が響いた。
「死んでいない。少なくとも、呼吸反応はある」
だが、その表情は硬い。
彼女はわずかに視線を伏せ──呟く。
「……最悪ね。はじめからおかしいと思っていたの。“堂々と目撃者を出している”──それがまず、ありえない」
理央は廊下へ視線を向けた。
「でも違った。キャスターは──目撃者を、“消していっている”」
紗月の表情が一変した。
「……この学園の人間を、皆殺しにするつもりってわけ?」
理央は静かに頷く。
「隠蔽の手間を省くために──目撃者ごと全部、ね」
「頭おかしいだろそんなの……!」
誠の叫びに、紗月が低く言う。
「頭がおかしい“だけ”ならまだマシ。これは──計画的だよ」
セイバーが前を向き、低く告げた。
「進みましょう、この魔術は今も“進行中”です。時間をかければ──全生徒・職員の命が危険に晒されます」
理央が振り返り、誠の目を見る。
「灰原君、行ける?」
誠は迷わなかった。
「行く。こんなやり方、絶対許さない」
その答えに、理央はほんのわずかに微笑んだ。
理央は前を向き歩を進めかけたが、ふと何かに気付いたように動きを止めた。
「……待って」
その声には険があった。誠と紗月も振り返る。
「どうした、黒野?」
理央は周囲を見渡し、眉をわずかに寄せる。
「──バーサーカーはどこ?」
その言葉に誠ははっとした。確かに、ここまでの戦闘でセイバーは常に理央の傍に現れていた。しかし、自分のサーヴァント──バーサーカーは現れていない。
「あれ、そう言えば……」
誠は思わず声を荒げたが、それに答える声はない。
だが──誠は気づいた。
最初から、バーサーカーが一度も姿を見せていない。
危険な状況が続いているにも関わらず、マスターを守るべきサーヴァントが一切現れない──これは異常だ。
理央がゆっくりと誠へ向き直った。
「灰原君──今すぐバーサーカーを呼びなさい。霊体化を解除させるわ」
「え、でも──」
「これは命令よ。──この状況でマスターが無防備でいるなんて、ありえない」
誠は小さく息を呑んだ。理央の声音は冷ややか──しかしそこには、焦りにも似た緊迫があった。
「令呪を使う必要はないわ。ただ呼びなさい。ここは危険すぎる。──普通のサーヴァントなら、とっくにマスターを守って前に出ている」
言外に含まれた指摘──“それをしていないバーサーカーは異常だ”という判断。
誠は唇を噛んだ。
「──わかった」
誠は短く息を吸い、言葉を放つ。
「出てこい、バーサーカー──霊体化を解除しろ!」
静寂──何も起きない。
一拍、二拍。
その後──まるで闇が形を持つように、彼女は姿を現した。
薄靄のような黒い粒子が集まり、長身の影となり──やがて人の輪郭を帯びる。
煤けた中世の狩人服。銀髪は光を吸うように静かで、瞳は獣じみた深い赤でわずかに揺らいでいた。
女狩人──バーサーカー。
その立ち姿はあくまで美しい。静謐で、研ぎ澄まされた刃のように。しかし──かすかに、理性を軋ませる狂気がそこにあった
「お呼びでしょうか──マスター」
丁寧な声音。深い敬意を込めた所作で誠へと一礼する。
しかし理央が一歩前に出た。
「バーサーカー。あなたは──なぜマスターを守る行動を取っていなかったの?」
その問いはまっすぐだ。誤魔化す余地を許さない、鋭い魔術師の問詰め。
だが──バーサーカーは微笑した。
わずかな皮肉を滲ませたような、美しい笑み。
「──指示がございませんでしたので」
あまりにも平然とした答えだった。
誠は目を見開いた。
「指示……? いや、でもマスターを守るのって──!」
「必要があれば動きます。ですが──私は“命じられた時だけ”動く。それが、私の在り方ですので」
誠にはその言葉が、どこか空虚に響いた。忠誠でも従順でもない──ただ機械のように“命令に従う”というだけの、異質な意思。
理央の表情が陰る。
「……バーサーカー。あなた、自律判断能力が欠けているの?」
「いえ──」
バーサーカーはゆっくりと銀髪を揺らし、静かに誠へ向き直る。
「私はただ、マスターの望みを正確に果たしたいだけです」
その目は、赤い深淵だった。
感情を持たない冷却された機械ではなく──人では理解できない異質な“執着”を抱いた獣のような。
理央は短く息を吐いた。
「……わかった。灰原君──以後、戦闘時は彼女にも必ず指示を出して」
「あ、ああ……」
理央は小さく肩を揺らした。ため息──というには冷えすぎた息が漏れた。
「はっきり言って、扱いづらいサーヴァントね」
その声音は刺すように鋭い。だがバーサーカーはまるで気にした様子もなく、静かに誠の背後へと控える。その姿は護衛というより──影。何かを待つ獣にも見える。
苛立ちを隠そうともせず、理央が続ける。
「とにかく──これで戦力は揃った。キャスターを見つけ次第、情報を引き出して──」
言い終える前に──
──ゴン……
低く、鈍い金属音が、廊下の先から響いた。
全員が同時に顔を上げる。
遠く、淡い照明の揺れる廊下の奥──影があった。
大きい。
異様に、歪に──。
灯りの届かない暗がりの中、ゆっくりと“それ”は姿を現した。
──カン……カン……ギィ……ズズ……
引きずられる鉄塊の音。乾いた足音。
そこに現れたのは──
≪かぼちゃ頭≫だった。
先ほどセイバーが焼き尽くしたはずの、あの異形。だがこれは別個体──胸の装甲の傷跡も、焼け焦げもない。
歪んだ鉄製のかぼちゃ兜。呼吸のたびに、ひゅうひゅうと嫌な音が漏れる。
その手には、再び巨大なハンマー。
理央は冷静に言った。
「……やっぱり。さっきのあれは“使い捨ての尖兵”の一体に過ぎないということね」
理央はセイバーに目をやるが──その視線はすぐに背後の誠へと向けられた。
「灰原君──バーサーカーに戦わせなさい」
「えっ」
誠は一瞬遅れて息を飲んだ。
「せ、セイバーじゃなくて……?」
「良い機会だわ。バーサーカーの戦闘能力を把握しておきたい。共闘する以上、戦力の全貌を知っておく必要がある」
言い切る理央。その黒い瞳は微塵も揺れていない。
「それに──さっきの戦闘で、セイバーには負担をかけたから」
わずかに言葉を濁しながらも、理央の判断は揺るぎない。
誠は振り返る──バーサーカーの赤い瞳が、息を潜めるように、静かに彼を見ていた。
命令を待っている。
ただそれだけの──異様な静けさ。
「……わかった」
誠はバーサーカーを見た。セイバーのような圧倒的剣技と宝具による制圧──それを期待したわけではない。だが、目の前の怪物相手に、どう戦うというのか。
誠は問う。
「バーサーカー、えっと、君はどうやって戦うんだ?」
静寂。
バーサーカーは首をかしげるようにして、ほんのわずかに柔らかく微笑んだ。
「そうですね──」
次の瞬間。
がしゃり、と。
虚空に手を伸ばし──その手は、何もない空間から“獲物”を引きずり出した。
──それは剣でも槍でもない。
巨大な鋸刃だった。
獣皮の柄に固定された、血と錆で汚れた巨大な刃。片手剣ほどの長さだが、その形状はあまりに異質。刃渡りの表面には肉を裂くための歯が刻まれ、使い古されたそれは武器というより、屠殺用の道具だった。
理央が目を細める。
「……鋸?」
バーサーカーはもう片方の手を、再び虚空へ差し入れる。
そして──
金属を擦る音とともに、小ぶりな中世式の短銃を取り出した。黒く煤けた鉄の質感。前装式の単発銃──古びた狩人の銃。
誠は思わず息を呑む
「……なんだそれ、武器か? 宝具なのか?」
──だが。
バーサーカーは柔らかく微笑し、静かに首を振った。
「いえ、違います。これは宝具ではありません。これは──」
薄く、静かな声。
だが、そこには人間ではない狩人の殺意が宿っていた。
「ただの道具です。“狩り”に必要な、ほんの最低限のもの」
彼女は右手の鋸鉈(のこなた)を肩に担ぎ、左手の短銃をゆるやかに構えた。
ぎり、と金属の軋む音がした。
──笑っていた。
その目の奥、紅い獣の瞳だけが。
「命じてください、マスター」
ゆっくりと、バーサーカーは歩き出す。
その先──かぼちゃ頭の異形が、鉄を引きずりながら近づいてくる。
誠は小さく息を呑んで命じた。
「──行け。バーサーカー、あいつを倒せ!」
銀髪の狩人が足を止め、恭しく頭を垂れた。
「仰せのままに、マスター」
バーサーカーは静かに一歩、前へと進んだ。
その動きは滑らかで──音がない。
荒々しく吠えるでも、気迫を放つでもない。彼女には、セイバーのような威圧感や英雄性は存在しなかった。ただ淡々と、“殺すためだけ”の動き。
かぼちゃ頭が吠える。
「ア”ァ”ア”ア”ア”ア”──!!」
巨腕が振りかぶられる。地面を割り砕きながら、巨大なハンマーが一直線に叩きつけられる──!
だが。
バーサーカーは飛び込んだ。
普通は避ける。回避する。距離を取る。──だが彼女は、正面から、殺到するように踏み込んだ。
「なッ──!?」
誠は息を飲む。セイバーの洗練された剣戟とは異なる。バーサーカーの戦闘は──あまりにも自殺的だった。
ハンマーが迫る──バーサーカーの身体が裂かれる──そう見えた。
しかし。
しゃがみ込みと同時に滑り込む一歩。
バーサーカーの身体が──地を滑るようにハンマーの下へ潜り込んだ。
轟音。ハンマーが床を砕く。
バーサーカーはハンマーが地面に沈むその隙を逃さなかった。
「──ッ!」
鋸鉈が、引き裂く。
剣のように“斬る”のではない。
肉を噛みちぎり、骨を抉り、削ぐ。
ズシャアアアアアッッ!!!
かぼちゃ頭の右腕装甲が、紙のように裂かれた。
赤黒い肉片が、廊下へ散る。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”──!!」
苦痛か、喜悦か──判別不能の咆哮。
バーサーカーは止まらない。むしろ──狩りの感覚を取り戻したかのように動きが鋭さを増していく。
かぼちゃ頭がハンマーを振り回す。壁が砕け、瓦礫が飛び散る。
しかしバーサーカーはそれを──
正面から走りながら回避した。
退かない。
止まらない。
距離を取らない。
死地に踏み込みながら、ギリギリの軌道でかわし続け──
「はは……はは! はははァ!」
肉を裂く。裂く。裂く。
鋸が笑うように悲鳴を上げ、装甲の隙間からどす黒い体液が吹き出す。
その戦いは剣戟でも格闘でもなく──
まるで巨大な獣に素手の刃物で食らいつく猟犬の戦闘だった。
理央が目を細める。
「……戦闘スタイルは完全な接近戦型。危険察知は異常に高いけれど──」
紗月も息を呑む。
「……あれは、人間の戦い方じゃない……」
誠は言葉を失っていた。
セイバーとは違う。
守りも、見栄えも、騎士道もない。
──これは。
命を刈り取る狩人の戦い。
バーサーカーは血飛沫の中、ふと振り返った。
微笑んでいた。
その顔は美しいはずなのに──
ぞっとするほど、狂っていた。
「ア”ア”ア”ア”アアアアアアアア──ッ!!」
鋸鉈で四肢を裂かれながらも、かぼちゃ頭の異形は止まらない。むしろ痛覚の代わりに狂気を燃料にしているかのように、暴力は増幅していく。
──ズドォン!!!
ハンマーを投げ捨て、代わりにこちらへ突進してきた。
正面から。迷いも技も無い。ただ脳を打ち砕こうという殺意だけを燃やし──
巨大な鉄の「かぼちゃ頭」で──頭突き。
「──避けろバーサーカー!!」
誠が叫んだ。しかし。
バーサーカーは──避けなかった。
代わりに、左手の短銃が火を噴く。
──パンッ。
一発の銃声。
だがその音は乾いて低い。弾丸の質量が足りない。威力も軽い。一見すれば、巨躯に通じる威力とは到底思えない貧弱な射撃──
しかし。
かぼちゃ頭の動きが止まった。
硬直。
たった一瞬。しかし、致命に十分すぎる間合い。
「……今の、何だ?」
誠が呟くと、バーサーカーは静かに答えた。
「……弾丸は銀から作られております。獣狩りにはこれが良い」
その声は淡々としていた。込められた殺意とは正反対に。
バーサーカーは鋸鉈を投げ捨てる。
「──お、おい、何を──」
誠の声が届く前に。
バーサーカーはかぼちゃ頭に肉薄し──
その腹部に、素手で腕を突き刺した。
ブチュッ!!!
湿った肉が破れる音。腕が臓腑をかき分けながら沈んでいく。
掴んだ。握った。
内側から、何かを引きちぎる。
「────アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
かぼちゃ頭は狂ったようにのたうった。腹から、どす黒い血と臓物が大量に溢れ出る。
バーサーカーの右腕が、異形の腹を内側から破って突き抜けた。
手には──どす黒く溶けかけた内臓。
それを、床へと叩きつけながら。
「え、えぐ……」
誠は言葉を失い、吐き気を堪える。セイバーのような荘厳な戦いはそこにはない──あるのは屠殺。
バーサーカーは胸の内側を探るようにして──さらに腕を深くねじ込む。
ぐちゅ……ぐちゅり……
血と内臓をかき回す音。
「やめ……それは戦いじゃない……ただの──!!」
しかし、彼女は静かに微笑んだだけだった。
「これは“戦い”ではありませんよ、マスター」
赤い瞳が嗤う。
「──“狩り”です」
べきっ、と音を立てて何かが引き抜かれた。
臓器──魔力炉に近い何か。尖兵を動かす核となる肉塊。
生命活動を司る“心臓”に等しいそれを──
バーサーカーは、握り潰した。
ぶしゅう、と血が噴き出す。
その刹那、かぼちゃ頭の巨体は膝から崩れ落ち──沈黙した。
乾きゆく血の匂い。まだ温かい臓物の蒸気。
バーサーカーは返り血を浴びながら、誠の前へ静かに振り返る。
「お気に召しましたか? マスター」
それは丁寧な報告だった。
けれど、その姿は──背筋が凍るほど狂気的だった。
真名:女狩人(ハンター)
クラス:バーサーカー
性別:女性
身長・体重:178cm・63kg
属性:混沌・中庸
筋力:B 耐久:A 敏捷:A+
魔力:C 幸運:D 宝具:EX
⸻
■クラススキル
狂化:C++
理性の一部を狩猟衝動へ置き換えるスキル。
言語能力と戦闘判断は維持しているが、戦闘時は「獣狩りへの執着」が露わになる。
バーサーカークラスとしては高い安定性を持つ特殊な狂化。
⸻
■保有スキル
狩人の直感:A
未来視にも似た戦闘勘。死角からの攻撃や奇襲に対し超反応による迎撃・回避が可能。
獣狩り:A+
「獣性を持つもの」「理性を失ったもの」に対し特効倍率が働く対粛清スキル。
このスキルは生物学的な獣種だけでなく、呪い・変質を伴う“不定形の怪物”にも適用される。
啓蒙:B
異界の真理、世界の“裏側”を垣間見ることで得た理解。その本質は理性ではなく“認識”である。
狩人の夢:EX
決して終わらぬ獣狩りの夜、その悪夢がスキルとなった物。
狩人は目覚めをやり直す、すべてのできごとが、まるで悪夢であったかのように。
宝具
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