Fate/You Died.   作:助兵衛

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第14話 狂い火の王

 

 嵐が過ぎ去った後のようだった。

 

 校舎の廊下には血の匂いが満ちていた。鉄と臓腑が混ざった、鼻の奥を焼くような生臭さ。壁には飛び散った赤黒いものがこびり付いている。

 

 その中心に──銀髪の狩人はいた。

 

≪かぼちゃ頭≫はすでに腹を裂かれ、肉と装甲の境界もわからないほどズタズタに破壊されている。だがバーサーカーは止まらなかった。

 

 ──ズブ、ズブ、ズブッ! 

 

 鋸鉈が、何度も、何度も、何度も突き刺される。

 

 半分以上崩れた死体を、執拗に抉り、開き、潰し続ける。

 

 これは戦いではない。虐殺だった。

 

 誠は声も出せず、その光景を見ていた。

 

 セイバーの戦いは圧倒的だったが、そこには誇りや流儀があった。だが──バーサーカーの戦場には、それが一切存在しない。ただ敵を殺す。それだけ。

 

 バーサーカーは、まだ敵の腹を抉り続けていた。

 

 ──ズチュッ! 

 

 濡れた音を立て、何かが引き抜かれる。臓器の断片か、それとも……もう何も判別できない。

 

 誠は喉が鳴るのを感じた。吐き気ではない──恐怖だ。

 

 だが、それ以上に。

 

 ──まずい。このままじゃ、こいつは止まらない。

 

「……バ、バーサーカー! もういい、やめろ!!」

 

 叫んだ瞬間、自分の声が震えていることに気付いた。

 

 その声に、バーサーカーの動きがようやく止まる。

 

 血に濡れた鋸鉈をゆっくりと止め、彼女は振り返った。

 

 その顔は──美しかった。

 

 返り血で頬を濡らしながら、それでも整った顔立ちのまま。

 

 ただ、その瞳だけが狂っていた。

 

 紅い獣の瞳が、じっと誠を見た。

 

 そして──微笑んだ。

 

「……承知いたしました、マスター」

 

 その声音は静かで、丁寧で──異様だった。

 

 バーサーカーは血の滴る鋸鉈をゆっくりと下ろし、ぺたりと地面に膝をつくと、まるで狩りを終えた猟犬のように首を傾けた。

 

「──狩りは、お気に召しましたか?」

 

 誠は言葉に詰まった。喉の奥につかえた恐怖が、声という形をとって出てこない。

 

 だが──代わりに答えたのは、理央だった。

 

「……十分よ。そのくらいにしておきなさい、バーサーカー」

 

 バーサーカーは僅かに顔を上げ、理央を見る。主ではないはずの理央の指示に従う義理はない──だが、誠の意思でもあることを理解し、彼女は静かに血濡れた鋸鉈を引いた。

 

 それを確認してから、理央はついっと視線をかぼちゃ頭の残骸へと向ける。

 

 散乱する肉片と、原形をとどめないほど破壊された死骸。通常の使い魔であれば止めを刺した時点で消滅するはずの“死体”が残っているという異常──その原因を確認するように、一つ息を吐いた。

 

「制御の効かない狂犬かと思っていたけれど──命令すれば止まるのね」

 

 その声にはわずかに安堵が混じっていた。

 

 紗月が眉をひそめる。

 

「……いや十分狂犬でしょあれ」

 

「暴走気味ではあるけれど、扱えないわけじゃない。むしろ……」

 

 理央は一歩、血の海に踏み入れ、バーサーカーを真正面から見つめた。

 

「戦力としては申し分ない。いい狩りだったわ、バーサーカー」

 

 その言葉に──バーサーカーは、微かに、愉悦にも似た笑みを深めた。

 

「それは光栄にございます……黒野理央」

 

 礼を述べる所作の美しさと、周囲を染める血の凄惨さがあまりにも噛み合わず、誠は背筋が凍るのを感じた。

 

 だが──確かに今、理解した。

 

 こいつは危険だ。だが──使える。

 

 誠は苦く息を吐きながらも、言葉を搾り出した。

 

「……分かった。バーサーカー、今後は俺が命じたときだけ戦え。それ以外は勝手に動かないで」

 

「かしこまりました、マスター」

 

 恭しく一礼するたび、血が滴る。

 

 セイバーが前へ出る。

 

「……先へ進むべきです。キャスターの気配は、この先に」

 

 理央は無言で頷き、濃密な血臭の漂う廊下を振り返らずに進み出した。

 

「行くわよ。時間をかければかけるほど、キャスターの術式は進行する──急ぐわ」

 

 誠と紗月もそれに続く。そして、バーサーカーは誠のすぐ背後へぴたりと付いた。

 

 奇妙な隊列だった。

 

 前衛──セイバー。

 

 中央──理央と紗月。

 

 後衛──誠とバーサーカー。

 

 そのまま廊下を進み、階段を登り──また廊下を進む。

 

 校舎は異様な静けさを保っていた。眠りに落ちたように倒れた生徒と教師の身体を横目に、ただ魔力の淀んだ空気だけがまとわりついてくる。

 

 ──そして。

 

 屋上へと繋がる最後の廊下へ足を踏み入れた時だった。

 

 それまで無機質な静寂だけが支配していた校舎の空気が──不意に、変わった。

 

 セイバーが足を止める。

 

「……気配。いるぞ」

 

 わずかに湿った、重たい魔力の揺らぎ。これまで遭遇したどの使い魔よりも深く、濃く──人間のそれに近い。

 

 それは廊下の片隅、壊れた窓際に──ぽつんと立っていた。

 

 一人の男。

 

 深い色の外套に身を包んだ、古風な魔術師のような姿。長衣は擦れて古び、肩や袖には魔術の触媒と思しき銀糸の紋章が縫い込まれている。

 

 ──だが、その佇まいは奇妙だった。

 

 男はまるで、自分がここにいる理由を忘れたかのように、ふらふらと歩いていた。

 

 柱へ手を添えたり、時に壁に肩を預けたり──まるで夢遊病者だ。

 

 こちらに背を向けたまま、窓の外──結界に覆われた学園の外をぼんやりと眺めている。

 

「……誰だ?」

 

 誠が小声で問う。その問いに、紗月が息を潜める。

 

「魔力反応──サーヴァントだね。でも、妙だ」

 

 理央は短く言い捨てた。

 

「……油断しないで」

 

 次の瞬間、影が動く。

 

 アサシンだった。

 

 迷いなく、無音の殺意で駆ける。人間なら反応すらできずに殺される──完璧な暗殺の一手。

 

 喉を断ちに行く──はずだった。

 

 だが。

 

 それは、一秒にも満たない時間の中で起きた。

 

 ふらふらと歩いていた男が──くるり、と。

 

 滑らかに振り返った。

 

 その動きは、あまりにも自然だった。

 

 アサシンの殺意を見越していたかのように。

 

 そして──

 

「──やあ」

 

 男は軽く、微笑んだ。

 

 その笑みは穏やかで──どこか優しさすら含んでいた。

 

 だが、その瞳は──底が見えなかった。

 

 光を宿さない、深い闇のような──虚無。

 

 アサシンが反射的に刃を引く。直感が告げていた──“これはまずい”。

 

 セイバーは即座に前へ出て、理央の前に立ち塞がる。

 

 バーサーカーは、血濡れた鋸鉈をだらりと下げながら──その男を観察するように首を傾けた。

 

 男は──微笑んだまま言った。

 

「こんなところまで、よく来たね」

 

 その声音は、驚くほど静かに──廊下の空気を締め上げていた。

 

 男はアサシンを一瞥し、その殺気すら歯牙にもかけぬ様子で、視線をふたたび窓の外へと戻した。

 

「わざわざ来てくれてありがとう」

 

 柔らかい声音だった。まるで校内を案内する教師のような、何気ない口調。しかしその背に漂う魔力は──異様に濁っている。

 

 理央が一歩前に進み、鋭い声を放つ。

 

「質問に答えなさい──あなたは何者?」

 

 男は振り返らない。

 

 ただ、窓の外──結界に閉ざされた灰原町の市街地を眺めたまま、呟くように答えた。

 

「僕かい? そうだね……自己紹介はきちんとしたほうがいい」

 

 ゆっくりと振り向く。

 

 微笑を浮かべたまま──だがその目は笑っていない。

 

「僕はキャスター、狭間の地より来た。君たちが探していた者だよ」

 

 その宣言に、誠は息を呑む。紗月が即座に短杖を構え、セイバーは理央を庇うように前に出る。バーサーカーは──ただ静かに、血に濡れた鋸鉈を持ち替えた。

 

 だがキャスターは、彼らの敵意そのものを無視するように、また窓の外へと視線を戻す。

 

「──いい場所だね」

 

 掴みどころのない声だった。問いかけのようで、誰にも答えを求めていない。

 

「生命に溢れ、人がいて、営みがあって……」

 

 微笑む。

 

 しかしその笑みは──次の言葉と共に、歪んだ。

 

「雑多で、貪欲で、醜くて、脆弱で、無意味で、どうしようもなく──愚かだ」

 

 その声音は静かだった。

 

 怒っているわけでも、嘆いているわけでもない。

 

 本当にただ、当たり前の事実を告げるかのように。

 

「──この世界は、あまりに騒がしすぎる」

 

 その呟きは、まるで──心の底から、世界そのものを否定しているようだった。

 

「……何を言っている?」

 

 誠が思わず問い返す。

 

 キャスターは振り返らず、まるで詩をつぶやくように続けた。

 

「穢れた欲望が交錯し、憎しみが燃え盛り、争いが終わることはない。救済はない。救いはない。──世界はただ、終わりへと向かって進むだけだ」

 

 その言葉に、セイバーが僅かに反応する。

 

 キャスターは続けた。

 

「だから、僕は考えたんだ──ならば、正しい終わりを与えるべきだと」

 

 彼は振り返った。

 

 その笑顔は静かで──優しい。

 

 だが、その瞳だけが、完全に壊れていた。

 

 キャスターの笑みを見た瞬間、藍沢紗月は直感で理解した。

 

 ──“これは話が通じる相手じゃない”。

 

 理由も理屈もなかった。ただ、背中を走った悪寒が、彼女の判断を先に動かした。

 

「アサシン──殺せ!!」

 

 空気が裂けた。

 

 命令と同時に、アサシンの気配が消える。影そのものが形を持って走るように、黒い残像が一直線にキャスターへ肉薄する。

 

 無音。完璧な殺意。逃げ場はない──はずだった。

 

 だが、

 

「……ああ、君はそうするんだね」

 

 キャスターは──動かない。

 

 まるで、既に結果を知っているかのように微笑んでいた。

 

 アサシンの刃が、喉元へ到達する──その瞬間。

 

 ──ゴッ!! 

 

 空気が弾けた。

 

 次の瞬間、アサシンの身体が爆ぜるように吹き飛んでいた。何が起きたのか、誰も理解できなかった。いや、何が「見えた」のかすら分からなかった。

 

「なっ──!」

 

 セイバーが理央を抱え跳躍し、バーサーカーは誠を片腕で乱暴に引き寄せるように庇った。その直後──爆風のような衝撃が廊下を薙ぎ払った。

 

 視界を埋めるのは──“黄色の焔”。

 

「──ッぐ、あああああああッ!!」

 

 灼熱ではない。だが、触れたものの霊基そのものを削り取る、異質な魔力の炎。

 

「な、何だこの魔力……!?」「霊基を蝕む……退魔でも神聖でもない……これは──!」

 

 理央と紗月が同時に声を上げる中、キャスターは──その顔の半分を、いや頭部全体を黄色い焔に包まれながら、楽しげに笑っていた。

 

 髪も肌も、形を持たず燃え立つ炎の中に溶けてゆく。

 

 ──しかし。

 

 その笑みだけは、何ひとつ崩れなかった。

 

 炎は彼の瞳から溢れていた。いや、あれはもう“瞳”ではない。ただの穴だ。世界の外側へ繋がる裂け目のように、そこから災厄が滲み出している。

 

「この焔は魂を喰う。世界ごと燃やし尽くす。そして……全てを一つにしてくれる」

 

「貴様──何をした……!」

 

 セイバーが剣を構え問う。しかしキャスターはその問いすら優しく受け流した。

 

「簡単なことだよ。我が狂い火を維持するには魔力がいる。とてもじゃないけど、マスター1人じゃ足りない。だから──」

 

 ゆっくりと、彼はこちらを向く。

 

「この学園の人間を、魔力供給源として使わせてもらっているんだ」

 

 ──校内で眠り続けている生徒や教師たち。

 

 無数の命が、今も奪われ続けているということ。

 

 その事実に、誠の拳が震える。

 

「ふざけるな……! 人の命を──!」

 

 キャスターは笑った。

 

「命? ああ、そんなものに価値を見出しているうちは、君は何も救えないよ」

 

 ──狂っている。

 

 それは、バーサーカーとは別種の狂気。

 

 バーサーカーは獣としての殺意に堕ちただけだ。だが──こいつは。

 

 ──理性ごと、世界の否定に踏み込んでいる。

 

 キャスターの声が静かに広がった。

 

「だから──燃やそう。全部」

 

 黄色い炎が、再び彼の背後から噴き上がる。

 

「この醜い世界も、失敗作の歴史も、祈りも、希望も──そして、“君たち”もね」

 

 叫びと同時に、キャスターの背後で燃え上がった黄色の焔が──形を変えた。

 

 ──まるで、生きている。

 

 蛇のようにうねり、獣のように唸り、炎でありながら意思を持つかのように膨れ上がる。

 

「さあ──焼け落ちろ」

 

 軽く囁いた。まるで挨拶のように。

 

 その瞬間。

 

 ──世界が黄色に塗り潰された。

 

 狂い火が奔った。

 

 爆発などという生易しいものではない。灼熱の暴風でも溶解の光でもない。──あらゆる理を侵す、“概念の炎”。

 

「──っセイバー!!!」「──来るぞ!!」「下がれ!!」「マスター!」

 

 全員が一斉に退避行動を取ったが──遅い。

 

 狂い火は壁を焼き抜き、床のコンクリートを溶かし、空間そのものを割って突き進んでくる。

 

 セイバーが盾で防御を展開する──だが。

 

 ゴッ!!! 

 

 跳ね飛ばされた。

 

 盾に触れた狂い火がまるで霊核を直接抉るように、セイバーの体を容赦なく吹き飛ばした。

 

「くっ……!? なんだこの干渉は──!」

 

 別方向では紗月が咄嗟に魔術障壁を張るも、狂い火が障壁を“食った”。

 

「障壁が──燃やされてる……!? 魔力が喰われてる!!」

 

 バーサーカーは誠を抱きかかえ跳躍する──だがその跳躍の軌道を裂くように炎の奔流が走り、空間が断たれる。

 

 ──ドォン!!! 

 

「──っ!!」

 

 天井が崩れ、床が裂け、壁が落ちる。

 

 黄の焔が廊下を──分断した。

 

 凶悪な意思を持つ炎が壁のように立ちはだかり、一行をばらばらに隔ててしまう。

 

 誠とバーサーカーは階層の裂け目の向こうへと叩き落とされ、紗月とアサシンは吹き飛ばされながら別方向の教室に弾き出される。セイバーと理央もまた、崩れ落ちる床と共に瓦礫の階へと落下した。

 

 ──視界から皆が消えた。

 

「くそっ──待て! 黒野! 藍沢先輩! 誰か──!!」

 

 叫びは焼ける空気に飲まれ、誰にも届かない。

 

 返る声は──狂った宣告。

 

 炎の向こう、キャスターの笑声が響く。

 

「さあ、始めよう。これは贖罪だ。浄化だ。救いだ。世界を正しく終わらせるための焔だ」

 

 その頭部はなおも黄色の炎に包まれたまま、僅かに傾く。

 

「──君たちはその証人になってくれ」

 

 世界が悲鳴を上げている。

 

 狂い火は止まらない。

 

 校舎全体を侵食しながら、ゆっくりと──終末が始まりつつあった。




真名:褪せ人(狂い火の王)
クラス:キャスター
性別:不明(外見は男性)
身長・体重:178cm・65kg
属性:混沌・悪(狂)

筋力:C 耐久:C 敏捷:C 魔力:A+ 幸運:D 宝具:EX

クラススキル

陣地作成:A+
一般的な魔術工房の域を超え、都市規模で「狂い火の結界(災厄領域)」を形成可能。結界内では霊基汚染と精神侵蝕が進行する。

道具作成:-
魔術的触媒の扱いは行わず、外なる力による災厄を優先するため道具の生成は不可能。

狂信者:A
特定概念への“絶対的信仰”。精神干渉系効果を完全に遮断し、行動阻害は不可能。

保有スキル

外なる狂気(黄):A+
視線・声・存在そのものが精神汚染を引き起こす。理性を侵食する黄の狂気。魔力障壁や精神防御を無視し、接触者を発狂・錯乱へ追い込む。

狂い火:A+
通常の魔力干渉を超えた“災厄”としての火を扱う能力。防御や属性耐性を無視し、霊基そのものを焼却する。

褪せ人の不死:A
霊基を破壊されても時間経過で復活する。
本来「ルーンによる加護」を受けた褪せ人の性質であり、黄金律に背き狂い火を拝領した者に授けられるものでは無い。


宝具

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本来は「世界を焼き尽くし、全てを一つに還す」ことを信奉した神霊規模の厄災的存在。
だが今回は聖杯戦争の規定に従い、キャスターの霊基へと無理やり押し込められているため出力は大幅に抑制されている。
それでも災厄の権能は健在であり、抑止力の監視対象に該当する“世界の明確な敵”である。
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