Fate/You Died.   作:助兵衛

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第15話 世界の敵

 ──あれは“炎”と呼べるのか。

 

 廊下を裂いて広がる黄色の災禍を前に、誠は言葉を失っていた。

 

 爆発でもなく業火でもない。熱も煙もほとんど伴わず、それでいて触れたものを焼き滅ぼす──ただそこに存在するだけで、すべてを壊す力。

 

 人間の知る自然法則から乖離した、理を侵す炎。

 

「……何だよ、あれ……火じゃない……燃えてるのに、熱くない……」

 

 崩れた床の上に尻もちをついたまま、誠は呆然と呟いた。

 

 バーサーカーが横にいた。鋸鉈を構えて立つ彼女の表情はいつも通り──いや、違った。

 

 そのこめかみに、一筋、冷たい汗が伝っていた。

 

「──マスター、迂闊に近づいてはなりません」

 

 いつもの、礼を失しない静かな声。だが、その声音には張り詰めた緊迫があった。

 

「バーサーカー、あれはいったい──」

 

「……世界を焼く焔、もしくは──」

 

 彼女は慎重に言葉を選ぶように、一瞬だけ視線を伏せた。

 

「かつて世界を焼き尽くした焔。その“延焼”そのもの」

 

 誠は息を呑む。

 

 バーサーカーが恐れている──? 

 

 あの、どんな怪物を前にしても微動だにしなかった女狩人が。

 

「どういう意味だよ……世界を焼くって……冗談だろ?」

 

 声が震えていた。そんな誠に、バーサーカーはゆっくりと首を振った。

 

「冗談で済むなら──どれほど良かったことでしょう」

 

 黄色の炎がゆらりと揺れ、まるで意思ある生き物のように迫ってくる。

 

「この焔は、物質ではなく概念を焼く炎。触れれば霊基を蝕まれ、魂を侵食される。たとえサーヴァントであっても──ひとたまりもありません」

 

「サーヴァントでも……?」

 

 誠の背筋を冷たいものが走る。

 

 確かに、セイバーもアサシンも、炎に触れた瞬間に吹き飛ばされていた。攻撃というより、存在そのものが拒絶されるかのように。

 

「──あれは火ではありません。世界そのものを焼き続ける“終わり”の力」

 

 バーサーカーは睨みつけるように災禍の向こうを見た。

 

「キャスターは異端者ではなく、世界そのものの敵……。取り返しのつかぬ存在を、この聖杯戦争は呼び寄せてしまった」

 

 誠は息を呑む。

 

 世界の敵──そんな言葉、漫画や映画の中だけの話だと思っていた。

 

 だが、その現実が今、手を伸ばせば届きそうなほどの距離にいる。

 

「……でも、じゃあどうするんだよ……」

 

 誠は歯を食いしばった。

 

 セイバーも紗月も理央も、みんな散り散りになった。キャスターはあの〈黄色い炎〉を展開している。真正面から挑めば──バーサーカーでさえ焼き尽くされる。

 

 ならば、打開方法は──

 

「バーサーカー……宝具は? まだ見せてない、切り札があるんだろ?」

 

 誠の言葉に、バーサーカーはわずかに視線を揺らした。

 

「宝具、ですか……」

 

「バーサーカーってクラスは本来最強の火力を持ってるんだろ! セイバーだって宝具を使えばキャスターの使い魔を一掃できた! バーサーカーだって──!」

 

 しかし、バーサーカーは首を横に振った。

 

「──私の宝具は、獣狩りのためのものです」

 

「……獣?」

 

 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 

「獣を殺すための宝具です。それ以外には本来、適合しません」

 

「……つまり、キャスターは獣じゃない。だから、お前の宝具は通用しない、ってことか」

 

 自分で言いながら、その残酷な結論に喉が詰まる。

 

 バーサーカーはすぐに否定も肯定もしなかった。ただ、炎の向こうを睨みつけながら言った。

 

「……まだ、断定はできません」

 

「え?」

 

「あれが“獣”であるかどうか。判断材料が足りません」

 

 誠は戸惑いを隠せなかった。

 

「ちょっと待ってくれ。俺の知ってる獣ってのは──熊とか、狼とか、そういう……生き物の分類の話じゃないのか?」

 

 バーサーカーは小さくかぶりを振る。

 

「いいえ、マスター。私の言う“獣”は……もっと、別のものです」

 

 その声音には、僅かに冷たい響きがあった。

 

「獣とは、血に狂った者の末路。人でも、神でも、概念すらも堕ち得る“形なき咎”の一つ。──呪いに絡め取られ、世界の理を蝕みながら増殖する……そういう、汚泥のような存在です」

 

 誠の背筋を冷たいものが走った。

 

 ──それは、確かに今のキャスターに近い。

 

 しかし。

 

「……じゃあ聞くけど、キャスターは……今、あれは獣なのか?」

 

「……わかりません」

 

 短い答え。だがそれは、重い現実だった。

 

「私の知る“獣”は本来、しっかりとしたルーツのある存在でした。この世界には存在はしえない」

 

 バーサーカーは、ゆっくりと黄色の炎を見る。

 

 誠は、初めて胸の奥で本当の焦りを覚えた。

 

「じゃあ……じゃあ、どうするっていうんだよ……!」

 

 押し寄せる無力感に、拳が震える。

 バーサーカーでさえ宝具の有効性を断言できず、キャスターは異常そのもの。

 この状況で何ができる──? 

 

 答えのない沈黙。

 

 その時──

 

 瓦礫を蹴って二つの影がこちらへ駆け込んでくる。

 

 セイバーがその身を盾にするように理央を守り、炎の進行から逃れてきたのだ。

 

「二人とも無事か!?」

 

 誠が立ち上がると──目に入った。

 

 セイバーの半身が焼け爛れていた。

 

 装甲のように硬いはずの鎧は崩れ、英雄の肉体は焼け焦げ、ところどころ光の粒子がこぼれ落ちるように霧散している。

 

 右手の剣はまだ握られている──だが激しく震えていた。

 

「セイバー……その体──」

 

 顔を歪めながらも、セイバーは短く首を振る。

 

「問題……ありません。私は死にません、特に火によっては」

 

 しかし、その声は低く、かすれていた。

 

 ──戦えるのか。この状況で。

 

 誠は言葉を失った。だが次の瞬間、理央が鋭い声で言う。

 

「状況を整理するわ──ここで止まってる暇はない」

 

 事態は最悪だ。

 

 セイバーは荒く息を吐きながら、理央の前に立った。

 焼け爛れた鎧の隙間からは、霊子の光が漏れ、まるで命そのものが蒸発していくかのようだった。

 

「マスター……ここは退くべきです」

 

 その声には、かすかに焦燥が滲んでいた。

 

「このままでは部隊の再集結もままならない。キャスターの“炎”は進行を止める気配がありません。今は一時撤退を──」

 

 理央は一瞬だけ俯いた。

 だが、その瞳に迷いはなかった。

 

「……いいえ、退くわけにはいかないわ」

 

 その言葉に、セイバーの表情が僅かに動く。

 誠も息を呑んだ。

 

 理央は続ける。

 

「この炎を放置すれば、校舎だけじゃない。生徒も、教師も……結界の外の町にまで被害が及ぶ」

 

「時間をかければかけるほど、“あれ”は広がる。もはやキャスターひとりの暴走じゃない。──これは、災厄よ」

 

 彼女の声は震えていなかった。

 恐怖は確かにそこにある。だが、それを押し殺すだけの覚悟が、その小さな身体の奥底に宿っていた。

 

「しかし──」

 

 セイバーが言葉を継ごうとするが、理央はそれを遮った。

 

「撤退しても、次はないわ。炎は止まらない。ここで食い止めるしかないのよ」

 

 短い沈黙。

 やがて、セイバーは目を閉じ、深く息を吐いた。

 

「……承知しました。ならば、命令に従います」

 

 その言葉の裏には、確かな覚悟と諦念があった。

 彼は戦場を幾度もくぐり抜けた者の目で、すでに理解している──この戦いが、勝てる戦いではないことを。

 

 理央は振り返り、バーサーカーへ視線を向けた。

 

「バーサーカー。あなたの宝具──使えないの?」

 

 静かに問う声。

 誠が同じ問いを先に投げかけたばかりだというのに、その声音には僅かな希望が残っていた。

 

 バーサーカーは短く息を吐いた。

 

「……宝具の発動条件は“獣”。理性を失い、血に狂った存在には確かに通用するはずですが──」

 

 視線が炎の奥に潜むキャスターの影を捉える。

 男の姿は炎の中に滲み、もはや“人”の輪郭ではなかった。

 

 理央は黙ってバーサーカーの言葉を聞いていた。しかし──そこで「獣」という単語が出た瞬間、彼女の表情がわずかに揺れた。

 

 ほんの数秒の静寂。その直後、理央は何かに気付いたように目を細めた。

 

「……ビースト、ね」

 

 その声は低く、しかし確信を帯び始めていた。

 

 誠が振り返る。

 

「……理央?」

 

 理央はすぐに答えず、代わりにセイバーへ視線を向けた。

 

「セイバー、あなたの霊基の損耗具合を教えて。宝具は──あと何度使える?」

 

 セイバーは即座に答えた。

 

「威力を抑えずに解放した場合──あと二回。防御か牽制の用途も含めれば三回が限度です。しかしその場合、霊基の再構築に時間を要し、しばらく戦闘は不可能になるでしょう」

 

「最低でも二発撃てるのね。なら──間に合う」

 

 理央の声が強くなる。

 

 バーサーカーが僅かに眉を寄せた。

 

「……作戦がありますか?」

 

 理央はうなずくと、短く息を吐いた。

 

「あるにはある。でも、とんちみたいなものよ。こじつけと言ってもいい。──だけど、やる価値はある」

 

 誠が身を乗り出す。

 

「どんな作戦なんだ!?」

 

 理央ははっきりと言い放った。

 

「──キャスターを、『ビースト』……人類悪、世界の敵として抑止力に認識させる。人類史の淀みであるとか、原罪から生れ出たとか本来の定義とは外れるけれど……とにかく獣であると定義させればいい」

 

 バーサーカーの目が細くなる。セイバーは表情を変えず問う。

 

「……世界に“認識”させる、とは?」

 

「簡単な話よ。キャスターは今、人間としてサーヴァントの枠に存在している。だからどれほど異常でも、この世界はまだ“キャスターはキャスター”として扱っている。でも──もし、この世界そのものに、“あれはビーストだ”と認識させることができれば──」

 

 理央は、横に立つバーサーカーを見た。

 

「バーサーカーの宝具は、ビーストに対して最大威力を発揮する。使う条件が“獣”なら──キャスターを“獣だ”と認めさせればいい」

 

 誠は一瞬言葉を失った。

 そして──呆然と呟く。

 

「……そんな、理屈が通るのかよ……」

 

 理央は答えた。

 

「通さなきゃならないのよ。これは理屈の問題じゃない。──認識の問題。世界は、観測によって形を変える。キャスターの狂い火が世界の理を侵すっていうなら──私たちも、理を侵してやるだけ」

 

 黄色い炎が遠くで唸る。

 理央の黒い瞳は、その向こうを射抜いていた。

 

「証拠を揃え、概念を塗り替え、世界に宣告するの。──あれはキャスターじゃない。“災厄の獣(ビースト)”だって」

 

 それは暴論であり、無茶であり、それでもなお──

 

 ──唯一の活路だった。

 

 理央は迷いなく言い切った。

 

「キャスターの炎は、ただ強力な魔術なんかじゃない。世界の側からしても例外指定されるべき“災厄級の権能”よ。もし──あの『黄色い炎』の出力が今よりさらに上がったら?」

 

 バーサーカーがはっとしたように顔を上げた。

 

「……世界が、見過ごさない……!」

 

「そう。世界そのものの維持を脅かす“明確な敵”として──キャスターを認識する。そうなれば、世界は必ず反応する。あれを“人間”として扱うことをやめる。そうなれば──」

 

 理央は振り返り、バーサーカーの瞳を真っ直ぐに射抜く。

 

「──あなたの宝具が発動する。期待していいのよね、バーサーカー」

 

 暴論だ。だが理論は繋がっている。

 

 世界の理を狂わせる狂い火──その出力が上がり、外界への危機と認められれば、キャスターは確実に“人理の敵”に分類される。

 

 そうなれば一気に「災厄指定」の烙印が押され、“獣(ビースト)”として扱われる可能性が高い。

 

 要は──世界に「そうだ」と認めさせれば勝ち。

 

「……どうやって──出力を上げる?」

 

 誠が問う。理央は即答した。

 

「簡単よ。──刺激するの」

 

 黄色の炎は、意思を持つかのように蠢き続けている。だがいまはまだキャスター本体の制御下にある範囲内の炎だ。

 

 ならば──本気を出させればいい。

 

「セイバー、もう一度キャスターに突っ込んで。“殺すための攻撃”じゃなく──“挑発して応戦を引き出すための攻撃”を」

 

 セイバーは静かに頷いた。

「了解しました」

 

 だが誠は叫ぶ。

 

「待てよ! もう半身が焼けてボロボロじゃないか! これ以上やれって──!」

 

 理央は冷たく言った。

 

「やるしかないの。ここで終われば──本当に全部焼かれるわよ」

 

 セイバーはわずかに微笑んだ。誰にも見せない、ほんの一瞬の穏やかさだった。

 

「問題ありません、マスター。これは──私の役目です」

 

 次の瞬間──セイバーの剣が変形を始めた。

 

 ガキン──! ガギン──ッ! 

 

 刃が、捻れる。

 

 刀身が裂け、内部機構が露出する。

 

 剣身は螺旋状に軸を捻じ曲げながら形成され──残火が燻る渦巻く杭のような異形へと変貌していく。

 

 誠は息を呑んだ。

 

「【灰の遺剣】……【火継ぎの大剣】」

 

 セイバーが掲げたそれは、まるで世界の理を打ち砕くためだけに生まれた武器だった。

 

 螺旋状の刀身が、空気を震わせる。

 

「──行く」

 

 セイバーは躊躇なく踏み出した。

 

 炎の奔流が、彼を迎え撃つ。

 

 ──だが止まらない。

 

 セイバーは炎の奔流をものともせず踏み込んだ。

 

 その一歩ごとに──紅い火花が舞う。

 

 違う、それは火花なんかじゃない。

 炎だ。

 セイバー自身の身から噴き上がる、灼熱の──紅蓮の炎。

 

 ──ゴウッ!! 

 

 セイバーの剣が、黄色の狂い火とぶつかった。

 だが燃え広がることはなかった。

 

 炎同士が激突し、押し合っている。

 

「……炎が、ぶつかってる……!? セイバーも炎を!」

 

 誠が呆然と声を漏らす。

 

 紅蓮と狂黄。

 二つの炎が、あたかも互いを拒むように──拮抗していた。

 

 セイバーは狂い火の壁を押し込みながら、低く吠えるように地を蹴る。

 

「何のまだまだ……温いぞ、世界を焼く炎とやらはこんなものか」

 

 ボンッ!! 

 セイバーの全身が燃え上がった。

 

 爆炎のような紅の輝きが彼の甲冑を包み、剣に渦巻く炎の圧力はさらに増す。

 

 紅い炎が咆哮した。

 

 それに──狂い火が呼応した。

 

 ──グワァァァアアアアア!!! 

 

 キャスターの周囲で渦巻く黄色の炎が勢いを増し、触れた空間そのものを破壊しながら膨れ上がっていく。

 

 理央が息を呑む。

 

「……出力が上がった……キャスター自身が反応してる……!」

 

 狂い火がぶつかる。

 紅蓮が押し返す。

 

 世界の終焉を引きずるような黄の焔。

 灰の残火を宿したような紅の焔。

 

 二色の地獄が、衝突点を中心に、うなるような爆音を響かせていた。

 

「フフッ──ああ、素晴らしい!」

 

 狂い火の中心──キャスターは笑っていた。

 

 キャスターの笑い声は、もはや人間のそれではなかった。

 

「もっとだ──もっとだセイバー!! その炎を──その抵抗を!! 僕に見せてくれ!!」

 

 キャスターの頭部を覆っていた皮膚や骨の輪郭は、すでに跡形もなかった。そこにあるのは──揺らめく災厄そのもの。

 黄色の炎が“頭部の代わり”として燃え続けている。

 

 目も鼻も口もない。ただ炎が燃えているだけなのに──それでも、笑っているのがわかる。

 

「──あれが……“本性”か」

 

 セイバーの声がかすれた。

 

 キャスターの炎は、さらに増す。

 

 もはや廊下だけの話ではない。空間そのものが──歪んでいた。

 

 黄色の炎が触れた場所は、熱によって焼けるのではなく──空間ごと削れ落ちていく。

 壁が消える。床が失われる。世界の表面が剥がれ、むしろ異常な“穴”だけが残る。

 

「世界が──……!」

 

 誠が呆然と呟く。

 

 校舎の構造が変形しているわけではない──存在そのものが削られているのだ。

 

 セイバーの紅蓮の炎が押し返していたはずの狂い火は──もはや、それを圧倒していた。

 

「──ぐっ……!」

 

 膝が、落ちた。

 

 セイバーが片膝をついた。

 

 螺旋剣を支える腕が震え、紅蓮の炎が明らかに弱まっていく。

 

「セイバー!!」

 

 誠の叫びが届く。しかしセイバーは顔を上げず、唇を噛む。

 

「……これが……世界を焼く炎か」

 

 紅蓮の炎が一瞬だけ強く揺らめき──消えた。

 

 剣を包んでいた紅の輝きが、音もなく霧散していく。

 

「く……ッ!!」

 

 セイバーの体が地面に叩きつけられる。肩で荒く息をしながら、それでも立ち上がろうと腕に力を込める──だが、炎は戻らない。

 

 狂い火に押し潰されたのだ。

 

「──これが限界かい、セイバー? マスターなんか庇うからだよ」

 

 キャスターの声が響く。

 

 それは先ほどまで人間の姿をしていた男のものではなかった。

 

 災害そのものが、言葉を発しているかのように響いた。

 

「君は素晴らしいよ。僕の焔にここまで抗った存在は、今までにいなかった──本当に美しい抵抗だ」

 

 炎の塊がこちらを向く。顔などないのに──確かに、こちらを見ている。

 

 キャスターはゆっくりと、しかし確実にセイバーへ歩み寄った。

 

 一歩、踏み出すたびに、床が「焼けて消えていく」。

 そこに熱はない。跡も残らない。ただ存在が削れていくだけ。

 

「──だからこそ、燃やし尽くす価値がある」

 

 キャスターの右腕がゆらりと持ち上がる。

 指はなく、肉もない。ただ“炎”が腕の形を真似ているだけだ。

 

 それでも、誰の目にも理解できた。

 

 ──あれは、とどめを刺す動き。

 

 誠は息を呑み、叫ぼうとした。

 

「やめ──!」

 

 しかし声は喉に貼りつき、掠れただけだった。

 

 それほどまでに──キャスターは“絶対的”だった。

 

 セイバーは立ち上がれない。

 紅蓮の炎は消え、灰の騎士は剣を杖のようにしてかろうじて膝を支えているだけ。

 

 ──届かない。もう止められる力は──

 

 そのときだ。

 

 一人だけ、まったく違う方向を見ていた者がいた。

 

 バーサーカ──―女狩人。

 

 彼女はキャスターではなく──その背後を見ていた。

 

 いや、もっと正確に言えば。

 

 “空”を見ていた。

 

「…………──【我が身は血に穢れ】」

 

 女狩人は静かに前へ出る。

 

「【幾千幾万の獣を狩り】」

 

 薄く笑った──それは歓喜でも憎悪でもない。

 

「【終わらぬ夜を彷徨い歩く】」

 

 黄の業火に焼かれゆく世界に──別の闇が滲み始めた。

 

 それは血の匂いを孕み、獣の息遣いが混じる“夜”。

 

「【我、悪夢の輪廻より逃れず、ただ一刃をもって獣を断つ】」

 

「【──獣、狩るべし。我が祈りは狩りの継続】」

 

【獣狩りの夜】(ナイト・オブ・ビーストハント)

 

 

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