Fate/You Died.   作:助兵衛

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第18話 対キャスター戦線

 重苦しい沈黙が落ちた。

 誠は拳を握ったまま、ただ呆然としていた。

 

 ──灰原家が元凶。

 ──祖父が引き起こした魔術災害。

 ──そして、その影響は今も続いている。

 

 頭の奥で何かが軋む音がした。自分の家のことなのに、知らないことだらけだ。いや──知らされていなかっただけだ。

 

「そんな、馬鹿な……俺の家が……」

 

 乾いた声が漏れる。思考が追いつかない。自分の生い立ちに、そんな背景があったなんて──。

 

 視界の端で、紗月は静かにそれを見つめていた。その瞳には同情も嘲りもない。ただ事実を告げる者の澄んだ光。

 

 誠は顔を上げ、震える息を整えながら問いかけた。

 

「……じゃあ、先輩は……その理由で俺を殺そうとした。──それは、わかりました」

 

 言葉を切り、まっすぐに紗月を見据える。

 

「──今でも、俺を殺そうと思ってるんですか」

 

 理央が静かに横目で誠を見た。その黒い瞳の奥に、ほんの僅かな緊張が再び宿る。

 

 紗月は一拍置き、真っ直ぐに誠を見返した。

 

「──いいや。もう、そのつもりはないよ」

 

 誠はわずかに息を呑んだ。

 

 紗月は続ける。

 

「そもそも──意味がないからね」

 

「意味が、ない……?」

 

「ああ。だって君──死んでも生き返るでしょ」

 

 部屋の空気が揺れた。誠は息を呑み、理央の表情が鋭くなる。バーサーカーは微動だにせず傍観している。

 

 彼女はゆっくりと視線を横へ滑らせた。──バーサーカーへ。

 

「その理由は、たぶん君のサーヴァントにある。なにかしら“死を巻き戻す”か“死を否定する”類の能力を持っているんだろう?」

 

 誠は息を呑む。バーサーカーは──表情を変えなかった。ただ、わずかに瞳の奥が揺れた。

 

 紗月は続ける。

 

「厳密にいえば“蘇生”ではないのかな? 原理はまったく分からないけど」

 

 紗月は淡々と続けた。

 

「だけど──君だけじゃない。私のアサシンも同じだよ」

 

 その言葉に、理央が眉を動かした。

 

「……何の話?」

 

「言葉の通り。私のサーヴァント、アサシンも死なない。あるいは、死んでも戻る。“何度でも”ね」

 

 さらりと、とんでもないことを告げた。

 

 理央の表情が険しくなる。

 

「それが本当だとして……その性質が、マスターであるあなたにも適用される可能性は?」

 

 紗月は肩を竦めた。

 

「──さあね。試す気にはなれなかったよ」

 

「……試す気に、って」

 

「だって、“死なない”って本当に自分にまで適用されているかは──実際に死ななきゃ確かめようがないだろう? でも、私はわざわざ自分の首を刎ねて検証するような真似はしない。そこまで狂ってない」

 

 それは冗談とも本音ともつかない響きだったが、不思議と説得力があった。

 

 紗月はゆっくりと首を横に振り、言葉を締めくくった。

 

「──だから私は、君をもう殺そうとは思わない。理由は二つ」

 

 右手の指を二本、拘束された鎖の下で軽く立てる。

 

「一つ──君は死んでも戻る。“不死のマスター”を殺す意味はない」

 

 そして──

 

「もう一つ。私も同じだ。“不死のサーヴァント”と“死なない可能性のあるマスター”の組み合わせを持ってる。──そんな者同士で、魔力が尽きるまで延々と殺し合うなんて、まっぴらごめんだね」

 

 紗月は、そこで一息つき、軽く息を吐いた。

 

「……まあ、これは私の“勘”に過ぎないけどね」

 

 誠が眉をひそめる。理央は表情を変えず、ただ静かにその言葉の続きを待っていた。

 

「君たち──黒野理央とセイバーも、たぶん同じ類の“異常”を抱えてる」

 

 その言葉に、理央の黒い瞳がわずかに細くなる。セイバーは静かに身じろぎもせず、その場に立っていた。

 

「……どういう意味?」

 

「キャスター戦で、セイバーは霊基に致命的なダメージを受けた。キャスターの炎は、多分命とか存在を焼き尽くす概念的な炎だから。あの状況で無傷で帰ってくるなんて普通じゃない。今朝なんて魔力の損耗も霊体の崩壊も、まるで起きていなかった」

 

 淡々と、しかしどこか確信を持った声音だった。

 

「ぶっちゃけ根拠は──ない。ただタフなだけど言われたらそれでおしまい。あとはアサシンの勘よ。彼、そういうのは当たるから」

 

 理央はわずかに眉を寄せたが、何も言わなかった。肯定も否定もせず、沈黙のまま。

 

 その沈黙を、紗月は「図星」と受け取ったらしい。小さく笑って続けた。

 

「……ま、否定しないならそういうことにしておくよ。要は──“死なない奴ら”ばっかりが生き残ってるってこと」

 

 その言葉が落ちた瞬間、空気がさらに冷たく張りつめた。

 

「正直言ってね、こんな不死者だらけの戦争じゃ、真っ当に殺し合いなんてしても意味がない。永遠に終わらないだけ」

 

 彼女は視線をゆっくりと巡らせる。誠、理央、そしてセイバーへ。

 

「マスターを殺すにも、今の状況じゃ容易じゃない。監禁して令呪でサーヴァントに自害を命じるか、魔力の供給を完全に断つしかない。どちらにしても──時間がかかりすぎる」

 

 その語調は冷静だった。現実をただ淡々と分析する声。

 

「そんなことしてたら、キャスターどころか、この戦争そのものが破綻する。だから──私は“別のやり方”を提案する」

 

 紗月は、拘束された両手をわずかに動かしながら誠を見た。

 

「もう一度、共闘しよう。君たちと私で」

 

 理央がわずかに目を細める。

 

「……」

 

「キャスターを放置すれば、今度こそ隠蔽し切れない被害が出る。まずはキャスターを倒す。そして、恐らく他にもいるであろう、同じ性質を持ったサーヴァントを順に排除していく」

 

 

 そして、薄く笑う。

 

「最終的に残った君たちと、私。その三組の中から勝者を決める。それでどうかな?」

 

 理央はしばらく紗月を見据えていた。

 冷静な黒の双眸が、何かを量るように沈黙する。だがやがて、その視線はゆっくりと誠へと向けられた。

 それは命令ではなかった。彼女にしては珍しい──判断を委ねるような眼差し。

 

「灰原君。どうするの?」

 

 静かな問いだった。声に怒気も警戒もなく、ただ決断を促す響きだけがあった。

 

 誠は唇を噛んだ。胸の内ではいくつもの思考が渦巻いている。

 灰原家の罪、藍沢紗月の言葉、そして黒野理央の沈黙。

 どれも簡単に答えが出せる問題じゃない。だが──。

 

「……味方は、多い方がいい」

 

 やがて絞り出すように口を開いた。

 その声には迷いがありながらも、芯の部分に確かな決意があった。

 

「このまま敵同士で睨み合ってても、キャスターを止められない。だったら……共闘するしかない。今は、それが一番現実的だと思います」

 

 理央の瞳がわずかに揺れた。

 それが承認の色なのか、あるいは試すような光なのか──誠には判別できなかった。

 

 だが、次の瞬間、理央は息を吐き出すようにして小さく頷いた。

 

「……分かったわ。あなたがそう判断するなら、私はそれに従う」

 

 短く、それだけ告げて理央は目を伏せる。

 彼女の中にも、感情の波は確かにあった。だが理性がそれを押し沈める。

 

「ただし、条件を付ける」

 

 再び顔を上げた理央の声には、冷たい緊張が戻っていた。

 

「情報の共有は絶対。特に“灰の聖杯”や、キャスターに関する内容を互いに隠さないこと。それが同盟の前提よ」

 

 紗月は鎖に繋がれた手を軽く持ち上げ、静かに頷いた。

「いいよ。それくらいなら当然だ。裏切る気も、騙す気もない。私も──君たちと同じく、キャスターを止めたいだけだから」

 

 紗月は淡々と同盟の枠組みを確認すると、ためらいなく次の要求を口にした。

 

「それから、もうひとつ。私も──君たちの屋敷に滞在させてほしい」

 

 その言葉はあまりにも当然のように出てきた。部屋の空気が一瞬、歪む。

 

 理央の目が冷たく細まる。短く、それだけを告げた。

 

「断るわ」

 

 拒否は明快だった。理由を付け加える素振りもない。その決定は揺らがなかった。

 

「えー、だめ?」

 

 紗月は肩を少しすくめる。声には苛立ちや驚きはない。計算ずくの静けさが滲んでいた。

 

「あなたは敵よ。たとえ今は手を結ぶにせよ、家の中に放っておくつもりはない。私はこの屋敷を守る責務がある。それに──」

 

 理央の言葉が鋭く切り結ばれる。

 

「理不尽な危険を招くようなことはしない」

 

 紗月はくすりと笑ったように見せてから、淡々と説明を始めた。

 

「藍沢家には、このお屋敷のような魔術工房も防衛設備もないんだ。普通の賃貸だしね。もしも私が単独で戻れば、君たちと同盟を結んだにも関わらず、私一人が先に潰される可能性が高い。そうなれば──情報も、戦力も、全部失われる」

 

 理央は瞳をさらに細める。セイバーは剣の柄にかけた手の力を緩めることなく、静かに状況を見守っている。バーサーカーは椅子の背にもたれ、依然として本を閉じたまま表情を動かさない。

 

 紗月は、理央の冷たい拒絶を受けても怯む様子を見せなかった。

 むしろ、ふっと口元を緩め、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「ふーん……なるほどね。──それとも」

 

 その声色は妙に柔らかく、わざと間を取るように甘く響いた。

 

「もしかして黒野さん、灰原君を“独り占め”できなくなるのが嫌なのかな?」

 

 その一言で、理央の身体がぴたりと硬直した。

 一瞬、空気が止まる。セイバーの握る剣の柄がわずかに軋むほど、緊張が走った。

 

「……は?」

 

 理央の声は低く、わずかに震えていた。

 その頬に一瞬、熱が差す。けれど彼女はすぐに息を整え、冷徹な仮面を取り戻す。

 

「……タチの悪い冗談はやめて、藍沢先輩」

 

 彼女は視線を逸らしもせず、まっすぐ紗月を睨む。

 

「滞在は許可する。ただし──怪しい行動は一切しないこと。少しでも不審な素振りを見せたら、即座に拘束を再開する。いいわね」

 

 紗月は楽しげに目を細めた。

「はいはい、心得ましたよ。黒野さんって意外と照れ屋なんだね」

 

 理央の眉がぴくりと動く。

 だが彼女はもう反応しなかった。無言でセイバーに合図を送り、立ち上がる。

 

 セイバーが静かに頷き、紗月の両手を拘束していた銀の手錠に指を添える。

 魔術式の封印が淡く光を放ち、次の瞬間──鈍い金属音と共に、鎖が床に落ちた。

 

 紗月は自由になった手を軽く振り、ほっと息を吐く。

 

「んー……開放感たまんない」

 

 部屋の空気がようやく落ち着きを取り戻した時、

 紗月はにやりと笑い、誠へ向かって軽くウインクを送った。

 

「よろしくね、灰原君。今日から、同じ屋根の下だ」

 

 誠は思わず背筋を伸ばし、理央の方を見やる。

 理央は目を閉じて小さく息を吐き、静かに言った。

 

「……好きにしなさい。ただし、忘れないで。ここは“同盟者の屋敷”であって、“友人の家”じゃないわ」

 

 その言葉には鋭さが宿っていた。

 紗月は「はいはい」と軽く受け流すように答え、

 そのまま──悪戯を仕掛けた子どものように、楽しげな笑みを浮かべ続けていた。

 

 月は腕を軽く回し、外された手首をさすりながら笑った。

「さて、と。──同盟を結んだことだし、情報共有を始めようか」

 

 軽い口調とは裏腹に、その瞳は冴えた光を宿していた。

 理央は短く頷き、静かに手を組んで言葉を継ぐ。

 

「いいわ。まずは、こちらから話す。キャスター戦の後の処理について」

 

 誠と紗月、そしてセイバーとバーサーカーが視線を向ける。

 理央は、黒野家の令嬢としての顔に戻ったような、冷然とした口調で語り始めた。

 

「先日の被害──校舎の崩落と、意識不明になった生徒と教職員たち。あれは“ガス爆発”と“ガス中毒”による事故として報道させたわ。現場の焼損も説明できるし、世間も疑わない。ニュースでは『老朽化したガス管の破裂』として処理されている」

 

 淡々と語られるその説明に、誠は言葉を失った。

 自分が見たあの光景──人が焼かれ、現実が歪み、魔力の奔流が吹き荒れた地獄が、たった一言「事故」として片付けられた事実に、何とも言えない吐き気がこみあげてくる。

 

「……そんな簡単に、隠せるものなのか?」

 

 思わず漏れた問いに、理央は冷ややかに答えた。

 

「黒野家はこの“聖杯戦争”の監督官。隠蔽も、報道操作も──責務のうちよ。魔術の存在を世に晒す訳にはいかない。からこそ、こうしてすべての“異常”は“偶然の事故”として処理されるの」

 

 その声音に、冷たくも揺るぎない信念があった。

 彼女は淡々と、まるで義務を遂行する兵士のように語っている。

 

「校舎の修復と、意識不明者の搬送もすでに完了しているわ。被害者たちは今、黒野本家が管理する医療機関に移されている、命に別状はないわ」

 

 誠は言葉を失い、紗月は腕を組んで静かに頷いた。

 

「なるほど。手際いいわね」

 

 紗月は腕を組み、軽く笑みを浮かべながら言った。

 

 その一言に、理央はわずかに視線を伏せた。

 薄く笑った──けれど、それはどこか乾いた、自嘲を含んだ笑みだった。

 

 彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「聖杯戦争の監督を行っているのは“黒野家”──ではあるけれど、それは本家の話。私は、あくまでその“分家”の人間よ」

 

 部屋に微かな沈黙が落ちた。

 理央は背筋を伸ばしたまま、静かに続けた。

 

「私たち分家は、本家の完全な下にある。権限も、発言力もない。ただ、命令に従うだけの立場。監督の権限を持つのは本家だけで、私たちはその庇護のもとにいる──それが“黒野家”の構造よ」

 

 誠が眉を寄せた。

 

「じゃあ……黒野は監督の仕事に関わっていないってことなのか」

 

「ええ。一切、関わっていないわ」

 

 理央は短く答え、薄い息を吐いた。

 

「報道の隠蔽も、現場の処理も──正式に指揮しているのは黒野本家。私は、ただ彼らの指示に従って動いただけ。“分家の娘”として、従属する立場でね。黒野家の外は分家本家の構造なんて知る由もないでしょうけど」

 

 その声音には、わずかな苦みが滲んでいた。

 それは怒りでも諦めでもない。ただ、長く続く枷を知る者の静かな重さ。

 

「……けれど、私たち分家も“参加者”として召喚を許された。本家の庇護下にありながらも、戦争に干渉できる──ただし、勝者になっても“監督官の意向”には逆らえない。結局、鎖の中で剣を振るっているようなものよ」

 

 紗月は少し目を細め、興味深げに笑う。

 

「つまり、“黒野理央”って名前は有名でも──権力は本家に握られてるってわけね」

 

「ええ。名前だけ立派な、飾りの家系」

 

 理央は静かに微笑んだ。その笑みは、どこか痛々しいほどに穏やかだった。

 

「私にできるのは、与えられた権限の範囲で“被害を隠す”こと。命令を忠実に遂行する──それが、黒野分家の務め。本家の承認があったからこそ、学校の件も“ガス事故”として処理できたのよ。あの報道操作も、私が指示したように見えるだけで、実際はすべて本家の手によるもの」

 

 誠がわずかに目を伏せる。

 理央の淡々とした語り口の中に、どうしようもない隔たりを感じ取ったのだろう。

 

 ──理央は静かに言葉を締めくくった。

 その声音には、どこか疲労と、言葉にしたくない重みが滲んでいた。

 

 誠はしばらく黙って彼女を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

 その表情には、ほんのわずかな逡巡と気遣いが浮かんでいる。

 

「……えっと、ごめんあんまり話したくない事だったか」

 

 理央の肩がわずかに揺れた。

 彼女はすぐに表情を整え、「別に」と短く答える。

 だがその声は、いつもの冷静さの裏にかすかな陰を含んでいた。

 

 誠はそれ以上追及しなかった。

 話を変えるように、ゆっくりと姿勢を正す。

 

「……じゃあ、キャスターのことを考えましょう」

 

 理央は真剣な表情で言葉を継いだ。

 

「キャスターはあれだけ大規模な魔術を使った。校舎を結界にして、生徒や教師を巻き込むほどの魔力を展開、いくら隠蔽されたとしても──痕跡は、必ずどこかに残っているはず」

 

 理央が軽く頷く。

 

「確かに。空間歪曲の痕跡、魔力の焼け残り、結界陣の残滓……何かしらは見つかるはずね。あれほどの規模を“跡形もなく”消すなんて、本家の連中にも不可能よ」

 

「なら、明日から動こう」

 

 その声音には、少し前までの動揺はなかった。

 決意の光が宿っていた。

 

「登校します。表向きは“事故のあった学校に戻る生徒”として。でも、目的は──戦闘が起きた場所の調査。キャスターのマスターが、まだ現場に何かを残しているかもしれない」

 

 紗月が口の端を上げた。

 

「キャスターが使った結界の残滓には、マスター本人の魔力波長が混じっているはず。それを辿れれば、所在を特定できる可能性もある」

 

「……勝手な行動はしないこと。あくまで行動方針は私が決める。いい?」

 

「はいはい、了解」紗月は肩をすくめて笑う。

 

 だがその目は鋭く光っていた。

 

「明日が楽しみだね。──“残ってる”か、“残されてる”か、確かめようじゃない」

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