焼けた地の上に、ライダーが静かに立ち上がった。
その動作は、まるで壊れた機構がひとつずつ再起動していくかのように、重く、確実だった。
焦げた包帯がはらりと落ち、彼女の輪郭を包む光が形を変える。
赤い輝きが線となって空間を走り、背後に巨大な陣形を描いた。
それは魔術というより、兵器の起動コード──無機質な演算の光だった。
秀則はその背を見上げた。
炎の反射に照らされながら、彼女の姿はもはや人間でも英霊でもなかった。
戦場のために造られた存在、冷ややかな美しさ。
「C4-621から衛星軌道シェルパコンテナへ」
ライダーの声は、炎の中で異様なほど冷静だった。
まるで古い戦場の空気だけが、彼女の中で蘇っているようだった。
「ID確認。認証……通過。アクセス権限、第二階梯まで開放。軌道上ユニット、同期を開始」
空気が震えた。
焼け付いた夜空の奥──はるか上空、衛星軌道の闇が一瞬だけ脈動する。
『──こちら無人補給シェルパ。C4-621の通信を確認』
耳で聞くのではない。
ライダーの宝具起動に伴う魔力回線が、直接、音なき音を運んでくる。
『目標地表座標──不規則に変動。熱源特異値、高危険度レベル・オーバー。降下ユニットを投入を希望するか』
ライダーは一度、炎の巨人を見据えた。
その胸の奥で核が脈打ち、狂い火が塔のように吹き上がる。
そして──静かに、即答した。
「実行。LOADER4の降下を許可」
『了解。LOADER4、射出プロセス開始』
秀則は、息を呑んだ。
空の奥で、ごく微細な光が点滅する。
星でも航空機でもない──軍事衛星の「照準点」。
次の瞬間、夜空を裂く。
白い尾を引いた閃光が、ほとんど直線で落ちてきた。
流星の速度ではない。
大気を噛み砕きながら、下降速度マッハ十以上で地表へ殺到してくる。
それは巨大な金属塊──
だが地表へ到達する直前、無音の「展開音」が空を走った。
圧縮された超高温の空気を押しのけ、
コンテナの側面が一斉に爆散する。
瓦礫のように見えた外殻が、空中で弾け飛ぶ。
内部から伸びるのは、鈍いグレーの装甲板。
続いて、脚部フレームが伸び、胸郭のような胸部ユニットが展開した
「……あれは……!」
秀則が声を失う。
空を割って落ちてきたのは──
巨大な人型兵器。
赤い単眼が、薄闇の中でかすかに明滅する。
着地と同時に、地が鳴り、衝撃波が砂礫を巻き上げた。
灰が渦になり、炎の色が乱れる。
その中心に、巨影が立ち上がった。
AC──LOADER4。
グレー一色の無骨な装甲。
余計な意匠はどこにもない。
使い捨て兵器のように、ただ効率だけを追い求めた線。
頭部には単眼センサーが一つ、深紅に光る。
ライダーはその巨体を見上げ、短く頷いた。
「LOADER4、着地確認。機体状態、問題なし。ハンドラーの令呪による魔力供給も安定」
コンテナの破片が地面へ雨のように落ちる。
灼熱の中でも、その落下音だけは機械的に乾いていた。
秀則は、ただ呆然と立ち尽くした。
炎の巨人と対峙するにはあまりにか弱い二人の傍に、
圧倒的な質量と戦場の匂いをまとう機体が立ち上がっていた。
「これが……君の、宝具」
問いかけに、ライダーは振り向かない。
ただ、静かに言った。
「
LOADER4の単眼が、静かに瞬いた。
次の瞬間、巨体が低く沈む。膝関節が油圧で押し曲げられ、脚部が地を抉るように沈降する。
同時に、胸部装甲の一部が前へ滑り出し、内部から冷たい蒸気が噴き上がった。
灰と熱風の渦の中、
コックピットが解放されていく。
金属の層が重なるたび、油と鉄の匂いが濃くなる。
狭いが、ひどく密度の高い空間だった。
無駄が削ぎ落とされ、戦場のためだけに組み上げられた匂い。
「ね、早く」
ライダーは言い、秀則の腕を取って引き寄せた。
彼の足は焼けた地面に張り付いたように動かなかったが、
小柄な彼女の力は意外なほど強く、躊躇を許さなかった。
二人は機体の胸部奥──細い梯子が伸びる裂け目へと滑り込む。
中は薄暗く、無数の端子が蛇のように壁を這っていた。
機器の軋む音、通電を知らせる微弱な光。
秀則は息を呑んだ。
「すご……これ、SFの世界観ですな」
「ハンドラー席は後方。こっち」
ライダーは手際よく、秀則を簡易シートへ押し込む。
ほとんど座らせるというより、「固定する」という動作だった。
瞬間──
シート横の拘束アームが秀則の胸と腹を押さえ、鋼の爪が彼を捕まえた。
「うわっ……! ちょ、ちょっと待ちなされ!」
「安全確保。これがないと、機体のGで体が潰れる」
淡々と説明しながら、ライダーは前へ進む。
操縦席──コアリンク端末に腰を下ろした。
そして、
その背へ収束するように、無数の細いケーブルが彼女に伸びる。
肩、背骨、肋骨の下──
人体の要所に、磁着するように次々と接続されていく。
秀則は息を呑んだ。
彼女の肌に触れた端子が淡い光を放ち、
まるで彼女の身体を“機体の一部”へ変換していくように見えた。
ライダーは表情ひとつ変えない。
次々と端末を接続しながら、最後に──
天井から垂れ下がる、一本だけ桁違いに太いケーブルへと手を伸ばした。
それは腕ほどもある黒い主幹ケーブル。
パイロットを制御装置として扱うための、接続端子。
秀則の顔色が変わった。
「ま、待たれよ! それは……それは明らかに危ないやつでしょうが!」
彼はシートごと身を乗り出し、
不安定な体勢のまま、ライダーの手首を掴む。
ライダーは、掴まれた手首をそっと見下ろした。
秀則の掌は汗で湿り、震えていた。
熱と恐怖と、そして彼女を失いたくないという──不器用な保護の本能。
その震えを、ライダーはしばし無言で受け止めた。
そして。
ゆっくりと、髪をかきあげた。
焦げた前髪を指で払うと、白い首筋が露わになる。
そこには──人間にはあり得ないものがあった。
金属の輪郭。
皮膚と一体化した楕円形の接続口。
呼吸に合わせて微かに脈打つ、光のスリット。
秀則は息を呑んだ。
「こ、これは……」
「ハンドラー。私は“そういう風に”造られている」
ライダーは微笑んだ。
どこか誇らしげで、どこか哀しい。
そして何よりも、戦場に最適化された兵器としての自覚を帯びた笑み。
「戦場で、死なないように。痛みによって動けなくならないように。何度壊れても、接続すれば動けるように。この兵器──ACを上手く動かせるように」
首の接続口が淡く光り、呼気に合わせて微かに揺れる。
それは、生々しくも妖艶な構造だった。
ライダーは手にしていた太い主幹ケーブルを見下ろし、
続いて秀則の手を見た。
そして──
悪戯っぽく笑った。
普段はほとんど見せたことのない、年相応の少女のそれ。
しかしコックピットの薄闇と、機械の匂いの中で浮かんだその笑みは、
どこか背徳的で、罪深いほど美しかった。
ライダーはそっとケーブルを秀則の胸に押しつける。
「挿して?」
その声音は、命令でも懇願でもなかった。
身を委ねる者の声。
ケーブルの先端が彼女の白い首筋へ向けられる。
結露した金属の冷たさが、ライダーの肌に触れ──
彼女は目を閉じ、軽く首を傾けた。
まるでキスを受け入れるような、
あまりにも無警戒で、あまりにも信頼に満ちた仕草。
秀則は喉を鳴らし、言葉を失う。
「ら、ライダーちゃん……その……これ、本当に……挿しても?」
「うん。早く挿して」
微笑むその顔は、戦場の炎に照らされ、
人間らしい温度と、兵器の冷たさを同時に孕んでいた。
妖艶で、危うく、
何よりも──救いようのないほど美しい。
秀則は震える手で、ケーブルを持ち直した。
息を呑み、
その金属の刃のような接続端子を──
ライダーの首へと、そっと押し当てた。
金属の先端が、ライダーの白い首筋に触れた。
──だが、そこからが問題だった。
「え、ええと……これは……その……角度が……」
秀則はおっかなびっくり、まさに“つまようじで鍵穴を探るような”手つきでケーブルを押し当てる。
だが当然そんな繊細な端末が、適当に差し込んで入るはずがない。
「えーと、こっちの端子が……え、あっ、違いますな……? あれ……?」
金属同士がかすかに擦れ、乾いた音を立てる。
ライダーの首の接続口は、入れやすい構造とはいえ、精密機器だ。
秀則の緊張した震える手では、まるで合わない。
……数秒。
……十数秒。
コックピットに、やけに気まずい金属音がこだまする。
「う……うむ、滑りますな……あっ、今の入ったか……? あれ、違う……」
秀則の額から汗が落ちる。
緊張と熱と、そして“彼女を傷つけてはいけない”という過剰な慎重さが、全て裏目に出ていた。
その後頭部を見下ろし、
ライダーは、とうとう呆れた。
「ハンドラー」
「む、むむ……? 今度こそ……!」
「下手くそ」
「ぐっ……!」
短く一刀両断。
完全に図星なだけに、秀則の動きが固まる。
「い、いや、その……だって、これ……君の首に……! なんか、刺さるような事したら大惨事ではありませんか!」
「大丈夫。設計上、刺すもの」
「そ、その言い方が余計怖いのですが!」
ライダーは薄く笑った。
まるで「仕方ないな」とでも言うような表情。
そして──ほんの少し首を傾けた。
その瞬間。
コクン、と小さな音を立てて、
ケーブルが、吸い込まれるように接続された。
「──んっ」
「え?」
秀則の手の中で、ケーブルが勝手に奥へ押し込まれていく。
皮膚と金属の境界が一瞬だけ脈動し、光が走る。
同時に──
機体が震えた。
LOADER4の単眼が赤く点滅し、
操縦席の周囲を走る回線が一斉に光のラインを描き出す。
ライダーの胸、背、首へ接続されていた無数のケーブルが一斉に通電し、
少女の身体と機体全体が、一本の神経回路を共有した。
“接続音”とも“心音”ともつかない振動が、
コックピット全体に響く。
秀則は息を呑む。
「……ライダー……ちゃん?」
その問いに、
ライダーはゆっくりと目を開けた。
瞳の奥に、人ではない光が宿る。
「……接続完了。LOADER4との神経同期、問題なし」
その声音は、先ほどまでの少女のそれではなかった。
兵器としての冷たさと、僅かな熱を残す“人間の呼吸”が混ざり合っている。
彼女は振り向かず、淡々と宣告した。
「メインシステム、戦闘モード起動」
赤い単眼が、炎の巨人を正面に捉える。
その瞬間──機体全体が、ゆっくり、だが確実に立ち上がり始める。
油圧シリンダーが唸り、関節部のロックが次々と解除される。
鉄が軋む低音が、コックピットの床を震わせた。
ゴウッ……
背部スラスターに微弱な初動火が灯り、熱風が地を這う灰を吹き飛ばす。
「起立動作、良好。安定性、問題なし」
ライダーは冷静に読み上げる。
秀則はシートに固定されたまま、ただ息を呑んだ。
高熱の地獄の中で、
機体の質量だけが揺るがぬ存在感を持って立ち上がる。
LOADER4が完全に直立した瞬間──
キャスターの狂い火が、微かに揺れた。
炎の巨人は、まるで“興味”を抱いたかのように、
その灼熱の頭部をゆっくりと傾ける。
眩い火の目が、LOADER4をじっと観察する。
「……ほう」
その声は、火柱の奥底から響くような低い振動だった。
「実に面白い。この世の技術……いや、“私の知る限りの未来”のそれすら、遥かに凌駕している」
キャスターの胸に埋まった“炉心”が脈動する。
狂い火が彼の周囲を渦巻き、景色が波打つ。
「魔力炉ではない。霊子を変換する装置でもない。ましてや、旧文明の機械仕掛けでもない……これは──」
巨体がゆっくりと身を屈める。
灼熱の手が、LOADER4に触れようと伸びる。
「極めて純粋な“科学技術”で構築された、未来の戦争機械……!」
炎が唸り、キャスターの声は恍惚に震えた。
「おまえたちは……どこからこんなものを引きずり出した?」
秀則は反射的に叫ぶ。
「ライダーちゃんの宝具です! 未来の技術とか、よく分かりませんが!」
その言葉に、キャスターは一瞬だけ沈黙した。
そして──炎の頭部が笑った。
「……宝具、か。なるほど。ならばこの兵器は、“未来の戦争”の象徴だというのか」
狂い火が天へ伸びる。
「よかろう……見せてごらんなさい! その機体で、この“神格の火”にどこまで抗えるのか!」
キャスターが腕を振り上げる。
世界を焼き尽くす黄色の奔流が、機体へ襲いかかる。
次の瞬間、LOADER4は横へ跳んだ。
爆風のような熱が頬を撫でる。
スラスターの噴射が、焼けた地面をえぐり、灰を吹き飛ばす。
「回避行動、成功。熱量、警告域」
ライダーの声は平板だった。
だが彼女の視界越しに共有される機体の動きは、まるで生物の反射神経。
炎の奔流が通った空間は、遅れて火柱の壁となって閉じた。
着地の瞬間、LOADER4は右腕部の武装を構える。
長く無骨な実体弾ライフル。
装填、油圧駆動、ロック。
「ハンドラー、衝撃に備えて」
「ひ、ひえ……っ!」
秀則が悲鳴を漏らすより早く──
轟音が空を割った。
LOADER4が、正面の巨影へ向けてトリガーを引く。
発射された弾丸は、縮尺をそのまま狂ったように拡大した“銃弾”だった。
一発が戦車砲の初速と運動エネルギーを持ち、それを毎秒十発ほどの速度で連射していく。
射撃のたび、地面が衝撃で砕け、周囲の灰が吸い寄せられては爆散した。
だが──
キャスターの胸を貫くはずの弾丸は、炎に触れた瞬間に消滅した。
「なっ……!」
「物理攻撃の抵抗値、想定以上。弾頭が……溶解」
実際、弾丸が触れた炎は、何かを喰らうように蠢き、熱を吸い込むように光を飲み込んだ。
キャスターの狂い火は、もはや物質ではなく、
“世界を焼く概念そのもの”に近い。
「やはり無駄か」
炎の巨人が、こちらに視線を落とす。
「その兵器……見事な構造だ。だが──その程度では私に触れた瞬間、溶け落ちるだけでしょう」
LOADER4の単眼が軋んだように光を収束させる。
ライダーは言葉を返さない。ただ、次の動作へ移行する。
キャスターの腕が再び持ち上がる。
炎を剣のように形作り、空を裂く。
だが、LOADER4はすでに動いていた。
左スラスター全開。
轟音とともに機体は地を蹴り、炎の斬撃を紙一重で回避する。
避けるたび、コックピットが激しく揺れ、秀則が悲鳴を上げた。
ライダーは揺れる機体の中、わずかに息を整えた。
LOADER4の回避行動は成功したが、このままでは埒が明かない。
実体弾はすべて“触れた瞬間に燃やされる”。
火ではなく、概念そのものを焼く狂い火に対して、物質攻撃は意味をなさない。
ライダーは即座に判断した。
「実体弾では突破不可。シェルパ、追加武装を」
その声は冷たい。
けれど秀則の耳には、どこか“焦りを抑え込んだ響き”も感じられた。
『武装提案── HI-32:BU-TT/A』
「肯定。射出」
秀則は眉を上げた。
「それは……何ですかな?」
「物質ではなく“力場”を刃とする武器。炎という概念に対抗するには、こういうタイプが有効」
説明は極めて簡潔だったが、その声は揺るがない。
ライダーの経験と判断は、戦場そのものの記憶だった。
上空で再び、暗い空間の一点が明滅する。
衛星軌道の補給ノード──シェルパはすでに動いていた。
『追加武装ユニット、射出プロセスへ移行。地表座標をロック……射出まで3、2、1……』
──空が裂ける。
直線的な光が降下し、コンテナがまたも大気を裂いて落下してくる。
キャスターがその光を見て、愉快そうに口角を吊り上げた。
「ほう……また何か呼んだか、小さき戦争機械よ」
だがその興味はすぐ嘲笑へ変わる。
「だが──無駄だ。何を落とそうと、何を持とうと、触れた瞬間──」
次の瞬間、コンテナが爆ぜた。
音速を超えた破片と蒸気の奔流が散り、内部から現れたのは──
奇妙なフォルムの武装ユニット。
刀身に相当する部分は存在しない。
代わりに曲線的な発光フレームが展開され、
そこへ“パルスの幕”が張られていく。
刃のような形状だが、物質ではない。
光でもない。力場そのものだ。
ユニットがLOADER4の腕部へ磁着し、ロックが自動で噛み合う。
「追加武装、装着完了。パルスブレード、出力上昇……臨界六十パーセント」
ライダーが左腕を軽く振る。
鮮やかな緑の刃が尾を引いた。
それは剣というより、空間ごと切り裂く“力の線”。
熱に歪んだ空気さえ、その光に近づくと震えた。
「ハンドラー、固定を強化して。──近接戦を開始する」