Fate/You Died.   作:助兵衛

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第30話 三位一体

 ──世界が、反転した。

 

 赤黒い光が閃いた次の瞬間、誠は思わず目を覆った。

 皮膚に触れる熱が消え、代わりに冷えた風のざらつきが頬を撫でる。

 

 耳鳴り。

 鼓膜の奥で金属が軋むような音。

 

 ゆっくりと目を開けた誠の視界に広がっていたのは──

 もう、“さっきまでの住宅街”ではなかった。

 

 燃え盛る建物の群れは、ねじれるような音を立てて形を変えている。

 瓦屋根が石造りの尖塔へ。

 アスファルトは泥に沈む石畳へ。

 電柱は枯れた街路樹のように黒い影へと変質し、空には血の様に紅い月が浮かんでいた。

 

 血のように赤黒い霧が、街全体を覆っている。

 

 理央が短く息を呑む。

 

 さっきまでの住宅街の形を残しているのは、ほんの輪郭だけだった。

 建物は石壁の重厚な家々へと変貌し、窓は鉄格子に閉ざされ、遠くの路地には首を吊られた獣の影が揺れていた。

 

 LOADER4の巨体も、キャスターの炎も──

 全てが赤黒い夜の底へ沈みこむように染まっていく。

 

 上空から降り注いでいた熱気が消え、代わりに──

 “獣臭”とも“血の匂い”ともつかぬ、生臭い風が吹き抜けた。

 

 誠の背筋が、ぞくりと凍る。

 

 これはただの空間変質ではない。

 世界そのものが“夜の狩場”へ引きずり込まれている。

 

「あぁ、まったく、最低な夜ですね。マスター」

 

 バーサーカーの声が、ゆっくりと落ちてきた。

 

 その声に──誠は違和感を覚えた。

 

 先ほどまで焦げついていた喉が、

 焼けただれた皮膚が掠れていた声帯が、

 “正常”に戻っている。

 

 薄く漂う赤黒い霧の中心で、バーサーカーが静かに立っていた。

 

 その身体は──先ほどまでとはまるで別人だった。

 

 崩れ落ちていた狩人服は、黒い布地として完全に再生している。

 裂けていた袖も裾も、影の糸で織り直したように滑らかに繋がれている。

 顔や腕の火傷も、血の痕も、赤黒く腫れた皮膚も──

 一つ残らず消えていた。

 

 ただ、赤い瞳だけがそのまま。

 獣の光を宿したまま、静かに燃えている。

 

 理央が息を呑んだ。

 

「……傷が……ぜんぶ……」

 

 誠も、喉が乾く感覚を覚えた。

 

「まるで……夢みたいに……なくなって……」

 

 バーサーカーはゆっくりと息を吐き、誠たちの方へ顔を向けた。

 

 その表情には、痛みの影すらない。

 

 ただ、狩人としての冷たさと、獣としての悦びが宿っていた。

 

「……ご心配をおかけしました、マスター」

 

 穏やかにすら聞こえる声だった。

 だが、その内側に潜む血の匂いが、誠の背筋をぞくりと震わせる。

 

 バーサーカーは腰のホルスターへ手を伸ばした。

 

 取り出したのは、古めかしい中世の単発銃──

 燭台の光をそのまま塗り固めたような、鈍く冷たい黒鉄。

 

 その銃口に、銀の弾丸を静かに込める。

 カチリ、と装填の音が、夜の街にひどく冷たく響いた。

 

 続いて、背に掛けていた鋸鉈を一度カシャンと折り畳み、

 またゆっくりと展開する。

 

 刃渡りは赤黒い霧を受けて歪むように輝き、

 まるで“この世界そのもの”を切り裂くための刃に見えた。

 

 バーサーカーは、その刃を肩に担ぐよう構え直す。

 

「それでは、行ってまいります。あの炎の巨人を何とかする"隙"を、作ってみせましょう」

 

 バーサーカーは鋸鉈を肩に担ぎ、片手に単発銃をゆらりと構えたまま、

 ゆっくりと、しかし迷いなく歩き始めた。

 

 向かう先は──

 キャスターと、片腕を失ってなお立ち続けるライダーの機体。

 

 石畳に響く足音は、

 この夜に満ちる異形たちをも沈黙させるような静けさを纏っている。

 

 赤黒い霧を割って、バーサーカーは歩く。

 狩人服の裾が石畳をかすめるたび、血の霧が微かに揺れた。

 

 やがて──凄絶な衝突音が、夜を震わせた。

 

 キャスターの巨躯が腕を振り下ろし、

 LOADER4が片腕のままスラスターでそれを受け流す。

 

 赤黒い世界へ塗り替えられた今なお、二者の戦いは続いていた。

 炎の巨人と鋼の機体──

 だが、そこへ混ざる“第三の影”に、まだ誰も気づいていない。

 

 バーサーカーは歩みを止めない。

 

 獣のように静かで、

 人間よりも冷たく、

 死神よりも軽やかな足取りで──戦場の只中へ。

 

 LOADER4の単眼が、わずかに赤く瞬いた。

 

 騎乗者──ライダーは気付いたのだ。

 この世界を形作る異質な圧。

 赤黒い霧の中、迷いなく接近する細い影。

 

 そして次の瞬間──

 

 バーサーカーは走った。

 

 石畳を蹴った瞬間、

 その身体は残像を引くほどの速度で暗黒の街並みを駆け抜ける。

 

 霧が引き裂かれ、風が悲鳴を上げる。

 

 真っ直ぐに。

 炎の巨人──キャスターへ。

 

 LOADER4は反応し、わずかに体を傾ける。

 

 バーサーカーはLOADER4の装甲板に“足をかけた”。

 

 騎士の踏み台ではない。

 戦場を走る獣が、渓谷の壁を蹴るような軽さで跳ねた。

 

 金属と革靴底がぶつかる乾いた音が響き──

 

 跳躍。

 

 赤黒い霧を突き破り、

 バーサーカーは空へ舞い上がる。

 

 鋸鉈が月光を裂き、

 単発銃の銀弾が闇の底で光る。

 

 LOADER4の外装を足掛かりに跳躍し、

 その勢いを殺さぬまま、巨人の胸の裂け目へ──

 燃える心臓部へと身を投げた。

 

 バーサーカーの身体が炎の裂け目へ消えた瞬間、

 狂い火が爆ぜた。

 

 巨人の胸腔──その中心に埋め込まれるように存在する“炉心”。

 赤黒く脈動し、肉とも鉱物ともつかぬ質感で蠢くその塊は、

 かつてキャスターのマスターだった。

 

 バーサーカーは迷いなく、その中心へ鋸鉈を叩き込んだ。

 

 生物のものとは思えぬ、濁った破裂音。

 血と炎が同時に噴き出し、赤黒い霧が一気に渦を巻く。

 

「さぁ、良い声で鳴いてくださいな」

 

 淡々と呟く声だけが、やけに冷たく響いていた。

 

 刃が肉を裂き、深く沈む。

 塊が震え、狂い火が巨人全体を貫いて揺らめく。

 

 キャスターは即座に反撃した。

 

 胸腔の奥から、猛烈な炎が逆流する。

 まるで炉心を守るため、炎そのものが知性を持ったかのように──

 バーサーカーへ直接襲いかかった。

 

 灼熱がバーサーカーの身体を包む。

 常のサーヴァントなら一瞬で蒸発する程の熱量。

 

 狩人服が黒煙を上げ焼け、

 皮膚が赤黒く焦げ、

 肉が裂け、骨が露出する。

 

 だが──

 

 バーサーカーの頬にひとしずく落ちた“血”が、

 焼損をすべて覆い隠すように蒸気を上げ、瞬時に傷痕を埋めていく。

 

 溢れ続ける炉心の血液を、

 バーサーカーはまるで雨のように浴びていた。

 

 焼けた皮膚が白く再生し、

 裂けた筋肉が音を立てて縫い合わされ、

 焦げ落ちた服までも影の糸が編み直していく。

 

 そして──再び鋸鉈が振り上げられる。

 

「……逃がしませんよ」

 

 刃が炉心へ、荒々しく突き立つ。

 

 ズジュッ、と粘つく何かを引き裂く音。

 炉心が震え、内部から火と血が同時に噴き上がる。

 キャスターの巨体が後退し、狂い火の表面に深い亀裂が走った。

 

 再生。

 攻撃。

 再び燃やされ、即座に癒える。

 

 その循環が、異様な早さで繰り返される。

 

 まるで──

 バーサーカーの身体が炉心の血を吸い、

 “無限に蘇り続ける死”を得たかのように。

 

 キャスターの炎が怒り狂って襲うたび、

 バーサーカーは焼け落ち、

 そして血を浴びて立ち直り、

 さらに深く炉心を抉る。

 

 狂気じみた攻防が続く。

 

 巨人の咆哮が、赤黒い空を震わせた。

 だがバーサーカーは微笑を浮かべたままだ。

 

「くふ……ふふ……もっと暴れなさい、ケダモノらしく!」

 

 キャスターは──悟った。

 

 炎では、焼き尽くせない。

 

 どれだけ胸腔へ逆流させても、

 どれほど高温を叩きつけても、

 獣の女は炉心の血を浴びるたびに再生し、

 さらに深く爪を立ててくる。

 

 狂い火が震えた。

 怒りとも恐怖ともつかぬ、揺らぎ。

 

 そして──炎の巨人は、別の手段を選んだ。

 

 轟音とともに、巨体の腕が大きく振りかぶられる。

 まるで溶鉱炉そのものが腕になったような、赤黒い質量。

 

 狙いはひとつ。

 炉心に取りつく小さな影──バーサーカー。

 

 巨人の掌が、燃え盛る世界を引き裂きながら迫る。

 

 バーサーカーは鋸鉈を引き抜き、血を浴びながら振り返った。

 

「……ああ。レディの扱いは不得意な様ですね、狂い火の王」

 

 その一言が終わる前に、巨腕が襲いかかった。

 

 振動。

 衝撃。

 大気ごと握り潰すような圧力。

 

 巨人の掌が、バーサーカーの身体を鷲掴みにした。

 

 骨が砕ける音はしなかった。

 あまりにも一瞬すぎて、音すら追いつかなかった。

 

 次の瞬間──

 

 バーサーカーの右腕が、肩から引き剥がされた。

 

 肉が裂ける音。

 影がほつれるような破断。

 飛び散った血が空中で霧に変わる。

 

 だがキャスターは止まらない。

 炉心に爪を立て続けるバーサーカーを、どうしても引き剥がしたい。

 

 もう一度、握り直す。

 

 左腕が、肘からねじ切られ飛んだ。

 巨掌の閃光の中で、何かが金属のように転がり、霧に落ちて消える。

 

 脚も。同じだった。

 

 巨人が力任せに引き剥がそうとしたたび、

 バーサーカーの四肢は、“人形のパーツ”のようにもげていく。

 

 右脚が関節ごと潰れ、

 左脚が膝から後ろへ折れ、

 最後には腰の捻れに耐えられずに分離した。

 

 キャスターの巨掌に残ったのは、

 胴体から上──首と胸だけの、断片。

 

 それでも。

 

 その断片は、まだ動いていた。

 

 胸に爪を立てたまま、炉心へ噛みつくようにしがみついていた。

 

 焼け焦げた唇が、かすかに笑む。

 

「私の様な小さき者に、随分ご執心な様ですねぇ!」

 

 バーサーカーの嘲りを浴びせられたキャスターの狂い火が、

 炉心の奥でぶるりと震えた。

 

 巨体は完全にバーサーカーへ意識を奪われていた。

 

 むしろ、奪われるしかなかった。

 

 四肢をもがれてなお炉心へ食らいつき続ける、悪夢のような殺戮者。

 焼き尽くしても、切り裂いても、血を浴びた端から再生し、

 再び炉心へ刃を叩き込む異常な存在。

 

 キャスターは──もう見ていない。

 

 他の敵を。

 

 戦場を。

 

 夜の霧へ沈む、もう一人の英霊を。

 

 その瞬間だった。

 

 LOADER4が、赤黒い夜の中を疾走した。

 

 片腕のまま、脚部スラスターを最大噴射。

 バーサーカーが飛び込んだ隙──

 キャスターの意識が完全に逸れた“わずかな裂け目”。

 

 巨人の炎圏から、一気に跳び退く。

 

 鉄骨を踏み砕く衝撃。

 路地を削りながら、鋼の機体は後方へ滑り込む。

 

 金属の悲鳴とともに、

 LOADER4の頭上に赤黒い空が裂けた。

 

 ──ではない。

 

 軌道上から、

 新たなコンテナが降下してきたのだ。

 

 先程とは桁違いの質量を持つ影が、

 赤月を背に稲妻のように地表へ落ちてくる。

 

 誠が息を呑んだ。

 

「また……」

 

 コンテナはLOADER4の上空で瞬時に解体され、

 装甲片が雨のように降り注ぎ始めた。

 

 パージ音。

 金属の枝が折れるような音。

 旧パーツが投げ捨てられる衝撃。

 

 LOADER4の外殻が、一度“むき出し”になる。

 

 裸になった骨格フレームは、灼熱に晒すにはあまりに華奢だった。

 だが──次の瞬間。

 

 新たな外殻が流星のように接続されていく。

 

 肩部装甲が、鱗片のように重なり合う。

 

 胸部プレートは厚みを増し、

 空気を焼くための耐熱層が波紋のように展開する。

 

 脚部は細身のシルエットを捨て、

 推力を吸収しながら撃ち返す流線構造へ変貌。

 

 頭部は特徴的な円柱型、いわゆるバケツ頭のような形態を取る。

 

 従来のスタンダードな人型ではない。

 灼熱の世界で動くための、異形の重装甲。

 

 誠が興奮気味の声で呟いた。

 

「……形が……違う……!」

 

 理央も見惚れたように言葉を失っていた。

 

 LOADER4は炎の巨人と戦うためだけに最適化された形へと再構築されていく。

 

 新たなLOADER4が、赤黒い空へ向けて立ち上がる。

 

 ──重装甲となった新生LOADER4の左腕が、

 ゆっくりと持ち上がった。

 

 そこへ、最後のコンテナから落下した“何か”が

 彗星の残骸のように迫り──

 機体の左前腕へ、磁着するように結合した。

 

 瞬間、衝撃波。

 

 鋼の外殻がたわみ、

 内側の駆動骨格まで震動が走る。

 

 その武装は、先程まで装備していた“パルスブレード”とは似ても似つかない。

 

 形状は槍に近い──

 だが、純粋な物理兵器ではない。

 

 装着された瞬間、武装内部のメカニズムが作動を始めた。

 

 重厚な機構音が、

 赤黒い夜の石畳に反響する。

 

 ──回転音。

 ──液体金属を捏ね回すような駆動音。

 ──内部で何かが充填される脈動。

 

 そして。

 

 左腕の先端に、

 “光”が集まり始めた。

 

 炎すら焼け残る赤黒い空気を、

 鋭い線が切り裂く。

 

 誠は声を失った。

 

「……レーザー……? 槍……?」

 

 槍先に相当する部分で、

 光が一本の軸へと収束していく。

 

 それは剣でも刃でもない。

 貫くための“光の穂先”──

 高熱と粒子密度で周囲の霧を蒸発させる、まさに刺突専用の殺意。

 

 槍先が完全に形成された瞬間──

 武装の後部から、火花が散った。

 

 いや、火花ではない。

 

 点火だ。

 

 小型ロケットを思わせる推進噴射口が、

 槍の基部から左右へ展開し、

 赤黒い世界を震わせる白い噴炎が一斉に放たれる。

 

 ──ゴォォォォォッ! 

 

 爆音が、夜を裂く。

 

 槍そのものが“前方へ突っ込むための推進器”として構築されている。

 つまり、刺突の瞬間に機体をさらに加速するための“外付けブースター”。

 

 誠は叫んだ。

 

「……す、すごい! ロケットパンチ、いやロケットランス!? かっこよ過ぎる!」

 

 重装甲となったLOADER4は、その槍を静かに構える。

 

 次の瞬間、狂い火が爆ぜた。

 

 キャスターは、自身の炉心を守るためだけに、

 胸腔全体を内側から炎で膨張させる。

 

 バーサーカーの指が、炉心から弾かれた。

 

 掴み続けていた爪が、肉を抉り取ったまま千切れる。

 血と炎が一気に噴き出し、その圧力ごと──

 

 キャスターはバーサーカーを、外へ“吐き出した”。

 

 胴体だけの身体が、胸の裂け目から放り投げられる。

 

 赤黒い夜へ、血の尾を引きながら弾丸のように飛んでいく狩人の残骸。

 それを見届けて、キャスターはようやく──ひとつ、安堵にも似た息をついた。

 

 炉心が軋みながらも、辛うじて形を保っている。

 

 これで、内側からの侵食は止まる。

 

 そう、思った瞬間だった。

 

 低く、地鳴りのような唸りが、

 巨人の背後から届いた。

 

 ──ゴォォォォ……。

 

 キャスターの狂い火が、はっと揺れる。

 

 今まで、耳に入っていなかった音だ。

 バーサーカーとの死闘の最中、背景ノイズとしか認識していなかった機械の駆動音が──

 今や、はっきりとした“殺意の接近”として耳を打つ。

 

 振り返る。

 

 赤黒い霧を割り、

 重装LOADER4が槍を構えて突撃姿勢に入っていた。

 

 左腕のレーザーランスが、

 音ではなく“空気の歪み”として唸っている。

 

 キャスターは即座に判断した。

 

 ──あれは、受けてはいけない。

 

 狂い火が肩口から噴き上がる。

 

 巨体の前方、

 真正面に向けて、炎の壁が展開された。

 

 先ほどまで砲撃も実体弾も受け付けなかった、完全防御の焔の盾。

 赤黒い夜を焼き潰し、あらゆる物理を溶かし尽くす熱の城壁。

 

 それが、LOADER4との間へ、瞬時に立ち上がる。

 

 誠が息を呑んだ。

 

「……やば……!」

 

 だが──ライダーは、減速しない。

 

 むしろ、スラスター出力がさらに跳ね上がる。

 

 重装甲がきしみ、石畳が踏み抜かれ、

 機体全体が“槍の台座”と化して前進する。

 

 次の瞬間。

 

 レーザーランス後部のブースター群が、一斉に最大点火した。

 

 ──ドン、と空気が潰れる。

 

 LOADER4が、赤黒い夜を裂いて消えた。

 

 目に追えない。

 

 キャスターの焔の防壁へ──

 光の穂先が、直線軌道で叩きつけられる。

 

 赤と白と黒が、一点で激突した。

 

 焔の壁が、

 ひび割れる。

 

 熱が負けたのではない。

 貫こうとする“形”の圧力が、空間そのものをねじ曲げている。

 

 たわんだ防壁が、次の瞬間──

 

 内側から、爆ぜた。

 

 貫通音は、驚くほどあっさりしていた。

 

 鈍い、ひと突きの音。

 そのあとに遅れて、周囲の空気が悲鳴を上げる。

 

 レーザーランスは、焔の防壁ごと、

 キャスターの胸腔を貫いていた。

 

 バーサーカーが散々抉り、裂き、血を溢れさせた炉心へ。

 既に亀裂だらけの魔力炉──

 “最後の一押し”を待つだけになっていた脆い心臓部へ。

 

 光の穂先が、容赦なく突き刺さる。

 

 脆くなった殻を、

 中からも外からも砕くように。

 

 炉心が、割れた。

 

 赤黒い血と、灼熱の魔力と、狂い火の断末魔が──

 一度に噴き上がり、夜の空を真っ赤に染めた。

 

 本来なら、そこで“終わり”だった。

 

 だが。

 

 ──終わらない。

 

 胸奥で赤黒く渦巻く“残滓”が、なお巨大な魔力として脈動していた。

 炉心という形は壊れた。

 しかし、その内部に蓄積していた魔力、怨念、呪詛、世界を焼き尽くそうとする執念──

 それらはまだ死んでいない。

 

 いや、形を失ったことでむしろ“剥き出しの炎”として露出した。

 

 キャスターの巨体が、ぐらりと揺れる。

 胸の穴から、真黒な火が吹き出した。

 

 ──ゴボォォォォッ……! 

 

 炎ではない。

 “燃え上がる呪詛”だった。

 

 巨人の眼窩にあたる二対の光が、

 弱るのではなく、逆に膨張する。

 

「────ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 夜が割れた。

 

 怒り、憎悪、喪失、破滅、混沌。

 キャスターの雄叫びは、赤黒い世界そのものを震わせ、

 石畳を割り、空気を裂き、──何より“炎そのもの”を蘇らせた。

 

 胸腔の裂け目から噴き上がった灼熱の奔流が、

 巨人の全身を再度包み込む。

 

 バーサーカーが抉った傷痕、

 LOADER4が穿った貫通孔、

 そのすべてを呑み込み、炎が逆巻き、龍のように吹き上がる。

 

 誠の喉が凍りつく。

 

「まだ……立つのかよ……!」

 

 キャスターは倒れない。

 炉心を失ったことで、本来の“制御”も消えている。

 

 ゆえに──

 炎の理性が消え、ただ純粋な破壊本能だけが巨体を動かしていた。

 

 赤黒い世界が、再び“焼却”へ傾きかけたその時。

 

 空気が、一瞬だけ“無音”になった。

 

 気づいた者は、ほんの僅か。

 

 理央が息を止める。

 誠の背筋を、氷の刃が走る。

 

 LOADER4のセンサーが、戦慄するように赤光を収束させた。

 

 ──冷たい、冷たい、殺気。

 

 夜霧の奥から吹き出したのは、

 炎とも血とも異質な、“無音の死”。

 

 そこにいるはずなのに、姿は揺らぎ、影も薄い。

 しかし確かに、誰よりも鮮烈で鋭く、

 刃物のように鋭い悪意だけが凝縮されていた。

 

 今まで遠間で様子見をしていたアサシンが、

 ついに動いたのだ。

 

 キャスターの炎の咆哮をかき消すほど、

 その殺気は鮮明だった。

 

 赤黒い夜が震える。

 

 バーサーカーの呪詛の森でもなく、

 キャスターの灼熱でもない。

 

 まるで“死の概念そのもの”が形になったような冷たさが、

 世界を静かに満たしていく。

 

 赤黒い世界の空気が、凍りついた。

 

 キャスターの炎が再度膨れ上がろうとした瞬間──

 理央の手に握られたスマートフォンが、わずかに震えた。

 

 通話中のまま、繋がっている。

 

 だが先ほどまで聞こえていたセイバーの荒い息も、

 建物の崩落音も、戦場の喧騒も──

 すべて消えていた。

 

 完全な静寂。

 

「黒野? これ……」

 

 理央は答えない。

 スマホをゆっくりと耳へ戻し──その瞳が、揺れた。

 

 電話の向こう側から“何か”が漂ってきていた。

 

 静かで、冷たく、

 焔の咆哮をもかき消す“死の宣告”。

 

『抜刀、【拝涙】』

 

『秘伝──不死斬り』

 

 ──電話の向こうから、最後の言葉が落ちる。

 

 赤黒い夜の空気が、裂けた。

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