Fate/You Died.   作:助兵衛

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第34話 小休止

 椅子の革が、わずかに軋んだ。

 

 誠は背筋を伸ばしたまま、応接間を見回していた。

 

 広い。

 天井が高い。

 窓は大きく、朝の光が斜めに差し込んでいる。

 

 それなのに──飾りがない。

 

 絵もない。

 花もない。

 置物もない。

 

 あるのは、整いすぎた空間と、磨かれた床と、無音に近い沈黙だけだった。

 

 隣では、秀則が毛布の端を指でいじりながら、落ち着かない視線をさまよわせている。

 

 視線は、壁から天井へ。

 窓枠の角へ。

 床の木目へ。

 

 まるで、何かが隠れているのではないかと探しているようで──同時に、何もないことに戸惑っているようでもあった。

 

「……こんな大きな家が……我らの住む町にあったのですな」

 

 前方の扉の近くに、年老いた使用人が立っている。

 

 先ほどから、動かない。

 呼吸しているのかすら分からない。

 

 ただ、そこにいる。

 必要なときにだけ、必要な動作をする機械のように。

 

 誠はふと、自分の背後を意識した。

 

 霊体化したサーヴァントたちは、見えない。

 だが、いないわけではない。

 

 空気が、妙に濃い。

 この部屋の“何もなさ”が、逆に気配を浮き立たせる。

 

 その対照が、余計に誠の神経を尖らせた。

 

 向かい側。

 

 理央が座っている。

 

 姿勢は完璧だった。

 膝の上に置かれた手は静かで、指先すら動かない。

 

 目線は、正面の一点。

 扉の方を、まっすぐに見ている。

 

 表情も整っている。

 だが、誠には分かった。

 

 ──緊張している。

 

 皮膚の下に、見えない刃が通っているような硬さ。

 ただ、微動だにしないことで、それを隠している。

 

 隣の紗月も同じだった。

 

 さっきまで外では、肩をすくめる余裕があった。

 だが今は違う。

 

 座椅子の背もたれに寄りかかりもしない。

 足も組まない。

 

 背筋を立て、視線を落とさない。

 

 緊張というより──警戒。

 

 ここに来るまで見せていた軽さが、切り落とされている。

 

 誠はそこで、初めて理解する。

 

 自分と秀則は、この屋敷を「初めて知った場所」として眺めている。

 

 だが、理央と紗月は違う。

 

 この場所の意味を、ある程度知っている。

 あるいは──知らされてきた。

 

 だからこそ、動けない。

 

 沈黙が続いた。

 

 時計の針の音もない。

 風の音も聞こえない。

 

 誠は、何十分か経ったように錯覚したが、実際の時間は分からない。

 

 使用人は、相変わらず扉のそばに立ち、微動だにしない。

 

 秀則が、また周囲を見回す。

 

 視線が、壁に吸い寄せられる。

 何もない壁に。

 

 何もないはずなのに、視線が離れない。

 

 誠も同じだった。

 

 この部屋は、何かを見せるための部屋ではない。

 

 何かを──奪うための部屋だ。

 

 余計なものを削ぎ落とし、言い訳も、感情も、逃げ道も奪い。

 ただ、ここに座る者だけを、裸にする。

 

 誠は、背中に冷たい汗が滲むのを感じた。

 

 そして──

 

 廊下の奥から、音がした。

 

 足音。

 

 ひとつ。

 ふたつ。

 

 一定の間隔で、こちらへ近づいてくる。

 

 理央の視線が、わずかに鋭くなる。

 紗月も、肩の力がほんの少しだけ変わる。

 

 秀則が息を止める。

 誠の心臓が、音を立てた気がした。

 

 使用人が、初めて動いた。

 

 襖へ手を掛ける。

 

 その動きは、ゆっくりで、正確で──

 

 この屋敷の空気と同じだった。

 

 ──す、と。

 

 襖が滑るように開く。

 

 廊下の奥の光が、細い線になって応接間へ差し込んだ。

 その線の中を、まず一人の老人が入ってくる。

 

 七十代前後。

 背は低くないが、体の厚みは削げている。

 白髪は整えられ、着物のようにも見える落ち着いた装いが、部屋の無地の空気に馴染んでいた。

 

 老人は、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 その笑みが、逆に誠の喉を乾かした。

 感情のない処理班の無表情よりも、ずっと作為があるように見えたからだ。

 

「待たせてしまって、すまなかったね」

 

 声は柔らかい。

 しかし、部屋の隅まで届く。

 

 老人は、使用人に軽く頷き、誠たちに向かってゆっくりと頭を下げる。

 謝罪の形は完璧だった。

 

 そして、躊躇なく席へ向かう。

 

 椅子に腰を下ろす動作に迷いがない。

 ここが自分の場所であると、当然のように理解している動き。

 

 誠は、反射的に背筋をさらに伸ばした。

 

 老人の後ろ──

 

 もう一人が入ってくる。

 

 金髪。

 

 朝の光が、髪に触れた瞬間、白金に近い輝きが走った。

 

 赤い瞳。

 

 血の色ではなく、宝石のような濃い赤。

 それが誠の視線を一度捉え、次の瞬間には興味を失ったように逸らされる。

 

 美青年だった。

 

 年齢は二十前後に見える。

 だが、幼さはない。

 整いすぎた顔立ちが、むしろ人間味を薄くしていた。

 

 誠は、息を飲む。

 

 理央の横顔が硬くなるのが、視界の端で分かった。

 紗月も、ほんのわずかに目を細めたまま動かない。

 

 青年は、老人の後ろを歩きながら、周囲を見回す。

 

 応接間の何もない壁。

 何もない床。

 何もない空間。

 

 それを確認するように一度見渡して──鼻で笑った。

 

 そして、席へ向かわない。

 

 椅子の背にも触れず、テーブルにも近づかず、部屋の隅へ歩いていく。

 

 壁へ、無遠慮に肩を預けた。

 

 もたれかかる。

 腕を組む。

 

 そこが“自分の居場所”であるかのように。

 

 人は、穏やかな笑みを保ったまま、誠たち四人を順に見渡した。

 

 視線は柔らかい。

 だが、逃げ場を与えない。

 

「改めて名乗ろう」

 

 そう言って、背筋を正す。

 

 その所作だけで、部屋の空気が一段締まった。

 使用人も、青年も、誰一人として動かない。

 

「黒野家当主──黒野恒一郎だ」

 

 名乗りは簡潔だった。

 誇示も、重みづけもない。

 

 それなのに、その名が落ちた瞬間、誠の胸の奥で何かが音を立てて沈んだ。

 

 ──当主。

 

 先ほどまで言葉として聞いていた存在が、目の前に座っている。

 それだけで、現実感が歪む。

 

 老人──黒野当主は、わずかに首を傾ける。

 

「まずは、礼を言わせてほしい」

 

 声は相変わらず穏やかだ。

 

「今回のキャスターの暴走。あれは、本来であれば──我々が監督官として、より早い段階で対処すべき案件だった」

 

 誠の喉が、ひくりと鳴る。

 

 監督官。

 その単語が、ここに至るまでの全てを、別の枠に押し込めようとする。

 

「神秘の秘匿を無視し、一般社会への暴露すら厭わない手段に出た時点で、本来ならば即時介入がなされて然るべきだった」

 

 黒野当主は、淡々と事実を並べる。

 

 言い訳の響きはない。

 だが、責任の所在を自分たちに置いていることも、はっきりと分かる。

 

「だが、我らは手をこまねいているのみで、実際には何の対処も行えなかった」

 

 そこで、わずかに間を置く。

 

 誠は、その沈黙に耐えながら、無意識に拳を握りしめていた。

 

「代わりに──君たちが動いた」

 

 視線が、誠へ。

 次いで、秀則へ。

 理央へ。

 紗月へ。

 

「神秘の暴露を招くことなく、街を混乱に陥れることもなく、キャスターを討伐した」

 

 言葉が、静かに重ねられる。

 

「犠牲者は少なからず出てしまったが……君たちはあの場で最善の選択をしてくれた」

 

 誠は、胸の奥がざわつくのを感じた。

 

 昨夜の光景が、断片的に蘇る。

 火。

 音。

 裂ける空気。

 

 あれが──評価される行為だと言われている。

 

「我々の不手際を補い、結果として神秘の秘匿を守り抜いた。その点について、黒野家当主として、正式に礼を述べる」

 

 黒野当主は、深くはないが、確かな角度で頭を下げた。

 

 誠は、思わず身を強張らせる。

 

 こんな人物が、頭を下げる。

 それ自体が、異常だった。

 

 黒野当主は、頭を上げると、再び穏やかな表情に戻った。

 

 その間、誰も口を挟まない。

 秀則も、誠も、理央も、紗月も──ただ、その言葉の重みを受け止めるしかなかった。

 

 当主は、指先を軽く組み、視線を落とす。

 

「さて……本題に入ろう」

 

 声は低く、しかし柔らかい。

 

「今回の戦闘痕跡の隠蔽、結界の再調整、周辺住民への心理的補正、報道機関への対応──正直に言って、どれも一朝一夕には済まない」

 

 誠は、胸の奥で小さく息を吸った。

 

 あの夜の惨状が、数日の作業で“無かったこと”にされていく。

 その現実が、言葉として突きつけられる。

 

「最低でも、数日はかかるだろう」

 

 黒野当主は、そう断言した。

 

「その間、諸君らが市中を動き回るのは、望ましくない。キャスターのような手段を選ばない者も、まだもいるかもしれないからね」

 

 誠の眉が、わずかに動く。

 

 それは命令ではない。

 だが、拒否を想定していない言い方だった。

 

「誤解しないでほしい。聖杯戦争そのものを休止するつもりはない」

 

 当主は、軽く周囲を見回す。

 

 無装飾の応接間。

 厚い壁。

 外界から切り離された静寂。

 

「少なくとも、この数日。諸君らには“小休止”が必要だ」

 

 秀則が、思わず目を瞬かせた。

 

「小……休止、ですかな?」

 

「そうだ」

 

 黒野当主は頷く。

 

「休息、療養、情報整理。その全てを、この場所で行えるよう手配する」

 

 黒野当主の声は、変わらず穏やかだった。

 だが、言葉の端々に“決定事項”の硬さが混じる。

 

「外界からは切り離されるが、必要な情報は入る。食事も、寝所も、結界も整っている。君たちは、ここで数日休むといい」

 

 誠は頷くことも、否定することもできなかった。

 頭の中で、昨夜の破片がまだ落ち着ききっていない。

 

 秀則が、毛布の端を握ったまま、恐る恐る口を開く。

 

「……しかし、その……我らは、聖杯戦争の参加者で──」

 

「分かっている」

 

 黒野当主は、秀則の言葉を遮らない。

 ただ、先に答えを置いた。

 

「聖杯戦争は続く。休止はしない。だが、監督官として言うなら──今の諸君らは、動くべきではない」

 

 その言い方に、誠は背中の冷えを覚える。

 “監督官として”という枕詞が、優しさを装った命令に変わる瞬間を、はっきり示していたからだ。

 

 黒野当主は、視線を秀則へ向けた。

 

 穏やかな目。

 だが、何かをすでに知っている目。

 

「紫村君」

 

 呼び方だけで、秀則の肩がわずかに跳ねた。

 

「君が、今回の件を経て──聖杯戦争からのリタイアを望んでいることも、承知している」

 

 黒野当主は、責めない。

 慰めもしない。

 ただ、事実のように言う。

 

「その処置についても、こちらで手続きを進める。焦る必要はない。──心身が落ち着いてからでいい」

 

 秀則の目が、揺れた。

 

 逃げ道を与えられた安堵ではない。

 逃げ道の存在を、最初から握られていたと知った恐怖だ。

 

 誠は、無意識に唾を飲み込む。

 

 この屋敷は“休ませる場所”ではなく、

 “決めさせる場所”なのかもしれない──そんな疑念が胸の底で膨らむ。

 

 黒野当主は、四人を一度だけ見渡した。

 

「ひとまず今日は休みなさい。詳細は、後でこちらから伝える。──理央」

 

 名を呼ばれた瞬間、理央の背筋がさらに硬くなる。

 

「……はい」

 

 声は平静だった。

 しかし、誠には分かった。

 喉の奥で、何かを噛み殺している。

 

「君もよくやった。また、食事でもしようじゃないか」

 

「……」

 

 黒野当主は立ち上がる。

 

 椅子の脚が床を擦る音すら、ほとんどしない。

 それが余計に不気味だった。

 

「では──一旦、失礼する」

 

 穏やかな笑みを崩さぬまま、当主は応接間を出ていく。

 

 年老いた使用人が、影のように後ろへつき、襖を静かに引いた。

 

 残されたのは、沈黙と──

 

 壁にもたれていた金髪の青年だった。

 

 青年は、最後まで座らない。

 

 赤い瞳が、ふと誠を捉える。

 

 一瞥。

 

 それだけだった。

 値踏みでも、敵意でもない。

 ただ、“そこにいた”という確認のように。

 

 次の瞬間、青年は肩を壁から離し、興味を失ったように踵を返す。

 

 襖が閉まる。

 

 その瞬間。

 

 空気が、ふっと軽くなった。

 

 誠は驚く。

 同じ部屋なのに、圧が一枚剥がれたように感じる。

 

 理央の吐息が、ようやく部屋の空気に馴染んだ。

 

 紗月も額に手を当て、短く目を閉じる。

 その仕草ひとつで、さっきまで張り詰めていたものがどれほどだったか、誠にも伝わってきた。

 

 理央が、肩を落とした。堪えていた息を、深く吐く。  

 それはため息というより、溺れていた者がようやく浮上した音だった。

 

「……っ」  

 

 紗月も同じだった。

 背筋を張っていた糸が切れ、座椅子の背にほんの少しだけ身を預ける。  

 そして、抑えきれなかったように、深いため息を漏らした。

 

 誠は、その二人を見てようやく理解する。  

 

 自分と秀則が“物珍しさ”でこの屋敷を見ていた間、理央と紗月は、ずっと別のものを見ていた。   

 

 誠はわざと軽い話題を探して──口を開く。

 

「……さっきの金髪の人さ。黒野家って、外国人もいるんだな」

 

 自分でも分かる。

 場を和ませるには、あまりに浅い言葉だ。

 

 それでも、言葉が落ちた瞬間、理央の視線がこちらに向いた。

 

 理央は一瞬、言うべきか迷った顔をした。

 

 眉がわずかに寄る。

 唇が薄く閉じられる。

 そして──決めたように、息を整える。

 

「……違うわ」

 

 声は小さい。

 だが、硬い。

 

「彼は、黒野家の人間じゃない。それどころか……普通の人間でもない」

 

 誠は瞬きをした。

 

「え」

 

 理央は、応接間の扉──さっき恒一郎が出ていった方を、一度だけ見た。

 確認するように。

 この屋敷の壁に耳があることを、当然の前提にしている視線だった。

 

 それから、誠へ戻る。

 

「灰原聖杯戦争が始まる……数か月前」

 

 その言い方が、妙に具体的だった。

 

「突然、現れたの。名前も素性も、経歴もない。──なのに、最初から当主と行動を共にしていた」

 

 誠は、さっきの光景を思い出す。

 

 当主の隣に立ち、

 勝手に壁にもたれ、

 座りもしないまま、部屋を支配していた赤い瞳。

 

 不遜。

 だが、それが許されている不遜。

 

「……じゃあ、あいつ何なんだよ」

 

 誠が言うと、理央は一拍置いた。

 

 迷いが、また戻る。

 言葉にすると確定してしまう何かを、躊躇っている。

 

 そして、最後に小さく息を吐いた。

 

「私の推測よ」

 

 そう前置きしてから、理央は言った。

 

「──サーヴァント」

 

「当主が監督官としての任を全うするために……召喚した存在だと思う」

 

「監督官は、聖杯戦争に“積極的に関わらない”。公平性のために。運営が運営として機能するために」

 

 誠は、言葉の意味より先に、理央の“温度”に気づく。

 説明しているのに、どこか緊張が抜けきらない。

 

 理央は続けた。

 

「でも──任を全うするには、条件がある」

 

 言い淀みが消える。

 魔術師としての“講義”の声になる。

 

「少なくとも、聖杯戦争の運営に支障をきたすような問題……例えば、神秘の暴露、規模の大きい破壊行為、外部勢力の介入、無差別虐殺みたいな“想定外”に対抗できる圧倒的な実力が必要」

 

 誠は眉を寄せる。

 

「でも、監督官って戦わないんだろ?」

 

「だからこそ、必要なの」

 

 理央の返答は速い。

 

「戦うためじゃない。──止めるため」

 

 その言葉が、誠の背筋を冷やした。

 

 紗月が、椅子の背に預けた身体を起こし、短く鼻で息を吐く。

 

「要するに、運営側が“最後の手段”を持ってないと話にならないってこと」

 

 理央は、紗月の言葉を否定しない。

 

「そう。監督官は表には出ない。でも、“出る必要が生じた瞬間”に勝てないなら、最初から監督官として成立してない」

 

 誠の脳裏に、金髪の青年がよぎる。

 

 壁にもたれ、部屋を値踏みし、出ていく前にこちらを一瞥した赤い瞳。

 

 ただの不遜。

 ただの美形。

 ただの同席者──そう思えていたはずなのに。

 

 理央は、声を落とす。

 

「……あの青年がサーヴァントだとしたら、あれは“実力装置”に相応しい」

 

 誠は反射的に言った。

 

「そんなの、見ただけで分かるのか?」

 

 理央は、少しだけ口を噤む。

 答えを探すのではない。言い方を選んでいる。

 

「灰原君には……分からないと思う」

 

 突き放す言い方ではなかった。

 ただ、事実の仕分けだった。

 

「私たちは、魔術師として育てられて、研鑽してきた。魔力の濃淡とか、場の歪みとか……そういうのを無意識に拾う癖がついてる」

 

 理央は、迷いを捨てた声で言い切った。

 

「あれは神に近いもの。あるいは、神そのもの」

 

 誠の口が、乾いたまま動く。

 

「待てよ。サーヴァントって、英霊だろ。英雄とか……偉人とかそういう……」

 

「英雄でも、神性を帯びるのはいる。古い存在であればあるほどね」

 

 理央の言葉は淡々としている。

 

「神話の中で神に愛され、呪われ、あるいは神として祀られた者。神性が混じった英雄。神霊に近い霊基──そういう“格”」

 

「深入りしたら、こっちが持たない。考察するほど、気持ち悪くなるだけ」

 

 誠は、膝の上で手を握り直す。

 

 考えれば考えるほど、あの一瞥が喉に刺さってくる。

 “神性”という単語が、勝手に脳内で反芻される。

 

 理央は、そこで話を切るように息を吐いた。

 

「とにかく──監督官に逆らわないこと」

 

 声は小さいのに、はっきりしていた。

 命令でも忠告でもなく、生存のための前提。

 

「黒野家当主に逆らう、っていう意味じゃないよ。監督官としての判断に、反抗しない。勝手に動かない。屋敷の中で、余計なことをしない」

 

 紗月が肩をすくめる。

 

 誠は、もう一度襖に目をやり、それから理央へ戻した。

 

「……分かった。今は休む。黙って、ここにいる」

 

 理央は、わずかに肩の力を抜いた。

 

「それでいいと思うわ。みんな……色々あって疲れちゃったでしょう」

 

 言葉はそこで途切れた。

 

 応接間の無音が戻ってくる。

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