Fate/You Died.   作:助兵衛

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第37話 決別と、訓練

 誰も、すぐには動けなかった。

 息をする音だけが、畳の目を滑っていく。

 

 その沈黙を、沙月が破った。

 

 す、と。

 膝に置いていた手を離し、畳を押して立ち上がる。

 

 音は小さい。

 けれど、それだけで空気の向きが変わった。

 話し合いから、決裂へ。

 同じ部屋にいても、別の場所へ。

 

 沙月は襖のほうへ向かった。

 背中がまっすぐで、迷いがない。

 

「……ま、待ってください!」

 

 誠の声は遅れた。

 自分でも、何を待たせたいのか分からないまま、言葉だけが先に出た。

 

「先輩!」

 

 沙月は足を止めない。

 止めないまま、肩越しにほんの少しだけ首を回す。

 

 その視線は、誠ではなく──誠の周囲の空気を測っているみたいだった。

 

「話し合う余地なんかあるかな?」

 

 淡々としていた。

 怒っているわけでもない。

 ただ、ここに“戻る気がない”声。

 

 誠は喉を鳴らした。

 窓から入る風が、口の中の乾きを余計に際立たせる。

 

「……なんとか、なるかもしれないじゃないですか。みんなで力を合わせれば……」

 

「君に何が分かるの? 魔術の事、何にも知らない素人のクセに」

 

 沙月は言った。

 言い返しではなく、整理の声だった。

 

 襖に手がかかる。

 

 誠は一歩、膝を前に出しかけて止めた。

 立ち上がるのが遅れる。

 身体の奥が、まだ状況に追いついていない。

 

「……それでも、話は──」

 

「これ以上、馴れ合うつもりはない」

 

 沙月は、はっきり言った。

 襖の縁に置いた指が、白くなる。

 

「私、落ちぶれたとはいえ魔術師だよ。藍沢家の魔術師として、中途半端な事は出来ない」

 

 理央が、唇を動かした。

 だが声は出ない。

 止めれば止めるほど、沙月が固くなるのが分かっている顔だった。

 

 沙月は続ける。

 

「同じ部屋で、同じ空気吸って、『怖いね』って言い合って安心する──そういうの、今は要らない」

 

 誠の胸の奥が、かすかにひりつく。

 

「藍沢先輩……」

 

「聖杯の事もあって、君はリタイアも出来ない。というか監督官がさせてくれないだろうね。君の身体から引き剥がせば聖杯がどうなるかも分からないから、イジる事も出来ないし……」

 

 襖が、す、と開く。

 廊下の薄暗さが、部屋の中へ差し込む。

 夕方の光が、障子の白さから外れて、沙月の影を長く伸ばした。

 

「だから、お互い逃げ場無しだ。ばいばい、灰原君」

 

 誠を拒絶する様に襖が閉じられた。

 

 残された三人は、しばらくそのまま動けずにいた。

 畳の上に落ちた影が、どこか歪んで見える。

 

 最初に視線を動かしたのは、秀則だった。

 

 誠を見る。

 次に、理央を見る。

 

 そして、何も言わずに小さく息を吐いた。

 

「……行ってしまわれましたな」

 

 声は低く、感情を抑えたものだった。

 事実確認に近い。

 

 誠は、返事ができなかった。

 閉じた襖を見たまま、喉の奥が詰まっている。

 

 理央が、ゆっくりと誠の横に立つ。

 

 距離は近いが、触れない。

 いつもの配慮が、今はやけに重く感じられた。

 

「……灰原君」

 

 名前を呼ばれて、ようやく誠は顔を上げる。

 

「藍沢先輩のこと、引きずらなくていい」

 

 言い切りだった。

 慰めでも、突き放しでもない。

 

「彼女は最初から、“対キャスター”のために協力していただけ」

 

 理央は、視線を襖から外さずに続ける。

 

「利害が一致していたから手を組んだ。それだけ。だから……いつか、こうなることは分かっていたわ」

 

 誠の眉が、わずかに動く。

 

「彼女を“仲間”として考えるのは、ここまで」

 

 理央の声は、感情を削ぎ落とした実務の声だった。

 

「次に会う時は、アサシンの『不死殺し』を警戒しないといけない。この無限ループみたいな聖杯戦争を終わらせる可能性もあるイレギュラーよ」

 

 その論理的な言葉に、誠の胸が痛む。

 だが、否定できなかった。

 

 理央は、そこで一度だけ深く息を吐く。

 感情を切り離すための呼吸だった。

 

「一気に色々ありすぎたわね。疲れたでしょう」

 

 誠は、反射的に否定しようとして、やめた。

 疲れていないと言えるほど、自分の内側は整理できていなかった。

 

 秀則も、小さく頷く。

 

「否定は出来ませんな……もうへとへとです」

 

 理央は、その反応を確認してから続ける。

 

「今日はもう、このくらいにしましょう」

 

 一拍。

 

「軽く食事だけ取って、休みましょう」

 

 その言葉に、部屋の空気がほんのわずかに緩んだ。

 逃避ではない。

 立て直しのための、明確な区切りだった。

 

 理央は、指先で畳を軽く叩く。

 

「監督官から言い渡されている、この“休息期間”」

 

 言葉に、皮肉はない。

 

「無駄にはしないわ」

 

 誠が顔を上げる。

 

「……どういう、意味ですか」

 

 理央は即答した。

 

「明日から、訓練を始める」

 

 秀則の眉が、わずかに動く。

 

「訓練、と申されますと……」

 

「サーヴァントに頼らないための準備よ」

 

 淡々とした口調だった。

 

「最低限の知識、最低限の技術。サーヴァントは強力な戦力だけれど、身を守る術が多いにこした事はないわ」

 

 理央はそこで話を切り、ゆっくりと立ち上がった。

 膝に置いていた手を離し、埃を払うでもなく、そのまま自然に背筋を伸ばす。

 

「じゃあ──」

 

 一言だけ区切って、二人を見る。

 

「後は好きにしていいわ」

 

 事務的で、けれど突き放しきらない声音だった。

 

「ただし、夜更かしはしないこと。明日から動くのは確定してるんだから」

 

 誠と秀則は、ほぼ同時に小さく頷いた。

 

 理央は襖へ向かいながら、ふと思い出したように足を止める。

 

「食事の前に、一応……藍沢先輩の様子を見てくるわ」

 

 誠が顔を上げる。

 

「……先輩の部屋、ですか」

 

「ええ」

 

 理央は振り返らずに答えた。

 

「まあ……」

 

 一拍置いて、続ける。

 

「多分、もう誰もいないと思うけど」

 

 その言葉には、落胆も期待もなかった。

 事実を、事実として受け入れている声だった。

 

 理央は襖に手をかける。

 

「食堂には先に行ってて。来なかったら、そういうことよ」

 

 襖が静かに開き、廊下の空気が流れ込む。

 夕方から夜へ移る境目の、冷え始めた空気だった。

 

 理央は一度だけ振り返る。

 

「今日は、休むことが仕事だから」

 

 それだけ言い残して、襖の向こうへ消えた。

 

 襖が閉まる音は、やはり静かだった。

 

 誠と秀則だけが残される。

 

「……行くか、食堂」

 

「そうですな」

 

 藍沢沙月はいない。

 ただただ、受け入れ難い現実だけが積み重なっていく。

 

 それでも、夜は進み、明日は来る。

 

 誠は拳をほどき、ゆっくり立ち上がった。

 

 

 

 

 ──

 

 ──翌朝。

 

 空気が、少しだけ冷たかった。

 

 板張りの小さな道場。

 

 正規の稽古場というより、古い屋敷の一角をそのまま使っているような場所だ。

 床はところどころ擦り切れ、壁に掛けられた木刀も年季が入っている。

 窓は高く、朝の光が斜めに差し込んで、埃を淡く浮かび上がらせていた。

 

 誠と秀則は、その道場の中央で理央と向かい合っていた。

 

 ただ、静かに立っている。

 

 その表情が、わずかに柔らいでいた。

 

 懐かしむような──

 今の状況には不釣り合いなほど、穏やかな目。

 

「……ここ、まだ残ってたのね」

 

 独り言に近い声だった。

 

 誠が視線を向ける。

 

「知ってる場所なのか?」

 

 理央は一瞬だけ、迷うように視線を天井へ向けた。

 

「ええ」

 

 短く。

 

「昔、少しだけ使ってた。正式な訓練施設じゃないけど……事情を話したら、貸してくれたわ」

 

 理央は、道場の中央に一歩だけ進み出た。

 足音は控えめで、床板を鳴らさない。

 

「じゃあ、まず一つ」

 

 誠と秀則を見渡す。

 

「魔術とは何か、そこから話すわ」

 

 秀則が、わずかに背筋を正す。

 誠も、無意識に呼吸を整えた。

 

 その一方で──

 

 道場の隅。

 壁に近い影の溜まる場所で、二つの存在がだらけていた。

 

 バーサーカーは、床に腰を下ろし、壁にもたれている。

 長い脚を投げ出し、腕を組んだまま、天井をぼんやり眺めていた。

 

 ライダーは、木刀の一本を勝手に手に取り、指先で回している。

 興味深そうなのは木目だけで、会話には一切参加する気がない。  

 

「……」

 

 理央はちらりと二人を見るが、注意もしない。

 最初から、数に入れていなかったようだった。

 

「気にしなくていいわ」

 

 淡々と続ける。

 

「彼女らは戦闘のプロだけど、魔術師じゃない。興味なんて無いんでしょうね」

 

 バーサーカーが、欠伸を噛み殺すように喉を鳴らした。

 ライダーは、木刀をくるりと回し、床に軽く突く。

 

 ──図星だった。

 

 理央は、改めて誠と秀則を見る。

 

「魔術っていうと、キャスターが扱っていたような派手なものを想像しがちだけど……あれは魔術の極地よ、参考にもならないから今は忘れて」

 

 理央は、そこで一度言葉を切り、二人の表情を確かめた。

 

「改めて言うけど──魔術は才能論が強い」

 

 誠の眉が、わずかに動く。

 

「才能……ですか」

 

「ええ。努力で覆せる部分もあるけれど、生まれ持った“器”の差は確実に存在する」

 

 

 理央は、自分の胸元に指を当てる。

 

「その器の一つが──魔力回路よ」

 

「魔力回路は、魔力を生成・変換・循環させるための経路。血管や神経みたいに見えるものじゃない。けれど、魔術師の身体には確かに組み込まれている」

 

 誠は、反射的に自分の腕を見る。

 何も変わらない皮膚の下に、そんなものがあるとは思えなかった。

 

「数と質が重要なのか?」

 

「ええ、両方ね」

 

 理央は即答する。

 

「回路の本数は、一度決まると基本的に増えない。

 質──一回路あたりの処理能力も、先天的な差が大きい」

 

 一拍。

 

「多くの魔術師は、家系を重ねることで“平均値”を底上げしてきた」

 

 灰原家、黒野家、藍沢家。

 昨夜の話が、自然と重なる。

 

「そして、もう一つ」

 

 理央は、今度は床板を指で軽く叩いた。

 

「属性」

 

 秀則が、低く唸る。

 

「火や水、という類ですかな」

 

「近いけど、少し違う」

 

 理央は首を横に振る。

 

「属性は、魔力が“どんな方向に変換されやすいか”という性質よ。一般的なのは、地・水・火・風・空の五大元素」

 

 誠が、慎重に口を開く。

 

「……空?」

 

「第五元素。エーテルとも呼ばれる」

 

 理央の声が、わずかに硬くなる。

 

「ただし、属性はそれだけじゃない。“剣”や“時間”、“死”みたいな偏った概念属性を持つ魔術師もいる」

 

 

 秀則が、ゆっくりと頷く。

 

「では……誰にでも同じ訓練を施す、という訳にはいかぬと」

 

「ええ」

 

 理央は、そこで視線を誠に向けた。

 

「だから、あなたたちに教えるのは“攻撃魔術”じゃない」

 

 誠が、少しだけ身構える。

 

「まずは──自分の魔力回路を意識すること。流れを感じて、無理に動かさないこと」

 

 一拍。

 

「魔術師の事故死の大半は、回路の焼損か暴走よ。独学で命を削る様な訓練を行えば間違いなく死ぬわ、変な事は絶対にしない様に」

 

 その言葉に、道場の空気がひやりとする。

 

 理央は言い終えると、視線を落として──何かを思い出すように、ほんの一瞬だけ瞬きを止めた。

 

「……そういえば」

 

 声が、わずかに硬くなる。

 

「灰原君。キャスター戦の時」

 

 誠の肩が、微かに跳ねた。

 

「あなた、炎を出していたわよね」

 

 秀則が、目を見開く。

 

「おお! そういえば、そうでしたな!」

 

「あれは、ほぼ間違いなく魔術よ」

 

 理央の視線が鋭くなる。

 

「命の危機で、反射的に目覚めたのかしら。どうやって使えるようになったの?」

 

 道場の隅で、ライダーが木刀を止めた。

 バーサーカーは欠伸の途中で口を閉じ、赤い目だけがこちらを向く。

 

 誠は、言葉を探して下を向いた。

 

「……言いにくいんだけど」

 

 理央は黙って待った。待つというより、逃がさない。

 

 誠は、息を吸って吐いて、観念したように言う。

 

「ライダーが出した、あのよく分からない赤いやつを飲んだ」

 

「……はぁ!? あの、紫村君を生き返らせたアレを!?」

 

 誠は、反射的に肩をすくめた。

 怒鳴られた子どもみたいに、首を縮める。

 

「……ごめん」

 

 謝罪が先に出た。

 口にした瞬間、自分でも情けなくなる。

 

「でも、俺……戦える手段が必要で」

 

 言い訳だ、と自覚している。

 それでも止まらない。

 

「バーサーカーがやられて、俺がなんとかしなくちゃと思ったんだ。その時は、ライダーがあんなに強いなんて知らなかったし……」

 

 理央は、額に手を当てた。

 

 そして──こめかみを、ゆっくり揉む。

 

「……灰原君」

 

 声は低い。

 怒りを抑えた、疲労の混じる音だった。

 

「必要だった、って言葉で片付けないで。それが“魔力回路”にどう作用したか、分からないのよ。あなたの命に直結する」

 

「……はい」

 

 誠は、しおらしく頷いた。

 その姿勢が、余計に理央の苛立ちを煽るのを自分でも感じる。

 

 理央は息を吐き、視線を道場の隅へ滑らせた。

 

 痩せた身体に包帯が巻かれ、白い髪がほどけ気味に揺れている。

 赤い目だけが妙に鮮やかで、木刀を指先でくるくる回して遊んでいた。

 

 理央は、こめかみを揉んだまま呼びかける。

 

「ライダー」

 

 少女は返事をしない。

 木刀の回転だけが、軽い風みたいに続く。

 

 理央は、言葉を削って問いを置いた。

 

「あの赤い物質は何? 紫村君を蘇らせて、灰原君の魔術回路を起動させたアレは」

 

 木刀が、ぴたりと止まる。

 

 ライダーは首を傾げた。

 包帯の隙間から覗く喉が細い。

 

「……コーラル」

 

 

 短く、区切るように言う。

 

「惑星ルビコン3でのみ確認された特殊エネルギー物質、または情報媒体。粒子状で、流動性がある」

 

 理央の指が、こめかみで止まった。

 

「ルビコンの地中深くから湧出し、惑星全体を潮流の様に流れている」

 

 ライダーは、畳に描くように指を滑らせる。

 見えない流れを、図解するような動き。

 

「……石油みたいなものですかな?」

 

 秀則が、恐る恐る問う。

 

「化石燃料よりも遥かに万能な物質。燃料にも、情報媒体にも、肥料にも、脳機能を活性化させる薬物としても扱える」

 

 ライダーの説明が終わると、道場に短い沈黙が落ちた。

 

 理央は、その沈黙を逃さなかった。

 

 こめかみに当てていた指を下ろし、まっすぐライダーを見る。

 声は低く、しかし鋭い。

 

「……まだ隠していることがあるわね」

 

 空気が、僅かに張る。

 

 秀則が息を止め、誠は無意識に背筋を強張らせた。

 

 ライダーは瞬きひとつしない。

 赤い瞳は揺れず、問いの重さを正確に測るように理央を見返す。

 

「今の説明は“性質”だけ」

 

 理央は続ける。

 

「それがどう扱われて、どんな結果を生んだのか……そこを意図的に抜いている。紫村君が蘇った事の説明だってつかないわ」

 

 一歩、理央が踏み込む。

 距離は詰めない。視線だけを強める。

 

「それほど危険で、語れない“何か”がある。違う?」

 

 

 数秒。

 

 ライダーは、視線を逸らさないまま、首を横に振った。

 

「答える義務は、ない」

 

 短く、端的に。

 

「必要な説明は、した」

 

 拒絶だった。

 感情的ではない。契約条件を淡々と確認するような拒否。

 

 理央は唇を噛み、ほんの一瞬だけ目を伏せる。

 

「……そう」

 

 それ以上は踏み込まなかった。

 踏み込めば、引き返せなくなると理解している顔だった。

 

 理央は向きを変え、誠を見る。

 

 今度は、はっきりとした怒気を込める。

 

「灰原君」

 

 名を呼ぶだけで、誠の背筋が伸びる。

 

「もう二度と、そんな訳の分からない物を飲まないで」

 

 一切の婉曲がない。

 

「コーラルだろうが、何だろうが関係ない。出自不明、作用不明、制御不能。魔術師にとって最悪の条件が全部揃ってる」

 

 理央は言い切ると、短く息を吐いた。

 

「……この話は一旦終わり。次」

 

 声の温度が落ちる。

 叱責から、作業へ。

 

「あなたたちの“現状”を確認する。魔術回路の数と質。最低限、把握しないと訓練の組み立てができない」

 

 誠と秀則は、同時に頷いた。

 

 理央は道場の中央に膝をつき、掌を上に向ける。

 

「触れるわ。抵抗しないで。怖かったら目を閉じて」

 

 誠が一歩前に出かけ──秀則が、素直に譲るように後ろへ下がった。

 

「まず、灰原君」

 

「はい」

 

 誠は正座し、理央の前に手を置く。

 理央はその手首を取らず、指先で軽く触れるだけだった。

 

 ぴり、と。

 皮膚の奥で、微かな静電気みたいなものが走った。

 

 理央の瞳が細くなる。

 視線が、誠の胸元、喉、腹へと移る。

 見ているのは肉体ではなく、内部の“回路の反応”だ。

 

「……ふうん」

 

 短い声。

 驚きが混じりかけて、すぐに抑えられる。

 

 誠は不安になって眉を寄せた。

 

「……だめ、かな」

 

「だめじゃない。ただ──」

 

 理央は指先を離し、言葉を選ぶ。

 

「質が低い。回路の“通り”が粗いのよ。仕方ないわ、今まで魔術なんて触った事もなかったから」

 

 誠は、恥ずかしそうに視線を落とした。

 

「とはいえ、流石は灰原家ね」

 

 理央は続ける。

 そこだけははっきり。

 

「数が多い」

 

 誠が顔を上げる。

 

「多いって、どのくらい?」

 

「灰原君の魔術回路は27本。あくまで目安だけど、平均が20本くらいなのを考えれば、恵まれている方じゃ無いかしら」

 

 一拍。

 

「そこへ、コーラルで無理やり火を入れた。……運が良かった、としか言いようがないわ」

 

 誠は喉を鳴らす。

 さっき釘を刺された言葉が、胸に残っている。

 

 理央は誠を見て、さらに淡々と告げた。

 

「鍛えれば使える。でも、鍛え方を間違えれば壊れる」

 

 誠は、ゆっくり頷いた。

 

「……はい」

 

「次。紫村君」

 

 理央が向けた声に、秀則は背筋を正し、同じように正座する。

 

 理央の指先が、秀則の手の甲に触れる。

 

 誠の時と同じはずの所作。

 だが、空気が違った。

 

 ──反応が薄い。

 

 理央の眉が、僅かに寄る。

 探るように、触れる位置を変える。

 指先が、手首から肘、肩へと移る。

 

 それでも。

 

「……」

 

 理央は、無言で指を引いた。

 

 秀則は察したように、苦笑する。

 

「うーむ。やはりライダーちゃんの言う通り、魔術師としての才能はまるでない様ですな」

 

 理央は否定しない。

 

「紫村君の魔術回路は9本。数も質も、一般人レベル……いえ、少ないほうね」

 

 秀則は、肩を落とさずに頷いた。

 

「納得ですな……いや、仕方なし……」

 

 理央は一度だけ目を閉じ、頭の中で手順を組み直す。

 

「なら、方針は二つに分かれる」

 

 目を開き、二人を交互に見た。

 

「灰原君は、回路を壊さない範囲で“基礎運用”を徹底的に反復練習」

 

「秀則君は、魔術を使う訓練じゃない。使えない前提で、対魔術の知識と対処──結界や呪いに巻き込まれた時の“生存手順”を叩き込む」

 

 理央は二人に告げた。

 

「今日から、現実的にいく。できることだけを積み上げていくわよ」

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