Fate/You Died.   作:助兵衛

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第46話 逢魔の襲撃者

 黒野家の敷地へと続く私道を、黒塗りの車がゆっくりと進んでくる。

 車が近付くと、鉄製のゲートが音もなく開いた。

 

 運転席にいるのはセイバー。

 無駄のない操作。急がず、遅れず、屋敷の前でぴたりと車を止める。

 

 後部座席のドアが開く。

 

 最初に降りたのは、黒野理央だった。

 

 コートの裾を軽く整え、足元を確かめるように一歩踏み出す。

 長時間の移動を終えたはずだが、姿勢に崩れはない。

 周囲を一瞥するその目は、帰宅の安堵よりも、確認の色が濃かった。

 

 続いて、灰原誠。

 少し遅れて、紫村秀則。

 

 セイバーは車を降りず、運転席から周囲を監視している。

 

 玄関先に、使用人が一人、控えていた。

 黒野家に長く仕えている者の立ち居振る舞い。

 だが、今日はその背筋が、いつもより硬い。

 

 理央は、その変化を見逃さなかった。

 

「ただいま。留守中、変わりは?」

 

 短い問いだった。

 声に感情はない。

 

 使用人は、一瞬だけ言葉を探すように唇を引き結ぶ。

 

「……口頭では、申し上げにくい状況でございます」

 

 そう答えた。

 

 理央の眉が、わずかに動く。

 

 使用人は、脇に抱えていた書類の束を両手で整えた。

 封筒ではない。

 即席でまとめられた報告資料。

 ページの端が揃っていないところに、事態の切迫が滲んでいる。

 

「こちらを……お目通しください」

 

 理央は、無言で資料を受け取った。

 

 紙の重みを、指先で確かめる。

 

「分かった」

 

 理央は資料を手にしたまま、玄関を進んだ。

 

 使用人が先導し、廊下を折れる。

 足音は抑えられているが、屋敷特有の広さが、一歩ごとに距離を感じさせた。

 

 応接室の扉が開く。

 

 重厚だが過度ではない室内。

 低いテーブル。深く沈むソファ。壁際の書棚と、外光を柔らかく取り込む大きな窓。

 黒野家の「客を迎える部屋」でありながら、どこか実務的な空気が残っている。

 

「こちらへ」

 

 使用人の声に従い、三人はそれぞれ席に着いた。

 

 誠は、ソファに身を沈めた瞬間、肩の力が抜けたのが自分でも分かった。

 秀則も同様で、背もたれに体を預け、短く息を吐く。

 

 使用人は無言で動いた。

 トレイに載せたティーカップを順に置いていく。

 

 湯気。

 ほのかに立ち上るベルガモットの香り。

 

「失礼いたします」

 

 一礼して、使用人は静かに部屋を出ていった。

 

 扉が閉まる音が、やけに柔らかく響く。

 

 誠は、カップに手を伸ばす前に、深く息を吐いた。

 

「……とりあえず、戻れたな」

 

 独り言に近い声だった。

 

 秀則も、カップを両手で包み込む。

 

「休養期間とは一体なんだったのか……いや、正しく修行パートでしたな」

 

 二人の間に、わずかな安堵が流れる。

 

 だが。

 

 理央だけは、動かなかった。

 

 ソファに腰掛けたまま、紅茶には一切目もくれず、資料に視線を落としている。

 ページをめくる音だけが、規則的に部屋に響く。

 

 ──カサリ。

 

 理央は、最後のページを閉じた。

 

 それから、ゆっくりと資料の束を整え、低いテーブルの上に置く。

 紙が触れ合う音が、やけに大きく聞こえた。

 

 次の瞬間。

 

 理央は、深く息を吐いた。

 

 それは疲労の吐息ではない。

 状況を受け入れた人間が、覚悟を整えるための呼吸だった。

 

 誠は、その変化を即座に察した。

 

「……黒野?」

 

 呼びかける声が、自然と低くなる。

 

 理央は視線を上げ、誠と秀則の二人を順に見た。

 表情は落ち着いている。だが、隠そうともしない深刻さがあった。

 

「街で、病が流行している」

 

 端的な言葉だった。

 

 秀則が眉をひそめる。

 

「病気……? そういえば、感染病で学校が閉鎖がどうとか──」

 

「病気……そうね、そういう扱いをされているわ」

 

 理央は淡々と遮る。

 

「咳、発熱、倦怠感。軽症から始まり、悪化すると入院が必要になる例も出ている」

 

 誠の手が、無意識にカップを握る。

 

「感染症……じゃないのか?」

 

「断定はされていないわ」

 

 理央は首を振った。

 

「医療側の所見は揃っている。感染経路が説明できない。患者の共通条件はただ一つ、この灰原に住むものという事よ」

 

 理央は、資料の表紙を指で叩いた。

 

「──魔術的な兆候がある」

 

 その一言で、空気が変わった。

 

 秀則の背筋が、わずかに伸びる。

 

「つまり……」

 

「呪いね」

 

 理央は、はっきりと言った。

 

「少なくとも、通常の病じゃない。土地、あるいは人に付着する形で広がっている可能性が高いわ」

 

 沈黙が、ひと呼吸分だけ伸びた。

 

 誠は、思わず身を乗り出す。

 

「……それってさ」

 

 言葉を選びながら、続ける。

 

「誰かが、意図的にやってるってことか?」

 

 秀則も、遅れて理解に追いついたように目を見開いた。

 

「街全体に……? そんな規模の呪いを?」

 

 理央は、すぐには答えなかった。

 

 テーブルの上の資料に、もう一度視線を落とす。

 数字。時系列。地点。症状のばらつき。

 

「わからない……」

 

 静かに、そう言った。

 

「聖杯戦争に参加している、いずれかの陣営による工作かもしれない」

 

 誠の顔が、こわばる。

 

「……街そのものを、人質に取るってことか」

 

「あるいは、別の目的の副産物かもしれない」

 

 理央は続ける。

 

「霊脈を乱すため。土地に魔力を滞留させるため。あるいは、特定の誰かを炙り出すため」

 

 秀則が、低く唸った。

 

「どれにしても、やり方が過激すぎる……普通、そこまでやるか?」

 

 理央は、その言葉に小さく頷いた。

 

「そこなのよ」

 

 彼女は、ようやく紅茶に視線を向けた。

 だが、やはり手は伸ばさない。

 

「規模が大きすぎる。そして──無差別すぎる」

 

 二人が、同時に理央を見る。

 

「陣営による呪詛や工作なら、通常は“効率”を考えるわ。キャスターの学校をまるごと覆う結界や住宅地での戦闘は、過剰ではあったけれど目撃者の排除も同時に行っていた」

 

 理央は、指先でテーブルを軽く叩いた。

 

「でも、これは違う。発生地点が散っていて、被害者の共通点が薄い。──狙いが見えない」

 

 誠が、ぽつりと呟く。

 

「……じゃあ、本当に街全体に、ばら撒かれてるだけ……?」

 

「その可能性もある」

 

 理央は、少しだけ言葉を選んだ。

 

「だからこそ、断言できない。これは“誰かの工作”なのか。それとも、聖杯戦争そのものが引き起こしている歪みなのか」

 

 ──歪み。

 

 その言葉が口をついた瞬間、理央の視線が、ほんの一瞬だけ誠の方へ流れた。

 

 意図したものではない。

 だが、誠はそれを見逃さなかった。

 

 責める色ではない。

 探るようでもない。

 

 ただ、確認するような──重さを測る目だった。

 

 誠は何も言わない。

 言えなかった、と言う方が近い。

 

 理央はすぐに視線を戻し、小さく息を整えた。

 

「……今は、原因を特定することに意味はないわ」

 

 きっぱりとした声だった。

 

 秀則が、少し意外そうに目を瞬かせる。

 

「追わないんですか?」

 

「後回しにする、というだけよ」

 

 理央はそう言って、ようやくティーカップに手を伸ばした。

 指先がカップの取っ手に触れ、わずかに熱を感じる。

 

「原因不明、目的も不明、被害はあまりに広範囲……正直、私たちの手には負えないと、思う」

 

 カップを持ち上げ、香りを確かめるように一度だけ鼻先に寄せる。

 

 理央は、そのまま紅茶を一口含んだ。

 

 舌に広がる渋みと、遅れて来るほのかな甘み。

 温度が喉を通り、胸の奥に落ちていく。

 

 ──温かい。

 

 その感覚に、ほんの一瞬だけ、張り詰めていたものが緩んだ。

 

「……はあ」

 

 意図せず、小さな吐息が零れる。

 

「……夕飯の相談をしましょう。流石に、頭を使いすぎた」

 

 現実的で、あまりにも普通の言葉。

 それが逆に、場の緊張をわずかに和らげた。

 

 理央は、室内にあった呼び鈴を鳴らす。

 屋敷の中なら、軽く鳴らすだけで十分なはずだった。

 

 だが。

 

 返事が、ない。

 

 廊下の気配も、足音も、扉の向こうの衣擦れ一つ聞こえない。

 

 理央は、眉をひそめた。

 

 もう一度、今度は少しだけ強く鳴らす。

 

 それでも、応答はなかった。

 

 秀則が、違和感に気付いたように背筋を伸ばす。

 

「あれですな。ファミレスとかで、呼べてるか分からなくて気まずいやつ」

 

「え? ええ、そうね」

 

 理央は短く答え、ソファ脇の内線機に手を伸ばした。

 

 受話器を取り、慣れた動作で番号を押す。

 使用人室の回線。

 

 コール音が、応接室に響く。

 

 ──プルルル。

 

 ──プルルル。

 

 一定の間隔。

 規則正しく、しかし虚ろな音。

 

 誰も、取らない。

 

 誠が、低く言った。

 

「……出ないな」

 

「おかしいわね」

 

 理央は、通話を切らずに耳を澄ます。

 屋敷は広いが、完全な無音というわけではないはずだ。

 

 しかし今、聞こえるのは──

 

 壁時計の秒針。

 遠くの外界の、風の気配。

 

 人の動く気配が、どこにもない。

 

 理央は、内線を切った。

 

 受話器を元に戻す音が、やけに硬く響く。

 

「……誰も出ない」

 

 その言葉に、誠と秀則の表情が、ゆっくりと引き締まっていく。

 

 ただの行き違い。

 そうであってほしい。

 

 沈黙が、もう一段重くなった。

 

 誠は、ソファの縁に手をつき、低く息を吐く。

 

「まさか、敵襲、って可能性は?」

 

 声は抑えられていたが、言葉の端に緊張が滲んでいた。

 

 秀則も頷く。

 

「それは、考えにくいわ」

 

 二人の視線が、理央に集まる。

 

 彼女は立ったまま、応接室をぐるりと一度見渡した。

 壁。天井。床。

 視線は、目に見えない“層”をなぞっている。

 

「この屋敷には、侵入を感知する仕掛けが幾重にも張り巡らされている」

 

 淡々とした口調だった。

 

「結界、霊的感知、物理的トラップ。どれか一つでも反応すれば、即座に私のところに通知が来る。侵入者は、その場で拘束か排除よ」

 

 誠の眉が、深く寄る。

 

「……じゃあ」

 

「今のところ、何も反応していない」

 

 理央は、はっきりと言った。

 

「だから、外部からの強引な侵入ではない」

 

 秀則が、困惑を隠さずに言う。

 

「でも……じゃあ、どうやって?」

 

 理央は、わずかに言葉を切った。

 

「仕掛けを作動させずに侵入し、屋敷内を自由に動き、使用人全員を無力化する──」

 

 そこで、一瞬、間が空いた。

 

「そんなことが出来るのは……」

 

 理央は言いかけて、口を閉じた。

 

 誠は、その沈黙に気付いた。

 

「……黒野?」

 

 理央の視線が、床に落ちる。

 そして、ゆっくりと上がった。

 

 そこにあったのは、迷いではない。

 “思い当たってしまった”者の表情だった。

 

「……それこそ」

 

 小さく、しかし明確な声。

 

「凄腕の暗殺者でもいない限り、あり得ない」

 

 誠の背中に、冷たいものが走る。

 

 暗殺者。

 

 その単語が、頭の中で反響する。

 

 同時に、ひとつの顔が浮かんだ。

 

 静かな決意を宿した少女。

 そして、その背後に立つ、影のような存在。

 

「……藍沢先輩」

 

 誠の口から零れた名に、理央は答えなかった。

 

 否定もしない。

 肯定もしない。

 

 ただ、その沈黙そのものが、答えだった。

 

 秀則が喉を鳴らす。

 

「……え、え、でも……アサシン……?」

 

 理央は小さく頷き、視線を扉へ戻した。

 耳ではなく、霊的な感覚で屋敷の“空気”を測る。

 

 妙に、静かだ。

 

 静かすぎる。

 

 音が消えているのではない。

 音が“出るべき場所”が、空になっている。

 

 直感が、背筋を撫でた。

 

 これは偶然ではない。

 誰かが、意図して空白を作っている。

 

 理央は息を吸う。

 胸の奥で、ひとつの結論が落ちた。

 

「……来たわね」

 

 声は低い。断言に近い。

 

 誠が反射的に立ち上がる。

 

「来てるのか……ここに?」

 

「ええ、警戒して」

 

 理央はソファの背を離れ、二人の間に立つように位置を変える。

 テーブル越しではなく、身体で壁を作る距離。

 

「灰原君、窓際から離れて。紫村君は扉を背にしない」

 

 秀則が一瞬、冗談を挟む隙を探したが、理央の目を見て黙った。

 今の眼差しは、いつもの冷静さよりさらに硬い。

 

「セイバ──―」

 

 理央が呼びかけようとした、その瞬間だった。

 

 ──パツン。

 

 細い糸が切れるような音。

 

 応接室のシャンデリアが、同時に息を止めた。

 壁の間接照明も、廊下の灯りも、階段のフットライトも。

 

 屋敷の中から、光が一斉に消える。

 

 空調の低い唸りが途切れ、遠くで何かが停止する気配がした。

 冷蔵庫のモーター。給湯の循環。監視カメラの微かな駆動音。

 それらが、まとめて“落ちた”。

 

「……停電?」

 

 西日の名残が、ガラス越しに室内を薄く照らしている。

 輪郭は見える。人影も見える。

 真っ暗ではない。

 

 視界が確保されていることが、かえって不気味だった。

 

「……灰原君、紫村君」

 

 理央が低く言う。

 

「動かないで。教えた通りに、呼吸を乱さないで」

 

 言い終える前に、屋敷のどこかで。

 

 コトン、と。

 

 陶器が、床に置かれるような音がした。

 

 応接室の外。

 廊下の、すぐ向こう。

 

 誰かが、そこにいる。

 

 その音が落ちた瞬間、三人の身体から余計な動きが消えた。

 

 誠は息を止めかけ、すぐに理央の言葉を思い出して呼吸を浅く整える。

 秀則はカップを置いたまま、指先だけをわずかに浮かせる。いつでも立てる、だが立たない。

 理央は一歩も動かず、視線だけで扉を射抜いた。

 

 応接室の扉。

 

 分厚い木。

 真鍮のノブ。

 その向こうにあるはずの廊下の闇。

 

 全員が、一斉にそこを見る。

 

 意識も、耳も、殺気も──すべてが扉へ集まる。

 今この瞬間、開くならここだ、と身体が決めている。

 

 だが。

 

 扉は、動かない。

 

 ノブも回らず、軋みも立たない。

 ただ、夕方の薄い光が窓から差し込むだけで、室内の輪郭だけが静かに残る。

 

 違和感が、遅れて来た。

 

 音は廊下からした。

 なら、来るのは扉の向こう。

 

 なのに、気配が──“そこ”にない。

 

 理央の瞳が、ほんのわずかに揺れた。

 

 背筋の奥で、何かが反転する。

 

「……っ」

 

 言葉にならない短い息。

 理央が「窓」と言い切る前に。

 

 窓際。

 

 誰も注視していなかった方角から、声が響いた。

 

 低く、掠れている。

 しかし明瞭で、やけに礼儀正しい。

 

「……失礼いたす」

 

 誠が、反射で首を回す。

 

 大きな窓。

 薄いカーテンの揺れ。

 夕陽の縁取りの中に、黒い影が立っていた。

 

 時代錯誤な忍装束。

 異様に静かな立ち姿。

 

 そこにいるだけで、空気の密度が変わる。

 

 声が、もう一度、淡々と続いた。

 

「黒野殿。灰原殿。紫村殿」

 

 名を呼ばれた瞬間、誠の喉が鳴る。

 その声は、距離感を壊していない。近いのに、遠い。

 

 影は窓枠に触れていない。

 だが、窓の外なのか内なのか──判断がつかない。

 

 理央が、ゆっくりと誠の前へ半歩出た。

 視線は外さない。声だけを落とす。

 

「……アサシン」

 

 影が小さく首を傾げた気配だけを返す。

 

「左様」

 

 それだけで十分だった。

 名乗りは要らない。どちらも、すでに理解している。

 

 アサシンは一歩──ではない。

 床を鳴らさず、空気の層を滑るように距離を詰める。

 

 暗殺者らしからぬ、丁寧な所作だった。

 

 フードの縁に触れ、ほんのわずかに頭を下げる。

 武器を抜かない。殺気を誇示しない。

 ただ、礼を尽くすように、言葉を整える。

 

「灰原殿」

 

 誠の名が呼ばれた瞬間、背中に冷えたものが走る。

 理央がさらに半歩、完全に盾になる位置に入った。

 

 アサシンは、それを咎めない。

 むしろ、当然の振る舞いとして受け入れている。

 

「改めて──」

 

 声は低く、しかし聞き逃しようのない明瞭さで。

 

「お命を、頂戴いたす」

 

 まるで、儀礼の宣誓だった。

 殺すことを、汚さずに言う。

 その端正さが、かえって不気味だった。

 

 理央の指が、わずかに動いた。

 

 袖口の内側。

 そこに仕込まれた“鍵”を、爪で弾く。

 

 ──カチリ。

 

 音は小さい。

 だが、それは屋敷の深部へ伝わる合図だった。

 

 アサシンが言い切るか否か。

 その、言葉の最後の息が消える前。

 

 応接室の床が、震えた。

 

 壁の内側で何かが走る。

 目に見えない線が、部屋の輪郭をなぞる。

 古い木材の匂いの奥から、鉄と石の冷たさが立ち上がった。

 

「——防衛、第二層」

 

 理央が、息と同じ速度で告げる。

 

 次の瞬間。

 

 窓ガラスが、割れないまま白く軋んだ。

 空気が圧縮され、弾け、応接室そのものが“押し出される”。

 

 轟音は遅れて来る。

 

 ——ドンッ。

 

 壁が揺れ、ソファが跳ね、ティーカップが宙で踊った。

 誠は理央に引かれ、秀則は反射で身を伏せる。

 

 そして。

 

 アサシンの影が、窓際から引き剥がされるように飛んだ。

 

 人の形のまま、しかし重さを失ったように。

 部屋を貫く圧に乗って、窓の外へ──庭へ。

 

 夕方の光が、一瞬だけ眩しくなる。

 西日の向こうで、影が庭木の上を越えていく。

 

 次いで、外で土と砂利が弾ける音。

 植え込みが潰れる鈍い衝撃。

 

 応接室は、息を止めたように静まった。

 

 理央の肩は揺れていない。

 ただ、瞳だけが冷たく焦点を結ぶ。

 

「魔術師の工房で、礼儀正しく挨拶だなんて舐められたものね」

 

 

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