瓦礫の山が、ゆっくりと崩れた。
焼け焦げた木材。
砕けた石材。
粉塵と硝煙が、まだ空間を満たしている。
ガトリングの余熱が残る空気の中で──
ゴトリ。
重い金属音が、瓦礫の奥から響いた。
次いで、砂利を踏み砕く鈍い振動。
理央は、反射的に目を細める。
「……来る」
セイバーの剣先が、わずかに持ち上がった。
隣室の崩れた壁の向こう。
かつて応接室だった空間の中心で、煙が割れる。
そこから──
“何か”が、立ち上がった。
まず現れたのは、異様に太い脚部だった。
人間のものではない。
鋼鉄の骨格に、厚い装甲板。
関節部には、複数の油圧シリンダーと魔術回路に似た紋様。
一歩、踏み出す。
床の残骸が、粉砕される。
次に現れたのは、胴体。
人型を模しているが、比率は人間のそれではない。
胸部装甲は厚く、まるで超重戦車の正面装甲のようだ。
そして、肩。
異様なほど巨大な構造物が、機体後部に備わっている。
二基。
左右対称に配置された、巨大なコンテナユニット。
弾薬庫か。
武装ラックか。
あるいは──兵装そのもの。
その質量感だけで、常識的な重量を遥かに超えていると分かる。
「全く、今日は慌ただしい日だよ。見たまえ、一張羅が誇りまみれさ」
アーチャー──マイケル・ウィルソンの爽やかな笑み。
余裕に溢れた声。
ただし、その姿はもはや“人間”ではなかった。
全高、約三メートル。
人間を踏み潰せるほどの巨体。
鋼鉄の外骨格に包まれた、人型兵器。
その中央に、アーチャーが“収まっている”。
まるで、鎧ではない。
兵器そのものが、彼の肉体の延長になっている。
煙の中で、彼は一歩も動かずに立ち止まった。
堂々たる姿勢。
両足を大地に踏みしめ、背に巨大な二基のコンテナを背負い、腕を自然に垂らしたまま──
仁王立ち。
ガトリングの銃撃を受けたはずの空間に、まるで何事もなかったかのように、彼は存在していた。
「紹介しよう、我が宝具──特殊機動重装甲、【METAL WOLF】だ」
人型兵器が、低く唸った。
アーチャーは、ゆっくりと一歩を踏み出す。
ドン──。
床が、沈んだ。
瓦礫が跳ね、粉塵が舞い上がる。
その一歩ごとに、距離が詰まる。
逃げ場を削るような、計算された接近。
「私の役割は時間稼ぎだ──しかし」
金属越しに響く声は、相変わらず軽い。
だが、その奥には、明確な“戦闘意思”があった。
「別に倒してしまっても構わないだろう?」
背負った二基のコンテナユニットが、同時に動く。
──ガシャン。
──ガコン。
装甲板がスライドし、内部機構が露出する。
理央は、思わず目を見開いた。
多すぎる。
ミサイルランチャー。
多連装ロケット。
対空用と思しき回転砲。
用途不明の筒状兵装。
刃物ですらない、巨大な衝角兵器。
どう考えても、三メートル級の人型に“収まる量”ではない。
「……空間圧縮」
理央が、息を詰めたまま呟く。
「正解」
アーチャーは楽しげに応じる。
「軍需はね、常に“もっと積め”と要求されるものさ」
展開された武装群が、一斉に宙で固定される。
それぞれが、数秒だけ“待機”するように静止した。
そして。
その中の一つ。
胴体側面からスライドしてきた、大口径マシンガン。
人が持てば、反動で吹き飛ぶ質量。
対装甲用の重弾を連射できる、完全な殺戮兵器。
アーチャーは、それを掴み取った。
金属の指が、グリップを包む。
機体と武装が、完全に同期する。
「さて……」
他の武装が、次々と収納されていく。
コンテナが閉じ、再び一体化する。
残ったのは──そのマシンガンだけ。
選別された“一つ”。
「お気に入りの一つだ。アメリカ人といえば、大口径だろう」
アーチャーは、銃口を下げたまま、再び歩き出す。
一歩。
また一歩。
理央と秀則へ。
その間に立つセイバーが、剣を構え直す。
剣先が、わずかに震えた。
理央の思考は、刃のように研ぎ澄まされていた。
視線は一瞬で【METAL WOLF】の全体をなぞる。
装甲厚、コンテナ容量、武装選択の速度。
──だめだ。
セイバー単独では、押し切られる。
理央は、喉が裂けるほどの声で叫んだ。
「紫村君ッ!!」
秀則が、反射的に振り向く。
「ライダーに──!」
理央の声は、命令だった。
思考を挟ませない、即断即決の指示。
「追撃を指示して! 今すぐ! 屋敷はいくら壊しても構わない!」
秀則の顔から、迷いが吹き飛ぶ。
理解するより先に、口が動いた。
「ラ、ライダーちゃん! 撃て! 魔力はまだ大丈夫!」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
空が、割れた。
──ゴォォォン!!
超大型武装ヘリの両翼下、そして胴体側面が一斉に開く。
そこから姿を現したのは──ミサイルポッド。
「君も大口径主義かね? 気が合うじゃないか」
アーチャーが、初めて足を止めた。
センサーが、上空を捕捉する。
だが、もう遅い。
「ファイア」
ライダーの声は、冷たく、機械的だった。
──ドォン、ドォン、ドォン、ドォン!!
発射音が重なり合い、空気が震える。
煙の尾を引きながら、数十発のミサイルが同時に落下してくる。
「……はは」
アーチャーの口元が、歪む。
「これは、なかなか──」
次の言葉は、爆炎に飲み込まれた。
ドォォォォォォォン!!
衝撃波が、屋敷全体を叩き潰す。
地面が跳ね、瓦礫が宙を舞い、空気が燃える。
連続爆発。
間髪入れず、第二波、第三波。
【METAL WOLF】のいた位置が、巨大な火柱と黒煙に覆われた。
セイバーが、即座に剣を構え直す。
「……直撃、確認」
理央は、歯を食いしばりながらも視線を逸らさない。
「まだよ……」
煙の向こう。
あの男が、これで終わるはずがない。
黒煙が、風に引き裂かれていく。
爆炎の余熱が、まだ地面から立ち上る。
焦げた木の匂い。焼けた金属の匂い。
瓦礫の粒子が、夕光の中で白く舞う。
──その中心。
火柱の“核”に、影が立っていた。
いや。
立っていた、ではない。
跳ねた。
土煙が一瞬、内側から爆ぜる。
黒い塊が、噴き上がるように空へ躍り出た。
「──!」
理央の喉が鳴る。
【METAL WOLF】。
三メートルの人型兵器が、まるで重力を忘れたように飛ぶ。
装甲には煤が付いている。
だが、凹みも、裂傷も、欠損もない。
無傷。
「嘘だろ……」
秀則が、声にならない声を漏らす。
セイバーが一歩踏み込もうとする。
だが、その瞬間には──もう遅い。
アーチャーは、空中で体勢を変えた。
背の機構が開き、内部の推進装置が短く噴く。
爆発ではない。
“跳躍”を“飛翔”に変える、短い補助。
狙いは明確だった。
庭でも、屋敷でも、理央たちでもない。
──上空。
滞空する超大型武装ヘリ。
交差反転式の二つのローターが、圧倒的な揚力で空を掴んでいる。
その基部。
二重の回転が干渉する、最も重要な“芯”。
アーチャーの視線が、そこに刺さる。
「それではそろそろ、反撃といこう!」
低い声が、金属越しに響いた。
そして──
空中で、マシンガンが持ち上がる。
大口径。
対装甲弾。
人型兵器の腕でしか制御できない反動。
銃口が、ローターの“根”へ向いた。
「やめ──!」
理央の叫びは、音にならなかった。
先に来たのは──発射音。
──ダダダダダダダダダダッ!!
空気が裂ける。
銃口の閃光が連続し、弾道が一本の光線に見えるほどの密度で収束する。
狙うのは翼でも胴体でもない。
ローターハブ。
ブレードの付け根。
回転を支える心臓部。
金属の火花が、上空で散った。
ローターの唸りが、一瞬だけ“割れる”。
──ギャリッ。
乾いた異音。
回転が、わずかに乱れる。
ライダーがコックピットで歯を食いしばり、操縦桿を引く。
「回避──」
言い終える前に、追撃が来た。
──ダダダダダダッ!!
同じ一点。
同じ角度。
同じリズム。
二基の基部に、交互に弾が叩き込まれる。
逃げても、逃げても。
追いかけるのは弾ではない。
“計算された散布”だ。
ヘリの機体が、初めて大きく揺れた。
──ゥゥゥゥゥゥゥ……!
唸りが低く沈む。
揚力の音が、重くなる。
次の瞬間。
片方のローターが、わずかに“遅れた”。
回転の位相がずれる。
干渉が起きる。
本来、同期しているはずの二重の円が、歪む。
「っ……!」
ライダーの目が見開かれる。
計器が一斉に赤へ跳ねる。
機体が、腹を見せるように傾いた。
浮いているのに、落ちる感覚。
──揚力が、抜ける。
アーチャーは、空中で最後の一斉射を叩き込んだ。
──ダダダダダダダッ!!
そして撃ち尽くす。
乾いたクリック音が、戦場の境界を切る。
「ウーム、良いビートだったよ。お嬢さん」
乾いたクリック音の直後。
世界が、一段深く沈んだ。
──ギャリギャリギャリ……!
ローターが悲鳴を上げる。
回転は続いている。だが、それはもはや“揚げる”ための回転ではない。
制御を失った円運動。
互いに干渉し、喰い合い、揚力を殺し合う二重の刃。
超大型武装ヘリは、大きく──傾いた。
機首が下がる。
胴体が流れる。
姿勢制御用の補助スラスターが噴くが、意味を成さない。
屋敷の上空を、低く、斜めに横切る。
ローターの風圧が、庭木を根元から押し倒し、瓦礫を吹き散らす。
窓という窓が、一斉に軋み、割れた。
「──みんな伏せて!」
理央の声が飛ぶ。
だが、もう誰もヘリを見ていなかった。
視線は、その“進行方向”へ向いている。
屋敷の奥。
木々が密集する、山の斜面。
逃げ場のない、硬い壁。
ヘリは、まるで引き寄せられるように、そこへ突っ込んでいった。
──ゴォォォォォン……!!
胴体が最初に樹冠へ突き刺さる。
太い枝が折れ、幹が裂ける。
次いで、爆音。
土砂と木片が、山肌から噴き上がる。
炎は、まだ上がらない。
だが──衝突は、確実だった。
巨大な鉄塊が、斜面を削りながら飲み込まれていく。
ローターの音が、途切れ、引き裂かれ、そして──消えた。
数秒。
風だけが残る。
理央は、息を止めたまま、山の方角を見つめていた。
「……ライダー……」
その名を呼びかけた、次の瞬間。
──風を切る音。
白い影が落ちてくる。
「着地は任せた、ハンドラー」
声と同時に、秀則の胸に、柔らかな衝撃がぶつかった。
「──っ!?」
反射的に腕を出す。
抱き留めた、その中に──
白髪の少女がいた。
小柄な身体。
軽い。
しかし、確かな存在感。
ライダーだった。
ヘルメットも、外套もない。
だが、その身体に傷はない。
彼女は、秀則の胸元に顔を埋めるようにし、
そのまま──額を、すり……と擦りつけた。
甘える仕草。
安堵を確かめるような、幼い動き。
「……ごめん」
小さな声。
「ヘリ壊れちゃった」
秀則は、一瞬、言葉を失い──
次の瞬間、力いっぱい、抱きしめていた。
「……っ、ばか……! そんな良いから……!」
秀則の腕の中で、ライダーが小さく息を整える。
白髪が風に揺れ、真紅の瞳が一度だけ伏せられたあと──ゆっくりと開いた。
その視線は、自然と前方へ向かう。
瓦礫と煙の向こう。
そこに、まだ立っているものを捉えて。
──ズン。
重い足音。
崩れた応接室の残骸を踏み越え、【METAL WOLF】が姿を現す。
装甲は煤に汚れ、関節部からわずかに蒸気が漏れている。
だが、動きに迷いはない。
アーチャーは、改めて理央と秀則、そしてセイバーの正面に向き直った。
三メートルの人型兵器が、真正面から“見下ろす”構図。
その中で──
「一瞬ひやりとしたが……」
金属越しに、低い笑い声が響いた。
「あのような空飛ぶ鉄屑に負ける訳にはいかない。何故なら私は、大統領だからだ」
右腕が動く。
マシンガンが、自然な所作で胸元へ引き寄せられる。
次の瞬間、装甲の一部が開いた。
──ガチャン。
弾倉が、床に落ちる。
空になったそれは、歪み、焼け、役目を終えた金属の塊だ。
アーチャーは一切急がない。
背後のコンテナユニットが開き、
内部から、新たな弾倉が“押し出される”。
信じ難い容量。
信じ難い整然さ。
彼はそれを掴み、
ゆっくりと、確実に装填した。
──カチリ。
乾いた音。
「さて」
銃口が、再び下がる。
だが、それは油断ではない。
いつでも上げられる位置。
撃てる距離。
「第二ラウンドと行こう。レディス&ジェントルメン」
不敵な笑みが、声から伝わる。
セイバーが、半歩前に出る。
その背後で。
ライダーが、秀則の胸元から顔を上げた。
「……ハンドラー」
声は小さい。
だが、はっきりしている。
彼女は、片手を虚空へ伸ばした。
太い銃身。
重量感のあるスライド。
大型のグリップ。
ライダーはそれを両手で持ち、少しだけ眉を下げる。
空間が、わずかに歪む。
次の瞬間、そこに現れたのは──拳銃だった。
「……ごめん」
秀則を見る。
「もう、これしか出せない。ACを出せばハンドラーがまた死んでしまう」
言い訳でも、弱音でもない。
事実の報告。
そして──
彼女は、その銃を、秀則の手に押し当てた。
秀則の手に、ずしりと重みが伝わる。
冷たい金属。
だが、不思議と、拒絶感はない。
「ライダーちゃん……よくぞやってくれましたぞ、ここからは我々にお任せください」
前方で、アーチャーがその様子を見ていた。
「ほう……」
愉快そうな声。
「マスター自らが銃を取るとは。これはまた、珍しい展開だ」
マシンガンが、ゆっくりと持ち上がる。
センサーが、三人を捉える。
照準が、静かに収束する。
「さあ」
不敵な笑み。
「Let's party!」