ギルガメッシュは、膝をついたまま誠の胸元へ手を伸ばした。
指先が、衣服の皺をひとつ掬う。
まるで質を確かめるような、緩慢な動き。
次の瞬間。
彼は躊躇なく、誠の胸へ腕を差し込んだ。
——沈む。
肉に押し返される感触がない。
布を裂く音も、骨を避ける気配もない。
腕が、肋の内側へ“通った”。
紗月の目が見開かれる。
明らかに貫通している。
だが——血が出ない。
赤は一滴も零れず、夜気に鉄の匂いも立たない。
誠の胸は、相変わらず浅く上下している。
苦しむ素振りも、痙攣もない。
まるで、そこに“臓器”がないかのように。
あるいは、傷という概念そのものが成立していないかのように。
「灰原君から離れろ!」
紗月は反射で踏み出した。
魔力が、咄嗟に指先へ集まる。
護符は残りが少ない。
それでも、今はそんな計算をしている場合ではない。
ギルガメッシュの背に向け、術式を組もうとした——その刹那。
空気が、鳴った。
金髪の青年が視線も寄越さず、片腕を横へ払う。
ただの一振り。
それだけで、紗月の身体は“止まった”。
首を絞められたわけでもない。
腕を掴まれたわけでもない。
なのに、踏み込みが、膝の上で凍りつく。
見えない枷が、肩から腰までを押さえつける。
骨格の継ぎ目が、無理やり揃えられてしまったような感覚。
「っ……!」
歯を食いしばる。
身体強化で押し切ろうとしても、魔力が流れない。
流れようとした瞬間、糸口を摘まれてほどかれる。
術式そのものが、正しい形を保てない。
ギルガメッシュは、腕を差し込んだまま、淡々と告げた。
「喧しい。そこで見ておれ」
言葉が冷たく落ちる。
「安心せよ、傷つけ殺す類の物ではない……」
紗月は息を荒くし、誠を見る。
誠の唇は、少し開いたまま。
睫毛すら揺れない。
胸に沈んだ腕は、さらに深く——ゆっくりと、内部を探るように進んでいく。
だが、皮膚は裂けない。
血は出ない。
傷という結果だけが、現実から拒まれている。
「……何を、してるの」
声が震える。
怒りより、理解の遅れが先に来た。
ギルガメッシュは、初めて微かに笑った。
嘲りではない。確信の薄い乾き。
「此度の聖杯戦争は、些か動きがなくつまらんのでな。まあ、不死者やらを集めた弊害ではあるが」
赤い瞳が、誠の胸の奥——見えない“何か”へ注がれている。
「裏返してやろうと言うのだ、全てを」
紗月は一歩も動けない。
片腕で制圧されている、という表現が一番近い。
見えない圧が、彼女を“そこに立たせたまま”にする。
近づくことも、術式を完成させることも許されない。
ただ、見ているしかない。
ギルガメッシュの腕が、胸の中で止まった。
わずかに、指先が何かに触れたのか。
誠の胸が、ほんの一拍だけ、呼吸とは別のリズムで震えた。
それでも苦鳴はない。
ギルガメッシュは、静かに言う。
「……ここか」
その一言が、森の空気を変えた。
灰が降り続ける。
音のない落下が、時間だけを刻む。
ギルガメッシュの腕が、誠の胸中で静止したまま、わずかに動いた。
掴む、というより──整える。
絡まった糸を、指先でほどき、位置をずらすような所作。
空気が、軋む。
誠の胸郭が、呼吸とは無関係に一度だけ持ち上がった。
鼓動でも、痙攣でもない。
“拍”としか呼べない、不自然な律動。
その瞬間、誠の内側から、微かな熱が滲み出た。
狂い火とは違う。
黄色でもない、赤でもない。
もっと鈍い、深部に沈んだ熱。
ギルガメッシュは、それを確かめるように指先を留め、低く鼻を鳴らした。
「……やはりな」
言葉は満足でも失望でもない。
ただ、想定通りだという声音。
次の瞬間。
彼は、何事もなかったかのように腕を引き抜いた。
ずるり、と抜ける感触すらない。
胸から離れた腕は、衣服も皮膚も汚していない。
貫かれていたはずの胸元には、穴も裂傷も残らなかった。
血痕は一切なく、誠の身体はそのまま静かに横たわっている。
まるで、最初から何も起きていなかったかのように。
——だが。
誠の胸の奥で、何かが“定着”したのを、紗月は感じ取っていた。
魔術師としての直感。
理屈になる前の、嫌な確信。
「……終わりだ」
ギルガメッシュは立ち上がり、ようやく紗月へ視線を向けた。
赤い瞳が、彼女を測る。
敵としてではない。
道具としてでもない。
「貴様は、この歪な聖杯戦争の弊害を、概ね把握しているようだな」
紗月は唇を噛み、睨み返す。
身体はまだ、動かない。
「……何を、した」
掠れた声。
ギルガメッシュは、口角をわずかに吊り上げた。
「二度も言わせるな」
紗月の背中に、冷たいものが走る。
「魔術師共に、異聞帯の英雄崩れ共、皆行儀よく戦いおって興ざめだ。恒一郎の計画も一向に進まぬ」
ギルガメッシュは言い放つ。
「こざかしい真似をせず、本能のままに殺し合え。知恵も策も要らぬ。欲望と衝動で足りる」
次の瞬間。
紗月を縛っていた圧が、唐突に消えた。
糸が切れたように、身体が自由を取り戻す。
「っ……!」
一歩、踏み出す。
だが、もう遅い。
ギルガメッシュの姿が、輪郭から崩れ始めていた。
光に溶けるのではない。
影に沈むでもない。
“そこにいた事実”そのものが、剥がされていく。
「待て——!」
紗月の叫びは、森に吸われた。
ギルガメッシュは、最後に一度だけ振り返る。
赤い瞳が、笑っていた。
「せいぜい楽しませろ」
次の瞬間。
風が吹き抜けた。
灰と枯れ葉が舞い、視界が白くなる。
それが晴れた時には——もう、誰もいない。
森には、誠と紗月だけが残されていた。
紗月は、すぐに誠の元へ駆け寄る。
膝をつき、胸元へ手を伸ばす。
脈はある。
呼吸も、安定している。
だが。
指先に触れた瞬間、微かに“違和感”が返ってきた。
聖杯。
狂い火。
英霊由来の力。
それらとは別に。
——何かが、静かに、深く、誠の中心に据えられている。
「……なんだって、いうのさ」
—がさり。
乾いた音が、森の奥で鳴った。
枯れ枝を踏み折る、はっきりとした足音。
紗月の背筋が、即座に強張る。
術式の残滓を振り払い、反射的に誠の前に立つ。
視線は音のした方角へ。
「……誰?」
問いは短く、鋭い。
返事はない。
だが、気配はある。
しかも──隠す気がない。
次の瞬間。
木々の影を押し分けるように、黒い人影が姿を現した。
「……!」
紗月の喉が、微かに鳴る。
現れたのは、アサシンだった。
だが。
一目見ただけで分かる。
いつものアサシンではない。
装束は裂け、布は焦げ、忍装束としての均整は完全に失われている。
整えられていたはずの髪は乱れ、顔にかかり、額からは乾ききらない血の筋が引いていた。
そして何より。
その身体から、赤黒い炎が燻るように立ち上っていた。
燃え盛る炎ではない。
揺らめく火でもない。
まるで、内側から滲み出た“怒り”や“呪詛”が、煙と火の中間の形を取って漏れ出しているかのような──不快な熱。
地面に落ちる灰が、その炎に触れた瞬間、黒く縮れて消えた。
「……アサシン?」
紗月は、思わず名を呼んだ。
胸の奥に、安堵が走る。
生きていた。
無事に合流できた。
それは、間違いなく本心だった。
「よかった……来てくれたんだね」
一歩、近づこうとして——止まる。
違和感。
あまりにも多すぎる。
まず、物音だ。
この距離まで、気配を消さず、枝を踏み鳴らして現れるなど、彼女の知るアサシンではあり得ない。
次に、姿。
あの忍は、戦闘の後でもここまで身形を崩さない。
そして、決定的なもの。
——あの炎。
不死者殺しの魔剣が発するものでもない。
まるで戦場に燻る、怨嗟の炎。
紗月は、唇を噛んだ。
「……アサシン、大丈夫かい? その怪我は、バーサーカーにやられたのかな」
も う一度、今度は確かめるように呼ぶ。
アサシンは、ゆっくりと顔を上げた。
視線が合う。
肉食獣のような、獰猛な瞳。
ギルガメッシュのそれとは違う。
だが、確実に“人の目”ではない光。
焦点が、わずかにズレている。
こちらを見ているのに、どこか別の“獲物”を見ている目。
それでも。
彼は、低く、掠れた声で言った。
「……合流が遅れてしまいました、申し訳ありません」
紗月の胸が、きゅっと締まる。
声は、アサシンのものだ。
口調も、最低限の理性も、残っている。
──ように、見える。
「いや、大丈夫……」
——今だ。
当初の計画。
アサシンの持つ、不死者殺しの魔剣。
それによって、灰原誠を殺害する。
ギルガメッシュが去った今が、最後の機会。
紗月は、意を決して口を開いた。
「アサシン、計画通り——」
紗月の声を、アサシンは聞いていなかった。
——いや。
耳には届いている。
届いているのに、待たない。
その足が、もう誠へ向かっている。
枯れ葉を踏む。
灰を踏む。
忍びの足取りではない。
隠す気配のない、獲物へ詰める歩み。
「……ちょ、ちょっと待って!」
紗月が言う。
命令の形に整える前の、咄嗟の制止。
アサシンは止まらない。
赤黒い炎が、肩口から背へ、薄く舐めるように這った。
呼吸のたび、燻りが濃くなる。
アサシンが太刀に手をかけた。
紗月の視線が、そこへ吸い寄せられる。
黒い。
柄糸の色ではない。
鞘の漆でもない。
そこから、どす黒い瘴気が——呼気のように、静かに漏れている。
冷たいはずなのに、肌に刺さる。
腐臭ではない。
鉄でもない。
もっと嫌な、“死んだ概念”の匂い。
「……それ、何……?」
紗月の声が、細くなる。
アサシンは答えない。
ただ、鞘走りを鳴らした。
——シャ。
乾いた音が、森に短く落ちる。
抜かれたのは、日本の太刀だ。
反りのある刃。
だが、月光を返さない。
光を吸うように黒く、刃文の代わりに、揺らぐ影が走っている。
瘴気が、刃にまとわりつく。
煙のようで、炎のようで、どちらでもない。
紗月は一歩、踏み出した。
誠と、アサシンの間へ入るために。
「アサシン、ちょっと待って」
言い切る前に。
アサシンの視線が、紗月を一度だけ掠めた。
それは、謝罪でも抗議でもない。
「ごちゃごちゃと煩い事だ……」
次の瞬間、紗月の足が止まる。
足首を掴まれたわけでもないのに。
空気が、粘つく。
重力が増したように、膝が沈む。
アサシンは、誠の傍へ立った。
膝をつくでもない。
屈むでもない。
ただ、倒れた獲物を見下ろす高さで、刃を構える。
右肩が後ろへ引かれ、左手が鞘を離す。
両腕の角度が、恐ろしく正確に定まる。
——振りかぶる。
太刀が、背後の闇を切り裂く軌道へ上がる。
瘴気が、刃の周囲で渦を巻いた。
まるで、空気そのものが腐っていく。
「やめろ……!」
紗月が叫ぶ。
声が擦れる。
「それは……! 私の命令を待て!」
アサシンは、返さない。
唇が、わずかに動いただけだった。
言葉ではない。
吐息でもない。
——衝動だけが、そこにある。
刃先が、誠の胸を指す。
誠は、まだ眠っている。
呼吸は浅く、規則的で、無防備なまま。
だが、その胸の奥にある“何か”が、微かに震えた。
ギルガメッシュの残した違和感が、今になって反応しているように。
瘴気が、その震えに呼応する。
太刀の黒が、さらに濃くなる。
そして——
アサシンの肩が、落ちた。
振り下ろしの起点。
紗月の視界が、刃の軌跡で塗り潰されそうになる。
「——っ!」
——間に合った。
それは音ではなかった。
衝撃でも、風圧でもない。
存在そのものが割り込んだ、という感覚。
アサシンの太刀が、振り下ろされる——その直前。
誠の身体が、消えた。
否。
正確には、“持ち上げられた”。
黒い刃が空を切る。
瘴気が、地面を舐め、灰を焼く。
——ズン。
鈍い音が、遅れて落ちた。
そこにあったはずの誠の位置には、何もない。
代わりに、地面が抉れ、瘴気が滲み、黒い焦げ跡だけが残る。
「……なに?」
紗月の声が、裏返った。
次の瞬間。
少し離れた場所で、重い足音が一つ、鳴った。
——どさり。
誠の身体が、そっと地面に降ろされる。
抱えられていた痕跡すら残らない、乱暴とは正反対の動き。
その背後に——
立っていた。
銀髪。
血のように赤い瞳。
煤けた中世の狩人服。
見た目は、紗月の知るバーサーカーと変わらない。
だが。
雰囲気が、まるで違う。
これまでの彼女は、丁寧だった。
慇懃で、理性を押し殺し、己を律する“危うい均衡”の上に立っていた。
今、そこにいる彼女は——
愉しんでいる。
口元が、わずかに吊り上がっている。
笑み、と呼ぶには薄い。
だが確かに、そこには余裕と愉悦があった。
赤い瞳が、ゆっくりとアサシンを捉える。
「……ほう」
低く、甘い声。
狩人が、獲物を見つけた時の声だ。
「随分と、派手な装いになりましたねアサシン」
その声音には、嘲りも警戒もない。
ただ、興味があるだけ。
アサシンが、ゆっくりと刃を戻す。
黒い太刀から、瘴気が燻り続けている。
赤黒い炎が、彼の身体から立ち上る。
「……邪魔をするか、バーサーカー」
声は掠れている。
だが、敵意は明確だ。
バーサーカーは、誠を背に庇う位置に立つ。
だが、その姿勢は防御ではない。
——獲物を奪われた捕食者が、逆に前へ出る構え。
「邪魔?」
小さく、喉を鳴らす。
「違いますね。私はただ取り戻しただけ」
一歩、踏み出す。
地面が、きしんだ。
魔力の放出はない。
だが、空気の密度が変わる。
アサシンの瘴気が、わずかに揺れた。
バーサーカーは、楽しげに続ける。
「これは、私のマスターなので」
言葉に、誇りが滲む。
同時に、所有欲。
そして、狩りの権利。
「触れるなんて赦しません。斬るなど、なおさら」
赤い瞳が、細まる。
「……もっとも」
くつり、と笑った。
「切っても焼いても死なぬようにしたのは、私ですがねえ」
紗月は、息を呑んでいた。
助かった。
確かに、誠は救われた。
だが。
——このバーサーカーは、今までと同じ存在なのか?
愉悦に満ちた表情。
抑制の外れた声音。
理性よりも、欲が前に出ている。
それは、ギルガメッシュが言った“本能のままに殺し合え”という言葉に——
最初に応じてしまった存在のようにも見えた。
アサシンが、太刀を構え直す。
瘴気が、より濃く、刃に絡みつく。
「……どけ。次は、外さない」
バーサーカーは、肩をすくめた。
「そう焦らないで。狩りは——」
一歩、さらに詰める。
赤い瞳が、爛々と輝いた。
「楽しまねば、損でしょう」
——風が裂けた。
赤黒い炎が尾を引き、地面の灰が巻き上がる。
太刀の黒が、夜を切り取った。
一本ではない。
——二本。
右の手に、どす黒い瘴気を纏う太刀。
左の手に、見慣れたはずの太刀——だが、今はそれすら“従来”には見えない。
鞘を捨てる所作もない。
抜き身のまま、二刀が同時に走る。
「——っ!」
紗月は息を飲んだ。
忍びの間合いではない。
踏み込みの質が違う。
速いのに、荒い。
荒いのに、正確。
獣が獲物に飛びかかる、その瞬間だけが研ぎ澄まされている。
——一閃。
瘴気の太刀が、横から誠の首を刈りに行く。
同時に、もう一本が縦に落ちる。
十字。
逃げ場を潰す刃の交差。
だが。
その刃が誠に届く前に——
バーサーカーの右手が、すっと上がった。
手のひら。
素手。
次の瞬間。
——ギィン、と音が鳴った。
金属ではない。
肉が、刃を受け止めた音ではない。
バーサーカーの掌が、瘴気の太刀を“掴んだ”。
刃が止まる。
止まるはずがない速度が、そこで止まる。
瘴気が、掌の縁で暴れた。
しかし、皮膚は裂けず、血も出ない。
代わりに。
掌の内側で、淡い光が脈打った。
「……ふふ」
バーサーカーが笑う。
愉悦の笑いだ。
「たしか不死者殺しの魔剣でしたか、強い神性を感じます。二振り目をお持ちとは知りませんでしたが?」
左の太刀が落ちる。
バーサーカーは、もう片方の手で受けた。
肘を立てて、腕で払ったのではない。
指先で、刃の腹をつまむように止めた。
指が、刃を挟む。
刃が、指に挟まれる。
あり得ない構図。
アサシンが低く唸る。
刃を引き抜こうとするが、抜けない。
バーサーカーの赤い瞳が、細まる。
「……その眼。いい。もっと怒って、もっと、ケダモノらしく吠え散らかしなさい!」
言葉と同時に。
バーサーカーの指先が、わずかに開いた。
——光。
眩い白が、指の間から漏れる。
火ではない。
雷でもない。
光線だ。
一直線に、アサシンの胸へ走る。
——ズドッ。
衝撃が、遅れて森に響いた。
木々の影が歪む。
灰が、焼ける前に“剥がれる”。
アサシンの身体が弾かれ、後方へ飛ぶ。
空中で体勢を捻り、幹を蹴って着地する——はずだった。
だが、着地が乱れる。
足が滑る。
地面が、わずかに溶けている。
光が通った線だけ、現実の質が変わっていた。
「……っ、アサシン!」
紗月が叫ぶ。
身体がようやく動く。
だが、足が止まる。
怖いのはアサシンではない。
バーサーカーの戦い方だ。
狩人の武器がない。
鋸鉈も、単発銃もない。
代わりにあるのは、素手。
そして、光。
——人間離れ。
いや、英霊離れですらある。
アサシンは息を荒くしながら、二刀を構え直す。
瘴気の太刀が、より濃く鳴く。
赤黒い炎が、肩から背へ噴き上がる。
次の瞬間。
再び、跳んだ。
今度は直線ではない。
木を踏み、岩を蹴り、ジグザグに迫る。
影の中から、何度も刃が現れる。
斬撃の雨。
バーサーカーは、避けない。
避ける必要がない、というように。
拳で払う。
掌で受ける。
前腕で刃を止める。
刃が肌に触れるたび、瘴気が噛みつこうとする。
だが、そのたびに——
バーサーカーの体内から、淡い光が滲む。
傷が成立しない。
痛みが成立しない。
まるで、ギルガメッシュが誠に施した“何か”と同じ種類の——
歪み。
「……あは」
バーサーカーが、息を吐く。
それは戦いの吐息ではない。
快楽の吐息だ。
「いい。もっと。もっと来なさい」
指先が揺れた。
——パッ。
今度は一本の線ではない。
散るように、複数の光線が走る。
木の幹が、線で切り取られる。
岩が、線で削られる。
空気そのものが、断たれる。
アサシンが身を捻り、二刀で光を弾く。
弾けるはずがない。
だが、弾く。
瘴気が光に触れた瞬間、黒が白を汚し、白が黒を灼く。
森が、呻く。
紗月は、歯を噛みしめる。
これは戦闘ではない。
異常同士の衝突だ。
どちらも、紗月の知る“サーヴァント”から外れている。
アサシンの二刀が、同時に振り下ろされる。
瘴気が刃の周囲で渦を巻き、赤黒い炎が鞘のない空間で燃え上がる。
バーサーカーは——
笑ったまま、手を伸ばした。
両手で、二本の太刀を同時に受け止める。
掌と指先が、刃を挟み込む。
そして、ゆっくりと。
アサシンの眼を見据え、囁いた。
「——さあ。出力を上げてみましょう」
次の瞬間。
光が、バーサーカーの唇の隙間から零れた