Fate/You Died.   作:助兵衛

51 / 93
第51話 反転

 ギルガメッシュは、膝をついたまま誠の胸元へ手を伸ばした。

 

 指先が、衣服の皺をひとつ掬う。

 まるで質を確かめるような、緩慢な動き。

 

 次の瞬間。

 

 彼は躊躇なく、誠の胸へ腕を差し込んだ。

 

 ——沈む。

 

 肉に押し返される感触がない。

 布を裂く音も、骨を避ける気配もない。

 

 腕が、肋の内側へ“通った”。

 

 紗月の目が見開かれる。

 

 明らかに貫通している。

 だが——血が出ない。

 

 赤は一滴も零れず、夜気に鉄の匂いも立たない。

 誠の胸は、相変わらず浅く上下している。

 

 苦しむ素振りも、痙攣もない。

 

 まるで、そこに“臓器”がないかのように。

 あるいは、傷という概念そのものが成立していないかのように。

 

「灰原君から離れろ!」

 

 紗月は反射で踏み出した。

 魔力が、咄嗟に指先へ集まる。

 

 護符は残りが少ない。

 それでも、今はそんな計算をしている場合ではない。

 

 ギルガメッシュの背に向け、術式を組もうとした——その刹那。

 

 空気が、鳴った。

 

 金髪の青年が視線も寄越さず、片腕を横へ払う。

 

 ただの一振り。

 それだけで、紗月の身体は“止まった”。

 

 首を絞められたわけでもない。

 腕を掴まれたわけでもない。

 

 なのに、踏み込みが、膝の上で凍りつく。

 

 見えない枷が、肩から腰までを押さえつける。

 骨格の継ぎ目が、無理やり揃えられてしまったような感覚。

 

「っ……!」

 

 歯を食いしばる。

 身体強化で押し切ろうとしても、魔力が流れない。

 

 流れようとした瞬間、糸口を摘まれてほどかれる。

 術式そのものが、正しい形を保てない。

 

 ギルガメッシュは、腕を差し込んだまま、淡々と告げた。

 

「喧しい。そこで見ておれ」

 

 言葉が冷たく落ちる。

 

「安心せよ、傷つけ殺す類の物ではない……」

 

 紗月は息を荒くし、誠を見る。

 

 誠の唇は、少し開いたまま。

 睫毛すら揺れない。

 

 胸に沈んだ腕は、さらに深く——ゆっくりと、内部を探るように進んでいく。

 

 だが、皮膚は裂けない。

 血は出ない。

 

 傷という結果だけが、現実から拒まれている。

 

「……何を、してるの」

 

 声が震える。

 怒りより、理解の遅れが先に来た。

 

 ギルガメッシュは、初めて微かに笑った。

 嘲りではない。確信の薄い乾き。

 

「此度の聖杯戦争は、些か動きがなくつまらんのでな。まあ、不死者やらを集めた弊害ではあるが」

 

 赤い瞳が、誠の胸の奥——見えない“何か”へ注がれている。

 

「裏返してやろうと言うのだ、全てを」

 

 紗月は一歩も動けない。

 片腕で制圧されている、という表現が一番近い。

 

 見えない圧が、彼女を“そこに立たせたまま”にする。

 近づくことも、術式を完成させることも許されない。

 

 ただ、見ているしかない。

 

 ギルガメッシュの腕が、胸の中で止まった。

 

 わずかに、指先が何かに触れたのか。

 誠の胸が、ほんの一拍だけ、呼吸とは別のリズムで震えた。

 

 それでも苦鳴はない。

 

 ギルガメッシュは、静かに言う。

 

「……ここか」

 

 その一言が、森の空気を変えた。

 

 灰が降り続ける。

 音のない落下が、時間だけを刻む。

 

 ギルガメッシュの腕が、誠の胸中で静止したまま、わずかに動いた。

 

 掴む、というより──整える。

 絡まった糸を、指先でほどき、位置をずらすような所作。

 

 空気が、軋む。

 

 誠の胸郭が、呼吸とは無関係に一度だけ持ち上がった。

 鼓動でも、痙攣でもない。

 “拍”としか呼べない、不自然な律動。

 

 その瞬間、誠の内側から、微かな熱が滲み出た。

 狂い火とは違う。

 黄色でもない、赤でもない。

 

 もっと鈍い、深部に沈んだ熱。

 

 ギルガメッシュは、それを確かめるように指先を留め、低く鼻を鳴らした。

 

「……やはりな」

 

 言葉は満足でも失望でもない。

 ただ、想定通りだという声音。

 

 次の瞬間。

 

 彼は、何事もなかったかのように腕を引き抜いた。

 

 ずるり、と抜ける感触すらない。

 胸から離れた腕は、衣服も皮膚も汚していない。

 

 貫かれていたはずの胸元には、穴も裂傷も残らなかった。

 血痕は一切なく、誠の身体はそのまま静かに横たわっている。

 

 まるで、最初から何も起きていなかったかのように。

 

 ——だが。

 

 誠の胸の奥で、何かが“定着”したのを、紗月は感じ取っていた。

 

 魔術師としての直感。

 理屈になる前の、嫌な確信。

 

「……終わりだ」

 

 ギルガメッシュは立ち上がり、ようやく紗月へ視線を向けた。

 

 赤い瞳が、彼女を測る。

 敵としてではない。

 道具としてでもない。

 

「貴様は、この歪な聖杯戦争の弊害を、概ね把握しているようだな」

 

 紗月は唇を噛み、睨み返す。

 身体はまだ、動かない。

 

「……何を、した」

 

 掠れた声。

 

 ギルガメッシュは、口角をわずかに吊り上げた。

 

「二度も言わせるな」

 

 紗月の背中に、冷たいものが走る。

 

「魔術師共に、異聞帯の英雄崩れ共、皆行儀よく戦いおって興ざめだ。恒一郎の計画も一向に進まぬ」

 

 ギルガメッシュは言い放つ。

 

「こざかしい真似をせず、本能のままに殺し合え。知恵も策も要らぬ。欲望と衝動で足りる」

 

 次の瞬間。

 

 紗月を縛っていた圧が、唐突に消えた。

 糸が切れたように、身体が自由を取り戻す。

 

「っ……!」

 

 一歩、踏み出す。

 だが、もう遅い。

 

 ギルガメッシュの姿が、輪郭から崩れ始めていた。

 光に溶けるのではない。

 影に沈むでもない。

 

 “そこにいた事実”そのものが、剥がされていく。

 

「待て——!」

 

 紗月の叫びは、森に吸われた。

 

 ギルガメッシュは、最後に一度だけ振り返る。

 

 赤い瞳が、笑っていた。

 

「せいぜい楽しませろ」

 

 次の瞬間。

 

 風が吹き抜けた。

 

 灰と枯れ葉が舞い、視界が白くなる。

 それが晴れた時には——もう、誰もいない。

 

 森には、誠と紗月だけが残されていた。

 

 紗月は、すぐに誠の元へ駆け寄る。

 膝をつき、胸元へ手を伸ばす。

 

 脈はある。

 呼吸も、安定している。

 

 だが。

 

 指先に触れた瞬間、微かに“違和感”が返ってきた。

 

 聖杯。

 狂い火。

 英霊由来の力。

 

 それらとは別に。

 

 ——何かが、静かに、深く、誠の中心に据えられている。

 

「……なんだって、いうのさ」

 

 —がさり。

 

 乾いた音が、森の奥で鳴った。

 

 枯れ枝を踏み折る、はっきりとした足音。

 

 紗月の背筋が、即座に強張る。

 

 術式の残滓を振り払い、反射的に誠の前に立つ。

 視線は音のした方角へ。

 

「……誰?」

 

 問いは短く、鋭い。

 

 返事はない。

 

 だが、気配はある。

 しかも──隠す気がない。

 

 次の瞬間。

 

 木々の影を押し分けるように、黒い人影が姿を現した。

 

「……!」

 

 紗月の喉が、微かに鳴る。

 

 現れたのは、アサシンだった。

 

 だが。

 

 一目見ただけで分かる。

 いつものアサシンではない。

 

 装束は裂け、布は焦げ、忍装束としての均整は完全に失われている。

 整えられていたはずの髪は乱れ、顔にかかり、額からは乾ききらない血の筋が引いていた。

 

 そして何より。

 

 その身体から、赤黒い炎が燻るように立ち上っていた。

 

 燃え盛る炎ではない。

 揺らめく火でもない。

 

 まるで、内側から滲み出た“怒り”や“呪詛”が、煙と火の中間の形を取って漏れ出しているかのような──不快な熱。

 

 地面に落ちる灰が、その炎に触れた瞬間、黒く縮れて消えた。

 

「……アサシン?」

 

 紗月は、思わず名を呼んだ。

 

 胸の奥に、安堵が走る。

 生きていた。

 無事に合流できた。

 

 それは、間違いなく本心だった。

 

「よかった……来てくれたんだね」

 

 一歩、近づこうとして——止まる。

 

 違和感。

 

 あまりにも多すぎる。

 

 まず、物音だ。

 この距離まで、気配を消さず、枝を踏み鳴らして現れるなど、彼女の知るアサシンではあり得ない。

 

 次に、姿。

 あの忍は、戦闘の後でもここまで身形を崩さない。

 

 そして、決定的なもの。

 

 ——あの炎。

 

 不死者殺しの魔剣が発するものでもない。

 まるで戦場に燻る、怨嗟の炎。

 

 紗月は、唇を噛んだ。

 

「……アサシン、大丈夫かい? その怪我は、バーサーカーにやられたのかな」

 

 も う一度、今度は確かめるように呼ぶ。

 

 アサシンは、ゆっくりと顔を上げた。

 

 視線が合う。

 

 肉食獣のような、獰猛な瞳。

 

 ギルガメッシュのそれとは違う。

 だが、確実に“人の目”ではない光。

 

 焦点が、わずかにズレている。

 こちらを見ているのに、どこか別の“獲物”を見ている目。

 

 それでも。

 

 彼は、低く、掠れた声で言った。

 

「……合流が遅れてしまいました、申し訳ありません」

 

 紗月の胸が、きゅっと締まる。

 

 声は、アサシンのものだ。

 口調も、最低限の理性も、残っている。

 ──ように、見える。

 

「いや、大丈夫……」

 

 ——今だ。

 

 当初の計画。

 

 アサシンの持つ、不死者殺しの魔剣。

 それによって、灰原誠を殺害する。

 

 ギルガメッシュが去った今が、最後の機会。

 

 紗月は、意を決して口を開いた。

 

「アサシン、計画通り——」

 

 紗月の声を、アサシンは聞いていなかった。

 

 ——いや。

 

 耳には届いている。

 届いているのに、待たない。

 

 その足が、もう誠へ向かっている。

 

 枯れ葉を踏む。

 灰を踏む。

 

 忍びの足取りではない。

 隠す気配のない、獲物へ詰める歩み。

 

「……ちょ、ちょっと待って!」

 

 紗月が言う。

 命令の形に整える前の、咄嗟の制止。

 

 アサシンは止まらない。

 

 赤黒い炎が、肩口から背へ、薄く舐めるように這った。

 呼吸のたび、燻りが濃くなる。

 

 アサシンが太刀に手をかけた。

 

 紗月の視線が、そこへ吸い寄せられる。

 

 黒い。

 

 柄糸の色ではない。

 鞘の漆でもない。

 

 そこから、どす黒い瘴気が——呼気のように、静かに漏れている。

 

 冷たいはずなのに、肌に刺さる。

 腐臭ではない。

 鉄でもない。

 

 もっと嫌な、“死んだ概念”の匂い。

 

「……それ、何……?」

 

 紗月の声が、細くなる。

 

 アサシンは答えない。

 

 ただ、鞘走りを鳴らした。

 

 ——シャ。

 

 乾いた音が、森に短く落ちる。

 

 抜かれたのは、日本の太刀だ。

 反りのある刃。

 だが、月光を返さない。

 

 光を吸うように黒く、刃文の代わりに、揺らぐ影が走っている。

 

 瘴気が、刃にまとわりつく。

 煙のようで、炎のようで、どちらでもない。

 

 紗月は一歩、踏み出した。

 

 誠と、アサシンの間へ入るために。

 

「アサシン、ちょっと待って」

 

 言い切る前に。

 

 アサシンの視線が、紗月を一度だけ掠めた。

 

 それは、謝罪でも抗議でもない。

 

「ごちゃごちゃと煩い事だ……」

 

 次の瞬間、紗月の足が止まる。

 

 足首を掴まれたわけでもないのに。

 空気が、粘つく。

 重力が増したように、膝が沈む。

 

 アサシンは、誠の傍へ立った。

 

 膝をつくでもない。

 屈むでもない。

 

 ただ、倒れた獲物を見下ろす高さで、刃を構える。

 

 右肩が後ろへ引かれ、左手が鞘を離す。

 両腕の角度が、恐ろしく正確に定まる。

 

 ——振りかぶる。

 

 太刀が、背後の闇を切り裂く軌道へ上がる。

 瘴気が、刃の周囲で渦を巻いた。

 

 まるで、空気そのものが腐っていく。

 

「やめろ……!」

 

 紗月が叫ぶ。

 声が擦れる。

 

「それは……! 私の命令を待て!」

 

 アサシンは、返さない。

 

 唇が、わずかに動いただけだった。

 

 言葉ではない。

 吐息でもない。

 

 ——衝動だけが、そこにある。

 

 刃先が、誠の胸を指す。

 

 誠は、まだ眠っている。

 呼吸は浅く、規則的で、無防備なまま。

 

 だが、その胸の奥にある“何か”が、微かに震えた。

 ギルガメッシュの残した違和感が、今になって反応しているように。

 

 瘴気が、その震えに呼応する。

 

 太刀の黒が、さらに濃くなる。

 

 そして——

 

 アサシンの肩が、落ちた。

 

 振り下ろしの起点。

 

 紗月の視界が、刃の軌跡で塗り潰されそうになる。

 

「——っ!」

 

 ——間に合った。

 

 それは音ではなかった。

 衝撃でも、風圧でもない。

 

 存在そのものが割り込んだ、という感覚。

 

 アサシンの太刀が、振り下ろされる——その直前。

 

 誠の身体が、消えた。

 

 否。

 

 正確には、“持ち上げられた”。

 

 黒い刃が空を切る。

 瘴気が、地面を舐め、灰を焼く。

 

 ——ズン。

 

 鈍い音が、遅れて落ちた。

 

 そこにあったはずの誠の位置には、何もない。

 代わりに、地面が抉れ、瘴気が滲み、黒い焦げ跡だけが残る。

 

「……なに?」

 

 紗月の声が、裏返った。

 

 次の瞬間。

 

 少し離れた場所で、重い足音が一つ、鳴った。

 

 ——どさり。

 

 誠の身体が、そっと地面に降ろされる。

 抱えられていた痕跡すら残らない、乱暴とは正反対の動き。

 

 その背後に——

 

 立っていた。

 

 銀髪。

 血のように赤い瞳。

 煤けた中世の狩人服。

 

 見た目は、紗月の知るバーサーカーと変わらない。

 

 だが。

 

 雰囲気が、まるで違う。

 

 これまでの彼女は、丁寧だった。

 慇懃で、理性を押し殺し、己を律する“危うい均衡”の上に立っていた。

 

 今、そこにいる彼女は——

 

 愉しんでいる。

 

 口元が、わずかに吊り上がっている。

 笑み、と呼ぶには薄い。

 だが確かに、そこには余裕と愉悦があった。

 

 赤い瞳が、ゆっくりとアサシンを捉える。

 

「……ほう」

 

 低く、甘い声。

 

 狩人が、獲物を見つけた時の声だ。

 

「随分と、派手な装いになりましたねアサシン」

 

 その声音には、嘲りも警戒もない。

 ただ、興味があるだけ。

 

 アサシンが、ゆっくりと刃を戻す。

 黒い太刀から、瘴気が燻り続けている。

 

 赤黒い炎が、彼の身体から立ち上る。

 

「……邪魔をするか、バーサーカー」

 

 声は掠れている。

 だが、敵意は明確だ。

 

 バーサーカーは、誠を背に庇う位置に立つ。

 だが、その姿勢は防御ではない。

 

 ——獲物を奪われた捕食者が、逆に前へ出る構え。

 

「邪魔?」

 

 小さく、喉を鳴らす。

 

「違いますね。私はただ取り戻しただけ」

 

 一歩、踏み出す。

 

 地面が、きしんだ。

 

 魔力の放出はない。

 だが、空気の密度が変わる。

 

 アサシンの瘴気が、わずかに揺れた。

 

 バーサーカーは、楽しげに続ける。

 

「これは、私のマスターなので」

 

 言葉に、誇りが滲む。

 同時に、所有欲。

 そして、狩りの権利。

 

「触れるなんて赦しません。斬るなど、なおさら」

 

 赤い瞳が、細まる。

 

「……もっとも」

 

 くつり、と笑った。

 

「切っても焼いても死なぬようにしたのは、私ですがねえ」

 

 紗月は、息を呑んでいた。

 

 助かった。

 確かに、誠は救われた。

 

 だが。

 

 ——このバーサーカーは、今までと同じ存在なのか? 

 

 愉悦に満ちた表情。

 抑制の外れた声音。

 理性よりも、欲が前に出ている。

 

 それは、ギルガメッシュが言った“本能のままに殺し合え”という言葉に——

 最初に応じてしまった存在のようにも見えた。

 

 アサシンが、太刀を構え直す。

 瘴気が、より濃く、刃に絡みつく。

 

「……どけ。次は、外さない」

 

 バーサーカーは、肩をすくめた。

 

「そう焦らないで。狩りは——」

 

 一歩、さらに詰める。

 

 赤い瞳が、爛々と輝いた。

 

「楽しまねば、損でしょう」

 

 ——風が裂けた。

 

 赤黒い炎が尾を引き、地面の灰が巻き上がる。

 太刀の黒が、夜を切り取った。

 

 一本ではない。

 

 ——二本。

 

 右の手に、どす黒い瘴気を纏う太刀。

 左の手に、見慣れたはずの太刀——だが、今はそれすら“従来”には見えない。

 

 鞘を捨てる所作もない。

 抜き身のまま、二刀が同時に走る。

 

「——っ!」

 

 紗月は息を飲んだ。

 忍びの間合いではない。

 踏み込みの質が違う。

 

 速いのに、荒い。

 荒いのに、正確。

 

 獣が獲物に飛びかかる、その瞬間だけが研ぎ澄まされている。

 

 ——一閃。

 

 瘴気の太刀が、横から誠の首を刈りに行く。

 同時に、もう一本が縦に落ちる。

 

 十字。

 

 逃げ場を潰す刃の交差。

 

 だが。

 

 その刃が誠に届く前に——

 

 バーサーカーの右手が、すっと上がった。

 

 手のひら。

 

 素手。

 

 次の瞬間。

 

 ——ギィン、と音が鳴った。

 

 金属ではない。

 肉が、刃を受け止めた音ではない。

 

 バーサーカーの掌が、瘴気の太刀を“掴んだ”。

 

 刃が止まる。

 止まるはずがない速度が、そこで止まる。

 

 瘴気が、掌の縁で暴れた。

 

 しかし、皮膚は裂けず、血も出ない。

 

 代わりに。

 

 掌の内側で、淡い光が脈打った。

 

「……ふふ」

 

 バーサーカーが笑う。

 愉悦の笑いだ。

 

「たしか不死者殺しの魔剣でしたか、強い神性を感じます。二振り目をお持ちとは知りませんでしたが?」

 

 左の太刀が落ちる。

 

 バーサーカーは、もう片方の手で受けた。

 

 肘を立てて、腕で払ったのではない。

 指先で、刃の腹をつまむように止めた。

 

 指が、刃を挟む。

 刃が、指に挟まれる。

 

 あり得ない構図。

 

 アサシンが低く唸る。

 刃を引き抜こうとするが、抜けない。

 

 バーサーカーの赤い瞳が、細まる。

 

「……その眼。いい。もっと怒って、もっと、ケダモノらしく吠え散らかしなさい!」

 

 言葉と同時に。

 

 バーサーカーの指先が、わずかに開いた。

 

 ——光。

 

 眩い白が、指の間から漏れる。

 火ではない。

 雷でもない。

 

 光線だ。

 

 一直線に、アサシンの胸へ走る。

 

 ——ズドッ。

 

 衝撃が、遅れて森に響いた。

 木々の影が歪む。

 灰が、焼ける前に“剥がれる”。

 

 アサシンの身体が弾かれ、後方へ飛ぶ。

 空中で体勢を捻り、幹を蹴って着地する——はずだった。

 

 だが、着地が乱れる。

 

 足が滑る。

 地面が、わずかに溶けている。

 

 光が通った線だけ、現実の質が変わっていた。

 

「……っ、アサシン!」

 

 紗月が叫ぶ。

 身体がようやく動く。

 だが、足が止まる。

 

 怖いのはアサシンではない。

 

 バーサーカーの戦い方だ。

 

 狩人の武器がない。

 鋸鉈も、単発銃もない。

 

 代わりにあるのは、素手。

 そして、光。

 

 ——人間離れ。

 

 いや、英霊離れですらある。

 

 アサシンは息を荒くしながら、二刀を構え直す。

 瘴気の太刀が、より濃く鳴く。

 赤黒い炎が、肩から背へ噴き上がる。

 

 次の瞬間。

 

 再び、跳んだ。

 

 今度は直線ではない。

 木を踏み、岩を蹴り、ジグザグに迫る。

 

 影の中から、何度も刃が現れる。

 

 斬撃の雨。

 

 バーサーカーは、避けない。

 

 避ける必要がない、というように。

 

 拳で払う。

 掌で受ける。

 前腕で刃を止める。

 

 刃が肌に触れるたび、瘴気が噛みつこうとする。

 だが、そのたびに——

 

 バーサーカーの体内から、淡い光が滲む。

 

 傷が成立しない。

 痛みが成立しない。

 

 まるで、ギルガメッシュが誠に施した“何か”と同じ種類の——

 歪み。

 

「……あは」

 

 バーサーカーが、息を吐く。

 

 それは戦いの吐息ではない。

 快楽の吐息だ。

 

「いい。もっと。もっと来なさい」

 

 指先が揺れた。

 

 ——パッ。

 

 今度は一本の線ではない。

 散るように、複数の光線が走る。

 

 木の幹が、線で切り取られる。

 岩が、線で削られる。

 空気そのものが、断たれる。

 

 アサシンが身を捻り、二刀で光を弾く。

 

 弾けるはずがない。

 だが、弾く。

 

 瘴気が光に触れた瞬間、黒が白を汚し、白が黒を灼く。

 

 森が、呻く。

 

 紗月は、歯を噛みしめる。

 

 これは戦闘ではない。

 異常同士の衝突だ。

 

 どちらも、紗月の知る“サーヴァント”から外れている。

 

 アサシンの二刀が、同時に振り下ろされる。

 瘴気が刃の周囲で渦を巻き、赤黒い炎が鞘のない空間で燃え上がる。

 

 バーサーカーは——

 

 笑ったまま、手を伸ばした。

 

 両手で、二本の太刀を同時に受け止める。

 

 掌と指先が、刃を挟み込む。

 

 そして、ゆっくりと。

 

 アサシンの眼を見据え、囁いた。

 

「——さあ。出力を上げてみましょう」

 

 次の瞬間。

 

 光が、バーサーカーの唇の隙間から零れた

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。