Fate/You Died.   作:助兵衛

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第53話 混沌の線引き

 礫の山は、まだ呼吸していた。

 

 燃え残った梁が、ぱちり、と乾いた音を立てる。

 赤い舌が闇を舐め、煙が低く這い、焦げた木と煤と——どこか甘い、魔術の焼灼の匂いが混じっている。

 

 誠は、足を踏み出すたびに、足裏で“家だったもの”を砕いている感覚に苛まれた。

 畳の破片。

 瓦。

 割れた窓の骨組み。

 それらが灰に沈み、しめった土に貼りついて、静かに軋む。

 

 そして。

 

 その隣に、彼女がいる。

 

 バーサーカーは、誠の半歩前を歩いていた。

 いや、前ではない。

 横でもない。

 

 ——寄り添い、導く距離。

 

 指先が、誠の手をほどけぬように握っている。

 強くはない。だが、離れようとすれば離れられない“確かさ”がある。

 

 誠は視線だけで彼女を窺った。

 

 赤い瞳。

 薄い笑み。

 

 愉快そうだった。

 火の粉が舞う惨状を、まるで舞台装置のように見ている。

 

「……笑ってる場合かよ」

 

「ふふ、おっと……失礼いたしました、マスタァ」

 

 誠は焦げた庭石の脇を越え、倒れた門柱を跨ぐ。

 屋敷の内側に入るほど、壊れ方が“戦い”を語っていた。

 

 壁の一部が、内側へ——ではなく、外へ弾き飛んでいる。

 屋根を支えるはずの梁が、一本だけ不自然にねじ切れている。

 

 術式。

 斬撃。

 衝撃波。

 

 何かが、ここで本気で殺し合った。

 

 誠は、唇を噛む。

 胸の奥の“別の鼓動”が、鈍く一度だけ脈打った。

 

 ——嫌な予感を、身体の方が先に理解している。

 

「黒野……!」

 

 声が、瓦礫の間に跳ね返った。

 

 返事はない。

 燃える音だけが答える。

 

「紫村! いるのか! 返事しろ!」

 

 誠は、手を引かれたまま、それでも歩みを速めた。

 足が勝手に動く。

 崩れた廊下の端で一瞬よろけると、バーサーカーの手がすぐに腰のあたりへ添えられた。

 

 近い。

 異様に近い。

 

 支えるというより、逃がさない、と言われている気がした。

 

「……っ、くそ……」

 

 誠は、視線を彷徨わせながら、瓦礫を蹴散らしそうになった。

 だが、その瞬間。

 

 バーサーカーが、くつり、と笑った。

 

 笑い声は小さいのに、やけに鮮明だった。

 

「焦らないでください、マスター」

 

 甘い声音。

 慰めではない。

 “面白がっている者”の落ち着きだ。

 

 誠は、背筋に冷たいものを感じた。

 

「……お前、何が楽しいんだよ」

 

 言ってしまった。

 声が震えたのは怒りのせいか、恐怖のせいか分からない。

 

 バーサーカーは、誠の顔を覗き込まない。

 ただ、焼け落ちた柱の向こうを眺め、火の粉を見送るように微笑んだ。

 

「こういうの、嫌いではありません」

 

 淡々とした言葉が、じわりと耳に残る。

 

 誠の胸の奥が、鈍く疼いた。

 あの“据わっている何か”が、笑い声に反応している気がして。

 

 誠は首を振り、もう一度叫んだ。

 

「黒野! 紫村! どこだ! 返事しろ!」

 

 返事はない。

 代わりに、どこかで——崩れかけた梁が、重く軋んだ。

 

 誠の足が止まる。

 

 ——ミシ、と。

 

 軋みは一度きりではなかった。

 低く、腹の底に響くような振動が、瓦礫の山の奥から伝わってくる。

 

 誠は反射的に視線を向けた。

 

 屋敷の中央部。

 完全に崩れ落ち、梁も柱も折り重なった場所。

 

 そこが、持ち上がる。

 

「……な」

 

 瓦礫が、内側から押し上げられた。

 

 梁が弾け飛ぶ。

 瓦礫が滑り落ち、焦げた木材が雨のように崩れ落ちる。

 

 次の瞬間。

 

 ——それは、立ち上がった。

 

 巨大な人型兵器。

 

 全高約10メートル。

 装甲は煤と焦げで黒ずみ、肩部は裂け、胸部には深い穿孔痕。

 

 無言。

 

 顔にあたる部分には、仮面のような赤いセンサー部。

 その中央の光が、かすかに灯っている。

 

 誠の呼吸が止まった。

 

「これ……紫村の」

 

 兵器は、ゆっくりと瓦礫を払いのけた。

 

 巨大な腕が、崩れた梁を掴み、投げ捨てる。

 足が一歩踏み出すたび、地面が沈む。

 

 だが、攻撃の気配はない。

 

 ただ——

 

 守っていた。

 

 瓦礫の中心に、空間がある。

 

 そこを囲うように、この機体は立っていたのだ。

 

 誠の胸が、強く打つ。

 

 兵器のセンサー光が、一瞬だけ誠を捉えた。

 

 そして。

 

 ふ、と。

 

 その光が、消える。

 

 装甲の輪郭が、揺らぐ。

 鋼鉄の表面が、白い粒子へと崩れ始める。

 

 崩壊ではない。

 

 役目を終えたかのように。

 

 肩から、胸から、脚部から——順に、光の粒子となって空へ溶けていく。

 

 重い残骸が落ちる音はしない。

 爆発もない。

 

 ただ、静かに。

 

 巨大な人型兵器は、存在ごと消え失せた。

 

 残されたのは——

 

「……紫村……!」

 

 瓦礫の中央。

 

 焼けた床材の上に、座り込んでいる男。

 

 紫村秀則だった。

 

 衣服は裂け、腕には深い切創。

 額から流れた血が乾き、顔は煤で汚れている。

 片膝をついたまま、荒く息を吐いていた。

 

 そして。

 

 その背に、寄り添うように座る存在。

 

 誠は、目を疑った。

 

「……ライダー……?」

 

 かつて見た姿。

 

 儚く、痩せた幼い少女。

 白髪。

 深紅の瞳。

 

 だが——

 

 今、そこにいるのは。

 

 成人した女性だった。

 

 長く流れる白髪。

 細いが、しなやかな体躯。

 幼さの影はなく、静かな威厳すら漂わせる。

 

 深紅の瞳だけが、変わらない。

 

 その瞳が、誠を見た。

 

 感情は読み取れない。

 疲労か、安堵か、覚悟か。

 

 紫村の肩を支えるように腕を回しながら、彼女は静かに言った。

 

「……心配しないで、ハンドラーは無事」

 

 声音は低い。

 以前よりも、はるかに落ち着いている。

 

 誠は、足が動くのも忘れていた。

 

「……お前……ライダー、だよな……?」

 

 白髪の女性は、微かに首を傾けた。

 

「うん」

 

 その動きに、わずかに光の粒子が残滓のように舞う。

 

 紫村が、咳き込んだ。

 

「……無事で何より、です。灰原氏……」

 

 声は掠れているが、生きている。

 

 誠の喉が震えた。

 

「紫村……!」

 

 一歩、踏み出す。

 

 その横で。

 

 バーサーカーが、楽しげに笑った。

 

 くつり、と。

 

「これはこれは」

 

 赤い瞳が、細まる。

 

「なるほど、裏返ったのは私やアサシンだけではないようですね」

 

 ライダーの深紅の視線が、ゆっくりとバーサーカーへ向く。

 

「いえ、裏返りというよりは……並行世界、異聞帯、あり得たもしもの世界の姿……といった所でしょうか」

 

 ライダーの言葉が、夜気の中に静かに沈む。

 

 バーサーカーは、楽しげな笑みを崩さない。

 

 だが。

 

 その赤い瞳の奥で、何かがわずかに細まった。

 

「……面白い解釈。なら貴方は、人を捨てた世界線の存在?」

 

 柔らかな声音。

 

 しかし、空気は柔らかくない。

 

 焦げた梁の向こうで、火が揺れる。

 煙が流れ、灰が舞う。

 

 それだけで、場が張り詰める。

 

 ライダーは立ち上がらない。

 紫村を支えたまま、座した姿勢でバーサーカーを見上げている。

 

 だが——

 

 劣位ではない。

 

 白髪が、ゆるやかに風を孕む。

 深紅の瞳が、まっすぐに射抜く。

 

 誠は、息を呑んだ。

 

 言葉では説明できない。

 敵意でも、殺意でもない。

 

 もっと静かな、致命的な何か。

 

 互いが互いを「認識している」緊張。

 

 その時。

 

 ——ゴゴ、と。

 

 また、地鳴り。

 

 先ほどとは違う方向。

 

 誠の視線が反射的に動く。

 

 西側の崩落部分。

 

 完全に積み上がった瓦礫の山が、内側から押し上げられる。

 

「……またかよ」

 

 瓦礫が、ゆっくりと、しかし確実に動く。

 

 崩れ落ちるのではない。

 

 押しのけられている。

 

 丁寧に。

 

 次の瞬間。

 

 ——姿を現した。

 

 別の人型兵器。

 

 先ほどの十メートル級とは違う。

 

 全高はおよそ三メートル。

 

 より人に近い比率。

 

 装甲は大きく損傷し、背部武装コンテナは半壊。

 胸部装甲は裂け、内部の光がかすかに明滅している。

 右脚の外装は剥がれ、内部フレームが露出していた。

 

 それでも。

 

 その動きは、どこか——紳士的だった。

 

 瓦礫を蹴散らさない。

 

 掴み、持ち上げ、脇へと退かす。

 

 足元を確認しながら、一歩ずつ進む。

 

 その足元に——

 

「……黒野!」

 

 誠の声が裂けた。

 

 倒れている。

 

 黒野理央。

 

 瓦礫の下敷きにはなっていない。

 兵器が庇うように立っていたためか、大きな圧迫は免れているようだった。

 

 それでも。

 

 額に血。

 腕に裂傷。

 意識はない。

 

 人型兵器は、ゆっくりと最後の梁を持ち上げ、静かに横へ置いた。

 

 そして。

 

 黒野の前に膝をつく。

 

 片膝を。

 

 まるで騎士の礼のように。

 

 誠は言葉を失った。

 

 兵器のセンサー部が淡く点灯する。

 理央の顔をスキャンするように、赤い光が一瞬走る。

 

 攻撃ではない。

 

 確認。

 

 守るための動き。

 

 その姿に、紫村が掠れた声で呟いた。

 

「……彼も中々、頑丈ですな」

 

 誠の口から、ほとんど反射で飛び出した。

 

「……ロボだ!」

 

 瓦礫の中から現れ、紳士のように膝をつき、傷ついた仲間を守る機体。

 

 そのシルエット。

 

 その質量。

 

 その存在感。

 

 一瞬、理性より先に少年じみた興奮が勝った。

 

「すげぇ……二体目……!」

 

 だが。

 

 次の瞬間。

 

 胸の奥の“別の鼓動”が、どくりと強く脈打つ。

 

 空気が、変わる。

 

 魔力。

 

 これは、ただの兵器ではない。

 

 誠の表情が、はっと引き締まった。

 

「……これ……サーヴァントか」

 

 呟きは低い。

 

 興奮が、一瞬で警戒へと塗り替わる。

 

 バーサーカーの指が、誠の手を離した。

 

 代わりに。

 

 すっと、半歩前に出る。

 

 赤い瞳が細まり、口元の笑みが鋭くなる。

 

「マスタァ、如何様に?」

 

 空気が、ぴん、と張り詰めた。

 

 ライダーもまた、紫村を支えたまま視線を鋭くする。

 

 三メートル級の人型兵器は、ゆっくりと立ち上がった。

 

 だが。

 

 攻撃姿勢は取らない。

 

 両腕は開かれていない。

 

 武装の展開もない。

 

 その代わり。

 

 すっと。

 

 右手を挙げた。

 

 掌をこちらへ向ける。

 

 敵意のない、明確なジェスチャー。

 

 そして。

 

 内部から、よく通る声が響いた。

 

「レディ、ジェントルメン。どうか落ち着いていただきたい」

 

 低く、しかし澄んだ声。

 

 機械越しであるにもかかわらず、妙に明瞭だ。

 

 バーサーカーの目が、わずかに細くなる。

 

 機体は一瞬だけ静止し。

 

 次に、実に堂々とした口調で告げた。

 

「私は第47代大統領——マイケル・ウィルソンである。君らに分かりやすく言うならば、サーヴァント──アーチャーだ」

 

 誠が瞬きを忘れる。

 

「……は?」

 

 人型兵器——アーチャーは、わずかに胸を張る。

 

 損傷だらけの装甲が、ぎしりと鳴る。

 

「本来であればホワイトハウスの執務室でお会いしたかったところだが、今は緊急事態だ」

 

 声音は落ち着いている。

 

 威圧ではない。

 

 説得の響き。

 

「我々に戦意はない」

 

 挙げた手は下げない。

 

 あくまで“撃たない”姿勢。

 

「そちらのマスターおよびサーヴァントに対し、攻撃の意思は一切存在しないとここに宣言する」

 

 バーサーカーの赤い瞳が、じっとアーチャーを測る。

 

 誠は、息を呑んだまま二人を見た。

 

 アーチャーは続ける。

 

「この屋敷で発生した戦闘は、当初の想定より非常に混沌としたものとなった。誰が敵か味方か、線引きを再度行う必要がある」

 

 一拍。

 

「これ以上の混沌は、誰の利益にもならないだろう」

 

 落ち着いた、しかし揺るがぬ口調。

 

「よって、停戦を提案する」

 

 静寂。

 

 静寂。

 

 火が爆ぜる音と、煤が落ちる乾いた気配だけが残った。

 

 誠は、喉の奥で息を飲み込んだまま、三メートル級の機体を見上げていた。

 

 毅然としている。

 

 武装を見せびらかすでもない。

 

 挑発もしない。

 

 ただ、「止める」と言っている。

 

 その態度が、逆に——重い。

 

 バーサーカーが、半歩前へ出たまま動かない。

 

 赤い瞳の奥で、獣が身を伏せている。

 

 誠は、その背中を見て、遅れて理解した。

 

 戦力の決定権は、唯一無傷なこちらにある。

 

 紫村は座り込んだまま息を荒くし、ライダーが支えている。

 

 黒野理央は倒れたまま、動かない。

 

 この場で「やる」と言えば、バーサーカーは躊躇なく焼き払う。

 

 それが出来る。

 

 そして——それが一番、取り返しがつかない。

 

 誠は、崩れた梁の向こうに横たわる黒野を見た。

 

 血。

 

 煤。

 

 唇の色。

 

 紫村の肩の震え。

 屋敷が半壊したまま、火の粉が舞う現実。

 

 戦いを続ける理由が、どこにもない。

 

「……バーサーカー」

 

 誠の声は掠れた。

 

 だが、言い直さなかった。

 

「……もう、やめろ」

 

 バーサーカーが、ゆっくりと振り返る。

 

 妖艶な笑みは消えていない。

 

 それでも、ほんの僅かに——誠の言葉を“聞いた”目になる。

 

「マスタァ?」

 

 甘い声。

 

 誠は視線を逸らさず、アーチャーを見た。

 

「提案を……受ける」

 

「黒野と紫村を……まず何とかしたい。ここで殺し合ってる場合じゃない」

 

 アーチャーのセンサー光が、ほんの一瞬だけ明滅する。

 

 了承の合図のように。

 

「賢明な判断だ、灰原誠」

 

 よく通る声が、瓦礫に反響した。

 

 バーサーカーが低く笑う。

 

 不満ではない。

 

 むしろ、面白がっている音に近い。

 

「……停戦、ですか。マスターがそう仰るなら」

 

 彼女は肩の力を抜く。

 

 しかし完全には解かない。

 

 獣は、いつでも飛びかかれる姿勢のまま、爪を引っ込めただけだ。

 

 アーチャーは、ゆっくりと動いた。

 

 まず、背部の展開部が静かに収束する。

 

 胸部の明滅が、一定のリズムに落ち着き——次いで、ぷつり、と消えた。

 

 機体が「呼吸」を止めたわけではない。

 

 むしろ、鎧としての役目を終えた、という沈黙だった。

 

 ——カチリ。

 

 関節のどこかで、錠が外れる乾いた音。

 

 アーチャーは、片手を肩口へやり、次に反対の腕で胸部装甲を押し上げた。

 

 人が上着を脱ぐみたいに。

 

 あまりにも自然な所作で。

 

 装甲の縁が、淡い粒子へほどけていく。

 

 鋼が砕けるのではなく、存在の密度が薄まって“脱げていく”。

 

 肩。

 

 胸。

 

 背。

 

 脚。

 

 鎧は順に、風に溶けるように光となって散り、足元に残骸すら残さなかった。

 

 瓦礫の上に残ったのは——

 

 ひとりの男だ。

 

 大柄。

 

 背が高い。

 

 肩幅が広く、胸板が厚い。

 

 煤を被っていてなお、爽やかさの残る顔立ち。

 

 整えた金髪と、明るい色の瞳が火の揺らぎを受け、笑うほどではないが、険悪さもない表情で誠を見た。

 

 戦場に適した簡素な服装——それでも、姿勢は紛れもなく「紳士」だった。

 

 誠が息を詰めるより先に、男は両手を見せるように前に出し、ゆっくり歩み寄ってきた。

 

 瓦礫を蹴散らさない。

 

 足元を確かめ、一歩ずつ。

 

「——改めて」

 

 声は機械越しではない、生身の響き。

 

 よく通るが、押しつけがましくない。

 

「マイケル・ウィルソン。第47代大統領。アーチャーとして召喚された」

 

 誠は、口の中が乾くのを感じながら頷いた。

 

 理解が追いつかない箇所はいくらでもある。

 

 だが今は、黒野と紫村が息をしているかの方が重要だった。

 

「大統領……?」

 

 名乗ると同時に、男——ウィルソンは右手を差し出した。

 

 大きな掌。

 

 だが、力を誇示する角度ではない。

 

 まっすぐ、礼としての差し出し方。

 

 誠は一瞬だけバーサーカーを見た。

 

 赤い瞳が、薄く笑っている。

 

 許可ではない。

 

 観察。

 

 それでも誠は、決めた。

 

 握る。

 

 がっちりと、硬い握手。

 

 骨が軋むほどではない。

 

 だが曖昧にもならない、確かな圧。

 

「合意に感謝する」

 

 ウィルソンは短く言い、手を放すと踵を返した。

 

 背中を見せるのに、無防備さを感じさせない。

 

 それがまた、妙に腹に据わる。

 

 男は黒野の傍へ膝をつき、まず呼吸を確かめるように指先を頸へ当てた。

 

「脈はある。失血は多いが、致命には至っていない」

 

 言い切って、上着の内側から小さな包みを取り出す。

 

 布。

 

 細い帯。

 

 そして、透明な小瓶。

 

 瓦礫だらけの現場に似つかわしくないほど手際がいい。

 

 額の傷に布を当て、圧迫。

 

 腕の裂傷には帯を巻き、止血点を素早く探って締める。

 

 黒野の口元に瓶の中身をほんの数滴だけ落とすと、男は短く息を吐いた。

 

「——魔術師と言うのは頑丈だ。我が軍にも正式に取り入れたいものだ」

 

 次いで紫村へ。

 

 ライダーは座したまま動かない。

 

 深紅の瞳が、ウィルソンの手元を静かに追っている。

 

 バーサーカーの気配もまた、少しも緩まない。

 

 この場の停戦は、握手では固定されない。

 

 全員が知っている。

 

 ウィルソンは紫村の裂傷を一瞥し、迷いなく処置に入った。

 

 出血箇所を圧迫し、布を当て、帯で固定する。

 

「さて! 応急処置は完了だ。動かすなら今のうちに」

 

 そう言って立ち上がり、煤を払う。

 

 ぱん、ぱん、と乾いた音。

 

 ウィルソンは誠へ視線を戻した。

 

「場所を移そう灰原君。互いの情報を交換し、我々は現状を理解する必要がある」

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