Fate/You Died.   作:助兵衛

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第64話 7人目

 槍が、走った。

 

 霧の奥から伸びた一閃が、空間を縫う。

 

 セイバーの剣がそれを弾く。

 

 弾いた、というより噛み砕いた。

 

 金属が擦れ合う高音の中に、骨みたいな鈍さが混じる。

 

 次の瞬間、セイバーが跳んだ。

 

 獣が壁を蹴るみたいに、コンテナの側面を踏み、反転。

 

 鎧が軋む音が遅れて追いつく。

 

 着地。

 

 足元の鉄板が撓み、乾いた振動が霧に吸われた。

 

 槍兵は、そこにいない。

 

 いるはずの場所に、いない。

 

 影が、横へ滑っている。

 

 人の移動じゃない。

 

 霧の濃淡に紛れ、輪郭ごと擦り替わるような動き。

 

 セイバーは躊躇なく追う。

 

 剣を振る。

 

 空振り。

 

 刃が霧を裂き、薄い光が散る。

 

 背後。

 

 槍の柄が鎧の背へ叩き込まれた。

 

 鈍い衝撃。

 

 だがセイバーは崩れない。

 

 崩れないどころか、反射で肘を引き、槍を抱え込むように絡め取った。

 

 槍兵の体が、一瞬だけ引かれる。

 

 その瞬間を、セイバーが逃さない。

 

 剣が振り下ろされ——

 

 ——キン。

 

 穂先が、剣の腹を受けた。

 

 受けたのに、押し返す。

 

 槍が弓のように撓み、次の瞬間、しなる反動でセイバーの剣を弾き上げた。

 

 火花が散る。

 

 霧の中で、星が瞬くみたいに。

 

 誠は、息を止めていた。

 

 激しいのに、どこか音が遠い。

 

 視界は見える。

 

 なのに距離が掴めない。

 

 霧が、現実の厚みを削っている。

 

「……介入するべきかしら」

 

 理央が、絞るように呟く。

 

 指先が小さく動く。

 

 魔術の起動をいつでもできる距離感。

 

 だが、踏み込めない。

 

 槍兵が何者か分からない。

 

 セイバーが、今どこまで“自分”なのかも分からない。

 

 マリアは無言で、戦闘の“中心”ではなく周囲を見ていた。

 

 その時。

 

 セイバーが、また跳んだ。

 

 槍兵の頭上へ。

 

 コンテナの角を蹴り、真上から落ちる。

 

 剣が、天から降る刃になる。

 

 槍兵が下がる——いや、下がらない。

 

 槍を上へ突き出し、落下点を“突く”ように置く。

 

 迎撃。

 

 槍の穂先が、セイバーの胸へ向かう。

 

 ——ガァンッ! 

 

 鎧が鳴った。

 

 穂先が胸甲に刺さりきらず、滑って火花を散らす。

 

 セイバーの体が空中で捻じれる。

 

 ねじれたまま剣を横へ振る。

 

 槍兵の肩口へ。

 

 ——キィン! 

 

 また受けられる。

 

 槍の柄が、剣を受ける。

 

 受けて、押し返す。

 

 圧し合い。

 

 金属が軋む。

 

 霧が震える。

 

 その刹那。

 

 セイバーの顔が、誠の視界に入った。

 

 黒く干からびた皮膚。

 

 口が、開く。

 

 声は——出ない。

 

 吐息だけが漏れた。

 

 息というより、砂が擦れる音。

 

 そのまま、セイバーが笑ったように見えた。

 

 歯が白く見えたのではない。

 

 頬の筋が引き攣れたのだ。

 

 “人”の感情の形だけが残り、中身が落ちた笑い。

 

 誠の胃の奥が冷える。

 

「……っ」

 

 槍兵が地面を打ち、衝撃で砕けたコンクリ片が跳ねた。

 

 セイバーが弾かれる。

 

 半歩退く。

 

 その隙に槍が走る。

 

 喉元へ。

 

 剣が受ける。

 

 受けた衝撃で、セイバーの足元の鉄板が裂けた。

 

 裂けた鉄板の下、黒い水のような影が覗く。

 

 剣と槍が、何度も噛み合う。

 

 セイバーは退かない。

 

 槍兵も退かない。

 

 互いに一歩も譲らないまま、鉄と火花だけが増えていく。

 

 誠は歯を食いしばった。

 

 頭の中で、判断がぐるぐる回っている。

 

 助けるべきなのは、セイバーだ。

 

 理屈だけなら、それは明白だった。

 

 だが。

 

 今目の前にいるのは、知っているセイバーではない。

 

 理央のサーヴァントであるはずの騎士は、まるで亡者のような顔で笑い、獣みたいに剣を振り回している。

 

 あれを、味方と呼んでいいのか。

 

 誠は息を吸った。

 

 湿った鉄の匂いが肺に入る。

 

「……黒野」

 

 声を落とす。

 

「今のセイバー、止められるのか」

 

 理央は答えなかった。

 

 代わりに、セイバーを見つめたまま小さく首を振る。

 

「……いいえ」

 

 静かな声。

 

「パスは繋がってる。でも……命令は効かないと思う」

 

 誠の眉が寄る。

 

「じゃあ、槍の方に味方するか?」

 

 九郎が、低く言った。

 

「敵かどうかも分からぬ相手だぞ」

 

 霧の奥。

 

 槍兵の姿は、はっきりしない。

 

 影のように動き、距離を滑る。

 

 だが、少なくとも——

 

 無差別に周囲を壊しているのは、セイバーの方だった。

 

 コンテナがひしゃげ、鉄板が裂け、足場が崩れる。

 

 槍兵は、むしろその攻撃を受け止める形になっている。

 

 戦闘音が、また跳ねる。

 

 ——ドォン。

 

 コンテナの一つが、横倒しになった。

 

 鉄板が地面を擦り、耳障りな音を残す。

 

 その時だった。

 

 マリアの視線が、戦場から外れた。

 

 ほんのわずか。

 

 工場の奥。

 

 崩れた資材の陰。

 

 マリアが、手で誠の腕を軽く押さえる。

 

「おやおや、マスタァ」

 

 誠が視線を向ける。

 

 霧の揺れの向こう。

 

 古いドラム缶と木箱が積まれた隅。

 

 そこに——

 

 人影があった。

 

 女だった。

 

 膝を抱え、身体を丸めている。

 

 工場の片隅、影の中に身を押し込むようにして。

 

 肩が、小刻みに震えている。

 

 声は出していない。

 

 だが、震えだけで分かる。

 

 完全に怯えている。

 

 誠の目が、見開かれた。

 

「……一般人?」

 

 理央も、息を呑む。

 

 こんな場所に、いるはずがない。

 

 だが、現実にいる。

 

 戦闘の衝撃音が鳴るたびに、女の肩がびくりと跳ねる。

 

 誠は、戦場へ視線を戻した。

 

 ——ギィン。

 

 剣と槍が、またぶつかる。

 

 衝撃で霧が震え、鉄片が跳ねる。

 

 距離は近い。

 

 今のまま戦闘が続けば——遅かれ早かれ、この隅にも破片が飛ぶ。

 

 誠は、歯を食いしばった。

 

「……黒野」

 

 短く呼ぶ。

 

 理央が、すぐに振り向く。

 

 誠は顎で女の方を示した。

 

「先に、あっちだ」

 

 一瞬だけ、理央の瞳が揺れる。

 

 戦場。

 

 セイバー。

 

 だが次の瞬間、彼女は小さく頷いた。

 

「ええ。そうね」

 

 九郎も、視線を女へ向ける。

 

「戦に巻き込まれた民を先に救う……よい判断だと思う」

 

 マリアは何も言わない。

 

 だが、すでに戦闘の方向と女の位置、飛散物の軌道を測るように目を動かしていた。

 

 誠は深く息を吸う。

 

 湿った鉄と油の匂い。

 

 霧が、肺に重く入る。

 

「俺が行く」

 

 言うが早いか、誠は足を踏み出した。

 

 鉄板を蹴る。

 

 低く身を落とし、コンテナの影から影へ走る。

 

 背後で、戦闘音が弾ける。

 

 振り返らない。

 

 今は、戦場じゃない。

 

 女だ。

 

 資材の山の陰。

 

 誠が近づくと、女はびくりと身体を震わせた。

 

 靴音に反応したのだろう。

 

 顔が上がる。

 

 怯えた目。

 

 誠を見る。

 

 視線が合う。

 

 その瞬間。

 

 誠の足が、止まった。

 

「……え?」

 

 思わず声が漏れる。

 

 女も、目を見開いた。

 

 数秒。

 

 互いに言葉が出ない。

 

 次の瞬間、女の口が震えた。

 

「……は、灰原……くん?」

 

 誠の背中に、冷たいものが走る。

 

 聞き覚えのある声だった。

 

 見慣れた顔だった。

 

 学校の教室。

 

 黒板の前。

 

 出席簿。

 

 その光景が、一瞬で頭をよぎる。

 

「……赤城、先生?」

 

 女は、小さく頷いた。

 

 膝を抱えたまま、震えている。

 

 髪は乱れ、上着は土に汚れていた。

 

 だが、間違いない。

 

 誠たちのクラス担任。

 

 教師。

 

 赤城美桜だった。

 

 背後で、再び金属が弾ける。

 

 ——ギィン!! 

 

 セイバーと槍兵の戦闘が、さらに激しくなっている。

 

 美桜はその音にびくりと肩を震わせた。

 

 声が、掠れている。

 

「灰原くん……? どうして……」

 

 誠は答えなかった。

 

 答えられなかった。

 

 こんな場所に、担任教師がいる。

 

 その異常を考える余裕がない。

 

「先生、立てますか」

 

 できるだけ低く言う。

 

 美桜は、震えながら頷いた。

 

 だが、足が動かない。

 

 腰が抜けている。

 

 背後で、また衝撃。

 

 ——ドォン! 

 

 コンテナが揺れる。

 

 理央と九郎が、すぐ後ろまで来ていた。

 

 理央の目が、赤城美桜を見て見開かれる。

 

「……先生?」

 

 九郎が、低く呟く。

 

「知り合いか」

 

 誠は短く頷いた。

 

「担任の先生だよ」

 

 言いながら、誠はしゃがみ込む。

 

 手を差し出した。

 

「先生……立てますか?」

 

 美桜は、怯えたまま小さく息を吸う。

 

 それから、恐る恐る誠の手へ指を伸ばした。

 

 触れた瞬間、美桜の手が冷たいと分かった。

 

 血が引いた冷え方。

 

 誠はその手を握り、引き上げようとして——

 

 止まった。

 

 目が、手の甲に吸い寄せられる。

 

 薄い皮膚の上。

 

 汗と埃の間に。

 

 赤黒い紋様が、浮いていた。

 

 ——三つ。

 

 渦を巻くような刻印。

 

 見間違えようがない

 

「……令呪」

 

 誠の声が、勝手に落ちた。

 

 赤城がぴくりと肩を震わせる。

 

「……こ、これ何?」

 

 知らないふりではない。

 

 本当に、知らない顔だった。

 

 誠の喉が鳴る。

 

 頭の奥が、嫌な形で繋がっていく。

 

 この霧。

 

 この工業地帯。

 

 槍兵の動き。

 

 そして——ここにいる担任。

 

 一般人のはずの教師。

 

 なのに令呪。

 

 なら、答えは一つしかない。

 

 赤城美桜は、マスターだ。

 

 誠は息を殺して、戦場の方を一瞬だけ見る。

 

 霧の向こう。

 

 槍が走り、剣が弾き返す。

 

 槍兵は、まるで“護衛”みたいに戦っている。

 

 守るべきものがある動き。

 

 ——ここだ。

 

 誠の背筋に冷えが走る。

 

 ランサーと、そのマスター。

 

 推測だ。

 

 断定はできない。

 

 だが、状況がそれ以外を許さない。

 

 誠は視線を戻し、美桜の手の甲をもう一度見た。

 

 令呪は、確かにそこにある。

 

 消えていない。

 

 綺麗に、残っている。

 

 理央が、誠の視線の先を追って息を呑んだ。

 

 ——ギィン!! 

 

 次の金属音が、さっきまでより低く、重かった。

 

 霧が、ひと呼吸ぶんだけ沈む。

 

 空気の密度が変わる。

 

 誠は反射で顔を上げた。

 

 戦場の中心。

 

 亡者じみたセイバーが、獣みたいに跳びかかる。

 

 だが。

 

 槍兵——ランサーは、そこで初めて“退いた”。

 

 退いた、というより——切った。

 

 距離を。

 

 戦いそのものを、一度断ち切るように。

 

 槍が一閃。

 

 地面を薙いだ。

 

 砕けたコンクリ片が帯みたいに舞い上がり、霧の中に白い筋を引く。

 

 その破片の壁が、セイバーの突進をわずかに遅らせる。

 

 遅らせるだけ。

 

 だが、その一拍で十分だった。

 

 ランサーの影が、霧の濃淡に溶けた。

 

 次の瞬間。

 

 ——ドンッ。

 

 誠たちの目の前に、重い着地音が落ちた。

 

 鉄板が沈み、振動が膝に来る。

 

 霧の中から現れたのは、ひとりの騎士だった。

 

 セイバーと同じ系統の——西洋の鎧。

 

 ただし、重厚な全身甲冑ではない。

 

 胸当てと肩、肘、膝。

 

 要所だけを覆い、可動域を殺さない軽装備。

 

 革と金具が噛み合う音が、動きに合わせて鳴る。

 

 兜はなく、顔は影に半分沈んでいる。

 

 それでも、目だけがはっきりとこちらを捉えた。

 

 そして、手には槍。

 

 長柄。

 

 穂先は——異様だった。

 

 鋭い刃が、単なる葉形ではない。

 

 波打つように、ギザギザと刻まれている。

 

 刺すためだけではない。

 

 裂く。

 

 抉る。

 

 殺すための形。

 

 誠の喉が固くなる。

 

 ランサーは槍を低く構えたまま、視線を一度だけ美桜へ落とし——すぐに誠へ戻した。

 

 敵意は、薄い。

 

 だが、警戒は刃のように研がれている。

 

「……おっと、いつの間にか大所帯になったもんだ」

 

 ランサーの声音には、皮肉というより——疲労が混じっていた。

 

 槍先をこちらへ向けたまま、背中だけで戦場を測っている。

 

 霧の奥。

 

 亡者のセイバーが、まだ暴れている。

 

 金属が擦れる。

 

 鉄骨が鳴る。

 

 ——近づく気配。

 

 ランサーは、槍を半寸だけ下げた。

 

 攻撃のためではない。

 

「話す」ための間合いを作る動き。

 

 そして、美桜へ顔を向ける。

 

「マスター」

 

 短く呼ぶ。

 

 その呼び方が、場の空気をまた一段硬くした。

 

「……この子達は知り合いかい?」

 

 美桜が、瞬きをした。

 

 唇が開く。

 

 閉じる。

 

 その間に、遠くで——ガァンッ! と何かが潰れる音がした。

 

 美桜の肩が跳ねる。

 

「ま、マスター……?」

 

 言葉を繰り返すだけ。

 

 理解していない。

 

 それどころか、そこに意味を当てる場所すら見つからない顔だった。

 

「……え、なに……何のこと……?」

 

 視線が泳ぐ。

 

 誠、理央、九郎、マリア。

 

 それから、自分の手の甲。

 

 令呪。

 

 見ても、分からない。

 

 分からないものを、分からないまま握りしめている。

 

 美桜は、息を詰めたまま首を振った。

 

「わ、私、そんな……! 私、何が何だか……」

 

 ランサーの眉が、僅かに動いた。

 

 苛立ちではない。

 

 ——諦めに近い、やれやれ。

 

 槍を構えたまま、ちらりと誠へ目をやる。

 

 目が合った。

 

 その一瞬で、誠が「事情を知っている側」だと読み切った視線。

 

 ランサーは、口元だけで小さく息を吐き、

 

 空いた手で、肩をすくめるような仕草をした。

 

 言葉はなくても伝わる。

 

 ──説明役、そっち。

 

 霧の奥が揺れる。

 

 亡者のセイバーが、こちらへ向けて跳ぶ気配が濃くなる。

 

 ランサーは視線を戦場へ戻し、槍を持ち直した。

 

「全く、どこの野良サーヴァントなんだかなあ。躾がなってねえ」

 

 そして、誠へもう一度だけ目を寄越した。

 

「助太刀を頼めるか?」

 

「マスターがこんな有様じゃ、好きに戦えなくてな。とりあえず俺が突っ込むから──」

 

 言いかけた瞬間。

 

 ——ギィィンッ!! 

 

 霧の向こうから、剣が空気を裂く音が飛んだ。

 

 次いで、鉄板を踏み砕く着地。

 

 影が、獣みたいに跳ねる。

 

 亡者のセイバーが、こちらへ来る。

 

 ランサーの足が半歩前へ出た。

 

 槍の穂先が、霧の光を噛んで鈍く光る。

 

 美桜が、誠の腕を掴んだ。

 

 縋るみたいに。

 

「は、灰原くん……っ、何が……何が起きてるの……?」

 

 誠は答えを探す暇もなく、喉の奥で言葉をまとめる。

 

 説明しなければならない。

 

 同時に——止めなければならない。

 

 誠は、美桜の手を振りほどくことができないまま——それでも声を張った。

 

「マリア! 応戦を!」

 

 言い終えるより早く、背後で足音が鳴った。

 

 いや、足音と呼ぶには軽すぎる。

 

 ふらり。

 

 散歩みたいに。

 

 マリアが、ランサーの隣へ並ぶ。

 

 霧の中で、その姿だけがやけに輪郭を持って見えた。

 

「ええ、もちろんです」

 

 マリアは笑った。

 

 笑いながら、両手を組んで——

 

 ポキ。

 

 ポキポキ。

 

 指の関節を鳴らす音が、やけに乾いて響く。

 

 武器はない。

 

 剣も、槍も、銃も。

 

 拳だけ。

 

 ランサーが、横目でマリアを見た。

 

 槍を構えたまま、怪訝そうに眉を寄せる。

 

「……あんた、武器は?」

 

「んん、強いていうなら母性と愛嬌でしょうか」

 

 マリアは肩をすくめた。

 

 次いで、ランサーの視線がマリアの“格”を測るように上下する。

 

 鎧もない。

 

 なのに、前へ出てくる。

 

 ランサーの口が、僅かに歪んだ。

 

「……あんたは何の英霊だい?」

 

 マリアは、霧の奥——迫ってくる亡者の気配を見据えたまま、

 

 小さく首を傾ける。

 

「さあ、何なんでしょうね」

 

 答えになっていない。

 

 だが、冗談でもない。

 

 ランサーが、鼻で短く息を吐く。

 

「……まあいい。戦えるなら文句はねえ」

 

 その瞬間。

 

 ——ギィィンッ!! 

 

 剣が霧を裂く音が、目の前で鳴った。

 

 亡者のセイバーが、跳ぶ。

 

 鎧を軋ませ、獣の跳躍で距離を潰す。

 

 黒い顔が、笑ったままこちらへ落ちてくる。

 

 ランサーが槍を突き上げる。

 

 迎撃の角度。

 

 だが、その前に——マリアが一歩、踏み出した。

 

 霧が、わずかに割れる。

 

 拳が、静かに握り込まれる。

 

「……さて」

 

 マリアの声だけが、戦闘音の隙間に落ちた。

 

「野良犬に、躾を致しましょう」

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