Fate/You Died.   作:助兵衛

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第84話 搭乗

 ──ダダダダダダダッ!! 

 

 容赦のない連射音が、なおも校庭を引き裂いていた。

 

 火花が散る。

 土が抉れる。

 砕けた壁材が、弾かれた破片と一緒になって跳ね回る。

 

 621は一切の無駄なく撃ち続けていた。

 

 ギルガメッシュの立っていた一帯は、完全に煙と火花に呑み込まれている。

 

 見えない。

 

 だが見えないからこそ、621は止めない。

 

 逃がさないために。

 近づかせないために。

 土煙の中に王の輪郭が残っているかもしれない一点へ、圧倒的な面制圧を叩き込み続ける。

 

 秀則は思わず息を呑み、誠は地に伏せたまま顔だけを上げた。

 

 銃弾の嵐は、まだ続く。

 まだ終わらない。

 

 そう思った、その時だった。

 

 音が、変わった。

 

 それまで絶え間なく唸っていた連射音の密度が、ほんのわずかに落ちる。

 

 ──ダダダッ、ダ、ダダッ! 

 

 火器の吐き出すリズムが乱れる。

 

 621の赤い瞳が、ほんの一瞬だけ細まった。

 

 次の瞬間。

 

 ──カチ、カチッ。

 

 乾いた、嫌な空打ちの音が混じる。

 

 弾幕が途切れた。

 

「……っ」

 

 誠の背筋が粟立つ。

 

 621は即座に次の手へ移ろうとした。

 だが、それでもゼロではない一瞬が生まれる。

 

 戦場では、それだけで十分すぎた。

 

 それまで濃密に渦巻いていた土煙が、風もないのにゆっくりと裂けていく。

 

 砕けた壁材が、からからと地面を転がる。

 火花の残滓が、暗くなって落ちていく。

 

 そして。

 

 その中から、男が歩み出た。

 

 ギルガメッシュだった。

 

 平然としている。

 

 焦げ跡一つない。

 血の滲みもない。

 服に裂け目すら、ほとんど見当たらない。

 

 あれだけの弾幕を真正面から受けておきながら、まるで何事もなかったみたいな顔で、そこに立っていた。

 

「…………」

 

 誠は言葉を失う。

 

 621もまた、無言のまま銃口を維持している。

 だが、その沈黙は先ほどまでとは違う。

 

 押し切れなかった。

 通らなかった。

 

 その事実だけが、冷たく場に落ちた。

 

 ギルガメッシュは肩口にかかった土煙を、鬱陶しげに払った。

 

 ひと払い。

 

 次いで袖。

 胸元。

 髪にかかった細かな砂塵まで、気怠げに指先で払う。

 

 その仕草は、戦闘の余韻ではない。

 

 ただ単に、不快だったものを取り除いているだけだ。

 

「……鬱陶しい」

 

 低く呟く。

 

 感心も怒りもない。

 ただ、耳元で虫でも飛ばれた時みたいな、心底面倒そうな響きだった。

 

 それから、鼻を鳴らす。

 

 ふん、と。

 

 その乾いた一音だけで、先ほどまでの制圧射撃が、彼にとっては脅威ではなく、単なる煩わしさでしかなかったのだと思い知らされる。

 

 冬の空気が、妙に冷たくなった。

 

 621は、わずかに銃口を下げた。

 

 視線は逸らさない。

 赤い瞳は、ギルガメッシュの輪郭を正確に捉えたまま。

 

 数秒。

 

 それだけで、十分だった。

 

「……個人火器の効果無し」

 

 短く、淡々と告げる。

 

 結論だった。

 評価ではなく、結果の確定。

 

 そのまま、持っていた武装を躊躇なく手放す。

 

 肩の火器。

 腕の銃。

 腰の装備。

 

 ばらばらと地面へ落ちるかと思われたそれらは、途中で形を崩した。

 

 輪郭が解ける。

 

 質量が失われる。

 

 次の瞬間には、すべてが赤い粒子へと分解されていた。

 

 細かな光の粒が、ふわりと浮き上がる。

 

 血のような、火の粉のような、淡く揺れる赤。

 

 それらは空中で一瞬だけ留まり、やがて風もないのにほどけるように散っていった。

 

 あとには、何も残らない。

 

 武装そのものが、最初から存在していなかったみたいに。

 

「ハンドラー、アレの相手をするにはACを用いねばならない」

 

「呼んでもいい?」

 

 誠の顔が強張った。

 

「……ACって」

 

 一瞬、言葉が詰まる。

 

 だが次の瞬間、思い出したように声が跳ねた。

 

「ACって、あのロボットか!?」

 

 声が大きくなる。

 

 焦りと、はっきりとした拒絶が混じっていた。

 

「でもそれ使って──!」

 

 一歩、621の方へ踏み出す。

 

「紫村は一回死んでるだろ!」

 

 叫びだった。

 

 怒鳴るつもりではなかったはずなのに、声は抑えきれなかった。

 

 狂い火に包まれた住宅街、炎の巨人が脳裏に蘇る。

 

「また同じことになるかもしれないだろ……!」

 

 誠の拳が、無意識に握られる。

 

 拒絶だった。

 

 理屈ではない。

 感情の奥底からの、はっきりとした拒否。

 

 秀則もまた、言葉を挟めずにいた。

 

 ただ、621を見る。

 

 不安そうに。

 ほんのわずかに、迷いを滲ませながら。

 

「あの冷たくなっていく感覚は、2度も味わいたくないですが……あいや、必要なら」

 

 声は小さい。

 

 だが、確かに震えていた。

 

 621は、その両方の視線を受け止める。

 

 逸らさない。

 

 瞬きすらほとんどしないまま、静かに口を開く。

 

「キャスターとなった私は」

 

 一拍。

 

 状況の説明ではない。

 前提の提示。

 

「制限こそ増えたが、リソースをほぼ無制限に扱う事が出来る」

 

 淡々としている。

 

 誇張も、強調もない。

 

 ただ、事実としての宣言。

 

 誠が息を呑む。

 

 秀則の喉が、かすかに鳴る。

 

 621は続けた。

 

「ACの使用にあたり」

 

 わずかに言葉を区切る。

 

 重要度を示すように。

 

「ハンドラーの生命を脅かす事は無いと保証する」

 

 秀則の目が、ぱっと見開かれた。

 

「おお!」

 

 そのまま、ほとんど間を置かずに頷く。

 

「では早速!」

 

 声はまだ震えている。

 だが、その震えは恐怖だけではない。

 

「使いましょう、621ちゃん!」

 

 621は短く頷いた。

 

「了解」

 

 一言。

 

 それだけで、空気が変わる。

 

 赤い粒子が、再び周囲に現れた。

 

 さきほど武装が分解された時とは違う。

 

 今度は、収束する。

 

 空気中の何かが、中心へと引き寄せられていくように。

 

 冬の冷気が、わずかに歪む。

 

 次の瞬間。

 

 621が静かに告げた。

 

「宝具、起動」

 

【機体召喚・深紅機構】(コーラルアーマード)

 

 空が、裂けた。

 

 否。

 

 正確には、空の“向こう側”が開いた。

 

 遥か上空。

 

 雲よりもさらに高く。

 

 見えないはずの高度から、何かが降ってくる。

 

 轟音。

 

 空気を押し潰すような重い唸り。

 

 誠が思わず顔を上げる。

 

「おお……!」

 

 ──来る。

 

 空を裂く轟音が、一段低く、重くなる。

 

 それは落下音ではない。

 

 制御された降下。

 

 まっすぐに、狙いを定めて、この戦場へ。

 

 次の瞬間。

 

 ──ズドンッ!! 

 

 校庭の中央、瓦礫を押しのけるようにして巨大なコンテナが叩き込まれた。

 

 地面が揺れる。

 

 衝撃が波紋のように広がり、砕けた土と砂塵が一斉に跳ね上がる。

 

 だが、それで終わらない。

 

 続けて、二つ、三つ。

 

 ──ドォン! ドォンッ! 

 

 複数の影が、間隔を置いて降下してくる。

 

 それらは地面に激突する直前、わずかに減速し、音を殺して着地した。

 

 重い。

 

 だが、落下ではない。

 

 配置だ。

 

 コンテナ群は、621の頭上を中心にして展開される。

 

 浮かぶ。

 

 重力に逆らい、わずかに地面から離れて。

 

 低く唸る音。

 

 内部機構が起動する音が、空気を震わせる。

 

 赤い粒子──コーラルが、ゆらりとコンテナの周囲にまとわりついた。

 

 それらは線となり、網となり、

 

 すべてを繋ぐ。

 

 空と地上を。

 

 機体と戦場を。

 

 そして──621と。

 

 やがて。

 

 コンテナの一つが、低く軋んだ。

 

 装甲が、開く。

 

 ゆっくりと。

 しかし確実に。

 

 内部から、鈍い灰色が覗く。

 

 汎用人型兵器──AC。

 

 621の耳元──インカムから、声が響いた。

 

『──シェルパコンテナ、展開完了』

 

 よく通る、女性の声だった。

 

 冷静で。

 だがどこか軽やかで。

 状況を完全に把握している者の余裕を含んだ声音。

 

『戦域リンク、正常』

 

『各ユニット接続良好』

 

 一拍。

 

 ほんのわずかな、笑みを含んだような調子で。

 

『──レイヴン、いつでもいけます』

 

 対する王は、動かない。

 

 腕を組み。

 

 ただ、その光景を眺めている。

 

「……なるほど」

 

 低く呟く。

 

 興味深げに。

 

「少しは見応えが出てきたか」

 

 退かない。

 

 構えない。

 

 ただ、待つ。

 

 何が来るのかを。

 

 それがどれほどのものなのかを。

 

 見極めるために。

 

 その静止の中で。

 

 灰色の機体が、ゆっくりとその全貌を現していった。

 

 コンテナの内壁を擦るように、重く、しかし妙に滑らかに。

 

 肩部。

 腕部。

 逆関節でも四脚でもない、標準にして完成された輪郭。

 

 胸部装甲の中央を走る鈍い光。

 無骨な脚部。

 背部の接続機構。

 兵器としての合理だけで組み上げられた、飾り気のないシルエット。

 

 だが。

 

 その無愛想さそのものが、かえって圧を持っていた。

 

 誠は思わず息を呑む。

 

「……これが」

 

 知っている。

 

 見たことがある。

 

 狂い火の王と対峙した、あの時。

 災厄の只中で空から現れた、人の戦いを超えた“戦争そのもの”みたいな輪郭。

 

 灰色の機体が、完全にコンテナから解放された。

 

 ──ガシュン。

 

 機体各部のロックが外れる。

 

 続けて、低い駆動音。

 

 膝がわずかに曲がり、姿勢制御が働く。

 

 そして。

 

《LOADER-4》が、戦場の中央へ静かに降り立った。

 

 着地は、爆発的ではない。

 

 だが重い。

 

 校庭の砕けた地面が、その脚の下で沈む。

 瓦礫が押し退けられ、土煙が裾野みたいに広がる。

 

 LOADER-4は頭部センサーをわずかに振った。

 

「やっぱカッコいいな……」

 

 秀則が素直に声を漏らした。

 

 だが感嘆している余裕は、ほとんどない。

 

 次の瞬間、621がその手首を掴んでいた。

 

「乗る」

 

「えっ、あ、はい!」

 

 引っ張られる。

 

 秀則は慌てて足をもつれさせながら、621に引かれるままLOADER-4の方へ走る。

 

 621は一切減速せず、機体脇へ辿り着くと、開いた搭乗ハッチへ迷いなく秀則を押し上げた。

 

「急いで」

 

「はいぃ!」

 

 半ば悲鳴みたいな声を上げながら、秀則は機体へよじ登る。

 

 誠も数歩遅れて追い、見上げた。

 

 LOADER-4のコクピットは、以前と同じだった。

 

 狭い。

 硬い。

 人を乗せるためではなく、戦うためだけに設計された内部。

 

 金属の匂い。

 油の匂い。

 赤く点る計器光。

 

 秀則が中へ滑り込むと、ほとんど反射のように振り返る。

 

 あの時と同じだ。

 

 狂い火の王と戦った時と。

 

「621ちゃん!」

 

 秀則の顔が、恐怖と興奮で引きつりながらも少しだけ上向く。

 

「さ! やってしまいましょう!」

 

 そのまま、操縦席の方へ身体をずらし、621を促す。

 

「早く! コックピット席へ」

 

 だが。

 

 621は、乗り込まなかった。

 

 ただ、黙って首を横に振る。

 

「……621ちゃん?」

 

 秀則が目を瞬かせる。

 

 621は静かにコクピットの縁へ片手を置いたまま、赤い瞳で彼をまっすぐ見た。

 

「今の私は、ライダーではない」

 

 一拍。

 

 淡々と。

 事実だけを告げる声で。

 

「キャスターだ」

 

 秀則の表情が固まる。

 

 621は続けた。

 

「クラスに縛られ、操縦適正を失った」

 

 その一言で、秀則の目が見開かれた。

 

「えっ」

 

「操縦は出来ない」

 

 きっぱりと言う。

 

 誤魔化しも、含みもない。

 

 単純明快な現実として。

 

「ハンドラー、乗って」

 

 秀則はしばらく口を開けたまま固まった。

 

「…………は?」

 

 素っ頓狂な声が漏れる。

 

「いや、ちょっと待ってください」

 

 指先が自分を指す。

 

「私ですか?」

 

 621は頷く。

 

「そう」

 

「え、でも、いや、この機体って621ちゃんのじゃ──」

 

「そう、でも操縦は出来ない」

 

 621は返事の代わりに、秀則の背を無言で押した。

 

「うわっ」

 

 そのまま一段深く、コクピットの内部へ押し込まれる。

 

 狭い。

 

 以前と同じはずなのに、今は前よりずっと圧迫感があった。

 

 目の前いっぱいに、モニターが灯る。

 

 一つや二つではない。

 

 正面。

 左右。

 上方。

 視線を少し動かすだけで、新しい情報が次々と飛び込んでくる。

 

 外部映像。

 姿勢制御。

 脚部出力。

 ジェネレータ負荷。

 武装状態。

 索敵情報。

 意味の分からない数値と略号とラインが、洪水みたいに視界へ流れ込んできた。

 

「うっ……」

 

 秀則の顔が青ざめる。

 

「多い、多い多い多い!」

 

 操縦桿がある。

 

 それだけではない。

 

 左右のレバー。

 足元のペダル。

 脇に並ぶスイッチ群。

 指先一つで切り替えるためらしいトグル。

 用途の分からないボタン。

 しかも一つ一つが、いかにも「押し間違えたら死ぬ」みたいな顔をしている。

 

「無理です無理です無理です!」

 

 秀則は半ば本気で後ずさろうとした。

 

「これ人間が咄嗟に扱う前提の量じゃないでしょう! 何ですかこの計器の数! 戦闘機より多くないですか!? いや戦闘機乗ったことないですが!」

 

 だが621は聞いていない。

 

 というより、聞いていてなお無視していた。

 

「座る」

 

「だから無理だと──」

 

「座る」

 

 有無を言わせぬ二回目だった。

 

 秀則の肩がびくっと跳ねる。

 

 その隙を逃さず、621は彼の両肩を掴み、操縦席へ半ば力ずくで押し込んだ。

 

 どさり、とシートへ落とされる。

 

 同時に、背もたれが自動で角度を微調整した。

 腰の位置が固定される。

 足元のペダルが、秀則の脚長に合わせるみたいに微かに動いた。

 

「な、何か勝手に合わせにきた!」

 

「正常」

 

「正常じゃないです、怖いです!」

 

 621はそのまま、胸元のハーネスを引き寄せる。

 

 がしゃ。

 

 金具が鳴る。

 

「待ってください、まだ心が乗ってません!」

 

「身体が先」

 

「そういう問題ですか!?」

 

 がちん。

 

 肩。

 腰。

 腹部。

 

 次々とベルトが噛み合い、秀則の身体が座席へ固定されていく。

 

 逃げられない。

 

 文字通り、もう逃げられなかった。

 

 秀則は顔を引きつらせる。

 

「621ちゃん、これ拘束具の系統では?」

 

「安全装置」

 

「言い換えが上手いだけです!」

 

「はい、はい」

 

 秀則の訴えを無視して、621はさらに首元へ細い接続端子を持ってくる。

 

「次、同期補助」

 

「次、があるんですか!?」

 

 かち、という小さな音。

 

 耳元。

 後頭部の近く。

 こめかみの脇。

 

 最低限の補助機器が、次々と取り付けられていく。

 

 秀則の喉がひくつく。

 

「ひぃ……」

 

「ハンドラーは生身だから、補助は最低限。口頭でサポートするから頑張って」

 

 後部席へ滑り込むように腰を下ろし、左右の補助端末へ指を走らせる。狭いコクピットの中に、乾いた操作音が立て続けに響いた。

 

 かち。

 ぴっ。

 が、こん。

 

 秀則は拘束されたまま、ぎょろぎょろと視線を泳がせる。

 

 正面モニターの隅に並んでいた警告表示をいくつか閉じ、逆に別のウィンドウを展開する。機体各部の同期率、コーラル流量、姿勢制御系のプリセット、武装架接続状況。秀則には何一つ分からない項目が、次々と戦闘用に塗り替えられていった。

 

 外ではなお、ギルガメッシュが腕を組んだまま待っている。

 

 その向こうでは、白金と黄金が激突し、マレニアと大男の戦いが地面ごと世界を抉っていた。

 

 ずっとは待ってくれない。

 

 秀則もそれを理解している。

 理解しているからこそ、余計に喉が渇く。

 

「……ほんとに自分が操縦するんですか?」

 

「そう、私はメインシステムの起動すら出来ない。とても残念」

 

 621はシートの後ろから、秀則の右手を操縦桿へ、左手を補助レバーへ軽く誘導した。

 

「離さないで」

 

「は、はいぃ」

 

 その直後、彼女は頭上の補助パネルを叩く。

 

 重い駆動音が響いた。

 

 ──ゴウン。

 

 開いたままだった搭乗ハッチが、ゆっくりと閉鎖を始める。

 

 ──ガギャン。

 

 最後に一段重い音を立て、ハッチが完全に閉じる。

 

 外界が、一気に遠のいた。

 

 悲鳴も。

 轟音も。

 銃声も。

 

 完全には消えないが、金属の殻を一枚挟んだ向こうへ押しやられる。

 

 代わりに、機体そのものの音が前に出た。

 

 低く唸るジェネレータ。

 振動するフレーム。

 点火前の獣みたいに、内部で圧を溜めている気配。

 

 621は顔をわずかに上げ、インカムへ向けて告げた。

 

「エア」

 

 一拍。

 

「メインシステム、戦闘モード起動」

 

 即座に、あのよく通る女性の声が返る。

 

『了解。メインシステム、戦闘モードへ移行します』

 

 その瞬間。

 

 コクピットの表示が一斉に切り替わった。

 

 民生用でも移動用でもない。

 明確に「戦うため」の色へ。

 

 照準ガイド。

 脅威指標。

 武装架ハードポイント。

 周辺地形の簡略マップ。

 敵性反応の自動追跡枠。

 

「うわっ、増えた! 情報がさらに増えましたよ!」

 

「これでもかなり簡略化している」

 

 シート越しに、秀則の身体へ下から力が伝わる。

 

 姿勢制御が自動で働く。

 

 脚部。

 腰部。

 背骨に相当するフレーム。

 各部がわずかに軋みながら、ゆっくりと噛み合っていく。

 

 正面モニターの視点が、じわりと持ち上がった。

 

 立ち上がっている。

 

 LOADER-4が。

 

 ゆっくりと。

 だが確実に。

 

 校庭を見下ろす高さへ、灰色の機体がその巨体を起こしていく。

 

 足裏の接地圧が調整される。

 ジャイロが細かく補正を入れる。

 秀則の身体が、わずかな揺れと共に上へ持ち上がっていく。

 

「お、おおおお……!」

 

 恐怖と感嘆が、同時に漏れた。

 

 以前、外から見上げた兵器の視界へ、今は自分がいる。

 

 その事実だけで、胃が浮きそうだった。

 

『姿勢制御、安定。脚部出力問題なし。いつでも交戦可能です』

 

 エアの声は、どこまでも落ち着いている。

 

 621は短く頷いた。

 

「エア」

 

「ライフルとシールドを」

 

 数拍遅れて、上空のシェルパコンテナ群が反応した。

 

 低く唸る音。

 ロック解除の金属音。

 次いで、空気を切る降下音。

 

 正面モニター越しに見えた。

 

 コンテナの下部ハッチが開き、武装ユニットが射出される。

 

 一つは長銃身のリニアライフル。

 灰色の機体に見合う、無骨で実用一点張りの火器だ。

 

 もう一つは、まだ展開されていないパルスシールド。

 畳まれたままのユニットが、鈍い光を帯びている。

 

 それらは落ちるのではない。

 

 導かれるように降下し、LOADER-4のハードポイントへ一直線に吸い込まれてくる。

 

 ──ガシュン。

 

 まずライフルが右腕へ接続された。

 

 フレームが噛み合い、給弾・制御ラインが一瞬で接続される。モニター上に即座に残弾数と照準補助が表示された。

 

 続けて。

 

 ──ガコン。

 

 未展開のパルスシールドが左肩へ装着される。

 

 肩部ハードポイントに固定されたまま、必要時に展開する待機状態。

 まだ開いていないのに、そこにあるだけで防御線が一枚増えたと分かる重量感があった。

 

 エアが、少しだけ間を置いて言った。

 

『……シールドですか』

 

 その声音には、ほんの僅かだが不服そうな色が混じっていた。

 

『貴女の戦術判断は尊重します。ハンドラーの生存性を考慮すれば妥当な判断です、しかし……いえなんでもありません。ただ、このアセンブルは彼を思い出しますね』

 

 秀則は、その言葉に反応しかけて──止まった。

 

「……え」

 

 思わず、間の抜けた声が漏れる。

 

 今の一言。

 

 内容そのものではない。

 

 声音だった。

 

 これまでインカム越しに響いていた女の声は、冷静で、よく通って、状況を過不足なく伝えるものだった。だから勝手に、秀則はそれを機体のシステム音声かなにかだと思い込んでいた。

 

 だが今のは違う。

 

 不服そうだった。

 明らかに、感情が存在している。

 

 秀則は操縦桿を握ったまま、恐る恐る口を開く。

 

「……あの」

 

 一拍。

 

「もしかして、貴女……機械じゃないんですか?」

 

 インカムの向こうで、ほんのわずかに間があいた。

 

 その間そのものが、秀則には妙に人間臭く感じられた。

 

 続いて返ってきた声は、先ほどまでと同じようによく通る、だが今度は明確に“対話”の声だった。

 

『はい』

 

 簡潔に。

 

 だが、冷たくはない。

 

『私は、Cパルス変異波形──エア』

 

 その名乗りは静かだった。

 

 自慢もなく。

 気負いもなく。

 ただ、自分が何であるかを告げる者の落ち着きだけがあった。

 

 モニターの隅で、赤い粒子の流れを示すラインが一瞬だけ強く明滅する。

 

 まるでその名乗りに応じるように。

 

『システム面で、貴方のサポートをさせていただきます』

 

 秀則は目をぱちぱちさせた。

 

「さ、サポート……」

 

 喉がひくつく。

 

「いや、ええと……よろしくお願いします?」

 

 自分でも何を言っているのかよく分からない挨拶だった。

 

 だが、エアは気にした様子もなく、むしろわずかに柔らかい調子で返す。

 

『はい。ハンドラー・ヒデノリ。安心してください』

 

 だが、そのやり取りの最中にも、LOADER-4は重々しく武装を携え、戦場の中央へその輪郭を固定しつつあった。

 

 リニアライフルを備えた右腕。

 肩部に待機するパルスシールド。

 灰色の装甲越しに走る低い振動。

 

 それらはすべて、「準備完了」の一言へ収束していく。

 

 そして、外。

 

 正面モニターの向こうで。

 

 ギルガメッシュが、そこで初めて腕を解いた。

 

 組んでいた両腕が、するりと外れる。

 

 その動作はゆっくりだった。

 焦っていない。

 待たされたことに苛立っている様子もない。

 

 ただ、武装を手にした灰色の機体を見上げ、その準備がようやく整ったと判断しただけだった。

 

「……ほう」

 

 低く呟く。

 

 真紅の瞳が、LOADER-4のライフルと肩部シールドを順に舐めるように見た。

 

「ようやく準備を終えたか、待った甲斐があれば良いが」

 

 乾いた声だった。

 

 だが先ほどまでの“見物人”の声音とは、わずかに違う。

 

 退屈しのぎではなくなった。

 

 少なくとも、対峙すべき対象として認める程度には、目の前の灰色の兵器へ意識を向け始めている。

 

 王は一歩、前へ出た。

 

 土煙を踏み。

 砕けた瓦礫を鳴らしながら。

 

 見上げる。

 

 灰色の機体を。

 その中にいる人間を。

 そして、その奥に繋がっている異物の気配までも。

 

「良い」

 

 口の端が、わずかに吊り上がる。

 

「ならば見せてみよ」

 

 一拍。

 

「鋼の棺に籠った上で、なお余の前に立つ価値があるのかをな」

 

 その言葉と同時に、秀則の背中へ冷たい汗が伝った。

 

 だが、今度はさっきまでと少し違う。

 

 怖い。

 無論、怖い。

 

 けれど。

 

 操縦桿の先には、灰色の巨体がある。

 耳元には、621の静かな気配がある。

 インカムには、エアという“誰か”がいる。

 

 一人ではない。

 

 少なくとも、それだけは確かだった。

 

 621が、後部席から静かに告げる。

 

「ハンドラー」

 

「前方、敵性個体を固定」

 

 エアがすぐに続ける。

 

『照準補助を開始します。深呼吸を一つ』

 

 

 秀則は乾いた唇を舐め、震える喉で息を吸った。

 

 正面モニターいっぱいに、ギルガメッシュの姿が映る。

 

 黄金の髪。

 真紅の瞳。

 枯れ木めいた王。

 

 その怪物じみた男を前にして、灰色のAC《LOADER-4》は、低く唸りながら照準を合わせ始めた。

 

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