──照準、固定。
コックピットの奥で、秀則が引き金を引く。
空気そのものを抉り取るような衝撃音が炸裂した。リニアライフルから放たれた弾丸は、音を置き去りにして一直線に走る。
回避の余地はない。
照準補正は既に完了している。
命中は、確定している。
煙の中へと吸い込まれた弾丸は、次の瞬間──
甲高い金属音が、空間そのものに亀裂を入れるように響いた。
見えなかったはずのそこに、黄金が在る。
薄く、しかし絶対的な壁。
展開された障壁が、弾丸を受け止めていた。
衝突の余波で空気が歪む。
火花が散り、弾丸は粉砕される。
だが──
王は、動かない。
煙がわずかに裂け、その向こうに立つ影が露わになる。
悠然と。
ただそこに在るだけで、周囲を圧する存在。
ギルガメッシュは一歩たりとも退いていなかった。
その赤い瞳が、無造作にこちらを見据える。
「終わりか? 次は我の番か」
──そして。
背後の空間が、歪む。
静かに、しかし確実に開かれる幾つもの“門”。
黄金の縁を持つそれらは、現実に裂け目を刻み込みながら次々と顕現していく。
一つ。
二つ。
三つ──否、それ以上。
重なり合うように開いたゲートの奥で、無数の輝きが蠢いた。
剣。
槍。
斧。
あらゆる形状の刀剣が、静かにその切先をこちらへ向ける。
まるで選別するかのように。
「せっかく待ってやったのだ、簡単に終わってくれるなよ」
低く、しかし確かに届く声。
次の瞬間、世界が裂けた。
──ギュンッ!!
空間を引き裂く音と共に、刀剣群が一斉に射出される。
直線ではない。
放物でもない。
それぞれが最短の殺意を選び取り、空間を蹂躙しながら殺到する。
来る──!
秀則の指が反射的に跳ね上がる。
「シールド──!」
肩部ユニットが唸りを上げた。
──バシュッ!!
両肩から展開されたパルスシールドが、半透明の光の壁となって機体前面を覆い尽くす。脈動する光子の層が幾重にも重なり、迫り来る殺意を受け止める構えを取る。
次の瞬間──
──ギィンッ!!
最初の一振りが、正面から激突した。
火花が散る。
衝撃が機体を震わせる。
だが、防いだ。
刀剣は弾かれ、軌道を逸らして地面へと突き刺さる。
「……っ!」
わずかな安堵が、秀則の喉を震わせる。
しかし──それは、一瞬だった。
──ギンッ!!
二本目が、同一箇所へと叩き込まれる。
シールドが軋む。
光の層が歪む。
耐えている。
だが、削られている。
逃げ場はない。
そして──
──バキィンッ!!
三本目。
それは、まるで“そこが弱点である”と知っているかのように、寸分違わず同一点へと突き立てられた。
瞬間。
パルスシールドが、砕けた。
光が裂け、霧散する。
防壁は役目を終え、破片のように消滅した。
間に合わない。
次の刹那、残された刀剣群が一斉に雪崩れ込む。
装甲を打ち砕く音。
金属が悲鳴を上げる。
右肩が抉れた。
左脚に深く突き刺さる。
腹部装甲が貫通し、内部フレームが露出する。
衝撃が連鎖し、機体のバランスが崩れる。
「ぐっ……!」
姿勢制御が追いつかない。
後退。
一歩、二歩──
踏み留まれない。
脚部が滑る。
そして──
機体はそのまま尻餅をつくように地面へと叩きつけられた。
視界が跳ねる。
衝撃がコックピットを揺らす。
警告音が一斉に鳴り響く。
──システム損傷。
──姿勢制御、低下。
──出力、不安定。
「くそ……立て、立て……!」
秀則が必死に操作桿を引き上げる。
だが、機体は応えない。
脚部は動く。
しかし力が乗らない。
バランスが取れない。
立ち上がれない。
操縦の齟齬が、そのまま致命的な遅れとなる。
──その遅れを、断ち切るように。
「俺も忘れるなよ!」
誠が、地を蹴った。
瓦礫を蹴散らし、一直線に前へ出る。機体と王の間、その僅かな空白へと身を滑り込ませるように。
「……ッ!」
腕を振り上げる。
次の瞬間──
──ボォッ!!
炎が、迸った。
掌から放たれたそれは爆ぜるように広がり、空間を焼き払うように前方へと叩きつけられる。熱が空気を歪め、視界を揺らす。
威嚇。
時間を稼ぐための、ただそれだけの一撃。
秀則が立ち上がる、その数秒を。
「来いよ……!」
叫びと共に、さらに一歩踏み込む。
炎はなおも燃え盛り、王の姿を覆い隠す。
だが──
揺らがない。
煙も、熱も、何一つ。
その向こうに立つ影は、微動だにしなかった。
赤い瞳だけが、静かに誠を捉えている。
そして。
背後に、ひとつだけ──
音もなく、黄金のゲートが開いた。
選ばれる。
無数ではない。
ただ一本。
それで十分だと、言わんばかりに。
「──」
誠が、息を呑む。
直後。
──ギュンッ!!
空間が裂けた。
視認よりも早く、刃が来る。
回避は、間に合わない。
「──ぐ、ぁッ!!」
衝撃。
貫通。
黄金の刀剣が、誠の身体を正面から貫いた。
勢いは殺されない。
そのまま地面へと叩き込まれる。
──ドスッ!!
鈍い音と共に、刃は地中深くまで突き立ち──
誠の身体を、その場に縫い止めた。
動けない。
逃げられない。
肺から空気が吐き出され、声が歪む。
「……っ、ぁ……!」
炎は、途切れた。
力が抜ける。
地に縫い止められたまま、誠は歯を食いしばった。
その先で。
王は、わずかに視線を落とす。
無造作に。
価値を測るでもなく、ただ確認するように。
「そこで待っておれ、雑種」
短く、言い捨てる。
それ以上の関心はない。
既に終わった対象に割く時間など、持ち合わせていないとでも言うように。
そして。
その視線が、ゆっくりと機体へと移る。
立ち上がれない。
未だ姿勢を取り戻せぬ鉄の塊。
狙うべき獲物は、明白だった。
──歪む。
再び、背後の空間が裂ける。
一つではない。
二つ、三つ──
先程よりも多い。
黄金のゲートが幾重にも重なり、静かに開いていく。
その奥で、刃が整列する。
「……っ!」
コックピットの中で、秀則の呼吸が浅くなる。
機体はまだ起き上がれない。
照準を合わせる余裕もない。
間に合わない。
王の指先が、わずかに動く。
それだけで、十分だった。
放たれる。
そう確信した、その瞬間──
────轟音。
建物が、崩れた。
横合いの壁面が内側から爆ぜ、瓦礫が吹き飛ぶ。
空気が押し潰される。
視界が揺れる。
次の刹那。
その崩壊を突き破るように、“それ”が現れた。
巨躯。
人型を保ちながらも、常軌を逸した重量感を纏う影。
機動重装甲。
全身を覆う鋼鉄が、破壊された壁材を弾き飛ばしながら前進する。
そして──
──ガガガガガガガガガッ!!
咆哮するような連射音。
手にした大口径マシンガンが、躊躇なく火を噴いた。
弾幕。
線ではない。
面で薙ぎ払う圧倒的な弾の奔流が、一直線にギルガメッシュへと叩きつけられる。
減速しない。
止まらない。
撃ちながら、迫る。
そのまま押し潰すつもりで。
「──」
王の赤い瞳が、僅かに細められた。
初めて。
割り込んできた存在へと、視線が向く。
瓦礫の中から現れたそれは、なおも前進を続けている。
重装甲の軋む音を響かせながら。
弾丸をばら撒きながら。
止まる気配はない。
弾幕が、途切れる。
──カチ、カチ、と乾いた音。
弾切れ。
だが、減速は──ない。
大統領に減速はあり得ない。
「金ピカ君、私も混ぜてくれたまえ!」
低く笑う声。
次の瞬間。
大口径マシンガンが、無造作に投げ捨てられた。
瓦礫を跳ね飛ばし、地面を転がる。
そして。
鋼の巨体が、さらに一歩踏み込む。
踏み込みではない。
踏み潰す動き。
地面が沈む。
空気が押し出される。
「let’s party!!」
叫び。
宣言。
それは戦闘開始の合図ではない。
既に始まっている戦場に、強引にねじ込む意思の爆発。
──ドンッ!!
重装甲が加速する。
直線。
回避も、牽制もない。
ただ最短で、王へ。
拳が引かれる。
巨大な鋼の腕が、唸りを上げる。
慣性を乗せる。
重量を乗せる。
意思を叩き込む。
そして──
振り抜く。
──ゴォッ!!
空気を裂く轟音と共に、鋼の拳がギルガメッシュへと叩き込まれた。
その瞬間。
王が、わずかに動く。
半歩。
ほんの僅かに、後退。
即座に展開される黄金の障壁。
光が重なり、絶対の壁を形成する。
──ドォンッ!!
衝突。
鈍い爆音が周囲を揺らす。
衝撃波が地面を走り、瓦礫を跳ね上げる。
鋼の拳は、確かに届いた。
だが。
止められている。
黄金の障壁が、完全にその一撃を受け切っていた。
きしむ音。
押し合う力。
だが、貫けない。
「……ほう」
ギルガメッシュの口元が、僅かに吊り上がる。
黄金の障壁の向こう側で、鋼の拳と王の威圧が拮抗する。
押し込むたびに、障壁の表面に鈍い波紋が走る。
踏み締めるたびに、アーチャーの重装甲がきしむ。
互いに退かず、互いに砕けず、ただ衝突の中心だけが異様な熱を帯びていた。
アーチャ──―マイケル・ウィルソンは、その押し合いの中で、兜の奥から王を真っ直ぐに睨み据える。
「聞かせてもらおう、古代ウルクの王よ」
鋼越しの声は、重く、それでも不思議なほど明瞭だった。
「この混沌の先に、君は何を見ている? 何を目的として、この街を、この戦いを、ここまでかき回す」
拳に、さらに力がこもる。
黄金の障壁が軋む。
地面がめきりと沈む。
「答えたまえ。この先にあるものが、君にとって何だ」
ギルガメッシュは、押し込まれながらも眉一つ動かさない。
「目的か……」
赤い瞳が、わずかに細まる。
「見届けることよ」
短い。
だが、その一言は不思議なほど乾いていた。
執着ではない。
熱狂でもない。
ただ、観察する者の声。
「聖杯を完成させ、根源に至ろうとするこの地の魔術師ども──その行末に、興味がある」
背後の黄金のゲートが、静かに明滅する。
まるで王の言葉に呼応するように。
「足掻き、奪い、殺し、喰らい合い、それでもなお天の理の外へ手を伸ばそうとする」
ギルガメッシュは笑う。
冷ややかに。
楽しむように。
「滑稽であろう。愚かであろう。だからこそ、価値がある。どこまで届くか、どこで砕けるか──それを見届ける。それだけだ」
その言葉を。
アーチャーは、一瞬、理解できなかった。
否。
理解したからこそ、次の感情が遅れて来た。
「……それだけか」
低く漏れた声は、先ほどまでの軽妙さを完全に失っていた。
「その興味本位のために」
鋼の拳が、障壁をさらに押し込む。
「その見物のために、失われる命はどうでもいいと言うのか」
声が、怒気を帯びる。
「ここで傷ついた者も、倒れた者も、これから死ぬかもしれない者も──君にとっては余興か!」
ギルガメッシュの表情は変わらない。
「どうでもよいな」
あまりにも、あっさりと。
「潰れる命は、その程度であったというだけの話だ。淘汰される弱者の末路に、いちいち意味を見出すほど暇ではない」
その瞬間。
空気が変わった。
アーチャーの内側で、何かが音を立てて切り替わる。
「……そうか」
押し付けていた拳が、不意に引かれる。
黄金の障壁が解放される。
均衡が崩れる。
だが、それは後退ではなかった。
「君との対話は不可能なようだ」
アーチャーの背部。
巨大武装コンテナの装甲が、重々しい駆動音と共に展開した。
──ガコン、ガコン、ガコンッ!!
内部からせり出すのは、常軌を逸したサイズの火器。
砲身は太く、短く、密集した弾倉と補助フレームが一体化した制圧用の重火器。
グレネードランチャー。
それも、人間用の尺度ではない。
機動重装甲が扱うことを前提とした、暴力そのものの塊。
アーチャーはそれを、片腕で引き抜いた。
重量など存在しないかのように。
そして。
至近距離。
黄金の障壁ごと、ギルガメッシュの胸元へと突きつける。
「古代の王よ、現代火器の灯火をたっぷりと喰らいたまえ」
次の瞬間。
──ドゴンッ!!
一発目。
炸裂。
猛烈な反動がアーチャーの機体を揺さぶる。
だが、構わない。
踏み締める脚部が地面を抉る。
──ドゴンッ!!
──ドゴンッ!!
──ドゴンッドゴンッドゴンッ!!
零距離の連射が、爆炎を幾重にも咲かせる。
閃光が明滅する。
衝撃が連鎖する。
爆風が地を舐め、瓦礫を巻き上げ、空間そのものを揺さぶっていく。
反動でアーチャーの機動重装甲が軋む。
腕部フレームが悲鳴を上げる。
それでも撃つ。
止めない。
最後の一発が吐き出され、薬室が沈黙してなお、爆煙だけがその場を覆い尽くしていた。
──静寂。
重い、異様な静寂。
そして。
煙の奥で、黄金が灯る。
「……何?」
アーチャーの低い声が漏れる。
爆煙が、内側から押しのけられるように裂けていく。
そこに立っていたのは──王だった。
ギルガメッシュ。
傷一つ、ない。
外套にも。
肌にも。
その傲慢な立ち姿にも、爆圧の痕跡すら見当たらない。
ただ、その周囲に幾重にも展開された黄金の障壁が、薄く燐光を残しているだけだった。
爆風の名残が王の金髪を揺らす。
それだけだ。
「スピーチは終わりか? 雑種」
静かに告げる声。
その声音には、先程までの観察者の冷たさに加えて、僅かな侮蔑が滲んでいた。
次の瞬間。
ギルガメッシュの背後に開いた黄金のゲート、その一つから──
鎖が、現れた。
ただの鎖ではない。
光そのものを編み上げたかのような、神々しい輝きを纏う鎖。
一本。
いや、二本、三本、四本──
無数。
それらは蛇のようにうねりながら、一斉にアーチャーへと奔った。
「──!」
回避は、間に合わない。
──ジャラァッ!!
まず右腕。
次いで左脚。
胴。
肩。
背部コンテナ。
光輝く鎖が、機動重装甲の各所へ食い込み、絡みつき、締め上げる。
さらに一本。
さらに一本。
逃がさない。
外さない。
最初から獲ると決めていた獲物を、確実に拘束するような速度と精度だった。
「くっ……!」
アーチャーが腕を振るう。
だが、ほどけない。
鎖は重装甲の継ぎ目と可動部を狙い澄まし、動きを封じるように絡みついていた。
膂力で引き千切れる類のものではない。
ギルガメッシュは、ゆっくりと一歩踏み出す。
黄金の鎖が、その歩みに応じてさらに強く張る。
「神秘を帯びぬ攻撃は、我には通用せん」
王の声が、戦場に冷たく響いた。
「サーヴァントとなったことで、貴様の現代火器も多少の神秘は帯びているようだが──」
赤い瞳が、拘束されたアーチャーを見上げる。
見下すように。
値踏みするように。
「我が防護を貫くには、到底及ばぬ」
その言葉と同時に。
──ギチ、ギチギチギチッ!!
鎖が、締まる。
鋼鉄が軋む音が響く。
重装甲の表面装甲が歪み、フレームが悲鳴を上げる。
腕部が引き絞られる。
脚部が無理やり捻られる。
拘束ではない。
破砕の一歩手前まで締め上げる、処刑具のような圧力。
「……っ、ぅ……!」
アーチャーの機体が、膝を沈める。
地面が陥没する。
巨体の重量ではない。
鎖が無理やり押し伏せているのだ。
それでも、アーチャーは倒れない。
頭部装甲の奥の視線だけは、なおギルガメッシュを真っ直ぐに捉えている。
視線は、逸れない。
だが、鎖は容赦を知らなかった。
──ギチ、ギチギチ、メギッ。
嫌な音が、ひとつ増える。
アーチャーの背部に背負われた巨大武装コンテナへ、幾重にも巻き付いた黄金の鎖がさらに食い込んでいく。外装装甲が内側へ歪み、固定フレームが捻じれ、接合部が悲鳴を上げる。
次の瞬間。
──バギンッ!!
武装コンテナの一角が、耐えきれずに砕け散った。
装甲板が弾け飛ぶ。
内部機構が露出する。
給弾ラインと補助マウントが火花を散らしながら千切れ、破片が地面へと降り注いだ。
「──ッ」
アーチャーの機動重装甲が、わずかに揺れる。
それでも踏み止まる。
だが、鎖はそれすら許さない。
──メキメキメキッ!!
さらに締め上げる。
潰すために。
壊すために。
誇りも武装もまとめて拘束し、へし折るために。
巨大武装コンテナの中央フレームが、ついに限界を迎えた。
──ドガァッ!!
轟音と共に、背部ユニットが締め壊される。
砕けた装甲が飛ぶ。
内部の弾薬収納部が押し潰され、残骸がぶちまけられる。
支持アームが根元から折れ、コンテナの半ばが千切れたように垂れ下がった。
光輝く鎖に締め壊されたそれは、もはや武装ではなく、ただの歪んだ鉄塊だった。
その光景を一瞥したあと。
ギルガメッシュは、興味を失ったように視線を上げる。
その先にいるのは──
ようやく。
ようやく、立ち上がった秀則の機体だった。
損傷だらけの脚部で不格好に体勢を保ち、警告音を鳴らしながら、それでもなお戦場に立ち戻った鉄の巨体。
王はそれを見上げ、わずかに鼻で笑う。
「貴様をこの聖杯戦争に呼び込んだのは失敗だったな」
低い声。
断定だった。
秀則の喉が、ひくりと震える。
ギルガメッシュは続ける。
「貴様は大統領──要するに秩序の人間だ」
赤い瞳が、損壊した機体を射抜く。
「混沌によって加速される儀式、その流れに真っ向から立ち向かう。実に邪魔な存在であった」
その言葉は、侮蔑でありながら、奇妙な評価も含んでいた。
「反転させようにも、お前には別側面が存在しない」
王の背後で、黄金のゲートが静かに瞬く。
まるでその言葉自体を裏付けるように。
「稀有なことよ。誉れ高いとも言える」
ほんの僅か。
認めるような響き。
だが、それは次の言葉で即座に切り捨てられる。
「だが──我にとっては無意味だ」
冷たい。
どこまでも冷たい声だった。
価値を認めることと、生かすことは別。
賞賛することと、排除しないことは別。
王にとって、そこに何の矛盾もない。
その冷たさのまま。
ギルガメッシュは、ゆっくりと片手を上げた。
それだけで、空間が応じる。
──歪む。
背後に、幾つもの黄金のゲートが開いた。
一つ、二つではない。
十を越える裂け目が、夜の空間を黄金で染め上げるように並び立つ。
その奥にあるのは、やはり刃。
剣。
槍。
斧。
矢にも似た細身の貫通武器。
それらが、整然と切先を揃えている。
狙いは、二つ。
ひとつは、鎖に拘束されたアーチャー。
もうひとつは、ようやく立ち上がったばかりの秀則の機体。
同時に。
まとめて。
一息で終わらせるための布陣だった。
コックピットの中で、秀則の背筋が凍る。
アーチャーもまた、拘束されたまま頭部をわずかに上げた。
その瞬間だった。
地面に縫い止められていた誠の身体が、不意に大きく震えた。
「──好き勝手、言ってるんじゃねえ!」
掠れた声。
次いで、肉の裂ける、あまりにも生々しい音が響く。
──ブチ、ッ。
秀則が目を見開く。
誠は、自分を地面へ縫い止めていた傷口を、無理やり引き裂いていた。
貫かれた箇所を支点にして逃れるのではない。
その周囲の肉と筋を、自ら裂き、抉り、強引に身体を刃から“外した”のだ。
血が飛ぶ。
地面に赤が散る。
脚がもつれる。
膝が折れる。
それでも誠は倒れきらない。
黄金の刀剣から、自分の身体を引き剥がすように抜け出し、そのまま一歩、また一歩と前へ出る。
「何を……!」
秀則の声が掠れる。
だが誠は振り向かない。
顔面は蒼白だ。
呼吸は乱れ、肩は震え、まともに立っているだけで奇跡に近い。
それでも、その眼だけは燃えていた。
今度は誠が、食ってかかる。
ギルガメッシュへ。
誠の足取りは、今にも崩れそうだった。
血が滴る。
裂いた傷口が、歩くたびにさらに開く。
それでも止まらない。
その両手が、ゆっくりと持ち上がる。
掌が、王へ向く。
「……出力不足、って言ったよな」
低く。
喉の奥で血を噛み潰したような声。
だが、その口元は──笑っていた。
獰猛に。
ほとんど獣のように。
そして。
誠の両掌に、火が宿る。
最初は、小さい。
だが次の瞬間、その色が変わった。
赤でもない。
橙でもない。
黄色。
それも、灯火のような穏やかな黄ではない。
濁り、揺らぎ、理を踏み外したような──狂い火。
空気が、奇妙に軋む。
熱ではない。
燃焼ですらない。
そこにあるのは、炎の形をした“異質”だった。
両掌の上で、黄色の狂い火が脈動する。
周囲の景色が揺らぐ。
地面の輪郭が滲む。
その光に照らされた瓦礫の表面が、まるで現実そのものを保てなくなったように歪んでいく。
秀則が、息を呑む。
アーチャーでさえ、拘束されたまま沈黙した。
ギルガメッシュの赤い瞳が、初めて明確な警戒を帯びる。
誠は笑う。
荒い呼吸の中で。
血まみれの顔で。
それでも、確かに。
「これなら──文句ないだろ」
次の瞬間。
両掌が、前へ突き出された。
──ゴォォッ!!
黄色の狂い火が、奔流となって放たれる。
炎、というにはあまりにおぞましい。
燃え広がるのではない。
這うのでもない。
それは、触れた世界の“在り方”ごと灼き溶かしながら進んでいた。
地面が、崩れる。
ただ焼けるのではない。
表層が熔解し、その輪郭ごと曖昧になっていく。
空気が悲鳴を上げる。
空間が軋む。
黄金のゲートの縁が、その余波に触れただけでわずかに揺らいだ。
「──っ!」
ギルガメッシュが、眉を顰めた。
その炎を受けた瞬間、王は悟る。
これは、単なる熱量ではない。
世界そのものに対する侵食。
灼熱ではなく、異質。
存在の基盤へ食い込む、明らかに“こちら側”の法則に収まらぬ何か。
黄金の障壁が展開される。
だが、炎はそこにぶつかって終わらない。
障壁の表面を焼く。
削る。
熔かすように、じわじわとその神秘を侵し始める。
ギルガメッシュの表情が、ついに変わった。
「気色の悪い物を、我に差し向けるでないわ!」
次の瞬間。
王は、慌てて距離を取った。
──バッ!!
後退。
いや、ほとんど跳躍に近い速度で、誠の炎から離脱する。
外套の裾が炎の余波を掠め、そこにまとわりついた黄色が、一瞬だけ布地を現実ごと喰らおうとする。
ギルガメッシュは即座にそれを切り捨てるように魔力を走らせ、さらに後方へ退いた。
その一瞬。
生まれた隙は、確かだった。
「ナイスガッツだ少年ッ! 今ならば……」
アーチャーの声が轟く。
拘束されたままの機動重装甲、その各部装甲が一斉にロックを解除した。
──ガコン!
──ガギン!
──バシュッ!!
宝具たる機動重装甲を、脱ぎ捨てる。
それは装備解除ではない。
拘束された“殻”そのものを見捨てる離脱だった。
黄金の鎖が締め上げているのは、あくまで鋼鉄の巨体。
その内部から、本体が飛び出す。
マイケル・ウィルソンは、装甲の内側から身を滑り出し、地面へと投げ出されるように転がった。
──ドサッ!
──ゴロッ、ゴロッ!
瓦礫の上を転がる。
土を被る。
肩を打つ。
だが、止まらない。
鎖が再び追いつく前に、アーチャーはそのまま二転、三転と地面を転がって距離を取る。
直後。
脱ぎ捨てられた機動重装甲が、黄金の鎖に締め上げられたまま鈍い音を立てて膝から崩れ落ちた。
だが、そのわずかな時間で十分だった。
地面を転がったアーチャ──―マイケル・ウィルソンは、瓦礫の陰へと滑り込みながら、即座に片手を懐へ突っ込み携帯無線機を取り出す。
土と血にまみれた指先で乱暴に操作し、声を張り上げた。
「──洋子! 避難誘導中すまない!」
怒号ではない。
切迫した命令。
いや、懇願に近い。
その向こうでは、まだ人々を逃がしているのだろう。悲鳴、ざわめき、遠くで何かを指示する声。わずかに混線した雑音が、戦場の静寂に逆に生々しく響いた。
アーチャーは続ける。
「ありったけの魔力を、こちらに回してほしい!」
その視線は、前方を離れない。
誠の黄色の狂い火がなお揺らぎ、ギルガメッシュとの間に異様な熱と歪みを生み出している。
秀則の機体も、ぐらつきながら構えを崩してはいない。
だが、どちらも長くは保たない。
それを、アーチャーは理解していた。
「無理を承知で、令呪の使用も頼みたい!」
声が一段低くなる。
その言葉の重みを、誰より彼自身が知っている。
「可能なら──全画を……!」
そこで、一瞬だけ息が詰まる。
言い切る前に、通信の向こうで何か返答があったのか、アーチャーの表情がわずかに変わる。
驚きではない。
確認。
そして、歯を剥くような笑み。
「……ああ、そうだ。全部だ、洋子! 愛している!」
次の瞬間、彼の全身に走る空気が変わった。
まだ魔力供給そのものは始まっていない。
けれど来る。
流れ込む。
その確信が、アーチャーの姿勢を変える。
彼は端末を握ったまま立ち上がる。
瓦礫を踏みしめる。
ネクタイを片手で乱暴に引き、首元を緩めた。
その視線の先で、ギルガメッシュがようやく口元を歪める。
「まだ足掻くか、雑種」
アーチャーは、笑って応じた。
「民主主義国家の公務員はしぶといのでね」
そして、通信端末を投げ捨てることなく、もう一度だけ耳元へ寄せる。
「洋子、タイミングは任せる」
短く告げる。
「派手に行こう」
低い声が、よく通る。
先ほどまでの軽口とも、怒声とも違う。
それは、宣誓の声だった。
「聞こえているな、古代の王よ」
その視線は、ギルガメッシュだけを射抜いている。
周囲の瓦礫も、黄金のゲートも、異質の狂い火も、その瞬間だけは舞台装置に過ぎなかった。
アーチャーは右腕を広げる。
まるで、何か見えない巨大な輪郭を抱き寄せるように。
「ここより先は──我が祖国がお相手しよう」
空気が、変わる。
魔力の流れが、戦場のあちこちからこの一点へと収束し始める。
遠く。
見えない場所で。
洋子が、ありったけを流し込んでいるのだと分かる。
大気が震える。
瓦礫が細かく鳴る。
秀則の機体のセンサーが、過剰なエネルギー反応に警告を上げる。
アーチャーの周囲で、目に見えない圧が膨れ上がっていく。
彼は獰猛に笑った。
少年のようでもあり。
指揮官のようでもあり。
そして、どうしようもなく“大統領”だった。
「宝具──」
一拍。
その言葉を、戦場が待つ。
誠の黄色の炎が揺らぐ。
ギルガメッシュの黄金のゲートが、わずかに角度を変える。
秀則が、破損したコックピットの中で息を止める。
アーチャーは、叫んだ。
「United States of America」