Fate/You Died.   作:助兵衛

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第85話 古代の王VS大統領

 ──照準、固定。

 

 コックピットの奥で、秀則が引き金を引く。

 

 空気そのものを抉り取るような衝撃音が炸裂した。リニアライフルから放たれた弾丸は、音を置き去りにして一直線に走る。

 

 回避の余地はない。

 照準補正は既に完了している。

 

 命中は、確定している。

 

 煙の中へと吸い込まれた弾丸は、次の瞬間──

 

 甲高い金属音が、空間そのものに亀裂を入れるように響いた。

 

 見えなかったはずのそこに、黄金が在る。

 

 薄く、しかし絶対的な壁。

 展開された障壁が、弾丸を受け止めていた。

 

 衝突の余波で空気が歪む。

 火花が散り、弾丸は粉砕される。

 

 だが──

 

 王は、動かない。

 

 煙がわずかに裂け、その向こうに立つ影が露わになる。

 

 悠然と。

 

 ただそこに在るだけで、周囲を圧する存在。

 

 ギルガメッシュは一歩たりとも退いていなかった。

 

 その赤い瞳が、無造作にこちらを見据える。

 

「終わりか? 次は我の番か」

 

 ──そして。

 

 背後の空間が、歪む。

 

 静かに、しかし確実に開かれる幾つもの“門”。

 

 黄金の縁を持つそれらは、現実に裂け目を刻み込みながら次々と顕現していく。

 

 一つ。

 二つ。

 三つ──否、それ以上。

 

 重なり合うように開いたゲートの奥で、無数の輝きが蠢いた。

 

 剣。

 槍。

 斧。

 

 あらゆる形状の刀剣が、静かにその切先をこちらへ向ける。

 

 まるで選別するかのように。

 

「せっかく待ってやったのだ、簡単に終わってくれるなよ」

 

 低く、しかし確かに届く声。

 

 次の瞬間、世界が裂けた。

 

 ──ギュンッ!! 

 

 空間を引き裂く音と共に、刀剣群が一斉に射出される。

 

 直線ではない。

 放物でもない。

 

 それぞれが最短の殺意を選び取り、空間を蹂躙しながら殺到する。

 

 来る──! 

 

 秀則の指が反射的に跳ね上がる。

 

「シールド──!」

 

 肩部ユニットが唸りを上げた。

 

 ──バシュッ!! 

 

 両肩から展開されたパルスシールドが、半透明の光の壁となって機体前面を覆い尽くす。脈動する光子の層が幾重にも重なり、迫り来る殺意を受け止める構えを取る。

 

 次の瞬間──

 

 ──ギィンッ!! 

 

 最初の一振りが、正面から激突した。

 

 火花が散る。

 衝撃が機体を震わせる。

 

 だが、防いだ。

 

 刀剣は弾かれ、軌道を逸らして地面へと突き刺さる。

 

「……っ!」

 

 わずかな安堵が、秀則の喉を震わせる。

 

 しかし──それは、一瞬だった。

 

 ──ギンッ!! 

 

 二本目が、同一箇所へと叩き込まれる。

 

 シールドが軋む。

 光の層が歪む。

 

 耐えている。

 だが、削られている。

 

 逃げ場はない。

 

 そして──

 

 ──バキィンッ!! 

 

 三本目。

 

 それは、まるで“そこが弱点である”と知っているかのように、寸分違わず同一点へと突き立てられた。

 

 瞬間。

 

 パルスシールドが、砕けた。

 

 光が裂け、霧散する。

 防壁は役目を終え、破片のように消滅した。

 

 間に合わない。

 

 次の刹那、残された刀剣群が一斉に雪崩れ込む。

 

 装甲を打ち砕く音。

 金属が悲鳴を上げる。

 

 右肩が抉れた。

 左脚に深く突き刺さる。

 腹部装甲が貫通し、内部フレームが露出する。

 

 衝撃が連鎖し、機体のバランスが崩れる。

 

「ぐっ……!」

 

 姿勢制御が追いつかない。

 

 後退。

 

 一歩、二歩──

 

 踏み留まれない。

 

 脚部が滑る。

 

 そして──

 

 機体はそのまま尻餅をつくように地面へと叩きつけられた。

 

 視界が跳ねる。

 衝撃がコックピットを揺らす。

 

 警告音が一斉に鳴り響く。

 

 ──システム損傷。

 ──姿勢制御、低下。

 ──出力、不安定。

 

「くそ……立て、立て……!」

 

 秀則が必死に操作桿を引き上げる。

 

 だが、機体は応えない。

 

 脚部は動く。

 しかし力が乗らない。

 

 バランスが取れない。

 

 立ち上がれない。

 

 操縦の齟齬が、そのまま致命的な遅れとなる。

 

 ──その遅れを、断ち切るように。

 

「俺も忘れるなよ!」

 

 誠が、地を蹴った。

 

 瓦礫を蹴散らし、一直線に前へ出る。機体と王の間、その僅かな空白へと身を滑り込ませるように。

 

「……ッ!」

 

 腕を振り上げる。

 

 次の瞬間──

 

 ──ボォッ!! 

 

 炎が、迸った。

 

 掌から放たれたそれは爆ぜるように広がり、空間を焼き払うように前方へと叩きつけられる。熱が空気を歪め、視界を揺らす。

 

 威嚇。

 

 時間を稼ぐための、ただそれだけの一撃。

 

 秀則が立ち上がる、その数秒を。

 

「来いよ……!」

 

 叫びと共に、さらに一歩踏み込む。

 

 炎はなおも燃え盛り、王の姿を覆い隠す。

 

 だが──

 

 揺らがない。

 

 煙も、熱も、何一つ。

 

 その向こうに立つ影は、微動だにしなかった。

 

 赤い瞳だけが、静かに誠を捉えている。

 

 そして。

 

 背後に、ひとつだけ──

 

 音もなく、黄金のゲートが開いた。

 

 選ばれる。

 

 無数ではない。

 

 ただ一本。

 

 それで十分だと、言わんばかりに。

 

「──」

 

 誠が、息を呑む。

 

 直後。

 

 ──ギュンッ!! 

 

 空間が裂けた。

 

 視認よりも早く、刃が来る。

 

 回避は、間に合わない。

 

「──ぐ、ぁッ!!」

 

 衝撃。

 

 貫通。

 

 黄金の刀剣が、誠の身体を正面から貫いた。

 

 勢いは殺されない。

 

 そのまま地面へと叩き込まれる。

 

 ──ドスッ!! 

 

 鈍い音と共に、刃は地中深くまで突き立ち──

 

 誠の身体を、その場に縫い止めた。

 

 動けない。

 

 逃げられない。

 

 肺から空気が吐き出され、声が歪む。

 

「……っ、ぁ……!」

 

 炎は、途切れた。

 

 力が抜ける。

 

 地に縫い止められたまま、誠は歯を食いしばった。

 

 その先で。

 

 王は、わずかに視線を落とす。

 

 無造作に。

 

 価値を測るでもなく、ただ確認するように。

 

「そこで待っておれ、雑種」

 

 短く、言い捨てる。

 

 それ以上の関心はない。

 

 既に終わった対象に割く時間など、持ち合わせていないとでも言うように。

 

 そして。

 

 その視線が、ゆっくりと機体へと移る。

 

 立ち上がれない。

 

 未だ姿勢を取り戻せぬ鉄の塊。

 

 狙うべき獲物は、明白だった。

 

 ──歪む。

 

 再び、背後の空間が裂ける。

 

 一つではない。

 

 二つ、三つ──

 

 先程よりも多い。

 

 黄金のゲートが幾重にも重なり、静かに開いていく。

 

 その奥で、刃が整列する。

 

「……っ!」

 

 コックピットの中で、秀則の呼吸が浅くなる。

 

 機体はまだ起き上がれない。

 

 照準を合わせる余裕もない。

 

 間に合わない。

 

 王の指先が、わずかに動く。

 

 それだけで、十分だった。

 

 放たれる。

 

 そう確信した、その瞬間──

 

 ────轟音。

 

 建物が、崩れた。

 

 横合いの壁面が内側から爆ぜ、瓦礫が吹き飛ぶ。

 

 空気が押し潰される。

 

 視界が揺れる。

 

 次の刹那。

 

 その崩壊を突き破るように、“それ”が現れた。

 

 巨躯。

 

 人型を保ちながらも、常軌を逸した重量感を纏う影。

 

 機動重装甲。

 

 全身を覆う鋼鉄が、破壊された壁材を弾き飛ばしながら前進する。

 

 そして──

 

 ──ガガガガガガガガガッ!! 

 

 咆哮するような連射音。

 

 手にした大口径マシンガンが、躊躇なく火を噴いた。

 

 弾幕。

 

 線ではない。

 

 面で薙ぎ払う圧倒的な弾の奔流が、一直線にギルガメッシュへと叩きつけられる。

 

 減速しない。

 

 止まらない。

 

 撃ちながら、迫る。

 

 そのまま押し潰すつもりで。

 

「──」

 

 王の赤い瞳が、僅かに細められた。

 

 初めて。

 

 割り込んできた存在へと、視線が向く。

 

 瓦礫の中から現れたそれは、なおも前進を続けている。

 

 重装甲の軋む音を響かせながら。

 

 弾丸をばら撒きながら。

 

 止まる気配はない。

 

 弾幕が、途切れる。

 

 ──カチ、カチ、と乾いた音。

 

 弾切れ。

 

 だが、減速は──ない。

 大統領に減速はあり得ない。

 

「金ピカ君、私も混ぜてくれたまえ!」

 

 低く笑う声。

 

 次の瞬間。

 

 大口径マシンガンが、無造作に投げ捨てられた。

 

 瓦礫を跳ね飛ばし、地面を転がる。

 

 そして。

 

 鋼の巨体が、さらに一歩踏み込む。

 

 踏み込みではない。

 

 踏み潰す動き。

 

 地面が沈む。

 

 空気が押し出される。

 

「let’s party!!」

 

 叫び。

 

 宣言。

 

 それは戦闘開始の合図ではない。

 

 既に始まっている戦場に、強引にねじ込む意思の爆発。

 

 ──ドンッ!! 

 

 重装甲が加速する。

 

 直線。

 

 回避も、牽制もない。

 

 ただ最短で、王へ。

 

 拳が引かれる。

 

 巨大な鋼の腕が、唸りを上げる。

 

 慣性を乗せる。

 重量を乗せる。

 意思を叩き込む。

 

 そして──

 

 振り抜く。

 

 ──ゴォッ!! 

 

 空気を裂く轟音と共に、鋼の拳がギルガメッシュへと叩き込まれた。

 

 その瞬間。

 

 王が、わずかに動く。

 

 半歩。

 

 ほんの僅かに、後退。

 

 即座に展開される黄金の障壁。

 

 光が重なり、絶対の壁を形成する。

 

 ──ドォンッ!! 

 

 衝突。

 

 鈍い爆音が周囲を揺らす。

 

 衝撃波が地面を走り、瓦礫を跳ね上げる。

 

 鋼の拳は、確かに届いた。

 

 だが。

 

 止められている。

 

 黄金の障壁が、完全にその一撃を受け切っていた。

 

 きしむ音。

 

 押し合う力。

 

 だが、貫けない。

 

「……ほう」

 

 ギルガメッシュの口元が、僅かに吊り上がる。

 

 黄金の障壁の向こう側で、鋼の拳と王の威圧が拮抗する。

 

 押し込むたびに、障壁の表面に鈍い波紋が走る。

 踏み締めるたびに、アーチャーの重装甲がきしむ。

 互いに退かず、互いに砕けず、ただ衝突の中心だけが異様な熱を帯びていた。

 

 アーチャ──―マイケル・ウィルソンは、その押し合いの中で、兜の奥から王を真っ直ぐに睨み据える。

 

「聞かせてもらおう、古代ウルクの王よ」

 

 鋼越しの声は、重く、それでも不思議なほど明瞭だった。

 

「この混沌の先に、君は何を見ている? 何を目的として、この街を、この戦いを、ここまでかき回す」

 

 拳に、さらに力がこもる。

 

 黄金の障壁が軋む。

 地面がめきりと沈む。

 

「答えたまえ。この先にあるものが、君にとって何だ」

 

 ギルガメッシュは、押し込まれながらも眉一つ動かさない。

 

「目的か……」

 

 赤い瞳が、わずかに細まる。

 

「見届けることよ」

 

 短い。

 

 だが、その一言は不思議なほど乾いていた。

 

 執着ではない。

 熱狂でもない。

 

 ただ、観察する者の声。

 

「聖杯を完成させ、根源に至ろうとするこの地の魔術師ども──その行末に、興味がある」

 

 背後の黄金のゲートが、静かに明滅する。

 

 まるで王の言葉に呼応するように。

 

「足掻き、奪い、殺し、喰らい合い、それでもなお天の理の外へ手を伸ばそうとする」

 

 ギルガメッシュは笑う。

 

 冷ややかに。

 楽しむように。

 

「滑稽であろう。愚かであろう。だからこそ、価値がある。どこまで届くか、どこで砕けるか──それを見届ける。それだけだ」

 

 その言葉を。

 

 アーチャーは、一瞬、理解できなかった。

 

 否。

 

 理解したからこそ、次の感情が遅れて来た。

 

「……それだけか」

 

 低く漏れた声は、先ほどまでの軽妙さを完全に失っていた。

 

「その興味本位のために」

 

 鋼の拳が、障壁をさらに押し込む。

 

「その見物のために、失われる命はどうでもいいと言うのか」

 

 声が、怒気を帯びる。

 

「ここで傷ついた者も、倒れた者も、これから死ぬかもしれない者も──君にとっては余興か!」

 

 ギルガメッシュの表情は変わらない。

 

「どうでもよいな」

 

 あまりにも、あっさりと。

 

「潰れる命は、その程度であったというだけの話だ。淘汰される弱者の末路に、いちいち意味を見出すほど暇ではない」

 

 その瞬間。

 

 空気が変わった。

 

 アーチャーの内側で、何かが音を立てて切り替わる。

 

「……そうか」

 

 押し付けていた拳が、不意に引かれる。

 

 黄金の障壁が解放される。

 均衡が崩れる。

 

 だが、それは後退ではなかった。

 

「君との対話は不可能なようだ」

 

 アーチャーの背部。

 

 巨大武装コンテナの装甲が、重々しい駆動音と共に展開した。

 

 ──ガコン、ガコン、ガコンッ!! 

 

 内部からせり出すのは、常軌を逸したサイズの火器。

 

 砲身は太く、短く、密集した弾倉と補助フレームが一体化した制圧用の重火器。

 

 グレネードランチャー。

 

 それも、人間用の尺度ではない。

 機動重装甲が扱うことを前提とした、暴力そのものの塊。

 

 アーチャーはそれを、片腕で引き抜いた。

 

 重量など存在しないかのように。

 

 そして。

 

 至近距離。

 

 黄金の障壁ごと、ギルガメッシュの胸元へと突きつける。

 

「古代の王よ、現代火器の灯火をたっぷりと喰らいたまえ」

 

 次の瞬間。

 

 ──ドゴンッ!! 

 

 一発目。

 

 炸裂。

 

 猛烈な反動がアーチャーの機体を揺さぶる。

 だが、構わない。

 

 踏み締める脚部が地面を抉る。

 

 ──ドゴンッ!! 

 ──ドゴンッ!! 

 ──ドゴンッドゴンッドゴンッ!! 

 

 零距離の連射が、爆炎を幾重にも咲かせる。

 

 閃光が明滅する。

 衝撃が連鎖する。

 爆風が地を舐め、瓦礫を巻き上げ、空間そのものを揺さぶっていく。

 

 反動でアーチャーの機動重装甲が軋む。

 腕部フレームが悲鳴を上げる。

 それでも撃つ。

 止めない。

 

 最後の一発が吐き出され、薬室が沈黙してなお、爆煙だけがその場を覆い尽くしていた。

 

 ──静寂。

 

 重い、異様な静寂。

 

 そして。

 

 煙の奥で、黄金が灯る。

 

「……何?」

 

 アーチャーの低い声が漏れる。

 

 爆煙が、内側から押しのけられるように裂けていく。

 

 そこに立っていたのは──王だった。

 

 ギルガメッシュ。

 

 傷一つ、ない。

 

 外套にも。

 肌にも。

 その傲慢な立ち姿にも、爆圧の痕跡すら見当たらない。

 

 ただ、その周囲に幾重にも展開された黄金の障壁が、薄く燐光を残しているだけだった。

 

 爆風の名残が王の金髪を揺らす。

 

 それだけだ。

 

「スピーチは終わりか? 雑種」

 

 静かに告げる声。

 

 その声音には、先程までの観察者の冷たさに加えて、僅かな侮蔑が滲んでいた。

 

 次の瞬間。

 

 ギルガメッシュの背後に開いた黄金のゲート、その一つから──

 

 鎖が、現れた。

 

 ただの鎖ではない。

 

 光そのものを編み上げたかのような、神々しい輝きを纏う鎖。

 

 一本。

 

 いや、二本、三本、四本──

 

 無数。

 

 それらは蛇のようにうねりながら、一斉にアーチャーへと奔った。

 

「──!」

 

 回避は、間に合わない。

 

 ──ジャラァッ!! 

 

 まず右腕。

 次いで左脚。

 胴。

 肩。

 背部コンテナ。

 

 光輝く鎖が、機動重装甲の各所へ食い込み、絡みつき、締め上げる。

 

 さらに一本。

 

 さらに一本。

 

 逃がさない。

 外さない。

 最初から獲ると決めていた獲物を、確実に拘束するような速度と精度だった。

 

「くっ……!」

 

 アーチャーが腕を振るう。

 

 だが、ほどけない。

 

 鎖は重装甲の継ぎ目と可動部を狙い澄まし、動きを封じるように絡みついていた。

 

 膂力で引き千切れる類のものではない。

 

 ギルガメッシュは、ゆっくりと一歩踏み出す。

 

 黄金の鎖が、その歩みに応じてさらに強く張る。

 

「神秘を帯びぬ攻撃は、我には通用せん」

 

 王の声が、戦場に冷たく響いた。

 

「サーヴァントとなったことで、貴様の現代火器も多少の神秘は帯びているようだが──」

 

 赤い瞳が、拘束されたアーチャーを見上げる。

 

 見下すように。

 値踏みするように。

 

「我が防護を貫くには、到底及ばぬ」

 

 その言葉と同時に。

 

 ──ギチ、ギチギチギチッ!! 

 

 鎖が、締まる。

 

 鋼鉄が軋む音が響く。

 

 重装甲の表面装甲が歪み、フレームが悲鳴を上げる。

 腕部が引き絞られる。

 脚部が無理やり捻られる。

 

 拘束ではない。

 

 破砕の一歩手前まで締め上げる、処刑具のような圧力。

 

「……っ、ぅ……!」

 

 アーチャーの機体が、膝を沈める。

 

 地面が陥没する。

 巨体の重量ではない。

 鎖が無理やり押し伏せているのだ。

 

 それでも、アーチャーは倒れない。

 

 頭部装甲の奥の視線だけは、なおギルガメッシュを真っ直ぐに捉えている。

 

 視線は、逸れない。

 

 だが、鎖は容赦を知らなかった。

 

 ──ギチ、ギチギチ、メギッ。

 

 嫌な音が、ひとつ増える。

 

 アーチャーの背部に背負われた巨大武装コンテナへ、幾重にも巻き付いた黄金の鎖がさらに食い込んでいく。外装装甲が内側へ歪み、固定フレームが捻じれ、接合部が悲鳴を上げる。

 

 次の瞬間。

 

 ──バギンッ!! 

 

 武装コンテナの一角が、耐えきれずに砕け散った。

 

 装甲板が弾け飛ぶ。

 内部機構が露出する。

 給弾ラインと補助マウントが火花を散らしながら千切れ、破片が地面へと降り注いだ。

 

「──ッ」

 

 アーチャーの機動重装甲が、わずかに揺れる。

 

 それでも踏み止まる。

 

 だが、鎖はそれすら許さない。

 

 ──メキメキメキッ!! 

 

 さらに締め上げる。

 

 潰すために。

 壊すために。

 誇りも武装もまとめて拘束し、へし折るために。

 

 巨大武装コンテナの中央フレームが、ついに限界を迎えた。

 

 ──ドガァッ!! 

 

 轟音と共に、背部ユニットが締め壊される。

 

 砕けた装甲が飛ぶ。

 内部の弾薬収納部が押し潰され、残骸がぶちまけられる。

 支持アームが根元から折れ、コンテナの半ばが千切れたように垂れ下がった。

 

 光輝く鎖に締め壊されたそれは、もはや武装ではなく、ただの歪んだ鉄塊だった。

 

 その光景を一瞥したあと。

 

 ギルガメッシュは、興味を失ったように視線を上げる。

 

 その先にいるのは──

 

 ようやく。

 

 ようやく、立ち上がった秀則の機体だった。

 

 損傷だらけの脚部で不格好に体勢を保ち、警告音を鳴らしながら、それでもなお戦場に立ち戻った鉄の巨体。

 

 王はそれを見上げ、わずかに鼻で笑う。

 

「貴様をこの聖杯戦争に呼び込んだのは失敗だったな」

 

 低い声。

 

 断定だった。

 

 秀則の喉が、ひくりと震える。

 

 ギルガメッシュは続ける。

 

「貴様は大統領──要するに秩序の人間だ」

 

 赤い瞳が、損壊した機体を射抜く。

 

「混沌によって加速される儀式、その流れに真っ向から立ち向かう。実に邪魔な存在であった」

 

 その言葉は、侮蔑でありながら、奇妙な評価も含んでいた。

 

「反転させようにも、お前には別側面が存在しない」

 

 王の背後で、黄金のゲートが静かに瞬く。

 

 まるでその言葉自体を裏付けるように。

 

「稀有なことよ。誉れ高いとも言える」

 

 ほんの僅か。

 

 認めるような響き。

 

 だが、それは次の言葉で即座に切り捨てられる。

 

「だが──我にとっては無意味だ」

 

 冷たい。

 

 どこまでも冷たい声だった。

 

 価値を認めることと、生かすことは別。

 賞賛することと、排除しないことは別。

 

 王にとって、そこに何の矛盾もない。

 

 その冷たさのまま。

 

 ギルガメッシュは、ゆっくりと片手を上げた。

 

 それだけで、空間が応じる。

 

 ──歪む。

 

 背後に、幾つもの黄金のゲートが開いた。

 

 一つ、二つではない。

 十を越える裂け目が、夜の空間を黄金で染め上げるように並び立つ。

 

 その奥にあるのは、やはり刃。

 

 剣。

 槍。

 斧。

 矢にも似た細身の貫通武器。

 

 それらが、整然と切先を揃えている。

 

 狙いは、二つ。

 

 ひとつは、鎖に拘束されたアーチャー。

 もうひとつは、ようやく立ち上がったばかりの秀則の機体。

 

 同時に。

 まとめて。

 一息で終わらせるための布陣だった。

 

 コックピットの中で、秀則の背筋が凍る。

 

 アーチャーもまた、拘束されたまま頭部をわずかに上げた。

 

 その瞬間だった。

 

 地面に縫い止められていた誠の身体が、不意に大きく震えた。

 

「──好き勝手、言ってるんじゃねえ!」

 

 掠れた声。

 

 次いで、肉の裂ける、あまりにも生々しい音が響く。

 

 ──ブチ、ッ。

 

 秀則が目を見開く。

 

 誠は、自分を地面へ縫い止めていた傷口を、無理やり引き裂いていた。

 

 貫かれた箇所を支点にして逃れるのではない。

 その周囲の肉と筋を、自ら裂き、抉り、強引に身体を刃から“外した”のだ。

 

 血が飛ぶ。

 

 地面に赤が散る。

 

 脚がもつれる。

 膝が折れる。

 

 それでも誠は倒れきらない。

 

 黄金の刀剣から、自分の身体を引き剥がすように抜け出し、そのまま一歩、また一歩と前へ出る。

 

「何を……!」

 

 秀則の声が掠れる。

 

 だが誠は振り向かない。

 

 顔面は蒼白だ。

 呼吸は乱れ、肩は震え、まともに立っているだけで奇跡に近い。

 

 それでも、その眼だけは燃えていた。

 

 今度は誠が、食ってかかる。

 

 ギルガメッシュへ。

 

 誠の足取りは、今にも崩れそうだった。

 

 血が滴る。

 裂いた傷口が、歩くたびにさらに開く。

 それでも止まらない。

 

 その両手が、ゆっくりと持ち上がる。

 

 掌が、王へ向く。

 

「……出力不足、って言ったよな」

 

 低く。

 

 喉の奥で血を噛み潰したような声。

 

 だが、その口元は──笑っていた。

 

 獰猛に。

 ほとんど獣のように。

 

 そして。

 

 誠の両掌に、火が宿る。

 

 最初は、小さい。

 

 だが次の瞬間、その色が変わった。

 

 赤でもない。

 橙でもない。

 

 黄色。

 

 それも、灯火のような穏やかな黄ではない。

 濁り、揺らぎ、理を踏み外したような──狂い火。

 

 空気が、奇妙に軋む。

 

 熱ではない。

 燃焼ですらない。

 

 そこにあるのは、炎の形をした“異質”だった。

 

 両掌の上で、黄色の狂い火が脈動する。

 

 周囲の景色が揺らぐ。

 地面の輪郭が滲む。

 その光に照らされた瓦礫の表面が、まるで現実そのものを保てなくなったように歪んでいく。

 

 秀則が、息を呑む。

 

 アーチャーでさえ、拘束されたまま沈黙した。

 

 ギルガメッシュの赤い瞳が、初めて明確な警戒を帯びる。

 

 誠は笑う。

 

 荒い呼吸の中で。

 血まみれの顔で。

 それでも、確かに。

 

「これなら──文句ないだろ」

 

 次の瞬間。

 

 両掌が、前へ突き出された。

 

 ──ゴォォッ!! 

 

 黄色の狂い火が、奔流となって放たれる。

 

 炎、というにはあまりにおぞましい。

 

 燃え広がるのではない。

 這うのでもない。

 

 それは、触れた世界の“在り方”ごと灼き溶かしながら進んでいた。

 

 地面が、崩れる。

 

 ただ焼けるのではない。

 表層が熔解し、その輪郭ごと曖昧になっていく。

 

 空気が悲鳴を上げる。

 空間が軋む。

 黄金のゲートの縁が、その余波に触れただけでわずかに揺らいだ。

 

「──っ!」

 

 ギルガメッシュが、眉を顰めた。

 

 その炎を受けた瞬間、王は悟る。

 

 これは、単なる熱量ではない。

 

 世界そのものに対する侵食。

 灼熱ではなく、異質。

 存在の基盤へ食い込む、明らかに“こちら側”の法則に収まらぬ何か。

 

 黄金の障壁が展開される。

 

 だが、炎はそこにぶつかって終わらない。

 

 障壁の表面を焼く。

 削る。

 熔かすように、じわじわとその神秘を侵し始める。

 

 ギルガメッシュの表情が、ついに変わった。

 

「気色の悪い物を、我に差し向けるでないわ!」

 

 次の瞬間。

 

 王は、慌てて距離を取った。

 

 ──バッ!! 

 

 後退。

 

 いや、ほとんど跳躍に近い速度で、誠の炎から離脱する。

 

 外套の裾が炎の余波を掠め、そこにまとわりついた黄色が、一瞬だけ布地を現実ごと喰らおうとする。

 ギルガメッシュは即座にそれを切り捨てるように魔力を走らせ、さらに後方へ退いた。

 

 その一瞬。

 

 生まれた隙は、確かだった。

 

「ナイスガッツだ少年ッ! 今ならば……」

 

 アーチャーの声が轟く。

 

 拘束されたままの機動重装甲、その各部装甲が一斉にロックを解除した。

 

 ──ガコン! 

 ──ガギン! 

 ──バシュッ!! 

 

 宝具たる機動重装甲を、脱ぎ捨てる。

 

 それは装備解除ではない。

 拘束された“殻”そのものを見捨てる離脱だった。

 

 黄金の鎖が締め上げているのは、あくまで鋼鉄の巨体。

 

 その内部から、本体が飛び出す。

 

 マイケル・ウィルソンは、装甲の内側から身を滑り出し、地面へと投げ出されるように転がった。

 

 ──ドサッ! 

 ──ゴロッ、ゴロッ! 

 

 瓦礫の上を転がる。

 土を被る。

 肩を打つ。

 

 だが、止まらない。

 

 鎖が再び追いつく前に、アーチャーはそのまま二転、三転と地面を転がって距離を取る。

 

 直後。

 

 脱ぎ捨てられた機動重装甲が、黄金の鎖に締め上げられたまま鈍い音を立てて膝から崩れ落ちた。

 

 だが、そのわずかな時間で十分だった。

 

 地面を転がったアーチャ──―マイケル・ウィルソンは、瓦礫の陰へと滑り込みながら、即座に片手を懐へ突っ込み携帯無線機を取り出す。

 

 土と血にまみれた指先で乱暴に操作し、声を張り上げた。

 

「──洋子! 避難誘導中すまない!」

 

 怒号ではない。

 

 切迫した命令。

 

 いや、懇願に近い。

 

 その向こうでは、まだ人々を逃がしているのだろう。悲鳴、ざわめき、遠くで何かを指示する声。わずかに混線した雑音が、戦場の静寂に逆に生々しく響いた。

 

 アーチャーは続ける。

 

「ありったけの魔力を、こちらに回してほしい!」

 

 その視線は、前方を離れない。

 

 誠の黄色の狂い火がなお揺らぎ、ギルガメッシュとの間に異様な熱と歪みを生み出している。

 秀則の機体も、ぐらつきながら構えを崩してはいない。

 

 だが、どちらも長くは保たない。

 

 それを、アーチャーは理解していた。

 

「無理を承知で、令呪の使用も頼みたい!」

 

 声が一段低くなる。

 

 その言葉の重みを、誰より彼自身が知っている。

 

「可能なら──全画を……!」

 

 そこで、一瞬だけ息が詰まる。

 

 言い切る前に、通信の向こうで何か返答があったのか、アーチャーの表情がわずかに変わる。

 

 驚きではない。

 

 確認。

 

 そして、歯を剥くような笑み。

 

「……ああ、そうだ。全部だ、洋子! 愛している!」

 

 次の瞬間、彼の全身に走る空気が変わった。

 

 まだ魔力供給そのものは始まっていない。

 けれど来る。

 流れ込む。

 

 その確信が、アーチャーの姿勢を変える。

 

 彼は端末を握ったまま立ち上がる。

 

 瓦礫を踏みしめる。

 

 ネクタイを片手で乱暴に引き、首元を緩めた。

 

 その視線の先で、ギルガメッシュがようやく口元を歪める。

 

「まだ足掻くか、雑種」

 

 アーチャーは、笑って応じた。

 

「民主主義国家の公務員はしぶといのでね」

 

 そして、通信端末を投げ捨てることなく、もう一度だけ耳元へ寄せる。

 

「洋子、タイミングは任せる」

 

 短く告げる。

 

「派手に行こう」

 

 低い声が、よく通る。

 

 先ほどまでの軽口とも、怒声とも違う。

 それは、宣誓の声だった。

 

「聞こえているな、古代の王よ」

 

 その視線は、ギルガメッシュだけを射抜いている。

 

 周囲の瓦礫も、黄金のゲートも、異質の狂い火も、その瞬間だけは舞台装置に過ぎなかった。

 

 アーチャーは右腕を広げる。

 

 まるで、何か見えない巨大な輪郭を抱き寄せるように。

 

「ここより先は──我が祖国がお相手しよう」

 

 空気が、変わる。

 

 魔力の流れが、戦場のあちこちからこの一点へと収束し始める。

 

 遠く。

 見えない場所で。

 洋子が、ありったけを流し込んでいるのだと分かる。

 

 大気が震える。

 瓦礫が細かく鳴る。

 秀則の機体のセンサーが、過剰なエネルギー反応に警告を上げる。

 

 アーチャーの周囲で、目に見えない圧が膨れ上がっていく。

 

 彼は獰猛に笑った。

 

 少年のようでもあり。

 指揮官のようでもあり。

 そして、どうしようもなく“大統領”だった。

 

「宝具──」

 

 一拍。

 

 その言葉を、戦場が待つ。

 

 誠の黄色の炎が揺らぐ。

 ギルガメッシュの黄金のゲートが、わずかに角度を変える。

 秀則が、破損したコックピットの中で息を止める。

 

 アーチャーは、叫んだ。

 

「United States of America」

 

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