「【United States of America】」
――その言葉が、放たれた瞬間。
空気が、反転した。
静寂が訪れるわけではない。むしろ逆だ。
風が吹く。
乾いた、熱を孕んだ風。
瓦礫の匂いが消える。焦げた木材も、崩れた建物も、戦場の残滓も――すべてが、剥ぎ取られるように消えていく。
視界が揺らぐ。
地面が、書き換わる。
コンクリートはひび割れ、やがて砕け、粒となり、砂へと変わる。
崩壊した屋敷の残骸は、影すら残さず消え去り、代わりに果ての見えない地平線が現れる。
赤土。
砂塵。
焼けつくような陽光。
どこまでも広がる、荒野。
空は高く、雲は薄く、乾いた青がただ広がっている。
そして。
遠く。
見えるはずのない距離に、黒い影がある。
塔か。
アンテナか。
基地か。
あるいは、滑走路の輪郭。
アーチャーは、その中心に立っていた。
足元の砂が、風に撫でられる。
彼は、静かに息を吐いた。
「――ようこそ」
低く、しかしどこまでも通る声。
「我が祖国へ」
ギルガメッシュは、動かない。
だが、その赤い瞳が、ゆっくりと周囲をなぞる。
地平線。
空。
風の流れ。
足元の砂。
そして――空気。
「……固有結界、か」
短く呟く。
だがその声音に、侮りはない。
王は知っている。
これはただの幻ではない。
世界の位相を書き換え、術者に有利な現実を“上書きする”領域。
しかも。
「……妙だな」
わずかに目を細める。
「神秘の匂いが薄い」
それでも成立している。
それでも、現実を侵している。
その歪さに、王は初めて、明確な興味を示した。
次の瞬間。
――パァン。
音がした。
あまりにも軽い。
あまりにも遅い。
だが――
――ギィンッ!!
ギルガメッシュの側面に、何かが“当たった”。
黄金の障壁が、瞬時に展開される。
だが、間に合っていない。
完全防御ではない。
僅かに、遅れた。
その結果。
王の体が、ほんのわずか――揺らいだ。
半歩。
体勢が、崩れる。
「……!」
ギルガメッシュの目が見開かれる。
何が起きたかを理解するため、即座に視線が走る。
だが、見えない。
発射点が、存在しない。
音より先に到達し、軌跡すら掴ませない距離。
視認不能の長距離。
王の視線が、遥か彼方――地平線のさらに向こうを射抜く。
「……ほう」
その瞬間。
地面が、震えた。
――ゴゴゴゴゴッ……!
低い振動。
砂が揺れる。
空気が震える。
次の瞬間。
砂塵が、巻き上がる。
左右。
後方。
複数方向から。
――ズガァンッ!!
砂を割り裂き、鋼の塊が現れた。
装甲車。
一台ではない。
二台、三台、五台――
いや、数えきれない。
列を成し、陣形を組み、一直線に並ぶ。
重機関銃。
ミサイルポッド。
センサー。
回転する砲塔。
それらすべてが、同時に動く。
照準が、揃う。
その中心にいるのは――王。
そして。
車両の側面が開かれた。
次々と扉が跳ね上がる。
中から現れる無数の人影。
だがただの人間ではない。
統一された装備。
統一された動き。
無駄のない配置。
完全武装の軍人が、一人、二人、十人――
瞬く間に数十名が展開される。
膝をつく者。
立射を構える者。
車両を盾に前進する者。
全員が、迷いなく同一目標へと照準を合わせる。
銃口が、一斉に持ち上がる。
その動きは、あまりにも揃いすぎていた。
まるで一つの意思で動くかのように。
逃げ場はない。
ギルガメッシュは、その中心に立ったまま――笑う。
ゆっくりと、愉快そうに。
「なるほど」
赤い瞳が、細められる。
「これは……面白い」
「見えぬ敵、飽和する物量、統制された兵」
周囲を一瞥する。
「国家、か」
――ババババババババッ!!
銃声が、荒野を裂いた。
単発ではない。
ただの連射でもない。
徹底的な面制圧射撃だった。
四方から放たれた弾丸が、時間差すら許さず一点へ収束する。
空気が震え、砂が巻き上がり、視界そのものが弾幕に塗り潰される。
――ギィンッ!
――ギィンギィンギィンッ!!
黄金の障壁が、即座に展開される。
だが。
遅い。
あるいは――間に合っているのに、意味がない。
弾丸は止まる。
だが止まった瞬間、次が来る。
さらに次。
さらに次。
絶え間なく、同一箇所へ。
同時に、全方向から。
「……ッ」
ギルガメッシュの体が、わずかに沈む。
衝撃。
圧力。
防いでいるはずのそれが、物理的な“押し込み”として蓄積されていく。
地面が抉れる。
足元の砂が吹き飛ぶ。
王の立っていた位置が、弾丸の衝撃だけで削られていく。
――ダダダダダダダダダッ!!
さらに重機関銃が吼える。
装甲車の砲塔が一斉に火を噴き、より重い弾体が障壁へ叩きつけられる。
火花ではない。
閃光の壁だ。
「ほう……!」
ギルガメッシュの口元が歪む。
だがその声音に、余裕は僅かに削がれていた。
障壁は破られていない。
だが――動けない。
踏み出せば、その瞬間に別方向から叩き込まれる。
跳べば、空中で集中砲火を受ける。
結果。
王はその場に、縫い留められる。
物理で。
飽和で。
意志の集合で。
「規格化された暴力、その極みといったところか」
笑う。
だが、動けない。
その一瞬を――アーチャーは逃さない。
「今だ、回収しろ!」
怒号。
同時に、兵の一人が即座に動いた。
――ガッ!!
誠の肩が、強引に掴まれる。
「動くな!」
短い命令。
有無を言わせない。
誠は反応する暇もなく、そのまま引きずられるように後退させられる。
血が砂に落ちる。
だが兵は止まらない。
――ガンッ!!
装甲車の後部ハッチが開く。
「乗せろ!」
別の兵が叫ぶ。
アーチャーもまた、肩を掴まれた。
「おっと、随分と強引だな!」
「時間がありません、ご無礼をお許しください。大統領」
即答。
そのまま押し込まれる。
――ドンッ!!
誠とアーチャーの身体が、装甲車の内部へと叩き込まれた。
直後。
――バンッ!!
ハッチが閉まる。
暗転。
だが次の瞬間、内部照明が点灯する。
「発進!」
運転席からの号令。
――ゴォォォォッ!!
エンジンが唸りを上げる。
装甲車が、一斉に動き出した。
急加速。
砂を蹴り上げ、隊列を保ったまま一斉に後退する。
同時に、外ではなおも射撃が続いている。
絶えない。
止まらない。
ギルガメッシュを、その場に固定するための暴力。
装甲車の小窓越しに、荒野が流れる。
そして。
その視界の端で。
――ズズズッ……!!
巨大な影が、引きずられていく。
秀則の機体。
損壊した脚部を支えきれず、横倒しに近い状態のまま、ワイヤーに繋がれている。
前方の装甲車が牽引しているのだ。
火花が散る。
装甲が砂を削る。
それでも。
確実に、引き離されていく。
ギルガメッシュから。
戦場の中心から。
装甲車は、減速しない。
砂煙を尾のように引きながら、一直線に荒野を駆け抜ける。
振動が車体を叩き、内部の金属が低く軋む。
誠は壁にもたれたまま、荒い呼吸を繰り返していた。
だが――出血は、止まっている。
いや。
止まっている、ではない。
既に、閉じている。
裂けていたはずの肉は繋がり、血に濡れていた皮膚は、何事もなかったかのように再生している。
「……は?」
対面に座っていた兵士が、思わず声を漏らす。
それは驚愕ではなく、理解不能に対する反射だった。
一方で。
アーチャーは、揺れる車内で目を閉じていた。
呼吸は落ち着いている。
鼓動も、乱れていない。
ただ、意識だけが外――戦場の残響を追っている。
やがて。
装甲車の速度が、僅かに落ちた。
外の光が変わる。
砂塵の色が薄くなり、代わりに影が増える。
――基地だ。
車体がゲートをくぐる。
金属音。
遠くで回るプロペラ。
規則的なエンジン音。
荒野の静寂とは異なる、“機能している空間”の気配。
――ガンッ!!
急停止。
「降ろせ!」
ハッチが開く。
強い日差しと共に、外気が流れ込む。
次の瞬間。
――ダッ、ダッ、ダッ!!
複数の足音。
白い腕章。
担架。
医療キット。
衛生兵たちが、即座に駆け寄ってくる。
「負傷者確認! 優先順位――」
言いかけて、止まる。
誠を見た瞬間だった。
「……え?」
手が止まる。
目が、傷口を追う。
血はある。
だが、裂傷がない。
貫通していたはずの箇所は、既に塞がっている。
再生している。
その事実に、衛生兵の顔が固まる。
「……報告と違う。貫通創じゃなかったのか?」
「いや、これは……」
言葉が続かない。
誠は、そんな視線など気にも留めず、ただゆっくりと立ち上がる。
足取りは、既に安定していた。
一方で。
「こちらも負傷者!」
別の衛生兵が、アーチャーへ駆け寄る。
「出血は軽微だが、内部損傷の可能性――」
「結構」
即答。
アーチャーは立ち上がる。
制止の手を、軽く払いのける。
「応急処置は不要だ」
「しかし――」
「時間がない」
その一言で、空気が変わる。
衛生兵が口を閉ざす。
それは命令ではない。
だが、それ以上に強い“決定”だった。
アーチャーは振り返らない。
そのまま歩き出す。
基地の中心へ。
滑走路を横切る。
整列する車両。
忙しなく動く兵士たち。
指示が飛び交う管制塔。
すべてが、彼の進行を邪魔しない。
司令部の扉が、乱暴に開かれた。
アーチャーは中央の戦術卓へ向かって、一直線に歩く。
その瞬間。
一人の男が、奥から駆け寄ってきた。
軍帽も整えきれていない。
呼吸も荒い。
「大統領閣下!」
敬礼。
即座に、報告に入る。
「先行展開した第一・第二歩兵群ですが――」
一瞬。
言葉が詰まる。
だが、止めない。
「……全滅です」
室内の空気が、僅かに沈む。
誰も声を出さない。
続ける。
「接敵から約二分。交戦は成立しましたが、敵個体の防御能力および反撃により壊滅」
短く、正確に。
「現在、目標は移動せず、同地点にて停止」
モニターに、映像が映る。
砂塵の中。
弾痕に抉られた地面。
そして、その中心に――
王は立っている。
微動だにせず。
ただ、こちらを待つように。
「……次を待っています」
報告が、終わる。
静寂。
アーチャーは、その映像を見て――
鼻で笑った。
「傲慢なことだ」
短く。
だが、はっきりとした嘲り。
「こちらの手札を、すべて受け止めるつもりらしい」
戦術卓に手を置く。
指が、軽く叩く。
一度。
二度。
そして。
「よろしい」
顔を上げる。
視線が、鋭くなる。
「航空隊、即応可能機をすべて上げろ」
士官が即座に応じる。
「目標は固定座標。敵単体」
さらに続ける。
「爆装は最大。誘導不要――爆撃を開始しろ」
基地全体が動き出す。
警報。
エンジン始動音。
無線の交信。
司令部の外。
滑走路の向こうで――
鋼の翼が、動き始めていた。
アーチャーは、ただ一度だけ視線をモニターへ戻す。
そこには、変わらず立つ王の姿。
微動だにせず。
待っている。
「空からの歓待は、お気に召すかな?」
――ゴォォォォォッ!!
滑走路を震わせる轟音が、指令室の壁越しにもはっきりと伝わってくる。
誠は思わず振り返った。
分厚い強化ガラスの向こう、乾いた荒野の滑走路を、鋼の巨体が次々と駆け抜けていく。
爆撃機編隊。
砂塵を引き裂きながら、重く、しかし迷いなく空へと持ち上がっていく。
その光景は、あまりにも現実離れしていた。
だが――ここが現実だ。
アーチャーの固有結界。
国家そのものを切り出したような、異様な“現実”。
「……マジかよ」
誠の喉から、掠れた声が漏れる。
隣で、アーチャーは微動だにしていない。
腕を組み、正面のモニターを見据えている。
その視線は、既に“空”ではない。
もっと先――これから起きる結果だけを見ている。
「高度到達」
通信士の声。
「爆撃コース、侵入します」
モニターが切り替わる。
上空視点。
荒野の中心――一点。
そこに、小さく、しかし確かに“存在している影”。
ギルガメッシュ。
誠の喉が、わずかに鳴った。
あの爆撃が。
あの数が。
あの密度が。
すべて、あそこに落ちる。
「投下――開始」
淡々とした報告。
その瞬間だった。
モニターの中で、爆撃機の腹が開く。
次の瞬間。
落ちた。
ひとつ。
ふたつ。
いや――違う。
数えられない。
視界そのものが埋め尽くされる。
爆弾。
無数。
一直線ではない。
ばらけてもいない。
面を塗り潰すように、ただ落ちてくる。
――――ドォォォォォンッッ!!
遅れて届く、衝撃。
音。
振動。
すべてが同時に押し寄せる。
基地が、揺れた。
床が震える。
壁が軋む。
天井の照明が大きく揺れる。
「っ……!」
誠は咄嗟に足を踏ん張る。
それでも身体が持っていかれる。
ただの余波だ。
それでも、この威力。
直撃地点は――
考えるまでもない。
モニターは、白に染まっていた。
爆炎。
砂塵。
衝撃波。
すべてが混ざり、映像が潰れる。
何も見えない。
「第一波、着弾確認」
アーチャーの声は低く、しかし揺るぎがなかった。
指令室のモニターは白に塗り潰されている。爆炎、砂塵、衝撃波。すべてが混ざり合い、視界そのものを押し潰していた。
誠は無意識に歯を食いしばる。
あの密度。
あの量。
あの破壊。
直撃していれば、いかなる存在であろうと――
「……第二波、投下準備」
通信士の声が、静かに続く。
モニターが切り替わる。
上空視点。
爆撃機編隊が、再び目標上空へ侵入していく。
腹部ハッチが、ゆっくりと開く。
誠の喉が鳴る。
まだやるのか、と。
それでもやるのが、この戦場なのだと。
次の瞬間。
空が、鳴った。
――キィィィィィンッ!!
「……?」
誠が眉を寄せる。
モニターの中で、何かが起きている。
だが、認識が追いつかない。
次の瞬間。
爆撃機の一機が、唐突に“崩れた”。
――バギィンッ!!
翼が裂ける。
機体がねじ切れる。
内部構造が露出したまま、炎を噴きながら分解していく。
「は……?」
誠の口から、間の抜けた声が漏れる。
回避も、防御も、何もない。
ただ一瞬で、破壊された。
さらに。
――ギィンッ!!
――ギィンギィンギィンッ!!
連続。
不可視の何かが、空を走る。
次々と。
逃げる暇すら与えず。
爆撃機が、切断されていく。
機体が裂ける。
エンジンが爆ぜる。
黒煙を引きながら、次々と落ちていく。
「航空隊――損害多数! いや、全機――!」
通信が乱れる。
ノイズ。
途切れる音声。
絶叫。
そして、沈黙。
誠は、ただモニターを見つめていた。
その時だった。
爆炎が、裂けた。
――ゴォォォォォ……ッ!!
中心部。
あれほどの爆撃が叩き込まれた地点。
その内部から。
何かが、現れる。
押し出されるのではない。
突き破る。
爆発そのものを、踏み越えて。
黄金。
そして、エメラルド。
浮かび上がる。
滑るように。
空中へ。
それは――舟だった。
地に属さない。
現実に縛られない。
神話そのままの姿をした、空飛ぶ船。
黄金で縁取られた船体。
宝石のような輝きを帯びた装飾。
空を支配するためだけに存在するような、異質の構造。
古代インドの二大叙事詩「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」に登場する飛行装置──ヴィマーナ。
「神話の世界にも飛行機があったとは」
爆炎を背に、それは静かに上昇する。
交戦空域の真上で。
誠の視線が、吸い寄せられる。
黄金の鎧。
風に揺れる金髪。
赤い瞳。
ギルガメッシュ。
船の縁に腰掛け、頬杖をつくように。
まるで退屈な劇でも眺めているかのように。
誠は、しばらく言葉を失っていた。
モニターの中。
爆炎の中心。
空に浮かぶ黄金の舟。
そして、その上に腰掛ける王。
「……爆撃すら、無意味だったってことかよ……」
掠れた声だった。
あれだけの規模。
あれだけの物量。
あれだけの破壊。
それでも、届いていない。
いや――通じていない。
誠の視線は、無意識にアーチャーへ向く。
アーチャーは、笑っていた。
僅かに。
口元だけで。
「無意味ではない」
即答だった。
誠が眉を寄せる。
「え、でも……?」
アーチャーはモニターを指す。
「よく見たまえ」
一瞬遅れて、誠の視線が戻る。
ヴィマーーナの上。
ギルガメッシュ。
その全身。
黄金の鎧。
先ほどまでは、纏っていなかったもの。
それが今、明確に“展開されている”。
「……あ」
誠の口から、わずかに声が漏れる。
「爆撃を、受けるために装着した」
アーチャーは続ける。
「つまり、防御を“切らせた”」
一拍。
「対応させた時点で、無意味ではない」
即座に振り返る。
声が飛ぶ。
「次々いくぞ! 航空戦力、第二種運用に移行!」
――ゴォォォォッ!!
別系統のエンジン音が、滑走路を震わせた。
誠は反射的に振り返る。
今度は爆撃機ではない。
細く、鋭い機影。
戦闘機。
複数。
一直線に並び、加速していく。
迷いがない。
無駄がない。
まるで一つの生き物のように。
隊列を保ったまま、空へと突き上がる。
「迎撃編隊、発進確認」
通信士の声が続く。
モニターが切り替わる。
上空。
蒼。
その中に、黄金。
静止する舟。
そして。
その周囲へと、戦闘機が散開する。
円を描くように。
包囲するように。
高度差を取り。
速度を合わせ。
完璧な配置で。
ヴィマーナを取り囲む。
「……すげぇ」
誠の口から、思わず漏れる。
その動きは、洗練されすぎていた。
意思の統一。
動作の同期。
訓練の極致。
その中心で。
ギルガメッシュは、動かない。
ただ、視線だけが動く。
次の瞬間。
戦闘機が動いた。
上下左右、三次元的に軌道を変え。
包囲を維持したまま、収束する。
逃げ場を潰す動き。
空間そのものを閉じるような機動。
「ロック完了」
「射撃――」
命令が下る、その瞬間。
光が走った。
――キィィィィィンッ!!
ヴィマーナの側面から、無造作に放たれる光条。
――バギィンッ!!
一機。
戦闘機が、消えた。
断裂。
機体が、真横から切断される。
「な――」
誠の声が詰まる。
だが、終わらない。
――ギィンッ!!
――ギィンッ!!
連続。
光線が、走る。
回避を許さない速度。
予測を超える角度。
戦闘機が、次々と貫かれる。
一機。
また一機。
編隊が、崩れていく。
「回避! 回避――!」
通信が乱れる。
旋回に入った機体が。
上昇した機体が。
急降下した機体が。
すべて、同じように撃ち抜かれる。
まるで、動きを読まれているかのように。
「航空隊――被害拡大!」
「維持不能、編隊崩壊――!」
報告が、途切れ途切れに続く。
空は、黒煙で満たされていく。
最後の一機が必死に旋回しなおも生存の軌道を探っていたが、その挙動すら許されないかのように、ヴィマーナから放たれた一条の光が静かに走る。
次の瞬間には機体の中央を正確に貫いていた。
遅れて爆炎が広がり、破片となった機体は尾を引くように崩れ落ちた。
ついに空から動くものは何もなくなる。
その光景を見届けた瞬間、アーチャーはわずかに目を見開いた。
これまで一切崩さなかった余裕が、ほんの僅かだが剥がれ落ちる。
戦術としては成立していた。
包囲も、連携も、動きも、すべてが最適解に近かった。
それでもなお、結果は一方的な殲滅に終わる。
「……英雄王とは、ここまでの存在か」
その直後だった。
ヴィマーナの背後、何もなかった空間が歪む。
次の瞬間、黄金が開いた。
幾つもの楕円状の光が、空中に連なって出現する。
それらはそれぞれが独立した“門”であり、同時に、何かを吐き出すための口である。
「……伏せろ!」
言葉にした瞬間、光が閃いた。
音より速い。
思考より速い。
ゲートの奥から、無数の刀剣が射出される。
槍、剣、斧、形状も大きさも異なるそれらが、ただ一つの意志のもとに解き放たれ、一直線に基地へと降り注ぐ。
次の瞬間、世界が砕けた。
衝撃が連続する。
数えられないほどの貫通と爆裂が同時に発生し、滑走路が裂け、格納庫が吹き飛び、管制塔が中程から断ち切られる。
建造物という概念そのものが否定されるかのように、あらゆる構造物が“通り抜けられ”、その結果として崩壊していく。
壁が消え、床が抉れ、鉄骨が露出し、それすらも次の刃に貫かれて砕け散る。
基地という空間は、数秒と持たずに機能を失い、ただの瓦礫の集合へと変わっていった。
誠は、何が起きたのか理解する前に、強引に引き倒されていた。
アーチャーの腕だった。
肩を掴まれ、そのまま地面へと叩き伏せられる。
直後、上方を何かが通過した。空気が裂ける音と共に、重い衝撃がすぐ傍で炸裂する。
熱と圧力が叩きつけられる。
だが――届かない。
誠の身体には。
代わりに、それを受け止めたのはアーチャーだった。
彼は誠の上に覆い被さるように位置取り、飛来する破片と衝撃の直撃を、自らの身体で遮断している。
何本もの刃がすぐ近くを掠め、いくつかは確実に彼の身体を貫いた。
やがて、衝撃が止む。
音が消える。
遅れて、砂と瓦礫が降り始める。
誠は息を詰めたまま、ゆっくりと目を開いた。
「……嘘だろ」
呟きが漏れる。
生きているのは、自分だけではない。
だが、“基地”は死んでいた。
その事実を、理解せざるを得なかった。
そして。
目の前にいる存在に、視線が向く。
アーチャーは、まだ覆い被さったままだった。
だが、その姿は先ほどまでとは明確に違う。
シャツが、濡れている。
胸元から、脇腹にかけて、ゆっくりと血が滲み広がっている。
「……おい、アーチャー!」
崩壊した基地の残骸の上に、影が差す。
空を覆っていた黒煙が、わずかに裂ける。
その中心から、黄金の舟がゆっくりと高度を下げていく。
風が、止まる。
瓦礫が軋む。
そして。
――コツン。
乾いた音が、一度だけ響いた。
ギルガメッシュが、瓦礫の上へと降り立つ。
その動作には一切の無駄がなく、あまりにも自然で、まるでこの惨状すら彼の足場として用意されていたかのようだった。
赤い瞳が、ゆっくりと前を向く。
その先にいるのは――アーチャー。
血に濡れたシャツ。
崩れかけた呼吸。
それでもなお、膝をつかず、視線を逸らさない男。
その姿を、王はしばし無言で見つめる。
やがて。
わずかに、口元が歪んだ。
「……やはり」
低く、静かな声。
「貴様は、この聖杯戦争において邪魔な存在だ」
ギルガメッシュの背後に、黄金のゲートがひとつ、静かに展開される。
その奥から、ゆっくりと現れるものがある。
剣。
だが、ただの剣ではない。
刃は均整を極め、過不足なく研ぎ澄まされている。
装飾は華美でありながら無駄がなく、鍔から柄に至るまで、すべてが完成された意匠として存在している。
それは武器であると同時に、芸術であり、権威であり、歴史そのものだった。
ギルガメッシュはそれを、自然な動作で引き抜く。
金属音は鳴らない。
ただ、空気がわずかに震える。
そのまま、剣を構える。
片手で。
軽く。
だが、その先端は、確実にアーチャーへと向けられていた。
「秩序を掲げ、統制を求める」
一歩、踏み出す。
瓦礫が砕ける。
「貴様の在り方は、この儀式の進行を遅らせる」
さらに一歩。
距離が縮まる。
「余計な理性だ。余計な倫理だ」
だが。
その声音に、侮蔑はない。
むしろ――
わずかな、肯定。
「だが」
剣先が、わずかに持ち上がる。
「その高潔さは認めよう」
赤い瞳が、まっすぐに射抜く。
「誇り高き精神だ」
静寂。
風すら止まる。
そして。
ギルガメッシュは、僅かに笑った。
「ゆえに――」
剣が、真っ直ぐに突きつけられる。
「我自ら、屠ってくれよう」
ギルガメッシュは剣を構えたまま、わずかに首を傾けた。
その視線は、まるで確かめるようにアーチャーの全身をなぞる。
血の流れ方。
呼吸の乱れ。
肉体の損耗。
そして――
「……好都合だ」
静かに告げる。
「貴様だけは、不死ではないようだからな」
その言葉は、あまりにもあっさりと放たれた。
だが。
誠の意識を、一瞬で引き裂くには十分だった。
「……は?」
思わず、声が漏れる。
理解が追いつかない。
今までの戦い。
この聖杯戦争に関わる者は――
サーヴァントも、マスターも。
“死なないもの”なのだと。
だが。
違う。
ギルガメッシュの言葉は、それを否定していた。
誠の視線が、隣へ向く。
血を流しながら立つ男。
その当人は――
笑っていた。
「そりゃあそうさ」
軽く肩をすくめる。
その仕草は、どこまでも自然だった。
「私には、不死の背景なんて存在しないからね」
血が滴る。
それでも。
声は、揺らがない。
「ただの、マッチョなアメリカ人さ」
むしろ、どこか愉快そうですらあった。
自らの“有限”を、当然のものとして受け入れている。
誠は言葉を失う。
理解が、ようやく追いつく。
この男は――
最初から。
死ぬ前提で、ここに立っている。
その事実に。
遅れて、戦慄が走った。
一方で。
ギルガメッシュは、ゆっくりと剣を持ち上げる。
「ひとつ、いいかね英雄王」
低い声だった。
だが、不思議と空気が止まる。
ギルガメッシュの動きが、わずかに止まる。
そのまま、視線だけを向ける。
アーチャーは、血に濡れたまま笑っていた。
「神秘を帯びない攻撃は無意味――だったか」
「ならば」
一拍。
問いかける。
「神秘とは――いったい、何なんだろうな」
アーチャーは、突きつけられた剣先を真正面から見据えたまま、静かに息を吐いた。
血は流れている。
傷は深い。
だが、その思考は微塵も鈍っていない。
「魔術、あるいはそれに類するものは……」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「すべて“根源”から枝分かれしたものだそうだね」
ギルガメッシュの瞳が、わずかに細められる。
続きを促すように。
「ゆえに神秘を帯びる。起源に連なるものほど、その純度は高い」
「では、なぜ神話は神秘を帯びるのか」
一拍。
「あるいは――近代の都市伝説ですら、力を持つことがあるのはなぜか」
誠の視線が、アーチャーへと引き寄せられる。
それは、戦いの最中に語られるにはあまりにも静かな問いだった。
だが。
だからこそ、異様に重い。
アーチャーは、わずかに笑った。
「答えは単純だ」
視線は逸らさない。
王を、射抜いたまま。
「そこには“信仰”があるからだ」
その瞬間。
空気が、わずかに変わる。
見えない何かが、軋む。
「人は信じる。語る。伝える。恐れる」
言葉は、ゆっくりと、だが確実に積み重ねられていく。
「その積み重ねが、やがて“現実に干渉する何か”へと変質する」
それは理論ではない。
観測でもない。
経験としての断言だった。
アーチャーは、さらに続ける。
「この世界にはかつて――」
一瞬、視線が揺れる。
遠いものを見るように。
「二度のみ使用された、大量破壊兵器が存在する」
誠の脳裏に、ぼんやりとした像が浮かぶ。
だが、言葉にはならない。
アーチャーは構わず続ける。
「人々はそれを恐れた」
低く。
静かに。
「そして同時に――求めた」
その言葉には、皮肉が滲んでいた。
「抑止力として、各国が抱え込む」
「使われぬことこそが価値となり、存在そのものが均衡を保つ」
剣先が、わずかに触れそうな距離。
それでも、アーチャーは止まらない。
「以降、それは使用されることはなかった」
だが。
その存在は、消えなかった。
むしろ――
「では問おう、英雄王」
静かに、問いを返す。
「それは、ただの兵器の枠に収まるのだろうか?」
風が止まる。
瓦礫が、わずかに音を立てる。
誠は、息を呑む。
理解が、追いつき始めていた。
それはただの武器ではない。
恐怖。
抑止。
信仰。
人類全体が共有する“概念”。
アーチャーは、わずかに口元を歪めた。
「人類すべてが恐れ、同時に依存したもの」
「それはもはや――神話と何が違う?」
アーチャーの言葉が途切れた、その直後だった。
空気が、わずかに歪む。
何かが“あるはずのない場所”に、現れる。
誠は最初、それを認識できなかった。
だが。
次の瞬間、理解する。
視界の奥。
アーチャーの背後。
そこに――
“影”がある。
巨大な。
あまりにも巨大な。
そして。
それは、ゆっくりと形を持つ。
金属。
鈍く光る外殻。
均整の取れた円筒。
先端へ向かって収束する、殺意の塊。
核弾頭。
それが、何の前触れもなく出現していた。
地面に置かれているのではない。
設置されているのでもない。
ただそこに“在る”。
空間に固定された、概念のように。
誠の呼吸が止まる。
理解したくない。
だが、理解してしまう。
これは。
ただの兵器ではない。
先ほど語られたもの。
恐怖。
抑止。
信仰。
それらすべてを背負った“破滅の象徴”。
ギルガメッシュが、わずかに視線を上げた。
その赤い瞳が、弾頭を捉える。
数秒。
沈黙。
やがて、王は口元を歪めた。
「……なるほど」
低く、愉快そうに。
「それが貴様の答えか」
視線が、再びアーチャーへ戻る。
「では問おう」
剣は構えたまま。
その声に、わずかな興味が混じる。
「これを炸裂させたとして」
一歩、踏み出す。
瓦礫が砕ける。
「貴様も、ただでは済むまい」
事実の指摘だった。
脅しではない。
冷静な計算。
「我は耐え抜く公算がある」
わずかに顎を上げる。
王としての確信。
「だが――貴様や、他の者らに、それが耐えきれるのか?」
挑発。
しかし同時に、問いでもあった。
その瞬間。
アーチャーは――笑った。
先ほどまでのものではない。
より深く。
より獰猛に。
牙を剥くように。
「はは……」
低く。
押し殺した笑い。
「いい質問だ」
顔を上げる。
その瞳に宿るのは、狂気ではない。
決意だ。
そして。
迷いのなさ。
次の瞬間。
アーチャーの腕が、わずかに動いた。
誠の視界が、歪む。
「――っ?」
何かに引き剥がされる感覚。
足場が消える。
重力が狂う。
空間が、裏返る。
そして。
――叩き出された。
誠の身体が、何か硬いものに打ち付けられる。
空気が肺から吐き出される。
「がっ……!」
視界が揺れる。
だが。
すぐに、起き上がる。
反射的に。
戦場にいた者として。
周囲を見渡す。
そこは――
荒野ではない。
瓦礫でもない。
乾いた砂でもない。
コンクリート。
人工的な空間。
照明。
壁。
――避難所。
「……ここは」
呟いた瞬間。
視界の端で、何かが動いた。
転がる影。
二つ。
誠は振り向く。
そこにいたのは――
「紫村……!」
そして。
「……621」
同じように、投げ出された二人。
秀則はまだ体勢を整えきれていない。
621は、無言のまま周囲を確認している。
だが。
それだけだ。
誠は、息を呑む。
足りない。
決定的に。
「……アーチャーは?」
返答はない。
視線を巡らせる。
どこにもいない。
そして――
「……あいつも、いない」
静寂が落ちる。
あの圧倒的な存在も。
あの狂気の決断も。
すべてが、消えている。
残されたのはここにいる三人だけ。
誠の喉が、ゆっくりと鳴る。
理解が追いつく。
あの瞬間。
アーチャーは――
自分たちだけを。
戦場の外へと、排除したのだ。
自分と、王だけをあの場所に残して。