「──ッ!」
誠は、喉を引き裂くような呼吸と共に跳ね起きた。
身体が勝手に動く。視線が弾けるように走る。右、左、背後、天井──来る。来るはずだ。もう、何度もそうだった。
十回以上。
数えるのもやめた。
踏み出した瞬間に横から噛まれ、振り向いた瞬間に背後から喰われ、炎で一体を焼いた直後に別の個体に喉を裂かれる。死に方だけが増えていく。
だから──
起きた瞬間に確認する。
来る前に。
来る“はず”の場所を。
だが。
「……は?」
誠の動きが、そこで止まった。
暗くない。
石でもない。
湿った地下の匂いではない。
視界は、白く濁っていた。
霧。
濃い。
輪郭を曖昧にするほどの白が、庭全体を覆っている。
その向こうに、ぼんやりと浮かぶ影。
木。
石灯籠。
低く整えられた植え込み。
そして──
「……ここ……」
誠は、ゆっくりと立ち上がる。
足元は石畳だった。
冷たいが、地下のそれとは違う。整えられた庭の感触。規則正しく並べられた石の継ぎ目が、霧の下でもはっきりと分かる。
見覚えがある。
いや、“見たことがある”。
だが、それは現実ではない。
断片的な、曖昧な──
「……俺の、家」
焼け落ちた灰原誠の屋敷。
夢の中でのみ再び見ることが出来た、在りし日の姿。
それが、そのまま切り出されている。
誠は、ゆっくりと息を吐いた。
緊張が、わずかに緩む。
少なくとも──
今は。
あの獣の気配がない。
あの、理不尽な殺しの連鎖が。
首を裂かれる直前の、あの圧が。
ない。
「……はぁ」
肩から、力が抜ける。
ほんの一瞬だけ。
安堵が、差し込む。
だが──
その瞬間だった。
視界の端に、何かが引っかかった。
違和感。
霧の中で、そこだけが妙に“はっきりしている”。
誠の視線が、ゆっくりとそちらへ向く。
屋敷の縁側。
影のようにぼやけていたはずのその場所に──
“それ”は、あった。
「……は?」
思わず、声が漏れる。
誰かが、座っている。
縁側に。
足を揃え、静かに腰掛ける姿。
動かない。
ただ、そこにある。
誠は、目を凝らす。
霧が、わずかに流れる。
輪郭が、少しずつ浮かび上がる。
黒。
そして、赤。
着物だった。
西洋の装いではない。
見慣れた、しかしどこか異質な配色の和装。
黒を基調に、深い赤が差し込まれた意匠。
装飾は控えめなのに、妙に目を引く。
そして──
顔。
その瞬間、誠の呼吸が止まった。
「……マリア?」
違う。
分かっている。
その“人形”は、誠を見ていない。
霧の向こう。
庭の外側。
もっと遠く。
何か別のものを、じっと見つめている。
瞬きもしない。
呼吸も感じられない。
生気がない。
だが、完全な無機物でもない。
“存在している”気配だけが、異様に濃い。
誠は、無意識に一歩踏み出していた。
石畳が、わずかに鳴る。
その音に反応するように──
霧が、わずかに揺れた。
だが。
人形は、動かない。
ただ、同じ姿勢のまま。
同じ方向を見続けている。
「お久しぶりでございます。灰の狩人様」
それまで微動だにしなかったその身体が、ゆっくりと動く。
視線が、霧の向こうから外れる。
こちらへ向く。
そして。
静かに、縁側に腰掛けたまま。
背筋を正し。
両手を揃え。
丁寧に──頭を下げた。
礼。
それは、人形の動きではなかった。
あまりにも滑らかで、無駄がなく、洗練された所作。
長く染みついた“型”のようなものを感じさせる動きだった。
「久しぶり……」
ゆっくりと、頭が上がる。
人形の顔が、正面から誠を捉える。
感情は、薄い。
だが、無ではない。
確かに“誰か”の気配が、そこにある。
誠は、少しだけ眉を寄せた。
「……久しぶり、って」
乾いた声が漏れる。
「会えないと思ってたんだけどな」
一拍。
視線を外さないまま、続ける。
「お前……いや、こういうのも含めてか」
軽く肩を竦める。
「マリア絡みの何かとか、この夢とか──そういうの全部」
霧の庭を、ちらりと見やる。
「もう、来たり会ったりは出来ないもんだと思ってた」
正直な言葉だった。
あの地下での出来事。
霊的な接続の断絶。
完全な“消失”。
あれを経てなお、こうして再び繋がるとは思っていなかった。
人形は、少しだけ首を傾げる。
ほんの僅か。
だが、その仕草には確かな“意志”があった。
「縁、というものは」
静かに、言葉が落ちる。
「一度繋がれば、そう簡単には切れません」
声は穏やかだった。
だが、曖昧ではない。
断言。
誠の視線が、わずかに揺れる。
「……簡単に言うなよ」
小さく、吐き出す。
「こっちは、思いっきり切れた感覚なんだが」
喉元に、無意識に手が伸びる。
あの“空白”。
マリアが消えた瞬間の、あの確かな断絶。
それは錯覚ではなかった。
だが。
人形は、静かに首を横へ振る。
「表層の接続が断たれただけです」
一拍。
「より深い部分における繋がりまでは、消えておりません」
誠は、言葉を失う。
理解は、まだ追いつかない。
だが。
否定も出来ない。
現にこうして、目の前に“それ”がいる。
夢の中とはいえ。
接触している。
会話が成立している。
「……じゃあ」
誠は、ゆっくりと問いを投げる。
「これは何だ」
霧の庭を示す。
「過去か? 夢か? それとも──」
言葉を切る。
適切な言葉が見つからない。
人形は、その問いに対してすぐには答えなかった。
代わりに。
再び、視線をわずかに横へ流す。
縁側の外。
霧の向こう。
先ほどまで見つめていた方向へ。
人形は、しばし霧の向こうを見つめたまま、わずかに瞼を伏せた。
それから。
静かに、言葉を紡ぐ。
「ここは──狩人の夢にございます」
一拍。
その声音は、先ほどと変わらず穏やかで、しかしどこか確信に満ちていた。
「狩人様が狩りを為されるための拠点。ならびに──そのお手伝いをさせていただくために、ご用意された場にございます」
誠の眉が、ぴくりと動く。
すぐに、顔をしかめる。
「俺、そんな大層なもんになった覚えはないけど」
獣。
死んで、戻って、また死んで。
その繰り返し。
だが、それでも。
「マリアみたいに、最初からそういう役割背負ってたわけじゃない」
低く、言い切る。
「勝手に決めるな」
わずかな苛立ちが滲む声だった。
だが。
人形は、その言葉に対して、特に反論するでもなく。
ただ、静かに誠を見ている。
否定も、肯定もせず。
そのまま。
「……」
ほんの一拍の沈黙。
そして。
「灰の狩人様」
呼びかける。
あくまで、同じ呼び名で。
誠の眉間に、皺が寄る。
だが、人形は気に留めない。
「夢の外にて──」
言葉が、ゆっくりと落ちる。
「殺到する獣に、苦心されているご様子」
その瞬間。
誠の動きが、止まった。
「……は?」
今度は、先ほどとは違う。
警戒の混じった声。
「何で、それを──」
問いかけかけて、止まる。
人形は、わずかに視線を下げた。
まるで当然のことを述べるかのように。
「狩りの様子は、夢にも反映されますゆえ」
静かに。
淡々と。
「踏み出した瞬間に横より襲われ、振り向いた刹那に背後より喰われ、炎で一体を焼いた直後に──別の個体に喉を裂かれる」
一つずつ。
なぞるように。
「死に方だけが、増えていく」
誠の喉が、わずかに鳴る。
言葉が、出ない。
全部、当たっている。
いや。
“見ていた”かのように、正確すぎる。
「……お前、どこまで」
人形は、ゆっくりと首を傾げた。
「すべて、ではございません」
一拍。
「ですが──狩人様が、同じ場で幾度も命を落とし、なお立ち上がっておられることは、理解しております」
誠の指が、わずかに握られる。
あの繰り返し。
あの理不尽な死。
それを、“理解している”と、あっさり言われる。
「……っ」
言葉が出ない。
苛立ちとも、安堵ともつかない感情が、胸の奥で混ざる。
人形は、そのまま続ける。
「ゆえに、この夢は開かれました」
視線が、まっすぐに誠を捉える。
「一先ず、ここの世界観に沿った建築物と庭園を灰の狩人様の記憶からご用意いたしました。私の装いも同じように、お気に召さなければ、変更いたしましょう」
「……いや、それは、どうでもいいんだけど」
誠は思わず頭を押さえた。
確かに、気になる点ではあった。以前は西洋人形のような姿だった者が着物姿で縁側に座っているのだから、違和感がないと言えば嘘になる。
だが、今問題にするべきなのはそこではない。
「服装とか庭とか、そういう話じゃなくてさ」
誠は息を吐き、霧に覆われた中庭を見渡してから、人形へと視線を戻した。
「狩りの手伝いって言うけど、具体的に何をしてくれるんだよ。こっちは夢の外で何回も首を食い千切られてるんだ。一息つけるのは助かるけど……」
言い方は少し荒かった。
だが、誠自身にも余裕はない。死ぬことに慣れたくなどないのに、死に方だけが積み重なっていく。恐怖が鈍る代わりに、痛みと記憶だけが増えていく。そんな状況で、穏やかに礼を言えるほど出来た人間ではなかった。
人形は、怒りも傷つきも見せない。
ただ、誠の言葉を受け止めるように一度だけ小さく頷いた。
「ごもっともにございます」
そう言うと、人形は静かに視線を横へ向けた。
誠も、その視線を追う。
縁側。
人形が腰掛けているその少し先。
霧に隠れていたそこに、いつの間にか“物”が並んでいた。
「……なんだ、これ」
誠の声が低くなる。
武器だった。
一本や二本ではない。縁側の板の上に、あるいはその手前の石畳に、無造作でありながら妙に整然と、大量の武器が並べられている。
刃物。
銃器。
斧のようなもの。
槌のようなもの。
鎖のついた異様な器具。
そのどれもが、血と油に濡れていた。
古びているのではない。
使い込まれている。
獣を裂き、骨を砕き、肉を断ち、火薬と血にまみれながらも、なお役目を果たし続けてきた道具たち。見ただけで、まともな武器ではないと分かる。人間同士の戦いよりも、もっと獰猛で、もっと近く、もっと汚い殺し合いのために作られたものだった。
その中に、見覚えのあるものがあった。
鋸鉈。
折り畳まれた刃。
血を吸ったように鈍い金属の色。
マリアが扱っていたそれと、よく似ている。
誠は、思わずそこへ近づいた。
「……これ」
手を伸ばす。
柄を掴む。
持ち上げようとして──
「っ、重……!」
腕に嫌な負荷がかかった。
持ち上がらないわけではない。だが、想像していたより遥かに重い。単純な質量だけではなく、重心が独特で、刃の側へ引っ張られるような感覚がある。誠は歯を食いしばり、両手でどうにか持ち上げた。
その瞬間、分かった。
これは、ただ振ればいい武器ではない。
柄の付け根には複雑な可変機構があり、力の入れ方ひとつで刃の形状が変わるようになっている。折り畳まれた状態と、展開された状態。その切り替えが攻撃の一部になっているのだろう。
だが、今の誠には、その機構を理解する余裕すらない。
持つだけで精一杯だった。
「……マリア、よくこんなの振ってたな」
思わず、呟く。
片手で扱うなど論外だ。両手で持って、ようやく構えられる程度。筋力を強化していない生身では、獣を相手にまともに振り回す前に、自分の体勢の方が崩れる。
誠は試しに軽く振ろうとしたが、刃の重みに身体が持っていかれ、慌てて足を踏ん張った。
「危なっ……!」
石畳に刃先が擦れ、鈍い音が鳴る。
人形は、その様子を静かに見ていた。
「狩人の武器は、扱いに癖がございます」
「癖どころじゃないだろ」
誠は顔をしかめたまま、鋸鉈をどうにか縁側へ戻す。
「重いし、変形するし、訓練なしで使ったら俺の腕か足が飛ぶぞ」
「その通りにございます」
「あっさり認めるなよ」
誠は息を吐き、他の武器にも視線を向けた。
どれも同じだ。
見るからに殺傷力は高い。だが、同時に扱いが難しすぎる。斧のようなものは重量がありすぎるし、細身の刃物は可変構造が読めない。銃器らしいものもあるが、火薬の扱いも装填も分からない。夢の中だからといって、直感的に使えるようになるわけではなさそうだった。
「……で、これを使えって?」
誠は人形を見る。
「いいえ、それが現実的ではない事は十分承知しております」
人形は、穏やかなまま言葉を継いだ。
誠の手元から鋸鉈へ、そして並べられた武器全体へと、静かに視線を流す。
「これらは“選択肢”の一つに過ぎません。狩人様ご自身の身体能力と経験のみで対処なさるには、些か負担が大きいかと」
「……分かってるよ」
誠は短く吐き捨てる。
実感は、嫌というほどあった。
十回以上。
死に続けた結果として。
炎だけでは足りない。反応だけでは追いつかない。武器はあるが、扱えない。ならば──別の手段が必要になる。
「だったら、どうする」
低く問う。
人形は、ほんのわずかに間を置いた。
そして。
「英霊の召喚を、ご提案いたします」
静かに言った。
「……え? いや、俺にはもうサーヴァントがいる……いた、から」
人形は、否定も訂正もせず、ただ淡々と続ける。
「狩人様がこれまでなさっていたことは、厳密には“正規の英霊召喚”ではございません」
一拍。
「言うなれば──野良の英霊と契約を交わしたようなものにございます」
誠の目が、わずかに細くなる。
「……マリアのこと、言ってんのか」
「はい」
迷いのない肯定だった。
「あれは体系化された召喚ではなく、非常に不安定な繋がりでございます」
「不安定、ね……」
誠は針で傷ついた指先を無意識に弄る。
あの“断絶”。
あれを思い出せば、否定はできない。
「ではなく」
人形は、わずかに言葉を強めた。
「正式に、この聖杯戦争における“貴方様のサーヴァント”を召喚なさるべきかと」
誠は、しばらく黙った。
意味を咀嚼する。
「……そんなに、何回も出来るもんなのか」
人形は否定しない。
そして、静かに手を差し出した。
武器の列へ。
「これらは、そのための触媒としてお使いくださいませ」
誠の視線が動く。
血に濡れた刃。
油に光る機構。
マリアが振るっていた鋸鉈。
そして、見知らぬ無数の異形の武器。
「触媒って……これで呼べるのか?」
「はい」
一拍。
「これらは既に狩人様によって“狩り”に用いられたもの。すなわち、獣と血と死の記録を帯びております」
人形の声は、静かに落ちる。
「それは、英霊にとって極めて強い“縁”となります」
誠は、ゆっくりと一つの武器へ手を伸ばす。
先ほど持った鋸鉈。
まだ血の感触が残っている。
「……じゃあ」
誠は、鋸鉈を見下ろしたまま言う。
その重さも、鈍く残る血の感触も、今の自分では扱いきれないという現実も、全部理解した上で。
「やり方、さっさと教えてくれ」
顔を上げる。
迷いは、もうなかった。
「どうせやるなら、早い方がいい」
人形は、静かに頷いた。
「かしこまりました」
一拍。
だが──そのまま、続ける。
「方法は、もちろんお伝えいたしますが」
誠の眉が、わずかに動く。
「この“狩人の夢”の中では、召喚は行えません」
「……は?」
間の抜けた声が出る。
人形は、変わらぬ調子で言葉を重ねる。
「所詮、ここは現実ではない夢にございますゆえ。英霊の座と正しく接続することは出来かねます」
一拍。
「ですが──多少の融通は効きます」
そう言って、人形はゆっくりと立ち上がった。
足音は、ほとんどしない。
縁側に並べられた武器へと歩み寄り、その中から一つを選び取る。
鋸鉈。
血と油に濡れた、あの武器。
それを、何の苦もなく持ち上げると──
誠の方へと差し出した。
「これらの触媒は、持ち出すことが可能にございます」
誠は、思わずそれを受け取る。
ずしり、と重みが手にかかる。
夢の中であるはずなのに、質量は現実と変わらない。
「……持ち出すって」
嫌な予感が、じわりと浮かぶ。
誠は、ゆっくりと顔を上げた。
人形は、にこやかに微笑んでいる。
何も問題がないかのように。
「……おい」
誠の声が、わずかに引きつる。
「これ、もしかして」
一拍。
理解が、追いつく。
そして──
「え、じゃあまたあそこに戻って、その召喚しないといけないって事か!?」
思わず声が大きくなる。
地下牢。
暗闇。
獣。
何度も、何度も、何度も。
首を食い千切られた場所。
あそこに。
また。
戻る。
しかも今度は、“何かをやるために”。
誠の顔に、露骨な狼狽が浮かぶ。
だが。
人形は──
ただ、変わらず穏やかに。
柔らかく微笑んだまま。
「はい」
とだけ、答えた。
あまりにもあっさりと。
誠は、しばらく言葉を失った。
手の中の鋸鉈が、やけに重く感じる。
それは武器の重さではない。
戻らなければならない場所の重さだった。
地下。
暗闇。
死の反復。
そこへ、今度は“自分の意志で”踏み込む。
「……マジかよ」
低く、呟く。
そのまま、誠は動かなかった。
手の中の鋸鉈の重みが、じわじわと腕に食い込んでくる。夢の中だというのに、その質量は現実と変わらない。むしろ、今はそれ以上に重く感じられた。
戻る。
あの場所に。
何度も死んだ場所へ。
今度は──目的を持って。
「……はぁ」
短く息を吐く。
逃げる理由はいくらでも浮かぶ。やらない言い訳も、いくらでも作れる。
だが。
それを選べば、結局は同じ場所に戻るだけだ。
何も出来ないまま、同じ死に方を繰り返すだけになる。
誠は、ゆっくりと視線を落とした。
鋸鉈を持つ手とは逆の手。
無意識に、胸元へ伸びる。
指先が触れたのは──
硬い、金属の感触だった。
「……あ」
それを掴む。
引き出す。
小さな、勲章。
鈍く光るそれを、掌の中で握り込む。
熱はない。
ただの金属のはずだ。
だが、妙に重い。
鋸鉈とは違う重さ。
もっと、別の意味で。
誠の脳裏に、声がよみがえる。
あの男の、やたらと図太くて、妙に軽い調子の声。
どれだけ追い詰められても、どこか余裕を崩さなかった態度。
無茶を、当然のようにやる。
そして、やり切る。
「……大統領、か」
小さく呟く。
あの場で見せた姿。
あの状況でなお、折れなかった在り方。
思い出すと、少しだけ腹が立つ。
同時に──
妙に、納得もする。
「……ああ、クソ」
誠は、ぐっと勲章を握り込んだ。
指が白くなる。
震えは、完全には止まらない。
怖くないわけがない。
痛くないわけがない。
何度も死んだ。
これからも死ぬかもしれない。
だが。
それでも。
誠は、ゆっくりと口角を上げた。
ぎこちない。
明らかに無理をしている笑い方。
それでも、無理やり引き上げる。
「……やってやるぜ」
吐き出す。
強がりだった。
自分でも分かるくらいに。
だが、それでいい。
完全に納得してから動けるような状況じゃない。
だから──無理やりでも、前に出る。
誠は、勲章を握ったまま、鋸鉈を持ち直した。