ある悪人の前半生   作:土鳩

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都丹爺さんの古家(前編)

大雪山を越えた時は5人だった一行は釧路の海岸で9人にまで増えたが、内部に裏切り者がいる可能性を秘めたままだ。しかし皆、網走に向かう目的は変わらず、釧路の町から北に移動している。

いずれはこの9人に土方一派も加わるだろうが、人が増えれば増える程に様々な思惑が絡んで来るだろう。

 

今アン達一行は釧路の町を離れて、塘路湖畔のアシリパのフチの姉の息子のコタンに向かっている最中だ。道中日が暮れてきた為、森の中で野宿となった。

 

「尾形、私は中央とやらは信じて無いけどアンタにはちゃんと着いて行くから。」

 

また一人でフラッと森の中を彷徨いている尾形を引き留めてアンは話しかけた。態々面倒臭い上等兵殿を探して声をかけたのは、ここ数日の彼の余所余所しい態度が気になっているからだ。

冷たいのは前からだが、そういうのとは明らかに違う態度だった。

 

ーーラッコ鍋の日・・・いや、アシリパと古い知り合いかどうか聞かれた日から少しずつ・・だ。

 

やはり尾形は自分が情に流されて彼を見限ると考えているに違いない、アンはそう考えたのだが・・・。

 

「何だよ藪から棒に当たり前の事を。着いて来ねぇなら頭を弾き飛ばす、と前に言ったのを気にしているのか?」

 

尾形は振り返りもせずに歩きながら少女に答えた。

 

「尾形!待ってくれ、ちゃんと話をしよう!!」

 

アンは慌てて男の外套を強く引っ張って呼び止め、突然服を引っ張られた尾形は苛立ちながらも歩みを止める。

 

「アンタ、私に隠している事があるだろう?悪いけど、それが分からないほど私は馬鹿じゃ無いから正直に教えてくれ!」

 

「ハァ、お前が馬鹿じゃないのは分かっているが間抜けではあるだろう?考え過ぎだ。」

 

尾形は木にもたれ掛かりながら、怠そうに少女の質問に答えている。

 

「・・・そうかな。」

 

「お前こそ海でラッコ食った日から何かおかしいぜ?ははぁ、婚約者の俺やリュウ以外に好きな男でも出来たのか、とんでもねぇ阿婆擦れだなァ?」

 

「ちっ違う、ど阿呆!」

 

髪を後ろに撫で付けながら嫌味ったらしく笑う所はいつも通りの邪悪な上等兵殿だ。しかし少女にとって、ラッコ鍋の時にあった事は今だに頭の中にこびりついて離れない。異性に対する経験が全く無い彼女には、自分が何をされたワケでも無いのに、あの場で倒れて不参加だった尾形以外の男性陣とは一対一で目を合わせる事も出来ない。

 

ーー寧ろ、何で何事も無かったかの様に振る舞っているんだよ!男同士で入り乱れてウコチャヌプコロしてた癖に!!

 

「・・・お前、先に一人で網走に行っておくか?俺は構わないぜ?」

 

あの日の事を思い出して真っ赤な顔をしている赤毛の少女に、大人な上等兵殿は呆れながら提案したので彼女はその提案を受け入れる事にした。

 

アンは皆の所に戻り、一人で網走に向かう旨をつたえた。アシリパやインカラマッは何があったのか心配しているが、杉元や谷垣は訝しげな顔をしている。

 

ーーそりゃそうだ、私は尾形の婚約者だと思われているんだからな。

 

アンは言いたい事は山程あったが、“あのバッタの嵐の中、隣の部屋で何があったのか私は忘れられない”と手短に男共に伝えると、彼ら4人は酷く取り乱した。

 

「いや、あのッ・・・」

 

「違うよ、アンちゃん。誤解だよ!?」

 

「間違いだよ、君の考えている事は何も無かったぞ!?」

 

「違わない、私は何も間違えない。」

 

アンは彼らの発言を頑なに否定した。更に目線を動かして黙っている谷垣を見ると彼は顔を真っ赤にして俯いている。

 

「・・・いや、生理現象は分かってるけどちょっと今は受け入れられない、男同士だしさ。皆はやっぱり私より大人なんだよね・・・。頭冷やして網走で待ってるよ。」

 

杉元達は赤毛の少女の早とちりに絶望しかけたが、聞く耳を持たぬ思春期の娘には何を言っても無駄と考え網走で合流する事だけ約束した。

 

 

早朝、穢れてしまったと思われる男達のいる集団からいち早く離脱したアンは網走に向かって歩き出した。道中を心配してくれたアシリパやインカラマッがそれぞれ路銀を恵んでくれようとしていたが、宿泊先の目星はあるしタダで使える川湯も知っている。それに彼女は一応山で一人暮らしをしていた人間だ。冬ならまだしも今は夏の終わりだから食べ物は何とかできる。

 

ーー18にもなって他人の好意に甘えるようじゃ駄目だよなァ。

 

数え年の概念では1つ歳を取るのは元旦だが、少女は満年齢で数える様に意識している為か大人びた気分になっていた。

 

 

屈斜路湖近くの川湯に到着したのは2日後の夜だった。早めの夕食を取った少女はゆっくりと湯に浸かる。

釧路の町でみた新聞には稲妻夫婦の死だけでは無く、ここらで暴れ回る盲目の盗賊がいると言う情報があったが襲われたのは鉱山会社の人間ばかりらしい。貧乏人の自分には関係無いだろうが一応用心はして、鞭とパチンコは入浴中もすぐ側に置いた。歴史上の人物で入浴中に襲撃されて死んだ武将を思い出し、反面教師にしたのだ。

 

ーーここでお銀と出会ったんだっけな。

 

お銀と稲妻は小樽にて第七師団に殺されたと新聞で分かったが、聖徳太子の事は新聞には触れられていなかったのが気になる。赤子の将来や引き取り先に配慮して情報を伏せたのだろうか。

 

ーー遅かれ早かれ碌な死に方はしないとは思っていたけど、思ったより早かったなァ。

 

あんな人生で彼らは幸せだったのだろうか、もっと他に生き方は無かったのだろうか・・・、赤の他人の少女がボンヤリと考えても答えは出なかった。彼ら、特にお銀は普通に生涯を終える人間の半分も生きなかったのだ。そりゃ長生きが全て幸せとは言い難いのだが、年を取って漸く分かる幸せだって少なくないらしい。

 

のぼせる前に湯から上がり、アンは廃旅館に向かう。一昨日はボロい空き家、昨日は野宿だったので、廃旅館に残されている布団は有り難かったのだが・・・。

 

ーーそう言えば稲妻夫婦が使っていたよな・・・

 

布団は諦めた。

 

坂道を登っていると養父が残してくれた廃旅館に到着したのだが・・・しかし何やら様子がおかしい。

 

ーー封鎖されている!?いや、でも入口は大丈夫だ。

 

ランタンの灯りに照らされた旅館は最後に稲妻夫婦とここを出た時とは明らかに様子が違った。窓と言う窓全てに木の板が打ち付けられてたのだ。

 

嫌な予感がした。

この建物の正当な所有者が現れて、勝手に使用する人間達を締め出そうとしているに違いない、アンはそう考えた。

 

ーー私がここに置いて行った本達は!?

 

慌てて封鎖されてない入口の扉に手を掛けると意外にもアッサリと開き、閉められていると思い込んでいた少女は肩透かしを喰らった。

 

 

廃旅館の中は真っ暗でランタンを翳さないと何も見えなかった。

 

ーー入口が開くと言う事は・・・誰かがいる!?

 

恐る恐る中を照らすが、誰の姿も無い。最後にアンがここを出る時は所有者でも無い癖に針金で扉を施錠した筈だが、入口にグルグル巻きに取り付けた針金は無くなっている、と言うより取り付けた板壁と入り口の一部が破壊されている。

やはり正当な所有者が来てこの建物に入り、中を確認したのだろう。そして建物内には灯も人の気配も無い為、夜になる前に立ち去ったと思われる。

 

ーー他の本はともかく、あの洋書だけは回収しないと。話が暗いから途中までしか読めていないけど。

 

アンはランタンの灯を頼りに恐る恐る建物内に入る。建物内は真っ暗だが、以前にここを出た時と比べて大分片付いているようだ。上り框にブーツのまま上がり、板敷の廊下をなるべく音を立てないように歩く。

 

ーーこんな暗いのに誰かいるわけ無いか。

 

カンッ・・・

 

突然旅館の奥から謎の高音が聞こえた。

 

ーー!?

 

「誰だ?戻って来たら声を掛けろと言っただろ?」

 

正体不明の問い掛けが闇の奥から聞こえて来た。嗄れた男の声だ。

アンは冷や汗を流しながらも負けじと話しかける。

 

「そっちこそ誰だよ!こっ・・ここは私の家だぞ!?出て行ってくれ!!」

 

「・・・女・・それもかなり若い。何故こんな空き家に来た?」

 

「あっ・・空き家じゃない!長く留守にしてたけど私が父から継いだ家だ!」

 

「持ち主か・・・。参ったな、こりゃ。」

 

会話の流れから、声の男はこの旅館の正当な所有者では無いと分かった。となると彼は少女と同じく不法侵入者である。

 

ーーよし!追い出せる!!

 

声の感じから若い男では無い、恐らく60〜70位の爺様だ。連れが複数人いるようだが今は不在らしいので今のウチに穏便に片をつけたい、赤毛の少女は足早に声のする方向に向かった。

 

爺様のいると思しき部屋をランタンで照らすと、部屋の真ん中に胡座をかいてこちらに身体の右側を向けて座る老人が照らし出された。

白髪混じりの坊主頭の70くらいの爺様はゆっくりと顔を上げる。目の病気でも患っているのか、それとも盲目なのか、ランタンに照らされた彼の瞳は白く濁っていた。そして彼の顔の両側には謎の丸い皿の様な物が付けられていたが、赤毛の少女はそんな物より爺様の顔そのものに目を奪われた。

 

「じいちゃん・・・。」

 

不法侵入者の老人はアンの亡き養父に瓜二つだった。余りの懐かしさと恋しさに彼女は涙が込み上げてきそうになった。

 

 

「じ・・じいちゃん?」

 

「あぁ、えっと・・ごめんなさい。父に似てたから、あ、父って言っても血は繋がって無いんだけど。」

 

アンが鼻を啜りながら涙声で答えると、老人は警戒を解いたのか姿勢を崩し、腰の辺りに添えていた右手をゆっくりと離した。

 

「そうかい・・・」

 

老人は落ち着いている様に振る舞っているが、顔の表情から微かに動揺しているように見える。そして彼の顔や手の動きからこの爺様は盲目である事が伺えた。

 

ーー盲目の盗賊・・・いやまさか、こんな年寄りが?

 

新聞記事になっていた盗賊が頭に過ぎったのだが、年齢的に信じ難い。

 

「いや、でも本当にじいちゃんそっくりで驚きました。じいちゃんも坊主頭だったし・・・着てた服はボロの着物だったけど。」

 

アンは老人の警戒心を解く為に笑いながら声をかけると老人も少し安心したのか笑いながら話しかけてきたのだが、それが何とも反応し辛い発言だった。

 

「ハハ、嬢ちゃんの父さんてのは男前だったみてぇだな。俺は毎日鏡を見て、身なりに気を付けているからな。」

 

アンは悩んだ、笑う所なのか笑ってはいけない所なのか分からなかった。ある意味、尾形や玉井の冗談よりキツかった。

 

老人曰く、彼とその仲間達は最近までは別の廃旅館を使用していたのだが、仲間が増えるに従ってそこが手狭になりここに移動したとの事だった。

 

ーー仲間・・・か。やっぱり盗賊かな。

 

不思議と怖い気持ちは無い。

 

「お仲間さんは今何処に?」

 

「あぁ・・今は『仕事』に出てんだ。アイツらが戻って来る前に嬢ちゃんはここを出た方が良い。」

 

ーーやっぱり盗賊か?稲妻夫婦も強盗を『仕事』って言ってたし。

 

アンは少しだけ老人を警戒するも、彼からは悪意は感じられ無かったので恐怖心は無かった。

 

「うん、そうする。今日は他の空き家にでも泊まるよ。でもその前にここに置いて行った本を回収させて欲しいんだ。」

 

「あぁ、構わねぇよそれくらい。でもすまねぇな、嬢ちゃんの家なのにさ。」

 

「良いよ。」

 

申し訳無さそうに頭を掻く老人を見て、アンは胸が締め付けられた。こんなさり気無い仕草まで養父そっくりだったのだ。

 

「え・・と、ほら、俺より若いヤツも仲間にいるからな。アンタは恋人がいるんだろうし、ここに長居して疑われる様な事は避けた方が良い。」

 

「へ?」

 

「初めてここに来た時、男の褌が落ちていたぜ?親の遺産で逢引きするなんざ中々のお転婆じゃねぇか。」

 

ーーあぁ、慶さんの褌!!

 

アンは誤解を払拭する為、亡き養父によく似た盲目の盗賊に一生懸命に説明するが、彼はニヤニヤ笑いながら“呼吸音が荒くなっているぜ?”と茶化して聞いてくれなかった。彼の両耳に着けられた皿状の物は音を集めて耳に送る機能があるらしく、少女は感心したのだが誤解されたままなのは解せない。

 

「この旅館にあった本は全部2階に移した。俺らは2階は使って無いから好きに探しておいで。」

 

ニヤニヤ笑う老人に言われるがまま赤毛の少女は2階に上がり、客間を1つずつ探していると4部屋目で漸く目的の物が見つかった。

本の表紙には英語で『Uncle Tom's Cabin』と書かれており、かつて日本にいたアメリカ人の使用人が帰国の際にタダでくれた物だ。

本を風呂敷に仕舞い急いで1階に戻ろうとすると、旅館の入口から人が何人も入って来る音がしてアンはやむを得ず慌てて2階に戻る。

階下から聞こえて来る男達の話に耳をすますと、どうやらあの老人が集団のお頭らしい。

 

ーー外に出られない・・・。

 

旅館から出そびれたアンは老人の“2階は使っていない”発言を信じ、そのまま2階の客間で隠れて連中が寝静まってから出て行こうと考えたのだが、彼らはいつまで経っても寝る様子が無かった。

 

 

階下から声をかけられてアンは目が覚めた。回収した本を読みながら盗賊達が寝るのを待っていたのだが、結局そのまま眠ってしまったらしい。内側から窓に板が打ち付けられている旅館は真っ暗で、時間が全く分からなかった。

点けっ放しにしていたランタンは既に消えてしまっている。

 

「嬢ちゃん、もう大丈夫だから出といで!」

 

頭目の老人の声だった。

この状況で寝てしまった自分の神経の図太さに驚きつつ、養父に似ていると言うだけで頭目と思しきの爺様を信じ切っていた自らに呆れた。

恐る恐る闇の中を手探りで階段を下りる。1階はシンと静まり返っていて、どうやら老人以外は誰もいないと思われた。

 

ーー『仕事』に行ったのか?

 

少しずつ目が慣れて来て老頭目と話をした部屋に向かい廊下を歩き、そっと襖を開けた。

 

部屋の中、暗闇に立つ複数の男と思われる人間達の影があった。

 

ーー何も大丈夫じゃないだろ!騙された!!

 

慌てて踵を返すも何かに躓き派手に転ぶアン。部屋の入口近くにいた男に“落ち着け”と言われながら腕を掴まれる。

 

「この騒がしいのが都丹さんの姪っ子さんか?」

 

「へ?」

 

腕を掴んだ男が口にした言葉にアンは目を丸くした。

 

「そうだ、俺の弟の孫娘だ。俺を心配して探しに来たらしい。俺に似て可愛い顔してるだろ?」

 

「何言ってんスか!俺達は皆、目が見えないでしょうが!」

 

手下らしい男達は笑っている。老頭目の都丹も“そうだった”とか言いながら笑っている。都丹が嘘を吐いてくれたお陰でどうやら命の危機は無さそうだが・・・

アンは悩んだ、笑う所なのか笑ってはいけない所なのか分からなかった。ある意味、尾形や玉井の冗談よりキツかった。

 

都丹は“2人きりで話がしたい”と手下達に伝え、アンを連れて外に出た。旅館から出ると外は明るく、太陽の位置から朝の7時くらいと判断できた。少しだけ歩き旅館から離れる。

 

カンッ、カンッ・・・

 

都丹は舌を鳴らして音を出した。

 

ーー昨夜旅館に入った時に聞いた音だ!

 

様子からすると、都丹は鳴らした舌の反響音で自分と周囲の物の距離や形を正確に測っているらしく、その機能の余りの正確さにアンは思わず感動する。

 

「すまねぇな、本当はもっと早く外に出してやりたかったんだが・・・一晩あそこで過ごしてさ、俺らの正体に気付いたんだろ?」

 

都丹の言葉に赤毛の少女は肝を冷やした。所謂『口封じ』の為に連れ出されたのだろうか。慎重に言葉を選んで話す。

 

「・・・うん。実は職業が泥棒の人に会うのは2組目だから直ぐに分かった。」

 

「2組、組?」

 

「以前あの旅館で稲妻夫婦に会ったんだ。そこから暫くはあの夫婦と一緒にいた。置き忘れた褌は慶さんの褌だよ。お銀と一緒に風呂に入って彼女の刺青も見せて貰った。」

 

「何と!?凄いな、あんな危険な連中と!!」

 

自分も都丹と同類である、と思わせる作戦だがどうやら彼は信じてくれたようだ。相手の声の調子で嘘かどうか判断しているらしい。

 

「もしかして・・嬢ちゃんも犯罪に手を染めたのかい?」

 

「ふ・・・まぁ、強盗を2度ほど?ちゃんと成功してるからね。」

 

「やるなぁ、嬢ちゃん。若いのにとんでもねぇお転婆だ・・・。」

 

強盗はほぼ稲妻の力に寄るモノだが、アンは話を盛って話した。都丹に褒められるのが、叱られてばっかりだった亡き養父に褒められているようで嬉しかったのだ。

 

 

都丹は最初から、アンの事は口封じで殺すつもりは無かったらしい。

ただ『次の仕事』が終わる迄は大人しくして貰う為に廃旅館に監禁するつもりだったようだ。

 

ーーまた監禁ですか・・・

 

自分ほど短期間に監禁されまくった人間はいないだろう、アンはその事も都丹に自慢してやりたくなった。

しかし若い娘が男の集団に監禁される等は大体破廉恥な事になりそうなモノだが、一切そんな気配も無かったのは寧ろ悲しくなる。

 

「因みに次の仕事も鉱山会社の関係者?」

 

アンが同類のような気安さで尋ねると、都丹は一瞬躊躇したが慎重に答えてくれた。

 

「あぁ、今回は手強そうな奴らだった。」

 

都丹は渋い顔をしている。手強そうと言う事は用心棒を何人も雇っているのだろう。

 

「都丹さん、源義経は知ってる?」

 

「嬢ちゃん、いくら俺に学が無くてもそれ位は分かるさ。牛若丸だろ?」

 

「そうそう。実は義経の父親も凄く強い武将だったんだけどさ、戦争に負けて東に逃げてる最中に襲われて死んじゃったんだよね。何処で襲われたか知ってる?」

 

「いや・・・?」

 

「風呂場だ!入浴中に襲われたんだよ!どんなに強い奴でも丸腰で急所が剥き出しになる瞬間はあるんだ。」

 

「名案だな、嬢ちゃん!でも何で俺にそんな事を教えてくれるんだい。」

 

アンははにかみながら答えた。

 

「じいちゃんに・・・似てるんだ。顔だけじゃなくて雰囲気までさ。都丹さんに死んで欲しく無いんだよ、・・・じいちゃんは死んじゃったからさ。」

 

「嬢ちゃん・・・。」

 

「そうだ!都丹さん、この仕事が終わったらいつか一緒にイギリスに行こう!足を洗うんだよ、いつまでもこんな生活してちゃ駄目だよ!」

 

アンはかなり本気で誘っていたが、都丹は突拍子の無い話に躊躇っている。やはり幕末生まれの彼には海外生活は想像がつかないようだ。でも今の生活では彼は長生き出来ないだろう、稲妻夫婦のようになってしまうのはそう遠くない話のように思える。

 

「・・・俺はイギリス語なんざ喋れねぇぞ?」

 

「私は喋れるし読めるから大丈夫だ!旅館で探してた本だって英語だったんだよ!?」

 

「嬢ちゃん、外国語が読めるのかい!?へへっ、すげぇや、俺は学が無いから外国語の本なんて読めねぇよ。」

 

都丹は頭を掻きながら笑った。しかし・・・

アンは悩んだ、笑う所なのか笑ってはいけない所なのか分からなかった。ある意味、尾形や玉井の冗談よりキツかった。

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