ある悪人の前半生   作:土鳩

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月島基はかく語りき

北樺太のロシア領に密入国した樺太先遣隊一行は、地元のウィルタ民族の村にて聞き込みを行っていた。一行の指揮をとるのは階級で言えば、少尉の鯉登になる筈だが若輩者の彼は子供っぽい所があり、軍曹と言う名のお目付け役である月島基が面倒臭い事を一身に受け持っていた。

事実、アシリパ達の情報をロシア語で聞き取りしている月島を放置して、鯉登は赤毛の娘と一緒に子供の馴鹿に夢中になっている。

 

「月島さん、見て下さい!小ちゃい馴鹿がいます!!」

 

「キェッ!田中、卑怯だぞ。私が先に見つけたのだ、勝手に月島に報告するでは無い!!」

 

ーー面倒臭いのが2人になった。

 

おかしい、大泊に到着した時は面倒臭いのは1人だけだった。チカパシは谷垣が面倒を見ているし、橇を引いてくれるエノノカと一緒にいれば割と大人しい。なのにチカパシ達より年長のあの2人は、何故組み合わさるとこうも騒がしくなるのか、月島には不可解だった。

 

「鯉登少尉と田中さんにコレつけておけば?」

 

杉元が馴鹿の首輪を見せて来た。月島は本気で検討する。

 

「月島、月島ァ!?」

 

「月島さん?」

 

赤毛の娘は鶴見中尉が将来的に利用する為に手元に置きたがっている娘だ。日本の同盟国であるイギリスの犯罪組織の頂点であった男の落とし胤、と月島は上官から聞かされた。鶴見中尉の悪い癖だが、彼は利用価値の有りそうな人材を直ぐに集めたがる。月島本人もだが、目の前にいるチビッコより幼く見える2人組もそうだった。それに黒子を走らせている宇佐美や造反した尾形もだ。

 

ーー鶴見中尉殿は癖が強い人間がお好きなのだろうか。

 

月島がついついそう考えてしまう位に厄介者が多い。

目の前で馴鹿の首輪を着けて遊んでいる赤毛の娘が目に入る。

 

ーーやめろ、お前は人間だろ!なんで賢いのにそんな阿呆な行動ばかりするんだ!

 

理解が出来ない。以前月島は鯉登から、この娘と自分を鶴見中尉が娶せようとしているのでは無いか、と質問された事がある。恐ろしい、考えたくもない。なので素っ気なく“私に聞かないで下さい”と伝えたが、鯉登は何やら悶々と考え込んでいる。樺太に向かう直前などは何やら調べ物をしていた。結婚を考えるに辺り、あの娘に関して調べているのでは無いのだろうか・・・そう考えると月島は気が気では無い。あの2人の新婚生活など考えるだけでも頭が痛い。間違いなく自分に色々と火の粉が降り掛かるだろう。

 

ーー尾形はあの娘をどうやって扱っていたのだ。

 

想像がつかない。この旅はアシリパを取り戻す旅だが、尾形を捕える、もしくは始末する旅でもある。尾形を殺す前に娘の取り扱い方を聞かなくてはならない、月島はそう考えた。そんな月島の気も知らず、少女は無邪気に話し掛けてくる。

 

「見て下さい月島さん。この首輪は馴鹿が歩くと前足に棒切れが当たって暴走しないようになってます。面白いなぁ!」

 

「ハッ、貴様はそのままここで馴鹿として暮らせ!お似合いだぞ。」

 

揶揄う鯉登に少女が雪玉を顔面に投げつける。北鎮部隊の将校と民間人の娘の鬼気迫る雪合戦が始まり、お人良しの谷垣が止めに入るが止まらない。それどころか少女は谷垣を盾にしているので、谷垣の顔から爪先まで雪塗れになっている。

 

ーー悪夢だ。

 

どうせなら金塊争奪戦が終わってから、せめて北海道で彼女が見つかればまだ良かったのに、責任感の強い真面目な軍曹はそう思った。

 

 

「尾形とキロランケさんは亜港でパルチザン仲間を取り戻したら、北海道に戻るのでしょうか?」

 

夕食後、ウィルタの天幕の中で赤毛の娘が尋ねて来た。

 

「どうだろうな。可能性はあるが・・・」

 

「田中!どうして月島は“さん”付けなのに私は呼び捨てなのだ!おかしいだろう、私は月島の上官だぞ!?」

 

いつものように鯉登が横から口を挟む。月島はゲッソリした、またいつもの遣り取りが始まったのだ、と。そんな月島を杉元達は遠巻きにして憐れむ様な顔で見ているが決して助けてくれない。しかしチカパシやエノノカにまで同情の目を向けられるのは月島と言えどキツかった。

 

ーー淀川中佐殿は1カ月半もこの環境で寝泊まりしていたのだ。俺も耐えなければなるまい。

 

月島はあまり尊敬していない上官を見直した。意外に根性と忍耐力があるお方だ、と。

 

「鯉登、私は基本的に年が12以上離れている相手は必ず敬語を使うように決めている。アンタはそんなにオジサンじゃないだろう?」

 

ーー俺はオジサン扱いか?

 

赤毛の娘がウッカリ漏らした本音に月島はボヤきそうになる。しかしこの娘は世間の常識より自分で定めた規則に従って動いている様だ。感心しながらその事を指摘すると、笑いながら答えてくれた。

 

「常識や倫理なんてモノは時代や環境によってアッサリ変わりますからね。本当に流行みたいにコロコロ変わる事もあります。そんなモノに重きを置きたく無いですよ。」

 

正論・・・かもしれない、しかしその考えには危うさを感じた。この娘は自分が納得すれば平気で社会規範を逸脱してくるかも知れない、そんな危うさを。そして実はこれまでに娘は逸脱した行為を多々やらかしていたのだが、月島は知らない。

 

「鯉登、ちょっと黙っていてくれ、真面目な話なんだ。月島さん、話は戻るけどロシアの大陸の方にもキロランケさんの仲間が大勢居るんですよね。」

 

「あぁ、確かに気になるな。アシリパ確保を急がなければならない。」

 

ロシア本国に渡られてしまったら面倒臭いどころの騒ぎでは無い。パルチザンの仲間を全員連れて北海道に渡られても面倒である。出来る事なら亜港監獄で仲間と合流する前にキロランケを止めてアシリパを確保したい。

 

「今夜はここに泊まるが急いだ方が良い。明朝すぐに出発だ。アシリパ達は近いだろう。」

 

月島の発言に皆は了承した。

 

 

就寝前、天幕から赤毛の少女が出て行った。彼女は防寒の為に角巻を被っていた。いつもの事だ、星を見に行ったのだろう。

 

ーーあの娘と尾形は実際の所はどうだったのだろう。

 

彼女が尾形を利用する為に近づいたのは分かっている。しかし2人は若い男女だ、そして尾形はワザワザ旭川からあの面倒な娘を連れ去っている。娘本人は関係を否定しているし、尾形に対して殺意を抱いてすらいる。しかしだからこそ怪しい。一応鯉登少尉が念入りに邪魔をしない様に約束させたらしく、娘本人も承諾したらしいが。

月島の脳裏に故郷の嘗ての恋人が甦った。彼女の髪の色は黒かったし、もっとお淑やかだったが2人とも自らの見た目に対して何らかの劣等感を持っている。

 

ーー尾形以外と幸せになるのは構わないが、鯉登少尉殿だけはやめてくれ。

 

切実に願った。

 

 

なかなか戻って来ない赤毛の少女が気に掛かり、月島は天幕から出た。寒い中逃亡するとも思えないが念の為である。

 

「何だ、そんな所にいたのか。早く戻れ、風邪をひくだろう。」

 

少女は天幕のすぐ外におり、月島は拍子抜けした。

 

「あぁ、もう少しだけ待って下さい。ちょっと珍しい星が無いか探しているんです。ほら、樺太って北海道より星が近くに感じるから。」

 

「珍しい星?」

 

月島は怪訝な顔で聞き返す。

 

「昔読んだ本で、100年以上前のナントカって学者が出した説が書かれていたんですけどね、小難しくて殆ど忘れてしまいました。何でも、質量と密度が大きな星は光を引き寄せるくらいに重力が強いらしいんです。」

 

月島が困った顔をしているのを見た少女は、雪を集めて小さな雪玉を2つ作る。その内片方はかなり強く握りしめてカチコチにしていた。

 

「質量と密度が大きい星ってのはこっちのカチコチのヤツです。内側に向かってギュッとなってますよね。この内側に向けてギュッとする力が強過ぎると、星以外の周りのモノも全部引っ張られるらしいんですよ。」

 

そんな星があるとは思えないが、月島は取り敢えず頷く。

 

「フハッ、まるで鶴見中尉みたい。」

 

少女は笑いながら言うが、あの方は意外と身体を張って人を繋ぎ止めているのだぞ、月島はそう言いたくなったが控えた。

 

「探しているとは言うが、それは見て分かるモノなのか?」

 

「多分、真っ暗だと思います。いや、でも光を吸い込むと言う事は吸い込んだ光で明るいのかもしれませんね。正直そんな星が存在するかどうかも怪しいですが、最初に見つけたら嬉しいじゃないですか?」

 

「そうか。」

 

月島は寒いので戻るように促すと、少女は軍曹にある申し出をしてきた。

 

「戻る前に“月島座”を作っても良いですか?ロシア語の先生をしてくれたお礼です。」

 

「・・まぁ構わんが。」

 

銅像を作られるよりはマシだ、そう考えながら少女の様子を見る。ニコニコしながら指で適当に星を繋ぎ、空に絵を描いている少女の微笑ましい様子に思わず声を掛けた。

 

「俺以外にも星座を作ったりした事はあるのか?」

 

「はい。北海道にいた時は、・・・アンパン座と小豆星2つを。樺太に来てからはチカパシとエノノカちゃんに作ってあげました。」

 

「そうか、アンパン・・・」

 

「・・・でも、どうしても上手く作れない星座があるんですよね。」

 

寂しそうに呟く娘を見ながら月島は答えた。

 

「複雑なんじゃないか?細部に拘って上手く作れないのだろうな。俺も見た目を忘れたワケでは無いが・・・そう言うモノはあった。凄く複雑で大事だった。ソレは田中にとっては拘りがある大事なモノなんだろう。」

 

「・・・そうですかね。」

 

赤毛の少女は何故か目を見開いて呆然としている。

 

「そうだ。ほら、もう戻るぞ。」

 

月島は少女の腕を掴み、半ば無理矢理天幕に戻った。

 

 

アンは皆が寝るのを待ち、深夜にコッソリと天幕を出た。樺太の空は北海道より星が見え、吸い込まれそうな錯覚に陥る。

 

ーーいつから私は尾形を思う様になったのだろう。

 

アンは月島の発言により、今迄頑なに否定してきた気持ちにハッキリと気付いてしまった。もう何の言い訳も出来ない。いつからなのかは分からないが、実はかなり以前からあの邪悪な上等兵殿に思いを寄せていたようだ。

 

「・・・嫌だ。」

 

何が嫌なのかは分からない。今更ながら尾形への恋慕に気付いた事なのか、惚れた男がどうしようも無い人間だからなのか、惚れた男を殺しに行く旅に加わっている事なのか、はたまた彼に突き放された惨めな自分自身がなのか。

 

ーー尾形は中将に成りたがっていた男だ。偉くなりたいなら私を選ぶ筈がないし実際そうだった。アイツは鯉登達にもうじき殺されるんだから、丁度良いじゃないか。私はあの疫病神が死ぬのを黙って見ているだけで、いつかイギリスにも行けるし玉井さん達も助かるんだ。

 

アンは無理矢理自分を納得させるが、胸が苦しくて悲しくてひたすら惨めだった。私がもう少し大人で間抜けじゃなくてトカプが大きければ選んで貰えたのだろうか、他の和人みたいに混血じゃなければ、親がちゃんといれば選んで貰えたのだろうか、そんな事ばかり考えてしまう。

 

夜空を見上げて何でも吸い込む不思議な黒い星を探す。この時代ブラックホールは発見もされていないし、そう言うモノがあるかもしれないと言う学説があった程度だ。でも何となくだが、存在する様な気がした。

 

ーーフハッ、まるで尾形の目だな。

 

どうやら尾形の真っ黒で光を反射しない瞳に自分の心は吸い込まれてしまった様だ。あの邪悪な男が死ねば自分の心は返って来るだろう、そう期待しながら少女は天幕の中に戻って行った。

 

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