アンと尾形がロシア人爺様の家にお世話になって5日が経った。尾形の体調はだいぶ回復し明日にはこの家を出る事となる。爺様は一人暮らし、以前は息子と2人で生活していたそうだが日露戦争でその息子は亡くなってしまった様だ。
「・・あまり長居すると迷惑かける。俺は日本兵だしな。」
明日の出立の為に、爺様の留守中にペチカの上で私物を広げ、荷物を整理しながら尾形はそう言った。しかしアンは、彼が長居することによって爺様に情が移り別れが辛くなるのだろうと思った。
「尾形は婆ちゃん子だったっけ?」
「あぁ。母の代わりに祖父母に育てられた。」
ーーしまった!
聞いてはならぬ事を聞いてしまった様に感じた、彼は母を殺めているのだ。“そうかー”等と言いながら目を泳がせると尾形がニヤニヤと笑いながらアンの身体を引き寄せ、胡座をかいて座る彼の脚の上に座らせた。
「お・・おがた?」
男に後ろから抱きすくめられながらだが、前を見て話す。迂闊に目を合わせる為に後ろを振り向いてしまうと尾形の顔が近くなり過ぎる。一昨日の昼に尾形に押し倒されたが結局未遂に終わり、今の今まで何も無いままだった。少女は、彼も自分の事を思ってくれていたのかと思って泣きそうになったが、本当にナニを致したかっただけの可能性も考えられて素直になれない。生き物と言う物は死に掛けると子孫を残したくなるらしいのだ。
「なぁ、アン。荷物の中に俺の軍服があったが、お前、ワザワザ入れてくれたのか?」
「・・・あの袖の三本線はアンタが頑張って来た証だから・・」
うなじまで真っ赤にしながら赤毛の少女は質問に応えた。
袖の三本線は上等兵の証だ。一等卒から上等兵になるには、その為に選抜された上で更に特別教育を受けなければならない。上等兵は模範青年とされて後々の就職や結婚に有利になるのだが、第七師団の上等兵は『模範青年』の定義が他とは少し異なるようだ。それでも彼らは並々ならぬ努力はして来ただろう。
「ははぁッ、そりゃお優しいこった。」
意地悪な上等兵殿は彼女のすぐ後ろから揶揄う様に囁く。心臓に悪い。
ーーこのままでは、致す以前に心臓が爆発する!!
自分の心臓が異常に早くなっている事に生命の危機を覚え、慌てて身体を捻って振り返り両手で男の口を塞ぐ。彼の声は低い癖に色気があり過ぎるのだ。尾形は不満そうに顔を顰めており、ジトッとした目で少女を睨む。
「わっ私はっ・・アンタが側にいてくれるだけで充分過ぎる位に嬉しいんだ。言葉は・・・要らない。」
ついでに言えばウコチャヌプコロも要らなかった。尾形と逃亡してからの2人の関係が急展開過ぎて、アンには心の準備ができていない。ついこの間まで子供扱いされていたのに不思議で仕方がない。確かに自分が彼に惚れてしまった事を遠回しに伝える羽目になったがまさかそれが切っ掛けでアレやらコレやらに及びそうになるとは考えもつかなかった。
ーー普通はもっと色っぽい形から入るモンだよなぁ。
アンが彼の腕を解いて尾形の膝から抜け出すと、尾形はムスッとした顔でペチカを下りて行った。
「お・・・尾形?」
させなかったから不満を抱かせてしまったのだろうか、アンは不安になりながら彼に声を掛ける。尾形は振り向きもせずに“散歩だ”と言って出て行った。
尾形が爺様の家に戻って来たのは夕方だった。懐紙に包まれた何かを持って帰っていて、それをペチカから離れた部屋の角の棚の中に仕舞う。
「ここなら傷まねぇだろ。」
「何?」
「棒鱈だ。明日の早朝にここを発つ時に置いて行く。」
「そうか・・・」
尾形の帰りが遅かったので、また置いて行かれたのかと不安になっていたアンは、気付かれない様にそっと彼の外套の裾を握った。
翌日の早朝、爺様が起きる前にアンは部屋の片付けとお礼の書き置きをし、尾形は棒鱈を食卓の上に置いた。爺様に挨拶はしない、別れが辛いからだ。
◇
樺太の雪原を二人乗りで馬で進む。馬の上では会話は殆ど交わさないが、恐ろしく心地が良かった。流石に寒すぎて野宿は出来ないので、ウィルタの集落やロシア人の村に宿泊しながらロシア国境を出て日本側に入った。
ここから先、2人は人探しをしながら大泊に向かう予定だ。取り敢えず向かう先は豊原である。
「玉井伍長達とは豊原で別れたんだよな?」
「うん。多分だけど、3人の内の誰か1人を豊原に残して行動していると思う。」
その日2人は国境近くの町にて宿を取り、一膳飯屋で夕食をしながら今後の話し合いをした。出来ればではあるが玉井達3人と合流して大泊まで行き、5人で北海道に戻るのが最善だ。こちらに来た時の様な船の試験運行や連絡船があれば5人でそれに乗りたかった。
「杉元達は海軍の船でこっちに来たみたいだ。帰りは鶴見中尉が迎えに来るらしいよ。」
「そうか、アシリパを師団に取られたらマズイな。」
尾形の漏らした『アシリパ』の一言に思わず身体をピクリと固くしてしまったアン、その様子を見た意地悪上等兵はニヤニヤしながら少女を揶揄う。
「ははぁ、また妬いてるのか?」
「妬いてない!アシリパは暗号の鍵を知っているからだろ?分かってるよ、それくらい!」
少女が顔を真っ赤にしながらムキになって否定すればするほど、意地悪殿は機嫌が良くなり“そーか、そーか”と言いながらニヤついている。しかしこの男は自分の事をどう思っているのだろうか、アンの好意に対して拒絶するような態度は見せないので、それに関しては有り難いのだが・・・
ーーまさか、手軽にウコチャヌプコロ出来る相手と思われているのでは!?
恋仲の男女がいずれソレを致す事位は百も承知だが、そんなに気安く扱われても困る。アンはソレの専門職のお姐様では無い。ここ迄の道程で適度に距離を取っていたので未だに不意打ちの接吻以上はさせていないが、行為を拒絶しすぎて嫌われ無いか常に不安だった。因みに目の前にいるニヤついた上等兵殿からは、好きだの、愛してるだのやそれに該当する言葉は一切引き出せておらず、それが更に彼女の不安を煽った。
食後に2人が宿屋に戻ると、古くて小さな畳の部屋にこれ見よがしに二人分の布団が隙間無くくっ付けて敷かれている。
「ハハァッ!」
男は満更でも無さそうに髪を撫で付けて笑っているが、少女にとっては笑い事では無い。
「ほら、私、寝相悪いからさ・・」
アンはソロソロと布団に近寄り、引っ張って二組の布団の間に隙間を作りその隙間に尾形の背嚢を置いた。しゃがみ込んで寝床を離す作業をする赤毛の少女の視界の片隅、不満気な表情の助平な上等兵が入り込んだが気付かない振りをする。結局その日も何事も無く寝床についた。
◇
朝、隣で眠る男の寝言で赤毛の少女は目を覚ました。小さく呟く様な一言だったが、彼女には余りにも衝撃的な一言だった。
「・・・勇作殿」
2人の間に置いた背嚢を退かし、アンは尾形の顔をマジマジと眺める。男はどこか苦しげで悲しげ、そして寂しそうな表情をしている様に見えた。
ーーこのままじゃ弟に取られてしまう!
尾形本人が目を逸らし続けている罪悪感が異母弟の形となって彼の無意識の中に存在しているのは明らかだ。いずれ彼は罪悪感に殺されるだろう。弟の形で具現化されている以上、時間はあまり残されていない様に思える。それが分かっていて尾形と一緒にいる事を選択したつもりだったが、余りにも辛すぎだ。
ーー殺した弟の事、好きだったんだろうな。自分でも気付かない内に大切になっていたんだ。
嫌だった。尾形を生きている他の誰かに取られるのも、死んでしまった弟に取られるのも。どうしたら彼が少しでも長生きしてくれるか、罪悪感を消せるか考えるが答えが出ない。アンには一緒にいて男が死ぬまで寄り添ってやる事しか出来ない。
宿を出た2人は馬に乗って樺太の西を南下し続ける。樺太アイヌの集落に世話になりながら真岡の町で東に進路を切り替え、やがて豊原に到着した。その間、アンは常に尾形にピッタリくっ付いて離れなかった。彼が何処か知らない場所に、下手したらあの世に1人で行ってしまう様な気がして怖かった。
しかしここまで来たら大泊は近い。杉元や鯉登達に接触する可能性もあるのでなるべく顔を出さぬように被り物を頭から被る。
「玉井さん達は常に拠点に1人を残して行動していたんだ。私が彼らと逸れたのは豊原だったから、まだ豊原に誰か1人はいると思う。」
「ああ。」
「尾形、あそこの宿屋だ。」
尾形の外套を握ったまま大通りから脇道に入り古い宿屋を指差すアン、曲馬団を見に行く直前までいた場所である。宿屋の女将に声を掛けるとやはりアンは正解だった。女将に案内されて部屋に向かう。
「おっ・・尾形上等兵!?・・・それに田中!」
久々の再会となった玉井は酷く動揺していた。樺太に連れて来るなと言われていた赤毛の少女を連れて来たから当然だ。しかも造反の主犯である尾形は深刻な怪我をして現れている。
「す、すまん、勝手に来てしまって・・・」
真っ青になりながら話すオジサン伍長に対し、尾形は胡散臭い笑みを浮かべながら努めて優しく返答する。
「いえいえ、お気になさらず。」
「そっ、その右目はどうしたんだ?眼病なら医者に・・・」
「大丈夫ですよ。そもそも眼球自体がございませんので。」
「ハァッ!!?」
アンは顔がどんどん青くなる玉井をボンヤリと見ていたが流石に気の毒になってきた為、横から口を挟んだ。
「ご心配かけました、玉井さん。この通り私は尾形と一緒に鯉登達から何とか逃げて来れましたが、野間と岡田は何処ですか?」
「あぁ、岡田なら昨日お前の捜索から戻って来たばかりで、今は風呂屋に行ってる。野間は・・・」
玉井が何やら言い淀んでいるのに気付きアンは嫌な予感がした。野間と言う男は不器用なところがある癖に、責任感が強すぎるのだ。
風呂屋から戻って来てアン達2人がいるのに仰天していた岡田を加え、宿屋でそれぞれの報告と今後についての話し合いが行われた。玉井によると、アンが鯉登に捕まった後、3人は今いる宿屋を拠点にしながら交代でアンと刺青囚人(岩息)の捜索を行っていたらしい。しかし捜索に出た筈の野間は約束の日が過ぎても戻らず、連絡もつかない様だ。
「きっと捜索で深追いしているのだろう、死んではいないと思いたいが・・・」
玉井は溜め息を吐いた。
その日、遅くなっても野間は戻らなかった。
玉井達と同じ部屋に更に2組の布団を敷いて貰い、アンと尾形も泊まる。ニヤニヤ笑いながら別の部屋を取ろうとする岡田を少女は必死になって止めた。
◇
翌日、アンと尾形は宿屋を2人で出る事になった。いつ戻って来るかも分からない野間を、尾形は待ってはいられなかったのだ。豊原にも大泊にも杉元や鯉登達がいる可能性が高く、5人で動くと目立つから別行動にした方が良いと尾形が言うと、玉井は渋々ながらも納得した。
「田中は私達が面倒見た方が良いのでは?人手が欲しければ岡田に行かせるぞ、その目では何かあった時に戦え無いだろう。」
「いえ、コイツは俺が連れて行きます。この後に土方の所に行く予定なので、コイツが一緒の方が丁度良いのです。」
「そうか、その・・田中を叱らないでやってくれよ?悪気があって樺太に来た訳では無いのだ。」
「分かってますよ。ちゃんと優しくしますから。」
アンは尾形の外套の裾を握ったまま、玉井と尾形の遣り取りを見ていると、岡田と目があった。何やらニヤニヤ笑いを堪えている様な顔をしている。
「なんだ、どうした岡田?」
「いえ、尾形上等兵殿。何でもありません!」
尾形に指摘された岡田は顔を引き締めて何処か遠くを見た。
ここから先は馬から犬橇に切り替えて大泊に向かう。馬を玉井達に譲り、行く先々で知り合った樺太アイヌに頼んで犬橇で大泊に向かった。ダンに約束した民族衣装の件は、玉井達が彼に荷物を持って行くと約束してくれたので樺太に思い残す事は無い。知人のアイヌの美少女のこれからだけが気ががりだが、付き合いが長いアンには彼女が大人しく鶴見の許に行くとは思えなかった。犬橇で雪原を走りながら、すぐ後ろにいる尾形に話し掛ける。
「アシリパは多分だけど鶴見中尉の許には行かない。お父さんやキロランケさんに託された思いを踏みにじりたく無いだろうから。尾形は土方さんの所に行って大丈夫なのか?アシリパ達が合流する可能性もあるぞ?」
「土方達は写しを含めてかなりの刺青人皮を集めている筈だ。近付いておいて損はねぇだろ。金塊の場所の情報が得られ次第離れれば良いさ。あの連中だってアシリパや杉元を騙して来たんだから直ぐには手を組まねぇよ。」
「了解だ、尾形!」
アンは元気良く答えた。尾形と一緒に乗った犬橇は走り続ける。樺太に来る前は尾形は今後の方針や意見を聞かせてくれる事は殆ど無かったが、今はこうして話をしてくれた。信頼されている、そう考えると恐ろしく幸せだ。今のこの男となら何処までも走り続けられる、そんな気がした。
大泊に到着した2人は、先ず樺太先遣隊の動向を探った。港に樺太先遣隊を回収しに来た軍艦が来ていないか聞き込みをしていると、海に漂う流氷の先に大きな船が見えた。
「あぁ、あれは連絡船だね。故障したらしくてあんな所で停泊しているけど、修理も終わって明日には出航するらしい。」
港湾労働者のオジサンが教えてくれた。しかも船の行き先は北海道だ。
「尾形!アレに乗れるかもしれないぞ。」
「あぁ、だが船賃がねぇな。真岡に寄った時にタダで貰った棒鱈があったろ、アレを使うぞ。」
尾形は顎を指先で擦りながらニンマリと笑う。悪い事を思いついた様だったが、何を思い付いたのか聞くも“俺に合わせろ”と言って教えて貰えない。
翌日、アンは袴に、尾形は軍服に着替えて連絡船に乗る為に港に向かうと、港周辺がヤケに騒がしい。町の人間に話を聞くと、どうやら軍隊と民間人が揉めていたらしく、軍に追われた民間人が流氷の上を歩き連絡船に乗り込んだ様だ。
「アシリパ達と第七師団?」
「流石に今は再会したくはねぇな・・・」
「でもあの船を逃したら、次はいつになるか分からないぞ?」
船は大きいので、隠れたら遣り過ごせるかもしれない、取り敢えずは様子を見る事にして船に近付く。第七師団らしき軍人の死体を見つけ、尾形は近くにいた子供に尋ねると、停泊していた船から撃たれたらしい事が分かった。その船は一度は出航したものの、何故か駆逐艦に威力業務妨害をされ、再び大泊に戻って来た様だ。
「杉元達は連絡船から下りたかもしれねぇな、急ぐぞ。」
走り出す尾形の外套の裾を握ったまま、アンも流氷の上を走る。
◇
「日露戦争の樺太作戦で負傷して、半年前まで寝たきりでした。このロシア人の娘に助けられて夫婦となりましたが、北海道の年老いた両親に孫を見せてやりたいのです。船賃は無いですが・・・代わりと言っては何ですが、棒鱈です。」
「ヒャクノスケサンノアカチャン、イマース!オナカノナカ!」
「ウグ・・・乗りなさい!」
三文芝居と棒鱈でチョロい船長を騙し、何とか連絡船に乗る事が出来たアンと尾形、甲板で海風を感じながら氷の浮かぶ海を眺め、北海道に向かう。この船は砕氷船では無いので氷を避けながらの航海だ。
「亜港でも見たけど流氷も結構分厚いんだなぁ。」
「流氷・・も?」
「うん、イギリスの海域には流氷だけじゃなく氷山もあるらしいよ。」
流氷は海面が凍った物、氷山は氷河の氷が砕けて海に流れ出した物だ。氷山は海面に出ているのは上部のほんの少しで、氷の塊の大部分は海の中にあり、霧の多いイギリスの海を航海する船にとっては大変危険な存在だ。
「風が強いな、『妊婦』が身体を冷やしたらマズイだろ?船室に戻ろうぜ。」
「うん。」
尾形の外套を握ったまま、アンは彼と一緒に船室に戻る。
何故か寝台付きの小さい個室だった。てっきり大勢で雑魚寝する様な広い船室を想像していたアンは驚いて尾形を見る。
「お前は妊婦扱いだからな、空いてる個室を使って良いらしいぜ?北海道に到着する迄は時間があるからお前は少し寝ておけ、到着したら野宿になるだろうからな。」
頷いて寝台に横になろうとするアンを尾形は渋い顔をして引き止める。
「?」
「いい加減にその右手を離せ、外套が皺になる。」
「!?」
どうやら亜港からここ迄、暇さえあればずっと尾形の外套を握っていたらしい。指摘されて右手を離すと、同じ場所を握られ続けた外套には既に皺が寄っていた。豊原で岡田がニヤニヤしながら少女を揶揄っていたのはこの為だった。申し訳無さそうな顔をする赤毛の少女に、男は面倒臭そうに外套を脱いで渡す。
「そんなに俺の外套が良いのなら握って寝てろ。全く、赤ん坊かよお前は。」
「違う、要らない。」
アンは寝台に横になったまま尾形の顔を見上げながら話した。
「・・・外套を掴んでたのは、アンタが私をまた置いて行きそうで怖かったからだ。」
「はぁ・・悪かったよ。まだアシリパに妬いているのか?」
「違う・・いや、そうだけど・・・どちらかと言えば、アンタの弟に・・・」
連れて行かれそうで怖い、少女はそう思ったのだが言葉を飲み込んだ。吐き出した言葉が現実になりそうで怖かったのだ。マキリの傷を不吉だと指摘したキロランケはもうこの世にはいない。
「私が寝ている間も側にいてくれ。亜港からずっとそうだったろう?」
この阿呆は俺がどれだけ我慢していたか分かっているのだろうか、尾形はそうボヤきたくなり思わず少女に釘を刺す。
「いい加減にしろ、襲うぞ。」
真剣な表情で脅してくる男に対してアンは思わず身体を固くする・・身体を固くしたが顔を赤らめながらも、ぎこちなく頷いた。
「いいよ。」
◇
船室の窓から外を眺めている赤毛の女を寝台に横たわったままの尾形はのんびりと眺めている。
「風邪をひくぞ、何か着ておけよ。ちったぁ恥じらえ。」
「恥じらうも何も・・」
彼女はそこまで言って小さいくしゃみをする。尾形が自分に掛けている毛布を持ち上げて寝台に戻る様に促すと、女は親鳥の懐に戻ろうとする鳥の雛の様に寝台に横たわる男の元へモゾモゾと戻り、彼に背中を向けて横になる。
「普通は何か感想を言うモンじゃねぇのか?こう言う時は。」
「・・・股が裂けるかと思った。」
色気も可愛いげも無い感想を頂いた男は閉口したが、感想を漏らした張本人の様子を見て思わず後ろから強く抱きしめた。直接肌が触れ合っているのが恥ずかしいのか、女はうなじまで真っ赤になっているのだ。
「・・樺太と北海道、あまり距離が無いな。もうすぐ着いてしまう。」
彼女は名残惜しそうにしているように尾形には見えた。
「お前は・・自分の家族を殺した俺が怖くないのだな。」
「そう言う発言は致す前にしてくれ。」
「ハハァッ!」
ごもっともな発言に思わず笑ってしまう。以前に家族を手に掛けた事を彼女に話した時は怯えた様子だったが、今のこの女なら全てを受け入れてくれるだろうかと試したい気持ちになった。
「弟は・・・勇作殿は高潔な人間だった。俺がそそのかしても女を抱かなかったし、戦地でも人を殺そうとはしなかった。祝福されて生まれた子供はああなるのだな、と感心したよ。」
「おがた・・・」
「父は・・花沢中将閣下は勇作殿に“殺してはいけない”と言ったらしい。人を殺すと罪悪感が生まれるからだと。」
「・・・」
「父を殺した際には俺は出来損ないの倅だと言われたぜ。呪われろともな。」
「尾形、もういい。」
女は身体の向きを変えて尾形に向き合い、発言を止めようとしている。やはり流石のコイツも俺の過去を受け入れられ無いのだろうか、尾形は自嘲気味に笑いながら更に母の話をしようとした時、彼女に両手で口を塞がれた。
「尾形、アンタ私を試そうとしているだろ、下らない!!アンタが例えアンパン一個を食べる為に村一つを皆殺しにしたとしても、止めはするけど私はアンタに着いていくからな!?そう決めて、私は樺太先遣隊と別れたんだよ!」
女の予想外の発言に“俺はそんな事しない”と言いそうになるが、真剣な眼差しを向けられて黙った。女は更に続けて話しかけてくる。
「だから、そんな顔をしないでくれ・・・」
赤毛の女は泣きそうな表情で尾形を抱きしめた。
ーー俺はどんな顔をしていた?
不可解だった。
しかし何となくではあるが充足感を覚え、自分にしがみついてくる女を抱きしめ返す。
「フハ・・、そうだ!尾形もほら、感想があるだろ?私は言ったぞ?聞かせてくれ。」
感想・・・彼には気が利いた言葉は思い付かなかった。
「そうだな・・・まぁまぁだった。ただ、胸が思ったより無かった。」
遠慮なく答えたら女は黙ってしまった。