ある悪人の前半生   作:土鳩

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父を尋ねて

「俺もそろそろ戻らねぇとまずい。アイヌの金塊についての説明はまた後日する。」

 

尾形にそう言われ、別れてから1ヶ月が経っていた。あれから何の音沙汰もない。勝手な奴だ。

 

アンはそれまでの日常に戻った。狩をし、獲物を食べ、売り、または交換する。一人で生きていくため一日でも欠かせない習慣だが酷く退屈に感じた。

 

夕方、水を汲みにいつもの沢に向かう。沈む夕陽が山の端を焦がし、白い山が赤く染まる。

 

ーー『逢魔が時っつってな、妖が現れるらしい。お前を拾った時もこんなんだったわ。儂も一瞬びっくりしたんだが、白い雪の上にお前の赤い髪が良く映えて美しゅうてな。妖だとしても悪いモンでは無かろうと思って助けたのよ。』ーー

 

アンは亡き養父に言われた言葉を思い出した。

養父が本州で暮らしていた時は一族皆で山暮らをしていたらしい。幕末あたりから一族の中から山を下りて里に暮らし始める者が現れる。養父も夢を抱いて未開拓の地、北海道に移り土地の開墾を始めたがすぐに挫折したと聞いた。生き方を変えられなかったのだ。

奇妙な色の髪の毛を綺麗だと褒めてくれたのはそんな亡き養父だけだ。

 

沢に着くとアンは天秤棒の桶を一つ取り、脹脛まで川に入る。2月の川の水は刺すように冷たい。

水を汲もうと屈むと上流の岩陰に何か黒っぽい物が見えた。水の流れに合わせて僅かに揺れている。

 

ーー人間!!?

 

慌てて岸に戻り桶を放り投げ、人間らしい何かに走り寄る。

倒れた状態で下半身を川に浸らせている人間だった。

仰向けになっているが、顔は腫れ上がり人相が分からない。右腕は折れたのか変な方向に曲がっている。全身の服は濡れ、呼吸が浅い。

 

『濃紺の軍服』『肩の27の数字』『袖口の3本線』『整えられた薄い顎髭』

 

「え、まさか・・・尾形!?」

 

思わず叫ぶが反応はない。

 

慌てて身体を引き上げようと引っ張るも動かない。鍛えられた成人男性の身体に、濡れた厚手の軍服が纏わりついており、更には緩やかに下流へ押し流そうとする川の力が加わっているのだから当然である。

 

自らも川に入り、川から押し出す形で引き揚げにかかる事にした。長着を脱ぎ、上下のモンペだけになって川に入る。

意外と深さのあった川に太腿まで水に浸かりながらも何とか死にかけている男の足を岸に押し上げる。屈強かつ重たい身体を引き摺って岸から離し、濡れた軍服を寒さに震えながらやっとこさ脱がして、自分の長着を掛けてやる。身体は冷え切っている。途中、薄らと目を開いた男と目が合ったような気がするが気の所為だろうか。

 

夕陽はいつの間にか落ちて、夜になっていた。

 

 

「足元にお気を付け下さい、鶴見中尉殿。」

 

川沿いの岸辺を馬に跨った人物が徒歩の者7名程を引き連れて移動している。山の夜は真っ暗だが徒歩の者の何人かは松明を手にしており、その一団の周辺だけ異様に明るい。徒歩の者は全員濃紺色の軍服に軍帽、各種外套を羽織っているーー第7師団の軍人であった。

先頭を歩いていた人物が川岸に打ち捨てられた桶と天秤棒の存在に気付いて馬上の人物ーー鶴見中尉に話しかけた。

馬上にある鶴見と呼ばれた将校は濃紺の肋骨服と呼ばれる軍服の上に黒い外套を羽織っている。歳の頃は40前半くらい、整った顔立ちだが頬骨の上から髪の生え際にかけて全体に火傷の跡のような赤く痛々しい傷があり、その大部分を白い琺瑯の額当てで覆っていてその下から鋭く光る目を覗かせていた。

 

彼等は、昼以降単独行動を取り消息を経った鶴見中尉の腹心である上等兵を捜している。気儘な男で、特に最近は単独行動を取る事が多かったが門限は必ず守っていた。しかし今日に限って何時迄も戻らない。

 

ーー尾形め、逐電したか。

 

鶴見は呟いた。小声だったが隣で鶴見の馬を引いて歩く小柄な男の耳には入ったらしく、上官である鶴見の様子をチラリと見て伺うーーその時だった。

 

「貴様、何をしている!」

 

先頭にいた軍人が叫び、松明を前方に掲げる。

暗闇に浮かび上がる立ってこちらを見る人影ーー上下モンペ姿で頭には頭巾のような物を被っている。頭巾のような物の隙間からは松明に照らされて赤く光る髪の毛、薄着で寒さに震えている女と思しき人物と目が合った。その背後には火が小さくなった焚火、横たわって動かない人間らしき物が見える。

 

「良かった!助けてくれ、怪我人がいるんだ!アンタ達アイツの仲間だろう!?」

 

先頭の軍人は赤毛の指差した先を確認する。

 

「尾形上等兵殿!?鶴見中尉殿!尾形上等兵殿が・・・!!」

 

慌ただしく軍馬の人物と横たわる怪我人の間を行き来して先頭の軍人が報告している。その瞬間、軍馬に跨った人物を除いた全員が、怪我人である尾形の応急処置と搬送の準備に取り掛かり騒然となった。

 

赤毛の少女、アンはその様子を黙って見ている。ふと視線を感じて顔を上げると馬上の人物、鶴見中尉と目が合った。

 

「お嬢さん、君が彼を助けてくれたのかね?」

 

「・・・はい。」

 

「ありがとう。」

 

鶴見の暗く吸い込まれるような黒い瞳と目が合い、思わず目を逸らして頷いた。

 

 

「怪我人について色々聞きたい事がある。ご同行願えないかな?それに服が酷く濡れているし着替えを貸そう。身体を冷やしたら大変だ。」

 

そう言われてアンは鶴見中尉の馬に二人乗りし、小樽にある第7師団の兵舎に向かう途上である。

 

ーー今更、だな。

 

散々情報を掻き集め、どう中尉に近づこうか考えて、尾形に脅されて手を組み、これからどう動こうか連絡待ちだった時にようやく会いたくて仕方なかった鶴見中尉に会えた。しかし尾形と手を組んでいる以上、鶴見中尉は『敵』である。

 

ーーしかし尾形だ。アイツ大丈夫なのか?

 

酷い怪我だった、死んでも不思議ではない。思わず助けてしまったが鶴見中尉に近づく事ができた今、放っておいた方が良かったとも思える。考え無しで行動すると間違った選択を取ってしまい後悔する事が多いので、彼女は常に考えて動くようにしていたのに。

 

ーーまぁいいや。尾形が死んだら野間と岡田を鶴見中尉に売り渡す事も考えないとな。気の毒だがアイツらは私が尾形に脅されてた所しか見ていないし、私の事情を聞かされていたとしても大丈夫だろう。気の毒だが。

 

馬の前を歩く数人が、時折りこちらを振り返っているのが見える。一人は野間だ。目が合った瞬間ニヤリと笑ってやると、彼は顔面蒼白にして慌てて目をそらした。家の扉を壊された軽い意趣返しのつもりだったが、造反を持ち掛けてきた尾形に死なれそうになっている野間からしたらたまったものではない。頭を失いかけている小さな造反組は空中分解の危機だろう。

 

ーー飽くまで最後の手段だけどね。造反組のあと一人が分からないうちは悪手だ。

 

「お嬢さんの腰に付けている物はどうしたのかな?」

 

突然真後ろから話しかけられてビクリとしてしまった。鶴見中尉だ。普段長着の下に隠し持っているそれらを見られてしまい、瞬時に思考を巡らせて嘘を吐く。

 

「・・・これらは母が父から貰った物です。母は亡くなったので形見として持ち歩いてます。」

 

「使い方は知っているのかい?」

 

「いえ、ただ持ち歩けばハッタリとして効くかもしれないと言われました、これでも一応女なので。・・・あまり効果はありませんでしたが。」

 

暗い顔をして俯く。勿論演技である。これを使って狩りをしている逞しく腹黒い野生児などとバレる訳にはいかない。この後この情報将校と一戦交えるのだから。

 

「そうか、辛い話をさせてしまったな。」

 

中尉は優しく肩に手を置く。

アンの位置からは真後ろの鶴見の表情は確認出来なかった。

 

 

尾形を病院に搬送した後に兵舎に到着すると、アンは鶴見中尉に勧められるまま風呂を借りた。あちこちに着いた泥汚れを落として冷え切った身体を温める。顔の汚れを落とすと色白の顔が露われ、その目の下辺りには普段は隠されているそばかすが浮き出てきた。

風呂から出ると脱衣室には地味な海老茶色の女物の着物が置かれている。アンの来ていたモンペはない、角巻もだ。服以外の私物ーーモンペの腰に括っていた親の形見(嘘)は残されている。

仕方なく着物を着て廊下に出ると脱衣室の外には2人の一等卒が見張りで立っていた。片方は造反の岡田、もう片方の背が高い男は知らない顔だ。

 

「あー・・・すみません、私の服ってどうなりました?」

 

「え?あぁ、鶴見中尉殿のご自宅の女中さんが持って行った。汚いしボロボロだから捨てると言ってたぞ。代わりの着物は貰っておいて良いそうだ。」

 

見知らぬ兵卒が答えてくれた。

 

「・・・一応洗ってたんだけどな。あ、じゃあ角巻は?」

 

「ツノ?」

 

「頭に被ってたヤツ」

 

「それも捨てるらしい。」

 

「エッ!?ちょっと待て!人の物を勝手に捨てたら駄目だろう!!取り返して来て!!大事なんだよ、早く!!」

 

真っ青になって掴みかかるアンの勢いに押されて狼狽する一等卒に対し、ニヤニヤしながら岡田が追撃する。

 

「行ってやれ。お前最近太ってきたんだから走って痩せろ。」

 

「うっ・・・。」

 

人の良さそうな一等卒は走って外に飛び出して行き、廊下に残されるアンと岡田。

 

「・・・取りに行かせたのはワザとか?」

 

「本当に大事な物が入っているんだよ、アレ。」

 

「俺らを裏切るなよ。」

 

「もちろん。」

 

「・・・」

 

岡田は渋い顔でアンを睨んでいる。暫く不安になっていれば良い、瓶の金の仕返しである。

 

「それより、ちゃんと顔洗ったか?頭もボサボサだ、髪くらいまとめておけよ。今から鶴見中尉殿と話すんだぞ?」

 

「顔のはソバカスだ。櫛は持ってない。」

 

「櫛がない!?嘘だろ・・・お前それでも女かッ!」

 

岡田にいきなり頭を掴まれ、肩甲骨の下まで伸びた赤い髪を無理矢理手櫛でとかされ、纏められた。

 

「痛い、痛い!止めろ!」

 

「もうできたぞ。ったく、ちゃんとすればそれなりに見えるのに。」

 

アンがそっと頭を触るとここ何年も纏めた事のない髪の毛が纏められており、脱衣所の鏡を確認すると貰った着物によく似合っていた。髪をいじられた事も納得せざるを得ない。

 

「おぉ・・・器用だな、ん?何だ、何か刺さってる。」

 

「それは抜くな!まとめ上げた髪が崩れる。ったく、櫛や簪ぐらい尾形上等兵殿に買って貰えば良かったのに。」

 

「何で尾形が?」

 

「・・・何でもない、いや、そりゃそうだよな。うん、無いわ。」

 

アンがブツブツ呟く岡田に聞き返そうとした時、廊下の奥から声がした。瓜実顔の軍人がやって来るのが見える。

 

「何してんだよ、やかましいなぁ。お、あの山姥が少しは見られる様になったじゃん。」

 

「山・・・」

 

「宇佐美上等兵殿!」

 

岡田が緊張した様子で、声の主の方に振り向く。

 

「鶴見中尉殿がお呼びだよ。あの方の時間を無駄にさせるな、その芋娘連れて早く来いよ。」

 

「芋・・・」

 

「あ、ところで芋娘、お前何で頭に箸が刺さってんの?」

 

 

宇佐美とかいう尾形よりも性格の悪そうな上等兵の指示で向かった部屋には、鶴見中尉の他に10人程の軍人がいた。

入室すると奥の窓際にある板の間のテーブル席に中尉が座っており、アンに向かって笑顔で手招きをしている。中尉の横には尾形の捜索の時にもいた背の低い男が立っていた。部屋の手前にも10畳程の板の間の空間があり、火鉢が置かれて残りの軍人がそれを囲んでいる。袖を見る限りほぼ一等卒だ。

 

アンが部屋に入った瞬間、全員と目が合い固まってしまう。

 

ーー!?この状況で聞き取りするのか?何で?やりづら過ぎる。

 

冷静になって過去に集めた情報と部屋の中の人物を照らし合わせた。

 

ーーまずはテーブルの額当ての人は情報将校の鶴見中尉、その隣の背が低い人は多分だけど月島軍曹。板の間の方には造反の野間、同じく一緒にここに来た岡田、岡田の隣の口髭のオジサンは知らない。少し離れた場所に鶴見中尉の熱心な信者で有名な宇佐美、後は・・・名前と顔が一致しないだけかもだけど知らない人ばっかりだなぁ。

 

知らない人括りの一等卒の1人と目が合うと向こうは慌てて目を逸らした。

 

ーー赤い頭に箸刺してるオカシイ女扱いされてる気がする。

 

尚、箸を抜こうとしたら岡田に"あり得ない”だの“髪を下ろすなんて非常識”だのとギャンギャンと罵られ現在に至る。ほとんど髪の毛に隠れて箸刺してる、とはわかりにくい筈だが気になる。

しかし鶴見中尉に非常識と嫌われるのはまずい、少なくとも当面は。

 

「どうしたんだね?かけなさい。」

 

アンは鶴見中尉に言われるがまま、向かい合って椅子に掛けた。

 

「ふふ・・・。」

 

「え?何か?」

 

「いやいや、捜索で会った時は珍しい見た目をしてたから驚いたんだが、こうして清潔にして身なりを整えるとなかなかの色白で可愛らしいお嬢さんだ。」

 

「はぁ・・・、ありがとうございます。」

 

ーーそんなに変な格好だったろうか。

 

軽く衝撃を受け、取り戻して貰ったモンペと角巻を見た。あの優しそうな一等卒がしてくれたのか、丁寧に畳まれている。同性で歳の近い友人がいない為か身なりには大分無頓着にしていたが、多少は気にした方が良いかもしれない。

 

鶴見中尉から質問されたのは尾形発見時の具体的な状況、そして少女は何者で何故あの場にいたのか、だった。

 

 

「フゥ、・・・そうか。」

 

アンの尾形発見時の状況を知り、特に得られる物が無いと判断した鶴見中尉はヤケに色っぽい溜め息をついた。

 

ーー目立つ怪我してるのにこんなに上品で色っぽい。そりゃ心酔する者も出てくるわ。

 

部屋の入り口付近に座っている宇佐美を見る。機嫌が悪そうだ、嫉妬だろうか。

 

「実は尾形さんとは昨年の秋からの知り合いです。」

 

「ほう?」

 

アンの突然の告白に鶴見の黒い眼が鈍く光る。隣に立つ月島軍曹(仮)も驚きを隠せていない。部屋にいる兵卒達も多少の差はあれど驚いていたが、視界の片隅にいる野間と岡田に至っては顔が白い。その二人の間に座っている口髭のオジサンも同様であった。

 

ーーオジサンが"3人目"か。

 

「知り合いとはどういう事かな?」

 

鶴見は尋ねて来た。

 

「私の境遇に思うところがあったのか、その・・・よく通って下さるようになりまして。色々と情けをかけて下さいました。」

 

「ほう、あの尾形が・・・」

 

聞き込みの際に見た娼婦の仕草を思い出しながら、恥ずかしそうに膝を握りしめて俯く。

 

「私は実母を早くに亡くし、親戚に引き取られた後に家出をしました。小樽の山に暮らしていた養父に拾われ育てられましたが、その養父も少し前に亡くなりました。それからは・・・身体を使って日銭を稼いでいます。恥ずかしながらそうやって生きるしかなくて・・・。」

 

「それは気の毒に、何とかしてやりたいが・・・しかしお父上はいかがした?」

 

「日本に来ていたイギリス人だそうです。母の妊娠に気付きながらも帰国してしまいました。」

 

ーー話の流れは完璧だ。勘違いさせる言い回しはしたが、嘘は吐いていない。

 

「私は父に会いたいです。どうにもならないでしょうが。」

 

切実に訴えると鶴見は暫く考え込んでいた。

まぁ、忙しいだろうし面倒臭いと思っているのだろう。このまま厄介払いされるかも知れないが、気紛れに父を捜してくれる事を期待した。ただ隣に立つ月島軍曹(仮)の顔には『面倒臭い』と書いてある。

 

「・・・手掛かりはあるのかな?」

 

「はい!」

 

先程捨てられそうになった角巻の内側を慌てて弄り、一枚の紙切れを出した。そこには10人ほどの人名と各人の年齢、職業等が書いてある。

 

「通訳をしていた母の顧客名簿を破きました。恐らくこの中に父がいると思います。」

 

紙を受け取り凝視する鶴見。不意に額当ての下から汗のようなモノが一筋流れ出し、ハンカチーフで拭き取っている。

 

「フム、ならお手伝いさせて頂こう!」

 

「「え?」」

 

月島軍曹(仮)と返答が重なる。

 

「ご不満かな?」

 

「とんでもない!」

 

アンは心底喜んだが、月島軍曹(仮)は心底面倒臭そうにしていた。

 

 

今日はもう遅いから泊まっていきなさいーーと言う中尉の言葉に甘え、執務室の隣にある小さな仮眠室に案内された。案内するのは玉井と呼ばれた伍長。既婚者で歳も若くないから安心だろうとの事だった。

 

「"3人目"だよね。」

 

仮眠室に入るなり突然少女に話しかけられ、ギクリとする玉井。何故分かったのか、とモロに顔に出ている。

 

「・・・何のだね?」

 

「またまたぁ。あ、ところで私、ちゃんと尾形の女みたいに見えましたかね?」

 

「・・・どちらかと言うと情婦だな。」

 

「じょっ・・・ん、まぁいいや。都合が良いのはどの道一緒だ。」

 

ブツブツ呟く少女に戸惑いながら、玉井伍長は退室した。

 

 ◇

 

「月島、これをどう思う?」

 

深夜の執務室で鶴見は赤毛の少女から手渡された紙切れを、背の低い軍人に渡す。背の低い軍人こと、月島軍曹は紙を見ながら溜め息を吐いた。

 

「どうもこうも、10年以上も前の話でこんなに父親候補がいては捜し出すのは厳しいでしょう。気の毒ですがあの娘には諦めてもらうしかありません。」

 

月島はすぐ隣室で寝ている哀れな少女を思った。期待をさせてしまったかもしれない。

 

「気になる名前が2つある。それだけを調べれば良い。」

 

鶴見は2つの名前を指し示した。

 

ーー『ジョン・スミス  52歳  数学教師』

ーー『オーガスタス・モラン  49歳 退役軍人』

1889年の秋、同じ日に連れ立って来日したようだ。

 

「ふふ、片方、いや両方とも偽名かも知れぬがな。」

 

鶴見は笑った。

偽名なら尚更見つからないのでは、と月島は思ったが、上官の額当てから流れる液体を見て黙っている事にした。

こうなるともう止められないのだ。

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