菊田杢太郎は札幌の小さな病院で呆然としていた。
昨日未明、彼は月島に撃たれた有古を抱えて病院に運び込み、暫く彼の側に付き添っていた。しかし赤毛の娘が鶴見中尉の手元にいるのが不安で仕方がない。いつ彼女の口から自分が中央のスパイであると漏れるかと考えると不安で仕方がない。
奇跡的に一命を取り留めた有古を病院に残し、菊田は大急ぎで赤毛の娘と鶴見がいる教会に戻った。
教会では赤毛の娘が刺青の暗号を解いていた。
彼女は興奮気味に、世界的秘密結社の陰謀説を鶴見に説明している。
ーーマジかよ!?
勿論信じているワケでは無い、彼女に引いているのである。裏切る予定の上官も引いている。月島と鯉登も引いている。
アメリカ大統領がパナマ運河の建設費用に使ってしまった、とか言い出した時だけは一瞬だが信じそうになった。ちょっと説得力がある。
その後は大混乱。教会内部に紅白の粉が舞い、菊田の目と喉がやられた。
「目に入った!」
思わず叫ぶ。最近、目に異物が入ってばかりだ。
赤毛の娘が逃げ出したようなので、教会から慌てて彼女を追いかけた。尾形と合流するまで見届け無くてはならない。この娘は直ぐに逃げ出す癖に直ぐに捕まるからだ。
しかし目潰しを喰らっている為に結局見失い、有古の病院に行き自分も目を診てもらう。失明だけは勘弁だ、自分は都丹のように器用では無いのだ。
医者は“専門外だ”とかブツクサ言いながら診察してくれたが、安静にしろと言われ寝かされてしまう。
已む無く病院で数時間過ごしたが、やはり鶴見中尉の下に戻らねばならない。コッソリと病院を抜け出して教会に向かうが・・・
「なんてこった・・・」
既に朝になっていた教会には誰もいなくなっていた。置いてきぼりを食らってしまったようだ。慌てて何処に行ったのか考える。
ーー鶴見中尉は暗号を解けたのか!?
因みにこの時、鶴見中尉は汚れて使えなくなってしまった教会を放棄して南に移動、月寒兵営にて暗号解読中である。実は中央のスパイだと既にバレている菊田は放置された。
菊田は悩んだ。取り敢えず病院に戻って現在に至る。
ーーまさかあの娘の言っていた事は実は本当で、鶴見中尉はその確認をする為に移動したのか?
信じ難かった。しかし、ワザワザ移動すると言う事は暗号が解けたか、彼女が言っていた通りだと言う事だろう。
「そうだ、函館に行こう。」
函館には在函館米国代理領事事務所がある。本当にアメリカ大統領が金塊を使ってしまったのか裏を取りたかった。師団にはその後合流すれば良いと考えた。
隣で横たわっている有古が心配そうに自分を見ている。
教会花火事件から18時間後の事である。
◇
札幌から蒸気機関車に乗ったアンと尾形は函館に向かっていた。到着までかなり時間がある為、汽車の中で仮眠を取る事にする。
昼に小樽に到着してからは、隣の車両がヤケに騒がしい。まるで酔っ払いの団体である。そして物騒なロシア語が飛び交っているが、陽気な雰囲気がしてアンは目が覚めてしまった。好奇心からそっと隣の車両を確認しようとするも、隣に座る尾形に“構うな”と言われてしまい断念する。尾形はそのまま居眠りを始めたので、アンももう一度眠る事にした。函館に到着したら眠る暇があるかどうか怪しいからだ。
しかし函館が近くなると、何故か今度は隣の車両の上がやかましくなって目が覚めてしまう。どうやら隣車両のやかましいロシア人達が、酔っ払って屋根の上に移動して騒いでいるようだ。偶に発砲音もする。
ーーなんて迷惑な連中だ!
走行中の機関車の屋根に登るとは迷惑だし、危険極まりない。あんな非常識な人間にはなってはならない、アンは自分に言い聞かせた。
◇
樺太から北海道の函館に無事に帰還した玉井、野間、岡田は、到着した翌日の昼過ぎにエディ・ダンと再会し、樺太で仕入れた衣装や工芸品等を引き渡した。ダンは大変喜び、3人に給料をはずんで出してくれた。
「アンがいないのは残念だが、君達がもし良ければ少し函館の町を案内しようか。馬なら貸すぞ?明後日に函館を発つからその時に返してくれれば良い。」
ダンは過去に馬具等の買い付けついでに、何回か函館で遊んだ事があるらしい。彼の申し出に岡田は断わろうとしたが、上官である玉井はアッサリと了承した。慌てた岡田は声を顰めて上官に進言する。
「良いのですか?尾形上等兵達は今、函館に向かって来ているんですよね。」
「あの2人がこちらに到着するのは夜だ。合流まで時間はまだあるさ。」
尾形からの電報で函館に向かうと連絡があったのは、今朝だった。3人は危うく函館から札幌に向かうところであった。
「金塊が五稜郭にあるらしい。田中が暗号を解いてくれたようだぞ。」
案内人である赤毛の娘が成果を上げた事が玉井は嬉しくて仕方がない様だった。アンタはあの娘の何なんだ、そう思ったが岡田は言葉を飲み込んだ。
結局3人はダンと一緒に函館の町を回った。西洋建築物のある港町や五稜郭も周り、夕方にダンと別れる。港の辺りが妙に騒がしく海軍らしき軍人が彷徨いている事に岡田は気付くが、合流の時間が迫っている為気にしてはいられない。次に向かうは函館駅、電報では尾形と赤毛の娘が3人を待っている筈だった。
日没前、函館駅に到着するが赤毛の娘だけで尾形がいなかった。
「山芋、尾形上等兵殿は?」
岡田が尋ねると彼女はションボリしながらも説明してくれた。
「アイツを樺太から追いかけてきたロシア人と決着つけるために、先に五稜郭に行ったんだ。危ないからついてくるなって言われたよ。」
「またもや別行動か、仕方が無い。」
玉井はボヤいていた。
ーーコイツ、何かまた雰囲気が変わったな。
岡田は山芋娘を観察する。玉井も野間も気付いていないようだが、岡田には分かった。言動は樺太で別れた時と変わらないが、何か違う様に感じる。恐らくあの後に尾形との仲が進展したのだろう。
取り敢えず尾形のいる五稜郭に向かおうとする玉井を岡田は止めた。
「ロシア人狙撃手とのケリがつくまで邪魔になるので合流は避けた方が良いかも知れません。実は・・・俺、港が気になっていまして、一回そちらに戻りませんか?」
岡田の提案で4人は函館港に向かった。4人は函館港の港湾労働者や水夫に声を掛けて情報収集を行うと、どうやら今夜から港が封鎖されて帝国海軍の駆逐艦がこちらに停泊するらしい事が分かった。
「海軍・・・鯉登のお父さん?」
赤毛の娘が呟いた一言に岡田はギョッとした。海軍少将・鯉登平二は第七師団27聯隊の鯉登少尉の父親である。鯉登少将は網走でも鶴見に協力している。玉井や野間もソレに気付いたのか顔色が悪い。
ーー五稜郭の土方達相手に戦争でも始めるつもりか!?
夕飯ついでに作戦会議をしよう、玉井はそう言い出し赤毛の娘と野間を連れて洋食屋に行った。お腹から音がする山芋娘に食べ物を与えるついでのようだ。岡田はもう少し聞き込みをしたかった為、後で合流すると伝えて港に残る。
日没直後の港は建物や街灯の灯りがあるとは言え暗い。岡田は注意しながら港湾労働者を探して声を掛ける。樺太からずっと軍服はしまい着物姿にしているとは言え、海軍関係者に声をかけてしまったら面倒になるだろう。
「あの、すみません。」
突然背後から声を掛けられて岡田は心臓が跳ね上がった。軍務から離れて久しいが一応は陸軍最強の第七師団の一等卒、突然に背後を取られる等とは想定外である。
「貴方はここの港の方ですか?港が閉鎖されたと伺ったのですが、船の運行はいつ頃再開します?困ってるんですよ、故郷に帰れなくて。再開しないなら船賃を返して欲しいんですが?」
着物の若い女だった。思わずウットリしてしまうような美女だったが、岡田を港湾労働者と決め付けて苦情を捲し立ててくる。
「いや、俺は違うんだけど・・・」
「あら、じゃあ軍人さんかしら?」
ーー!?
何故軍服でも無いのにそう言い当てられたのか・・・岡田は警戒して懐に隠した拳銃に手を伸ばすが、女は飽き飽きした口調で再び喋り出した。
「まぁ、どっちでも良いんですけど。ご存知ですか?海軍の艦は前と同じく四隻で来るようですね。ふふ、まるで箱館戦争ね。きっと今、五稜郭に行ったら巻き込まれて吹き飛びますよ?」
「何でそんな事を・・・」
「あ!軍艦が来ましたよ?ほら、あそこ!!」
岡田の疑問等どこ吹く風で女は沖合を指差した。慌てて岡田は双眼鏡でそちらを確認するが、何処にも船影はないし、そもそも暗くて碌に見えない。文句を言いながら女の方を振り向くも、彼女は既にそこからいなくなっていた。
◇
洋食屋に到着して連れの3人と合流した岡田は、港で入手した情報を彼らに伝えた。不審な女の件は黙っておいたが、彼女から聞いた事は伝える。客で賑わう洋食屋は日本人は勿論だが異人の姿もチラホラあり、様々な言語が飛び交う中を4人は円卓を囲んで食事をしながら会話する。
「ふぁいふんふぉふへ?ふひふはん?」
「山芋、口の中のクロケットを飲み込んでから喋れ。」
クロケットとは現代におけるクリームコロッケの事で、赤毛の娘は夢中になって熱々のクロケットを口に放り込んでいたが、熱すぎて飲み込めずに苦戦していた。彼女は野間に注意されて無理矢理飲み込んだ後に、コップの水を一気飲みしている。
「海軍の船って、網走にも来た駆逐艦か?網走川から砲弾で監獄の壁を吹き飛ばしていたな。」
玉井の発言に対し、山芋娘は心配そうにしている。五稜郭を吹き飛ばされたら、そこらにいるかも知れない尾形はどうなってしまうのか不安なのだろう。しかし彼女は岡田が思ったより図太かった。
「クロケット、おかわりしても良いですか?腹が減っては戦はできませんから。」
「もういい、食え食え!暗号を解いたご褒美だ。」
大喰らいの娘は空になった皿を玉井にチラチラ見せて物足りないと意思表示をすると、玉井は嬉しそうにクロケットを注文している。
玉井伍長殿は山芋に甘い、岡田だけでなく野間もそう感じていた。
洋食屋で話し合いをした結果、鶴見中尉が暗号を解いてこちらに来るであろう時間の少し前まで、宿で仮眠を取る。そして日の出前に五稜郭に向かい、尾形に駆逐艦が来ている事を伝える事となった。尾形が何処に潜んでいるかは不明だが、4人でそれぞれの方角から探せば見つかるだろうと言う雑な計画である。
五稜郭内部には土方達がいると思われる為、中は探さずに五稜郭の外周のみを探すのだ。
「尾形にもクロケットを食べさせてあげたかったなァ。」
赤毛の娘は溜息を吐いていた。同じ溜息でも元上官の中尉と比べて遥かに格落ちである。相変わらず色気が無い、岡田は苦笑いした。
朝、夏とは言えまだ外は真っ暗な午前4時、宿を出た4人は五稜郭に向かった。4人で別れて五稜郭周辺を回っているがなかなか尾形は見つからない。仕方なしにもう一度決められた集合場所に集まり、一旦五稜郭から離れる事にする。
もうじき夜明け、外は薄ぼんやりとしている。狙撃手に対抗する為に潜んでいる尾形は明るくならないと見つけられそうにない。
上等兵捜索を諦めて駅の方面に向けて歩いていると、道の反対側から集団がこちらに向かって移動している事に気付いた。双眼鏡で集団の正体に気付いた岡田は慌てて連れの3人に声をかけた。
「まずい、アレは第七師団です。早く隠れましょう!」
「もう来たのか!?」
「えェ、早いなァ。刺青人皮は粉まみれになった筈なのに。」
「お前、一体何をしたんだよ・・・」
岡田は赤毛の娘がいつも通りやらかした事を察したが、内容については聞くのが怖くてやめた。どうせ碌な事では無い。
4人は慌てて建物の陰に隠れて、第七師団の通り過ぎて行くのをただ見守るしかない。鶴見中尉や鯉登少尉、月島軍曹らの姿が見える。皆が殺気だっており、岡田は二〇三高地を思い出した。これが金塊争奪戦の最終決戦と言う事だろうか。
「筋肉質の少女・・・」
後ろにいた野間が何やら呟いていたが、彼は樺太で遭難してから暫く意味不明な事を言っていたので、今回もそうなのだろうと岡田は考えた。心の傷は完治が遅いらしい。
第七師団が通り過ぎていくのを4人で見送っていると、山芋娘が不思議そうに声を顰めて呟く。
「27聯隊ってこれが全員ですか?菊田さんもいない。」
「いや、死んでいった者達が大勢いたとしても補充があるだろうから、まだまだ足りないな。後から他の兵営から送られて来るのだろう。田中は菊田特務曹長殿を知っているのだな。」
「えぇ、まぁちょっと。良い人ですよね。」
玉井と山芋娘のやり取りで、岡田は何となく菊田に同情する。多分彼女は菊田に迷惑をかけた、そう推察出来たのだ。
◇
宿屋に向かう道中、背後から聞こえた凄まじい轟音にアンは振り向いた。それも一度では無く何度も。町の通りに建っている建物からゾロゾロと一般市民が出て来て、五稜郭の方角を指差して騒いでいる。
「艦砲射撃ですね・・・」
「信じられん、ここまでやるか!?」
アンは玉井達の発言に黙って頷いた。これでは本当に戦争である。鶴見中尉は負けた時の事は考えていないのだろうか。
「筋肉質の少女・・・」
野間が突然呟いた。彼は先程も月島を見て同じ事を言っていたが、月島は五稜郭に向かったのでここにいるワケが無い。彼は幻覚を見たのかも知れない。
「田中はここで待ってなさい。ダンさんの宿に行って馬を借りて来る。もう一度五稜郭の近くまで行くぞ。尾形上等兵に知らせてやらないと!」
「あ、はい!」
せっかちな伍長殿は部下2人を連れて行ってしまった。尾形の事が気になって仕方が無いのだろう。
港と五稜郭の方角をソワソワと交互に見ているアン、ふと群衆の中に見知った顔を見つけ、慌てて声を掛ける。
「インカラマッさん!」
「あら?」
網走で生き別れたままだった占い女が野次馬の中にいた。しかも胸元に小さい何かを抱えており、よく見て確認すると赤ん坊である。母になったインカラマッは更に美しく、更にトカプが膨らんでいた。
「お久しぶりです、相変わらずお元気そうですね。尾形ニシパと一緒じゃないんですか?」
「尾形は今別行動で・・・それよりその赤ちゃんは?」
「谷垣ニシパの長女です。」
何と谷垣が樺太から帰って来た後に出産し、鯉登の助けで何とか第七師団から抜けたらしい。その際に逃してくれた家永は死亡したとの事だ。家永の死に寂しさを感じながらも、谷垣夫妻が秋田で新生活をすると聞いて彼らの門出を祝った。
「フハッ、インカラマッさんの占いがあれば谷垣は一生お金には困らないな!私の占いの結果も当たっていたみたいだし、谷垣が羨ましいや。」
そう言うとインカラマッは少し困惑した顔をしてアンの右手を包み込むように握った。そして深刻な表情でゆっくり喋り出す。
「あなたがこれから進もうとしている道は苦難の連続です。私の占いの結果も、他の人からしたら決して良い事とは限らない・・・あの時は気付きませんでしたが、今なら分かります。」
占いの結果、つまり“船で欲しいモノを手に入れる”と言う事だろうか。尾形とは既に流氷のある海の大きな船の上で恋仲となっている筈だが・・・
ーー確かに今までの尾形の所業を考えたら、普通は親や友達に紹介しづらいよなァ。
アンは苦笑いしながら占い女の手を包み返し、反論する。
「心配いらないよ。私にとって良い事ならそれで良いじゃないですか。」
「・・・そうですよね。あなたならそう言うと思っていました。」
インカラマッは寂しげに笑い、そして更に話しかけてきた。
「恐らくあなたとお会いするのはこれが最後となるでしょう。・・・良い旅を。」
◇
アンは玉井達が馬に乗ってやって来たので、玉井の馬に一緒に乗せてもらい五稜郭へ向かう。玉井達は第七師団の兵士達に紛れ込む為に軍服に着替えていた。インカラマッが言うには谷垣は朝飯を買いに行ったらしく、結局彼には会えず仕舞いだった。馬に乗って走り出して少し経つと艦砲射撃が止んでおり、途中で馬を休めて状況確認する事となる。岡田が物見櫓に登って戦況を確認している間、アンと玉井、野間は馬に水を与える。
アンは玉井達と合流してから気になっていた事を尋ねた。
「玉井さん・・・この馬もしかして!?」
「あぁ、赤兎馬だ。」
赤毛の羆に襲われて心に傷を負った為に已む無く手放した筈の赤兎馬がいる。ダンの牧場を出る時に彼に買い取って貰い樺太に行く前に再会していたが、心の傷は乗り越えたのか、牧場を出てもアンと玉井を乗せて力一杯に走っていた。ダンは元アンの馬を大切にしてくれていたのだろう。
ーー赤兎馬だって過去を乗り越えたんだ、尾形だって大丈夫だ。
愛馬と奇跡の再会を果たし、アンは嬉しくなった。世界が自分に味方してくれている、きっと上手くいく、その筈だ、と。
この時、休憩中の造反組のすぐ近く、永倉新八が五稜郭に向けて馬で走り抜けて行くのだが、それには誰も気付かなかった。
◇
尾形は五稜郭から北東の場所で、木の上に登って戦況を観察していた。アシリパ達が逃げ出すなら駆逐艦のある南側では無く北や東と読み、そこで待機していたのだ。明け方前に玉井が自分を捜しに来たのか、近くをウロウロしていたのだがまだ合流は出来ない。狙撃手を倒さないと、いつ邪魔をされるか分かったモノでは無い。
自分の場所から距離にして800メートル程の木の上、光が見える。
尾形にはそれが、狙撃手の持つ双眼鏡が太陽光に反射したモノだと直ぐに分かった。午前の陽の光がロシア人狙撃手の場所を示していたのだ。これは敵の狙撃手にとって想定外の筈である。
ーー世界が俺は正しいと言っている。
尾形は撃った。
罠だと考え、敢えて光から腕一本分下を撃った。
ほぼ同時に撃ち返されるも、敵の弾は尾形の左脚を貫いたのみ。彼への狙撃を外した相手は恐らく死んだと思われる。
漸く好敵手との戦いにケリをつける事が出来たものの、五稜郭から脱出したアシリパ達は駆けつけた谷垣達と共に逃げて行く。
第七師団兵卒を殺して馬を奪い、馬で逃げるアシリパ達を追う。赤毛の娘や玉井達の事が頭に過ぎるも、彼らと合流していたら見失ってしまうのだ。
ーー中央が欲しがっている土地の権利書だけでも手に入れねェとな。
手柄を立てて奥田中将に士官学校に入れて貰い、いずれ父と同じ陸軍中将に・・・
ーーアイツ、そう言えば俺の軍服が好きだったな。
軍人は冠婚葬祭に軍服を着る。あの阿呆との婚礼迄には少尉程度の軍服は着ていてやりたい、尾形はそう思いながら馬でアシリパ達の後を追った。途中で見失うも林の向こうから銃声が聞こえ、そちらに向かう。
蒸気機関車が走っていた。
中では第七師団の追加の兵士達と土方達が暴れ回っている。
月島、鯉登、そして鶴見中尉の姿もある。
ーーこの蒸気機関車を第七師団27聯隊の棺桶にする。
尾形は運転台に乗り込んで小銃を発砲、走行中の車両から乗務員達を全員外に追い出した。
「暴走列車地獄行きだぜ。」
尾形が赤毛の娘と共に函館に到着してから、約18時間後の事であった。