ある悪人の前半生   作:土鳩

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終始、鶴見中尉視点の回です。


あゝ非情 (前編)

陸軍第七師団の鶴見中尉はその日、小樽の兵舎にある執務室にてとある少女を待っていた。執務室内には腹心の部下の一人である上等兵の宇佐美、右腕である軍曹の月島がそれぞれ扉の両側で控えている。

少女と約束したのは3時だったが20分過ぎても現れず、宇佐美などは不満と殺意を漏らしていた。

 

ーー逃げたか?

 

懐中時計を確認しながら鶴見は少し焦った。

昨夜三島から報告を受けた時、今日は午前ではなく夕方に見舞いに行くはずと聞いていた。尾形からの指示らしい。

いつもと異なる見舞い時間に疑問を抱き、夕方の見舞いに行く前に少女を呼び出して、父親の話をするついでにさり気なく聞き出そうとして朝一番に部屋を訪れた。しかし扉を叩く前に突然少女が出て来て驚き、ついこの様に聞いてしまった。

 

『おや、今から尾形上等兵の見舞いかね?』ーーと。

 

彼女は肯定したが嘘なのは明らかだ、目が僅かに泳いでいた。父親の話を持ち掛けて約束を取り付けたが果たして来るのだろうか。朝早くから兵舎を出た理由は何だったのか。

彼女と尾形の関係についても疑問がある。『尾形の女』でない事は鶴見の目から見れば明らかだ。身体を売って生計を立てていると言ってたが、それも嘘だろう。理由は単純、あの娘は可愛らしいが色気が全く無いからだ。なら造反の可能性がある尾形の協力者なのか・・いや、軍に無関係の非力な民間人の少女にあの慎重な尾形がそんな事をさせるだろうか。“アイヌの金塊”にも何の関わりもないはずだ、刺青人皮を知らなかったのだから。

一応少女の身元は調査が済んだばかりだが、概ね本人の証言通りだった。ただ北海道のあちこちを転々とする生活をしていた事もあり、調査に時間がかかり鶴見の元に中途半端な出来の報告書が上がって来たのはつい昨日の事だった。考えれば考える程に疑問が浮かぶ。

 

ーー本人に聞くしかないが、あの嘘吐き娘が素直にしゃべるものだろうか。

 

鶴見がフゥ、と悩まし気に溜め息をつき、宇佐美はそれを見てウットリと陶酔した。

その時である。

 

「大丈夫か、田中!?」

 

部屋の外に控えている前山一等卒の声が廊下から響いた。声の様子からして明らかに動揺している。

 

ーー来たか!

 

「入って貰いなさい。」

 

「はい、し、しかし・・・」

 

「早くしなさい。」

 

入室するように急かし入って来たのは・・・。

 

「遅れてすみません。」

 

鶴見に貰った着物は雪と泥で汚れ、かなり着崩れしている。特に裾が酷く、膝から下が丸見えである。よく見ると白い肌のあちこちに細かな擦り傷や切り傷が見られ、唇の端には血が滲んでいる。

酷い有様の赤毛の少女であった。

 

ーー暴漢に襲われたのか!?

 

鶴見は動揺した。月島も、宇佐美ですら目を見開いて驚いている。

年頃のそこそこ顔立ちの整った娘の無惨な姿に、どう声を掛けて良いのか躊躇ったが聞かなければならない。

 

「どうしたんだね、その格好は。尾形上等兵の見舞いに行ったのではないのかな?」

 

「尾形さんのお見舞いは夕方なのを忘れてました。でもどうせ外に出たのでここに戻らず、家に一時帰宅して片付け等していました。その時に偶然羆に遭遇してしまい、やむを得ず闘ってきました。その時に着物が着崩れてしまいました。」

 

「ひぐま・・・」

 

「時間もないので直さずに来てしまいました。すみません。」

 

「何言ってんだよ、この芋娘!!羆と闘って無事で済むはず無いだろッ!どうせボーっと歩いててどこぞのチンピラに藪にでも連れ込まれたんだろうが!!」

 

一言呟いて絶句した鶴見の代わりに宇佐美が馬鹿正直に意見を代弁してくれた。しかし正直すぎる。こんな言い方をしたら傷口に塩を擦り込むようなものだ。

 

「やめなさい、宇佐美上等兵!」

 

鶴見が宇佐美を厳しく窘めると、宇佐美は“ハイ!”と応えつつ恍惚とした表情を浮かべながら姿勢をただした。叱っても褒めても同じような反応をする上等兵に月島が冷たい視線を送る。

 

「そうか、大変だったな。口からも血が出ているが殴られでもしたのかな?」

 

「いえ、自分で舌を噛みました。」

 

「!!?」

 

月島が鶴見に命じられて少女の口の中を確認する。確かに端ではあるが、舌を噛んだ跡があった。傷自体は浅い。

鶴見はこの少女を嘘吐き娘だと認識しつつあったが、このような時まで嘘を吐くとは考えていなかった。彼女は被害者、いや、被害者だからこそ正直に言わないのだろうか。

初めて少女に会った日に腰から下げていた2つの物を思い出す。母の形見と言っていた鞭とパチンコ、あんな玩具のような物で羆は殺せない。吐くならもっと上手い嘘を吐けばよいのに、少女は相当混乱しているようだ。

少女の目を見据えると真っ直ぐに鶴見を見つめている。眼の光は強く、恥じて自死を選ぶような人間のそれではない。

 

ーー襲われたが徹底抗戦、死ぬ覚悟で誇りを守り通した・・・か。気丈な娘だ。『教授』の血を引くだけはある。

 

赤毛を揶揄われて暴力に及び、尋常小学校退学となった少女の経歴を思い出させる。

 

心配して声を掛けた月島に医者はいらない、と断る赤毛の少女に自分の上着を掛けてやり、椅子に座るよう促す。これ以上詮索して心を傷つけるのは悪手、彼女も愛を以て自分の駒にしなければならないのだから。

 

机を挟んで向かい合って座る少女に、フゥと一息ついて鶴見は切り出した。

 

「では、約束通り君のお父上について話すとしよう。いいかね?」

 

「はい。」

 

赤毛の少女は神妙な面持ちで頷いた。

 

 

「まずは君にこれを返そう。」

 

鶴見は机の引き出しから一枚の紙切れを出して赤毛の少女に渡した。通訳をしていたという少女の母親の顧客名簿だ。

 

「この中に私の父が?」

 

少女は受け取らずに机の上に置いたままの紙を真剣な眼差しで見ている。鶴見から出されたお茶とみたらし団子にも手を付けない。 

 

「まぁ待ちなさい、少し説明をさせて欲しい。ここの2つの名前を見てごらん。」

 

鶴見は2つの名前を指し示した。

 

『ジョン・スミス  52歳  数学教師』

『オーガスタス・モラン  49歳 退役軍人』

 

「ジョン・スミスは偽名だったよ。英語圏にはよくある姓名なんだ。日本でいうところの『山田太郎』みたいな名前かな?その下のオーガスタス・モランは本人では無く父親の名前を名乗っていた。」

 

「はぁ・・・」

 

 

「そのジョン・スミスの方が君のお父上だ。本名はジェームズ・モリアーティ、21歳で数学の論文を出した天才で大学教授だ。」

 

 

鶴見のハリのある声が執務室に響いた。月島も宇佐美も“天才”の言葉に驚いた様で目を見開いている。2人とも、目の前の赤毛の少女に天才の血が流れている様には見えなかったのかもしれない。一方で少女はあまり動揺をしていないように鶴見の目には映った。

鶴見の額からまたもや粘度の高い液体が一筋流れる。

 

「数学ですか・・・。だいぶ年が、その、いった方ですね。あ、鶴見中尉殿、いつものが・・・」

 

少女が慌てて指摘すると鶴見はハンカチでそれを拭き取る。琺瑯の額宛ての下には日露戦争の奉天会戦で負傷した傷があり、興奮すると傷口から体液が垂れる。最初その事を少女に伝えた時は酷く心配されたのだが、今ではあまり気にしなくなっているようだった。

 

「・・・でもどうして偽名なのに父の名前が分かったのですか?」

 

少女は鶴見に疑いの眼差しを向けた。当然だ、そもそも父親の正体が判明するのが早すぎる。遠く離れた国の人間を偽名から見つけ出したのだから。

 

「君の亡きお母様の名前は田中セツ、であっているね?」

 

「・・・はい。」

 

「イギリスに君とお母様の戸籍があったのだよ。モリアーティ氏の妻と娘として記載されている。」

 

「えっ・・・いや、でも私の名前を父はどうやって知ったのですか!?」

 

「亡くなられたお母様が君の産まれた直後にモリアーティ氏に手紙を送っていたのが確認できた。君の性別、名前の報告だ。写しの英文だが・・・見てみるかい?」

 

少女に書類を渡すと横文字の文章にあわせて目が動いており、表情も僅かに変化が見られる。

 

「まさか読めるのかね?」

 

「いえ!とんでもない!」

 

少女は取り繕うように笑いながら否定したが、情報将校が見逃すわけがない。

 

ーーこれも嘘だな。間違い無い、この娘は英語が読める。

 

鶴見は戸籍について説明を行った。

正確には戸籍ではない。イギリスには家族単位の戸籍制度は無く個人での登録制度であり、少女の父親は何をどうやったのか日本人の母子をイギリス人として個人登録を済ませていた。

 

その点を具体的に説明しながら、赤毛の少女が動揺して身を乗り出すのを鶴見は両手で軽く制した。狼狽えながら椅子に座り直す少女の表情を観察すると、驚きの感情の中に微かに喜びが見えた。やはり父親に完全に見捨てられたわけではないと言う事実が嬉しいらしい。

ふと鶴見の頭に入院中の哀れな上等兵の顔が頭に浮かんだ。彼は死に際の父にも存在を否定された息子である。恐らくこの少女もまだ見ぬ父親に対して多かれ少なかれ愛情を掛けてもらう事を期待しているだろう、愛と策略を以て人を操る将校はそう考えた。

しかしその瞬間、少女の口から思わぬ言葉が飛び出す。

 

 

「じゃあ私も父の相続の対象になる、と言う事ですよね。」

 

 

「そうぞく」

 

麗しき情報将校、本日3度目の絶句であった。

 

 

ーーこの娘は私が思っていたのとは全く違う。

 

鶴見は思った。

最初の印象は、ただただ無学で非力な垢抜けない混血の娘だった。しかし面会を重ねる内に嘘吐きの印象を持ち、今では意外に賢いのではと考えている。そして強欲なようだ。

少女は執務室の窓を見ながら少し落ち着きなくソワソワしだした。

 

「君は・・・お父上に会いたいと言っていた、と記憶しているが・・・」

 

鶴見は尋ねた。

 

「はい。父に会って子どもとして認めて貰い、父から継げる物は全て継ぐつもりでした。遠い国からワザワザ極東の日本に来るなんて、家か本人のどちらかがお金持ちか身分が高いとしか思えません。あ、もしかして私に他に兄弟とかいますか?」

 

「いや・・・」

 

「良かった!あ、でも婿取りは必要か・・・。」

 

この時代、殆どの先進国で女子に家を相続する権利はない。息子を持たぬ家の当主は基本的に親族の男子を後継者に選ぶか、娘に婿を取らせて婿を後継者とする。つまり父親のお眼鏡に叶った高貴な血筋の優秀な男子を婿養子にして後継にするのだ。例え女当主になるとしても相応しい相手と結婚するのは当たり前である。

 

ーーなるほど。この娘が尾形の側を離れないのは、何処で知ったのかは知らぬが尾形の血筋が目当てだな。高貴な血筋を持つ優秀な男を夫に迎え、父親に認めさせて後を継ぐつもりなわけだ。

 

鶴見は瞬時に理解、いや誤解した。彼は知らなかった、少女が尾形の側にいるのは脅されたのが切っ掛けであり、扱いづらく性格に難があるとして婿候補からはとうに外されている事を。

鶴見は昔、仮初めとはいえ家庭を持った事がある。美しい妻と妻に似た可愛らしい娘。予期せぬ不幸で2人を失ったが2人はいまだに彼の心の中におり、忘れる事など出来ずにいた。ふと、娘を持った事のある父親としてどうしても気になる事があり質問をする。

 

「会った事がないとは言えモリアーティ氏は実の父親なわけだが、君には彼に対する情のようなものは無いのかね?」

 

なるべく責める口調にならぬ様に穏やかに尋ねたのだが、少女から返ってきた答えは非情な物だった。

 

「私にとって『父』は亡くなった養父だけです。実の父親には私がしてきた苦労を財産で贖って欲しい気持ちしかありません。その為には何でもするつもりでした。」

 

「ふむ・・・」

 

ーーこれもある意味父親に対する復讐なのだろうな。尾形や月島の様に命では無く、父親の築き上げてきた物を全て奪うのだから。しかし娘なのか息子なのかでこんなにも発想が異なる物だろうか?

 

扉の前に立つ月島に目を遣る、彼は父親を憎んでいた男だがその彼も理解が出来ない、といった表情で眉を顰めている。逆側に立つ退屈そうな宇佐美とは対照的だった。

 

「・・・私にはよく分からぬが、娘と言うのは父親に対して、こう、冷たく無関心な物なのだろうか?」

 

思わず本音を漏らした鶴見に対し、少女はあっけらかんと答えた。

 

「よく聞く話です。どんなに仲の良い父娘でも娘が年頃になるとそうなります。家庭によって差はありますし、父への本音を隠す娘さんがいるかもしれませんが。」

 

「そういう物なのか、月島。」

 

「私に聞かないで下さい。」

 

ついいつもの癖で月島に話題を振り、素気無く返される。

 

少女は相変わらず窓から外を伺っている。空に昇った太陽が傾き出して執務室にいる4人を照らし、4人の影が次第に長くなってきた。机の上の手付かずのみたらし団子は表面が乾いて硬くなってしまっているし、一緒に出された熱いお茶はすっかり冷めてしまった。

彼女の“弱い娘の振り”が次第に雑になって来ているのに鶴見は気が付いている。この娘は焦っているのだ。

 

ーーあぁ、尾形の見舞いの時間か。しかし話はここからが肝心なのだ。

 

鶴見は少女に尾形の見舞いに行かせるつもりはない。今日も明日も明後日も、この先ずっと、だ。

 

「鶴見中尉殿、ありがとうございました!そろそろ尾形さんのお見舞いに行かないといけないので失礼します。」

 

「まぁ、待ちなさい。話にはまだ続きがある。」

 

「・・・戻って来てからでは駄目ですか?」

 

「駄目だ。」

 

死神と噂される情報将校の黒く鋭い瞳が少女を捉え、赤毛の少女はびくり、と体を固くした。

 

 

「相続と君は言ったが、残念ながらモリアーティ氏は16年前に亡くなっている。財産の殆どは国に差押えられてしまい、残りも彼の親族の手に既に渡っているのだよ。」

 

鶴見がそう告げると少女の瞳に困惑と絶望の色が浮かんだ。

 

ーーこの娘は本当に実父に対して何の情も無いのだな。

 

彼は半ば呆れたがこの強欲娘は餌をチラつかせれば御し易い可能性があり、まだ諦める段階では無い。

 

「君は秘密結社と言う物を知っているかね?」

 

突然の鶴見からの脈絡の無い質問に、赤毛の少女は目を丸くした後に答えた。

 

「フリーメイソン、てヤツですか?」

 

なんで君はそんな言葉を知っているのだ、と喉元まで出かかったが、深呼吸して心を落ち着かせて飲み込んだ。聞いたら負けだ、と鶴見は自身に言い聞かせて話を続ける。

 

「違う、そうじゃない、それとは全く違う組織だ。本当に極一部の人間しか知らない、壊滅するのを待つだけの名前も無い組織・・・」

 

「はぁ・・・」

 

「表面上は16年前に長をしていた男の死亡時に解体され、後継者だった男も投獄された。しかし実際には水面下で組織の人間達は繋がり、それを誰にも気付かせずに保ったまま潜伏しているとしたら・・・君はどう思うかね?」

 

「16年前にって・・・まさか。」

 

赤毛の少女の瞳に困惑と僅かな期待の色が宿ったのを情報将校は見逃さない。

 

「君のお父上は指一本動かさずに多くの人間を葬り、多額の金を右から左へ動かし、社会や国に影響を与え続けたのだよ?興味はないかね?」

 

琺瑯の額当てから流れ出した液体を気にせず話を続ける。

 

「まぁ、そうは言っても今では長を失って消えゆくのを待つだけの国家反逆の犯罪組織だがな。」

 

「たっ・・ただの大学教授に何でそんな・・・」

 

少女の顔は興奮で赤くなってはいるものの明らかに狼狽えている。後ろに控える月島もだ。宇佐美は相変わらず興味が無さそうである。

 

ーー興味はあっても話が大きすぎて気が引ける、か。17の娘には重たすぎる遺産、ましてや犯罪組織ではな。だからこそ不安を抱く彼女に寄り添いながら、正統な後継者として組織を継げるように助けが必要で我々が付け入る隙があるというものだ。

 

情報将校は続ける。

 

「大学教授は隠れ蓑だ。お父上の遺した人脈!現金や不動産などより余程価値のある遺産だとは思わないか!?」

 

「思います!欲しいです!」

 

少女のまさかの力強い即答に鶴見は危うく4度目の絶句をするところであった。

 

 

「あー、でもやっぱり組織を継ぐってのも婿が必要なんでしょうか?」

 

赤毛の少女は項垂れ、膝の上に掛けた鶴見の上着を握りしめている。どうやらこの娘は色事などに関する事は苦手なようだ。鶴見は笑って尋ねた。

 

「その為に尾形上等兵に近付いたのでは?」

 

「尾形さんかぁ、尾形さんなぁ・・・。」

 

項垂れたまま溜め息を吐いた少女の表情は読み取れないが、どうやら尾形に手を焼いているのだけは伝わってくる。扉の前に立つ宇佐美が顔に苦笑いを浮かべ、口の両端の黒子が僅かに上がっていた。

 

「・・・鶴見中尉殿は独身でしたでしょうか。」

 

「ん?」

 

顔を上げて真っ直ぐに自分を見つめる少女の唐突な質問に、鶴見は素っ頓狂な声を出した。

 

「そうだなぁ、最初から鶴見さんにすれば良かったんだ。ちょっと年上すぎるけど優しいし、色っぽいし。」

 

「冗談を言うのは辞めなさい。」

 

鶴見は苦笑いで少女に忠告する。扉横の上等兵の顔色が変わったのが視界に入った。

 

「本気ですよ。私、鶴見さんなら何の問題も無いです。」

 

宇佐美の顔が怒りの余り次第に赤くなっていく。月島もそれに気付き、宇佐美に小声で名前を呼びかけるが宇佐美からの反応はなく、ただひたすら目の前の生意気な小娘を口元を引くつかせて睨んでいる。

 

「年の差は気にしませんよ!鶴見中尉殿も私と結婚すれば間接的にその組織とやらに関与できますし何の問題があるでしょうか!?」

 

少女は鶴見の上着を胸元まで引き寄せて嬉しそうに握りしめている。

 

「君ね・・・」

 

 

「私なら宇佐美さんと違って、鶴見さんの子供も産んであげられます!」

 

 

少女のはしたない一言に、宇佐美の我慢は限界を迎えた。

 

「このドブスが!!死ね!!」

 

宇佐美が上等兵としてあるまじき発言をしながら銃剣を抜き放ち、少女に襲い掛かる。

 

「いかん!つきし・・・」

 

鶴見が慌てて月島に命じて宇佐美を止めるように声を掛けようとしたその瞬間、鶴見の視界は真っ暗になった。少女が握りしめていた鶴見の上着を放り投げ頭からかけたのだ。

 

真っ暗な視界の中、月島が宇佐美を止めて2人で床に倒れこむ音と“グアッ”と低く唸るような声が聞こえた。

慌てて頭から被せられた上着を床にはたき落とす。

 

すると鶴見の目に飛び込んで来たのは、腹心の部下2人が床で揉み合う姿。

そして執務室の扉を開き廊下に飛び出す赤毛の少女の姿。

3人とも決死の形相であった。

 

更に廊下にいる前山の“ぎゃふっ”と言う声が聞こえ、廊下をバタバタと走り去る音がする。

 

「何と!あの娘逃げおったぞ!!」

 

鶴見は叫んだ。何故か笑っている。

 

ーーワザと宇佐美を挑発して自分を襲わせ、月島に宇佐美を抑えるよう仕向けたのか!!

 

上官の声で我に返った月島が慌てて廊下に飛び出して行く。

 

廊下で月島の叫ぶ声が聞こえる。

 

それにしても口先一つで腹心の部下2人を一瞬だけとは言え無力化させられた鶴見、何故か上機嫌である。

 

月島の声が階下から響いた。

 

「中尉殿!二階堂が娘を取り押さえました!!」

 

「どっちの二階堂だ!」

 

「両方です!」

 

「よくやったぞぉ、二階堂!!」

 

一卵性双生児の一等卒の成果を階下にまで届くような大きな声で褒める。

 

鶴見は笑った、大きな声で笑い続けた。

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