ある悪人の前半生   作:土鳩

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小宮の設定は捏造となります


あゝ非情 (後編)

話は少しだけ遡る。

 

『鶴見中尉は自分を外に出す気が無い。』

そう気付いたアンはまず鶴見の腹心の2人を共倒れさせ、執務室から廊下に飛び出した。

廊下で混乱している人の良さそうな前山一等卒に、“御免”と武士の様に謝りながら、17年(満年齢)の人生で3度目の股間蹴りをかまして卒倒させる。

廊下を走り、階段を二段飛ばしで下り、酒保の裏手を目指して走り続ける。そこにある塀の側にはよじ登れそうな木があり、そこから外に脱出する予定であった。

兵舎は今は閑散としているがもうじき門限、早くしないと人が、というより陸軍最強の北鎮部隊様が大勢戻って来る。

こうなった以上、尾形への報告はもう無理だろう。ならば造反3人組に合流して小樽を脱出するのみだ。

野間のしつこい程の反対は正しかった訳だが、それでも鶴見中尉から父の情報が聞けて良かった。

 

ーーフハッ、アン・モリアーティ。秘密結社の女首領。

 

あの中尉殿が頭から液体を流しながら言っていたのだから嘘ではないだろう。未だ逃げ切れて無いにも関わらず思わず笑みが溢れる。犯罪行為はともかく、お金儲けには興味がある。

 

ーーお金持ちになったらでっかい御屋敷を買って、尾形の野郎を庭師としてこき使ってやろう。サロマ湖より広い庭を1日で掃除させてやる!

 

志が大きいのか小さいのか判断し難い夢を皮算用で描きながら、ひたすらに走る。

 

すると前の角からこちらに曲がって来る1人の人物が見えた。軍服を見るに一等卒のようだが未だ見た事が無い人物である。眉毛の薄い、と言うより、ほぼ無い男だった。

そ知らぬ顔で通り過ぎるか前山と同じようにするか迷っていた時、何処からか月島軍曹の大声が響いて来た。

 

「娘が逃げたぞ!!取り押さえろ!」

 

目の前の眉無し男が突如身構え、アンの進路方向を塞ぐ様に立ちはだかった。

男の全身から殺意じみた強い警戒心が出ており、これでは不意打ちで攻撃するのはもちろん、横をすり抜ける事も出来はしない。

仕方なく来た道を戻ろうとアンは踵を返す。

 

そこには・・・

 

全く同じ顔、同じ体型、同じ服、同じ姿勢をとる男が全く同じ距離感で存在した。

 

「!!!???」

 

夕方のまさに

逢魔が時、兵舎の薄暗くなってきた廊下での出来事である。

 

ーーこれはまさか・・・シェイプシフターとか言うヤツか!?日本にもいたなんて!!

 

アンは基本的に超常現象は信じていない。だが『絶対にいない』と言うのも違うと考えている。

 

しかし焦り過ぎて頭がおかしくなったのか、それとも目の錯覚なのか、頭が一気に混乱した。

何度も繰り返し前と後を確認するが、どちらも消えてくれない。錯覚では無いようだ。そしてどちらが前でどちらが後なのか分からなくなって来た。

2人は少しずつアンににじり寄って来る。嫌なことに歩き方と歩幅と速度まで同じだった。

少女の口から思わず“ヒィィ・・・”と情け無い声が漏れる。

 

「二階堂兄弟!!その娘を捕まえろ!」

 

月島の声がして答えが出た。

 

ーー双子かよ!!

 

極めて単純な答えだった。

 

1人で十分の筈だが2人がかりで両側から取り押さえられ、床に叩き付けられる。余りの恐怖と圧迫感にアンは気を失った。

 

 

アンが目を覚ましたのは夜の9時頃、真っ暗な執務室の隣、つまり今まで使っていた仮眠室の寝台の上だった。

朝から用事に追われて気が付けば羆と闘い、鶴見中尉から逃げたと思えば謎の双子に挟まれて恐怖体験をして、赤毛の少女の心と身体には疲労が溜まっていたようでぐっすりと寝てしまったのだ。

慌てて起き上がり暗がりの中で手足を動かす。

 

ーー拘束されていない・・・?

 

あんなに分かりやすく逃亡したのに拘束されていない。以前、尾形と野間、岡田の前から逃げ出そうとして失敗した事を思い出す。

今日の事は夢だったのかとも思ったが、舌と身体のあちこちに小さな傷があり現実に起こった事だと思い知り項垂れる。

 

「何て日だ、畜生・・・。」

 

外の様子を見ようと扉を開けようとするも開かず、どうやら廊下側から新しく鍵を作り施錠されているようだ。

 

ーー玉井さん達ごめん。・・・大丈夫かな?

 

尾形も気になる。鶴見中尉は見舞いに行くのを頑なに止めていたように感じた。もしや尾形造反の証拠でも出たのだろうか。

 

ふいに扉がガチャガチャと開錠の音を建てて開き、一人の男が入って来た。廊下の明かりの逆光で顔が見えず、ただの背の高い黒い塊に見えてアンは身震いした。

 

「起きたなら明かりぐらい点けろよ、ブス。」

 

黒い塊が話しかけてきて、ようやくその正体が宇佐美と判り再び身震いする。言われるが儘に明かりを点すとそこにはニヤニヤと笑う宇佐美がお盆を持って立っていた。

夕方、宇佐美を挑発する為に喋った内容を思い出し背中に脂汗が吹き出す。この男は自分に報復に来たのだろうか。

 

「遅くなったけど僕が飯を持って来てやったんだから、残さず全部食えよ。」

 

小さな机に荒々しく盆を置き、食器とお菜が盆の上で軽く跳ねる。

 

ーーうわッ、そうだった。夕飯の配膳はコイツが担当だった。

でも宇佐美が持ってきた夕飯より、玉井が買ってくれたアンパンの方が良い。"名前がアンならアンパンで良いだろう?”とかしょうもない事を言いながら毎回買ってくれたアンパンの方が。

 

「いらない。」

 

アンは拒否した。

宇佐美が毒でも入れていたらたまったものではない。拒否一択である。

 

「あ、そう。」

 

宇佐美は怒り出すかと思ったら全くそんな事もなく、相変わらずニヤニヤ笑いながら机に添えられた小さな椅子に腰掛け、背もたれに背中を預けて寛ぎだした。

 

ーーこの野郎、さっさと出てけよ!

 

舌打ちしたいのを堪え、そっと扉に近づく。宇佐美が入って来る時に部屋の鍵は開けられてそのままになっている。自分は監禁されている様なので外には恐らく見張りがいるだろうが、逃げられなくても宇佐美が不穏な行動をすれば見張りが止めてくれる可能性はある。

 

「助けを呼んでも無駄だよ。ほとんどみんな出払ってるから。」

 

「へ?」

 

予想外の発言に素っ頓狂な声が出てしまった。本当ならこの危険な男とアンは、二人きりで兵舎にいる事となる。

 

「そんなに警戒するなよ。鶴見中尉殿にお前には指一本触れるなって言われてんだよ、はぁ、詰まんね。」

 

「!中尉殿は他に何か言ってましたか?」

 

「あー・・・“詰めが甘い娘だ”とか、“話の続きがあったんだが”とか・・・あっ、後は“あの娘とは相性が悪い”ってさ。ふふッ、お前振られてやんの!」

 

宇佐美は嬉しそうに笑っている。

 

ーーコイツ、まさか夕方のアレを本気にしてんのか?私が振られたと思って・・・それで機嫌が良いのか。

 

アンは呆れた。

宇佐美は決して無能な人間では無い。むしろ有能な筈だが鶴見中尉が絡むだけでこうも思考力が低下するのだろうか。

 

ーーこれだから恋やら愛やらは厄介なんだよな。

 

今まで読んできた小説の登場人物、実際に話をした事のある娼婦達・・・皆、恋愛に狂って判断を間違える。

しかし『話の続き』とは何だろうか、どうせ師団にとって都合の良い話だろうが。

 

「ところで他の人達はどちらに行ったんですか?」

 

早く帰って来て欲しいものだ。

 

「玉井伍長殿以下三名、全員兵舎に戻っていないんだよ。小宮と三島は念の為に百之助の病院に向かったけど、他は僕ら留守番組を残して玉井伍長達を捜しに山に入ったよ。」

 

「ちょっ・・・え?今何時?」

 

「夜の9時半」

 

ーー谷垣さんは!?

 

真面目で優しい一等卒の顔が頭に浮かんだ。あの人は何故戻っていないのか。何処に行ってしまったのだろう。

不死身の杉元の連れとやらに殺されてしまったのだろうか。造反3人が突然いなくなったから、捜しまわって遭難でもしたのだろうか。

 

ーー悪い事をした・・・かも。

 

赤毛の少女の項垂れる様を見て宇佐美は意外そうに声を上げた。

 

「なぁんだ、てっきりお前が百之助や玉井伍長達と組んで何かしてるのかと思ってたのに。その様子じゃ本当にあの連中はただの行方不明みたいだね。」

 

やはりこの男は厄介である。というか3人組まで疑われていたとは、本当に脱走して正解だったわけだ。

 

「ん?という事はお前、本気で百之助を目当てに近づいただけなの?ウケる!」

 

「はぁ・・・」

 

脅されて運命共同体みたいになってしまった男を、自由意志で選択した相手かの様に言われて、アンはウンザリした。

 

「えぇと、アン・モランだっけ?お前。」

 

「・・・モリアーティ!」

 

「あー、そうそう間違えちゃった!それだ。ふふッ」

 

宇佐美は再びニヤニヤ笑っている。

 

「良かったねーお前。百之助と違って一応は認知されてるんだから。」

 

「はぁ、どうも。」

 

もう良いから早く出てけ、とアンが思った時である。宇佐美の口からとんでも無い発言が飛び出してきた。

 

 

「アイツみたいに父親や弟を殺す手間も無いしね。」

 

 

アンは黙ったまま目を見開いた。

 

「・・・殺す?」

 

「あは、知らなかったかぁ。」

 

宇佐美はわざとらしく笑っている。

 

「花沢少尉は日露戦争で戦死、花沢中将は戦争の人的被害の責任を負って切腹したんじゃ・・・」

 

「あー、百之助にそう聞かされてたのか。実際表向きはそうだね。」

 

聞かされて等いない、自分で聞き込みしたり新聞等で得た情報だ。尾形からは家族の話を聞いた事は全く無い。

アンは何故か無性に腹が立ってきた、自分が知らない事を目の前の男が知っている事に。

 

「弟は・・・」

 

「いや、言わなくて良いです。」

 

コイツの口から情報を得るのは癪に触る。アンは宇佐美の発言を冷たく遮った。

 

「興味無いのかよ、百之助の話だぞ?」

 

「まぁ、ぶっちゃけ親子間、兄弟間の殺し合いなんてよくある話で珍しくも何ともないでしょ。」

 

「お前一体、どういう環境で生活していたワケ!?」

 

アンは飽き飽きした口調で宇佐美の問いに応え、宇佐美はアンの答えに引いていた。

宇佐美は目の前の少女があたかも修羅の国で生きて来たかのように判断した様だが、勿論そんな訳では無い。飽くまで歴史上・物語上の人物だったり、野性動物の話だったりするのだが、いちいち説明するのも面倒だし早く出て行って貰いたいので黙っている。

 

目の前の少女の反応が面白く無いようで、宇佐美は“詰まんね”と言いながら椅子から立ち上がり扉を開けて漸く部屋から出て行こうとしーー突然立ち止まった。

 

「どうなさいましたか、宇佐美上等兵殿。出口はそちらで合っておりますよ。」

 

早く出てけと言わんばかりに慇懃無礼に、出るように促す。

 

「ブス、お前さ、まさか父子の情があって認知されたとか思って無いよな?」

 

「へ?」

 

「いや、まぁお前が考える事はみんな考える事だよなーって思ったワケ。じゃあねー。」

 

ヘラヘラ笑いながら宇佐美は出て行った。仮眠室の施錠も抜かり無くされる。

 

宇佐美が漸く出ていき少女は寝台にゴロリと横になって溜め息を吐いた。

しかし尾形が父どころか弟まで殺していたとは驚きだ。

かく言う自身も10歳前後までまだ見ぬ父を呪った事があるので父親に関しては気持ちは分からなくも無い。

しかし弟に関しては理由が分からない。

赤毛の少女の脳裏に弟殺しをした兄達の名前が甦る。

 

足利尊氏、織田信長、伊達政宗・・・しっくり来ない。

ふと『山猫』の呼び名を思い出し、そこから1組の兄弟が浮かぶ。

 

ーー父に認められた弟と認められなかった兄。あぁ、『カインとアベル』か。

 

幼い頃にクリスチャンだった母親から半ば読む事を強制された聖書、そこに出てくる兄弟の名前である。

この2人は同じ父と母から産まれるが、弟は神に捧げた供物を認められ、兄の供物は神には認められなかった。兄は弟に嫉妬して殺す事になるが、それが人類最初の殺人となる。

キリスト教だけでなく多くの宗教で『神』を『父』として呼ぶので、尾形の父を神と重ねて考えた。

 

ーーまぁアイツの場合は父親も殺している訳だが、それまでは父の気を引く為の供物とかもしたんだろうか?

 

色々あれこれと考えたが途中で飽きて考えるのを辞め、そのまま目を瞑る。

 

ーー神が本当にいるかは分からないけど、いたとしても酷く不公平なもんだ、なぁ尾形。

 

入院中の上等兵に心の中で語りかけた。

もう今夜は流石に眠れないだろうと思ったが、彼女自身が考えていたより疲れていたようで、そのまま布団に沈んで行くような感覚の中、眠りに落ちた。

 

[newpage]

 

小宮幾太郎は陸軍第七師団27聯隊の一等卒である。

同期の三島剣之助一等卒と共に上官の鶴見中尉の命を受け、上等兵である尾形百之助の病院の見張りに着いていた。

三島は暖かい病院内を任され、彼は寒い外の見張りを請け負っている。交代はしない。

仕方の無い事だ、と彼は考えた。

三島が病院の外に立とうものなら道行く御婦人方の目に留まり、下手すれば話しかけられて見張りの業務に支障が出る事間違い無しである。

三島は甘い顔立ちで爽やか、しかも愛嬌があり真面目である。かたや自身はと言えば、決して器量良しとは言い難い真面目なだけの男だ。

適材適所である。

こんな自分にも任務を与えて下さった鶴見中尉殿の為に、ただ真面目に任務をこなすのみである。

 

尾形上等兵には毎日午前中に見舞いに来る者がいた。

赤い髪の毛のあどけない少女。聞いた話では日本人と異人の間に産まれた娘らしく、驚く事にあの尾形上等兵と恋仲にあるとの事だった。

 

ーー年が少し離れ過ぎでは?

 

まず最初に小宮が抱いた印象である。

 

尾形上等兵は兵士としては大変優秀で、狙撃の腕では第七師団随一なのは間違いない。おまけに頭も良く顔立ちも整っていて、流石妾腹とは言え花沢中将閣下の血を引くだけはある。

しかし人格に少し・・・いや、かなり難がある。

嫌味で陰湿で自分勝手なところがあり、しかも頭の良さがそれを助長させてしまっているのだ。

 

ーーこの少女は尾形上等兵殿に脅されているか、騙されているのでは!?

 

つい心配になり、少女が外で尾形上等兵と2人で顔を寄せ合って話をしている時に声をかけた事も多々あった。2人は心の底から嫌そうな顔をしていたが仕方が無い。鶴見中尉からは少女も見張れと言う指示があり、上官も彼女を気にかけているようなのだ。

小宮の頭の中に、年の離れた悪い男に騙されて駆け落ちをし、後日川で水死体として発見された幼馴染が甦る。

朝飯の配膳にかこつけて少女と話をしようとも考えたが、説教臭くなり返って反発されるかも知れないと思うと躊躇した。

 

ーーあの娘は玉井伍長殿とも仲が良いらしいが、野間や岡田、谷垣はあの娘と尾形上等兵殿の関係をどう考えているのだろう。

 

小宮は野間に借りがある。

小宮の親戚が難病にかかり大金が必要になった時、小宮は贅沢をやめて一等卒の少ない給料から送金をしていた。しかしどうしてもお金が足りなくなった時、野間が何も言わず一円を貸してくれたのだ。借りた一円を返すべく機会を伺っているのだが、尾形上等兵を襲った犯人捜しが忙しい様でなかなか機会がない。

そんなある日の事、玉井伍長以下三名が遅い時間になっても兵舎に戻らなかった。

鶴見中尉は多数の兵士を引き連れて山に入り捜索にあたっている。小宮と三島は念の為に尾形上等兵の病院に行くように指示された。

 

今、小宮は病院の外にいる。

 

ーーそう言えばあの娘は今日は来なかったな。鶴見中尉殿には“あの娘とは絶対に口をきくな”と言われてしまったし、野間達も戻って来ないし、何があったのだろう。

 

小宮が心配しながら病院の塀沿いを歩いていると、いきなり物陰から伸びてきた手に口を塞がれて裏路地に引き摺り込まれた。

 

狭く暗い路地で小宮は自分を押さえ込む何者かから逃れようと必死に暴れる。彼を押さえる手の数からして犯人は二人組だ。

 

「落ち着け小宮!俺だ!」

 

自分を羽交締めにしている男が後ろから話し掛けて来て、小宮はその正体に即座に気付いた。

 

「・・・野間か?」

 

暴れる脚を前から抑え付けている犯人の方の顔を確認する。暗くて見え辛いが・・・

 

「岡田?」

 

「そうだ。すまんがお前に頼みがあってな・・・。」

 

「何をしているんだお前ら!みんなお前らを捜しに山に入ったんだぞ!!鶴見中尉殿も、和田大尉殿まで・・・」

 

「馬鹿!静かにしろッ!」

 

慌てた野間に再び口を塞がれる。

 

「俺達は戻れないんだよ、分かってくれ。」

 

岡田が神妙な面持ちで小宮に話しかける。

小宮は訳も分からず野間に目線を送り説明を求めると“俺が?”と言いつつも、彼は苦しそうに話し出した。

 

「ひっ・・・羆がな、玉井伍長殿が・・・やられた。

 

「玉井伍長殿が!?いかん、すぐに病院に・・・。」

 

「ダメだ!!その・・・アレだ。顔がやばい。生きているけどベロンとしてる。」

 

「!!?」

 

野間は相当混乱しているようで日本語がおかしい。岡田も小宮にしがみ付いたまま俯き肩を震わせており泣いているようだった。

 

「見苦しい顔を見せたくないって、息が虫だが・・・」

 

「もういい代われ野間!あのな小宮、玉井伍長殿は羆に顔に大怪我を負わされたんだよ。今アイヌの集落にお世話になっているんだが、虫の息だ。上官に見苦しい姿を見せたく無いと仰っていて俺達だけで看取る事になった。伍長殿の埋葬が終わり次第戻るつもりだがいつになるかは分からない。この事は誰にも言わないでくれよ!」

 

「わ・・・分かった。」

 

岡田の説明で小宮は漸く理解と納得が出来た。上官を失おうとしている岡田の目尻には光る物が見えた。

 

「あ、あとこれを。」

 

野間が何かを渡して来た。

 

「あのや・・・赤毛の娘に渡してくれ。朝飯の配膳の時で良い、多分アイツの大事な物だ。『無理はするな、心配もするな。』と伝えてくれ。」

 

「・・・彼女とは口をきくな、と鶴見中尉殿が仰っていた。」

 

小宮の一言に野間と岡田は困惑した表情で目を合わせる。

 

「病院は・・・尾形上等兵殿は?」

 

「特に変わりは無いが?今、三島が中にいる。」

 

「三島・・・か。入れないな。」

 

野間と岡田は溜め息を吐いた。野間が意を決して小宮に話しかける。

 

「悪いが必ず伝えてくれ。あの娘の身に関わる事だ。頼む。」

 

「・・・」

 

「野間から借りた1円は返さなくて良いから、お前だって仕送り大変だろう?」

 

何故か岡田がそう言い出したが、野間も了承済みの様で頷いている。

 

「・・・分かった。」

 

小宮は渋々頷いた。故郷の家族を少しでも助ける為だ、仕方が無い。

 

 

コソコソと立ち去る2人を善良すぎる一等卒は黙って見送った。

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