「───ご期待に添えず申し訳ありません。私の力が及ばず、ご足労をおかけしました」
「とんでもない!異物を捕捉出来るか否かで、今後の対応がまるで違います。急に無理を言ったのに受けていただいて感謝の言葉もありません」
深々と頭を下げてくるが、この人がそんなことする必要は全くない。寧ろ望み薄だったところに希望を持たせてもらえたんだから言うことなしだ。
俺の目の前に居るのは、アガペレ修道教会から『聖人』の称号を与えられたこの国随一の治癒士だ。身に纏っている衣服は他の司祭さんと同じもので、どうやら称号と階級は別物らしい。
「改めて検査の結果を開示します。其方の防人さまも同伴でよろしかったでしょうか?」
「はい、全幅の信頼を置く人物ですので」
あ、クインが隣りで凄く誇らしそうに笑ってる。俺が学校で缶詰になってる間、クインは俺の下賜される領地やら何やらの手続きで奔走してくれたらしい。おんぶに抱っこで本当に頭が上がりません。
近隣の貴族との折衝や今後の計画など、色んな経験を積んだクインは一回りデカくなったように感じる。うかうかしてたら置いていかれそうで、俺も身が引き締まる思いだ。
「素晴らしい信頼関係ですね。では説明に移らせていただきます───貴方の身体に入り込んだ"異物"は、現在貴方の精神構造へ完璧に擬態しております。それ故に取り除くのが極めて困難な状況です」
「・・・・・・なるほど、精神汚染への対抗魔法では厳しいですね」
「ご明察です。怪我の治療などもそうですが、大抵の回復魔法は肉体や精神に記録された『健全な身体』へ回帰させる仕組みです。ここまで酷似した擬態ですと、治癒の対象と見做されません」
高位の治癒士は、回復魔法に【
学校の図書館で調べて目から鱗だったんだが、この繊細さや技巧こそが魔法の
例えば、腕を無くした冒険者に再生治療を施すとしよう。目の前の司祭さんなら元の腕と遜色ない形で生やすことが出来る。だけど俺の場合は、生やすことは出来るがかなり簡素で機能性の低い義手にしかならないって感じだ。
本能的に細かい調整が効く自分自身への魔法行使なら違うんだろうが・・・・・・おっと、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
「しかし、魔法ですら探知不可能なものをよく判別出来ましたね?」
「この手の呪物に関しては多少経験があります。【
「"バシュム"・・・・・・じゃありませんよね?何度か不本意ながら戦いましたけど、これはアイツの趣味じゃない」
「えぇ、"バシュム"は苦痛や尊厳を傷付ける呪詛を好みますから。この呪いは毒蛇が台頭する前から確認されているので、若輩の私でも知識がございます・・・・・・問題は、下手人と目される組織の頭目───"ウロボロス"のものより洗練されているという点ですが」
ああ、そういうことか。模造迷宮に記載があったけど、やっぱり教祖とやらはイカれ異邦人の創造物ってことか。ダメ押しの証言を得られたのは収穫だな。
【浄血】の初代と同年代ってことだから相当な長生きだよな。"ウロボロス"なんて名乗ってるあたり、もしかしたら寿命がないのかもな。役割的に代替わりしてるとは思えないし。
「こんな異常過ぎる忌物を何処で引き当てたのか・・・・・・尋ねることはしませんが、どうかくれぐれもご自愛を。もしこの練度が殺傷に研ぎ澄まされていれば、貴方はこの場に居なかったでしょう」
「こ、今後は気を付けます!」
「───お連れの方。どうかくれぐれも目を離されませんよう」
し、信用がない・・・・・・!?仲間相手ならともかく、初対面の人にすらこう思われるってどういうこと??
クインも戒めるように深々と頷いて───まあクインは仕方ない。迷惑掛けまくってる自覚はある。
「それで司祭さま、イーグレットさんからご提案いただいた件について意見をいただけますか?」
「・・・・・・『カラレスの御山』にある遺跡ですね。精神の浄化において、あの霊地に勝る場所はありません。私もその選択に異論はありません。ただ───」
そこで司祭さんは言い淀んでしまう。反対している、というよりは伝え辛い内容を吟味してる感じだな。
「遺跡への入場に何か制限があるのでしょうか?」
「いいえ、遺跡そのものが問題なのではございません。【天門僧衆】は助けを求める手を決して阻みません。問題なのはその手前の話です」
「手前・・・・・・確か【天門僧衆】の総本山は───あっ」
どの辺りかは知らないけど、何処の地方かくらいは覚えてる。西部地方・・・・・・よりにもよって、今絶賛
「お二方とも、どうやらお察しいただけたようですね。現在あの地方では、世論が分断され貴族間でも激しい政争が繰り広げられているとのことです」
「・・・・・・引き金はオニキスフレア、ですか」
「まず間違いなく。かの御家に恨みを持つ者、恩恵を与っていた者、そして混乱そのものを目的とするもの。彼らの煽りを受けた西部の治安は深刻な悪化を見せているそうです」
・・・・・・容易に想像が付くな。技術欲しさにセレンディバイト公爵家を叩き潰したくらいだ。目が寄り切ってた頃のクソ爺いが生んだ怨嗟は計り知れない。
それとは別に、技術以外はさして興味のなかった連中だ。取り潰した貴族の財産は適当に処理を命じただろうし、全力で擦り寄ってた連中は相当甘い汁を吸ってたに違いない。オニキスフレアを裏切りたくても、その庇護下以外に居場所なんてない。
「ジグムント翁は徹底抗戦の構えだし、【
「私としては政情が落ち着くまで待つべきかと思いますが・・・・・・その様子ですと、そういう訳にもいきませんか」
「はい、少々厄介なことになってまして。クイン、説明を頼む」
・・・・・・俺たちが慌てて教会にやってきたのも理由がある。それも割と無視出来ない内容だ。
最初にそれを発見してくれたのは老執事さんだった。夜中に部屋から出歩いてる俺を見て声を掛けてくれた。その時の俺は『喉が渇いてただけ』といってすぐに部屋へ戻った。
その次は屋敷の守衛さんだ。トマス殿から提供された探知系の防犯魔導具に反応があり、該当場所に行ったら俺が居た訳だ。その時も適当な言い訳をしていたが、明らかに屋敷から抜け出そうとする動きだったらしい。
・・・・・・何で自分のことなのに他人事みたいに言うかって?
「───なるほど、肉体の制御が薄れる睡眠時にのみ稼働する呪詛ですか。これはまた厄介な」
「今のところは実害までいってませんが、もし実力行使とか勝手にやられちゃ溜まりませんから」
「・・・・・・しかし、随分と
それは本当にそう。まあ俺たちにとって益になるから良いんだけどさ。イカれ異邦人が人心を理解しない奴なのがこんなところでメリットになるなんてな。
多少は取り繕えるらしいが、信頼関係や機微には疎いみたいだ。俺が他の奴ならともかく、クインの進言を軽んじるなんてあり得ない。そんな反応を示した時点で、俺が俺自身を疑う理由には充分過ぎる。
「とはいえご懸念は尤もかと、これが無意識下からの侵食だった場合取り返しが付きません。分かりました、一両日中に全ての手配を済ませます。私と司教猊下の口添えがあれば可能でしょう」
「何から何まで感謝に絶えません。此方もすぐに用意を整えます」
「お気になさらず、我々にも下心がない訳ではありません・・・・・・既に色々と起こってはいたすが、次善の方法はまだ残っています。『盛大に何も始まらなかった』で終わる道を、アーサー殿下が見込まれた貴方達に私も期待しております」
穏やかに笑っちゃいるが、この人も内心では忸怩たる思いだろう。第三王子が倒れたとなった際、真っ先にこの人へ声が掛かった筈だ。
別世界のオーバーテクノロジーにも反応出来る腕前なんだ。"バシュム"の呪詛だって治せる可能性は高い。だけど現実はこの通りだ。
この超多忙な筈の『聖人』に、横槍入れといて何だがすぐに会えた。それはつまり、入ってた筈の予定に穴が空いたってことだろう。誰が会わせなかったのかは知らないが。
「アーサー殿下とはお知り合いなんですか?」
「───私がまだ新米の頃の話です。よく"病気"で伏せっていたあの方の治療を任されていたものでして」
・・・・・・それはまた何とも。当時から殿下がどんな立場だったかよく分かるエピソードだ。
当時から既に頭角を表してたんだろうが、それでも新人の治癒士が王族に宛てがわれるなんてあり得ない。先祖代々王族に仕える専属医が居る筈だろ。
「当時はセレンディバイト家がお取り潰しになったばかりで、第三王子派は進退を決めかねていました。それ故に他派閥からの追い討ちは苛烈を極めていました」
「・・・・・・殿下が"病気がち"だったのも、それが要因だったと」
「皮肉な話です。あの時決して殿下を死なせまいという思い、そして多種多様な"病"を診た結果が今の私です。『聖人』などと持て囃されようと、結局は誰かの犠牲の上に立った称号なのですよ」
無念そうに眉を顰める司祭さん。理解出来るなんて偉そうなことは言えないが、推し量ることは出来る。
なまじ名声を得てしまったがために、かつて心血注いで支えた戦友のような患者に何も出来なかった。おそらくそういった感情だろう。ヴィブギヨル王国最高の治癒士の一人なんだ、権力はなくても権威はあるし発言力も教会随一だ。
下手な声明を出してしまえば争いの火種になる。理性が幾らそう語り掛けても後悔は勝手に湧いてくる。しかも実力だけなら救える筈なのに、様々なしがらみがそうはさせない。煌びやかな肩書きを役立たずと思うのも道理だ。
「───失礼、余計なことを話しました。それでは話を戻しましょう。御山と寺院を中心とする『カラレス自治区』は完全中立の独立地帯。この領土にさえ足を踏み入れれば安全は約束されます」
「問題はそこまでの道中、ですか」
「えぇ、中央からカラレスまでに通る領土は5つ。中央派が"ブラックオパール子爵"と"ブラックダイア公爵"の2家。西部地方派が"オブシディア男爵"の1家、独立派が"ブラックトルマリン子爵"と"ジェット男爵"の2家となっております」
「・・・・・・入り混じり過ぎだろ。流石は『開拓地方』ってことですか」
西部は他の地方と違って、派閥や所属意識がバラバラでかなりカオスになってるらしい。南部とかは大貴族である公爵家が旗頭になってるが、此処だけは統制が取れてないそうだ。
理由はオニキスフレア・・・・・・じゃない。さっき言ったように、西部はヴィブギヨルで最後に切り拓かれた『開拓地方』だ。既に家名を賜った他地方の貴族の分家が移住したり、"訳あり"が放逐された流刑地的な側面も併せ持ってる。
だから西部貴族の家名は『ブラック◯◯』って名称が多いらしい。本家と未だにパイプが繋がってて其方の意向を優先する家や、地元に骨を埋める家。あるいは先祖の業を背負ってる所為で色々大変な家とか多種多様なんだとか。
「こんなんだと足並み揃えてなんて無理ですよね。寧ろよく今まで地方で大揉めしなかったもんだ」
「これもまた皮肉な話なのですが、今まではオニキスフレア憎しである程度仲間意識が芽生えてたそうですよ?」
「・・・・・・身内の不始末を居直るつもりはありませんが、何がどう転ぶか分からないものですね」
クインの言う通りだ。まあやらかしがデカいから到底相殺し切れないんだが、厄介者なりにプラスの影響があったのかと複雑なところだ。
それはさて置き、改めて地図を確認したが領土の乱立具合が凄いな。同じ子爵家でも、面積はラリマーの半分以下じゃないか?
「立地から見るに、やはり問題となりそうなのは"ブラックダイア公爵家"か」
「おそらくは。家名からお分かりかと思いますが、王位継承権を手放し臣籍降下した御家ですね」
「・・・・・・実は王家と不仲、なんてのは───」
「カーツさん、根性も大切ですが時には諦めも肝心ですよ」
ですよねー・・・・・・今回も中々ハードな経験になりそうだな。