【緋を呑む迷宮】を通って辿り着いたのは、セレストゲイルの屋敷を10倍は大きくしたような大邸宅だった。国一番と言って全く過言じゃない、絢爛さと城塞のような物々しさを併せ持った様相に思わず圧倒される。
・・・・・・とはいえ、西部の治安の悪さを凝縮したみたいに外観は荒れてたが。周囲にはヤバい目付きをした連中があちこちに潜んでやがるし、堅気の人間を呼べないのか城壁の破損もそのままだ。
「・・・・・・来る直前に噂は聞いてたが、相当派手にやり合ってんだな」
「ふん、有象無象が幾ら集まろうが物の数ではない。しかしまあ、絶対に我々を逃したくないのだろうな。どれだけ蹴散らそうが包囲だけは解こうとしない」
「狙いは消耗戦ですか・・・・・・兵站は大丈夫ですか?」
「ジグムント様が遥か以前より備蓄を整えておられた。10年は補給が無くとも戦える」
ドヤ顔で言ってるけど何の自慢にもならないからな?普通は孤立無縁で全方位と敵対するような真似はしないからな??そうならないように立ち回らなきゃ統治者として失格だろ。
でもデュッセルとやらは疑問にすら思ってないらしい。相変わらずのクソ爺い至上主義だこと。妙な真似はしないと思うけど、信用するのは止めといた方が良いな。
「さて、無法者共から西部の洗礼を存分に受けたようだな。先に身支度を整えてくるがいい」
「そりゃあ良い、丸一日駆けずり通しでクタクタだ。旅の汚れを落とさせてもらうさ」
「では女中の案内に従え・・・・・・ところで、貴様は誰だ?中央の人間ではないようだが」
そう言って"マウス"をジロリと睨む。流石にオニキスフレアの視線は怖いのか、薄ら笑いが完全に引き攣ってる。それでもちゃんと受け答えしてるのは流石だが。
「ひ、ひひ・・・・・・あっしは冒険者ギルド、オブシディア支部の"マウス"と申しまさぁ。かのセレストゲイルの防人筆頭にお会い出来るとは光栄の極み」
「あぁ、そういうことか。真面な神経をしていれば、我らが同胞の『墓場』へ土足で踏み入るまいと思っていたが。貴様の差し金だったか」
「待て待て、案内を頼んだのは俺だ。文句も責任も俺が受け持つべきだろ」
もの凄い勢いで冷たくなっていく声音に慌てて割って入る。相当胡散臭い奴ではあるが、こいつはちゃんと仕事をしてくれた。報酬を払う前に死なれたら寝覚めが悪い。
「───貴殿には果たしてもらわなければならないことが山ほどある。致し方あるまい、今回は不問とする。だが二度目はない。もし再びあの地に踏み入れば、貴殿が何と言おうと灰にする」
「ふへへ、寛大な仕置きに感謝致しやす」
「では私は失礼する」
用事は済んだとばかりにデュッセルは離れていった。まあ浴室まで着いてこられたら困るけど。
奥で俺たちを待ってる女中さんを待たせる訳にもいかない。クインと一緒に行こうとしたら、今度は"マウス"が足を止めてくる。
「それじゃ旦那方、あっしも此処でお暇しやす」
「あれ、もう行くのか?」
「ええ、これ以上は恩を売れそうにありませんので。それにあっしは『連合』のお墨付きを持ってますんで、この包囲網で無事に逃げられやす」
ふむ、それならこれ以上俺たちに引っ付いてても旨味はないか。最初は何企んでるのか心配だったが、結局何もしてこなかったな。
もちろん近寄ってきたのは純粋な善意・・・・・・なんておめでたい頭はしてない。俺の知らない何処かに意図があったのかもしれないが、実害がないなら言うことなしだ。
「今日は本当に世話になった。状況が落ち着いたら改めてギルドに連絡入れるよ。今此処で報酬の話もしとくか?」
「ひひひ、そう真面目になりなさんな。最初にも言いやしたが、あっしは好き勝手やってる連中に吠え面かかせられりゃ言うことなしでさぁ。まあ次会う時までに額の話は決めときやすんで」
「お手柔らかに頼むよ・・・・・・」
そうして"マウス"も屋敷から離れていった。慌ただしい展開だけど仕方がない。何もかも当初の予定から外れまくってるからな。
「───あ、すみませんお待たせしてしまって」
「いえいえ、それではご案内致します。中央棟には温泉がございますのでごゆっくりどうぞ」
「おおっ、温泉かぁ!」
「温めたお湯ではなく、最初から熱い天然の水ですか・・・・・・とても不思議ですね」
クインは俺と会うまで、南部から殆ど出たことがないんだったか?それなら温泉は未知の産物だろうな。
オニキスフレアが引いてきた湯なら滅茶苦茶効果ありそうだし、久しぶりに俺もゆっくり浸かるか。
◇
「・・・・・・随分堪能しておったようじゃな。貴様等は湯治目的で来おったのか?」
「いやぁ悪いな、ついじっくり長風呂しちまったよ」
「・・・・・・お待たせして大変申し訳ありません、ジグムント翁」
呆れを隠さないクソ爺いへ、色んな意味で真っ赤になったクインが謝罪する。別々の風呂に入った訳だが、俺が出てからも相当浸かってたみたいだからな。
血行が良くなったのと若干の湯辺り、それから羞恥心ってとこか。もし色んな用事が落ち着いたら温泉巡りでも行くか。ウォルフや世話になった人も呼んで。
「───さて、おおよその事情は聞き及んでおる。既に予想しているじゃろうが、中央は教会の荷馬車の一件を"事故"として処理しおったわ」
「・・・・・・予想はしていましたが、もはや中央の司法は機能しておりませんか」
「うむ、儂もこの展開は予想しておらなんだ。せめて儂等を討つまでは大人しくしとると思っておったが」
おっと、慰安旅行についてはまた今度だ。今は爺いとの話が先だ。
爺さんの予想だと、あくまで標的はオニキスフレアに絞るもんだと思ってたようだ。『自分達が滅ぼされる』という予言も、【浄血】全体に非難が及ばないよう他家の同胞と対決する未来を想定していたからだ。
だけど結果はこの通りだ。のっけからアンチ・【浄血】を全面に出しまくった所為で、特にヒュアランレインが"見限る"方向に舵を切った。しかもアーサー殿下が一石を投じたことで、貴族内でも意見が二分され余裕で返り討ちに出来てる有様だ。
「俺としては嬉しい誤算だけどな。『もう会うことはない』なんて偉そうに言ったけど、滅ばずに済むならその方が良い。まあ以前みたいなふざけたことしないならって前提だが」
「相も変わらず、気に入らん相手には歯に衣着せぬ男よ。それが協力を求める態度か貴様」
「ふんっ、生命を狙われた恨みがそう簡単に消えると思うなよ?それに、ちゃんと約束通り"治療"についても進めてるっての」
王立学校で余計な足止めは喰らったけどな。それでもオニキスフレアに滅びない可能性も出てきたんだ。ぶら下げられた人参で大人しくしといてくれ。
あんまり光属性魔法をダシに使いたくないんだけどなぁ。とはいえコイツらブレーキ効かねぇし、脅迫材料が一つくらいないと精神衛生状良くない。誘拐される心配とかもう御免だ。
「平民上がりの小僧が一端に交渉か?男爵稼業が板に付いてきたではないか」
「勘弁してくれ、分不相応にも程がある」
「まあ良い、今の儂は機嫌が良い。遠く離れたこの地からでも、『始祖の再来』殿の力が増すのを感じられる。貴様が物になれば【浄血】の未来も明るかろうて」
ああ、妙にホクホク顔なのはそれが原因か。俺が王立学校で使った時間を当然ノア少年も過ごしてる訳だ。男子三日合わざれば・・・・・・って言うもんな。俺の予想を遥かに超えてきても不思議じゃない。
「───カーツさん、そろそろ本題へ行きましょう。ジグムント翁、私達の目的地はカラレス自治区です。ご助力願えませんでしょうか?」
「うむ、構わんさ。この忙しい時期に出向く程の要件であろう?貴様等を出迎えたデュッセルをそのまま貸し出そう。忌々しいが、北での失態で人手が足りぬのでな」
護衛に人数を割けないから、強力な単騎を貸してくれるって訳か。土地勘のある火力役が居てくれるなら心強い。
てっきりもう少し渋られると思ってたんだけどな。まさか思わぬ形でノア少年に助けられるとは・・・・・・恩返ししたいのにますます頭が上がらなくなるな。
「───しかし、よりにもよってカラレスか。残るはブラック・オパールのみじゃが、少々厄介なことになっておるな」
「・・・・・・うん、知ってた。だって幹部が一匹もお出ましになってねぇからな」
クインも思わず天井を見上げてるよ。だけどもし此処で一休み出来てなかったらマジで危なかったな。
とはいえ、この後に及んでどんな面倒事だ??正直もうお腹いっぱいなんだけど。