「───音信不通?」
「うむ、ブラック・オパール子爵領は中央派にして辺境と中央を結ぶ交易路。その流通特権を利用して地方貴族を上手く抑えておった」
「それが郵便どころか、外貨獲得の資源や徴税品の物流すら止まっていると。西部は南部程ではありませんが、自給自足する程度には食糧資源も豊富です。問題は───」
「・・・・・・物資供給を頼みとしてる中央の方か」
爺さんから齎された"厄介事"の詳細。それは俺たちの進路が完全に沈黙してるという話だった。
中央は地方から、荷止めによる兵糧攻めに遭わないよう息の掛かった貴族を要所に据え置いている。それは西部だけでなくどの地方もそうだ。そして各地方が必要とする資源を上手く操ることで中央は利益を享受してきた。
だからこそこの状況は不味い。特に魔導具作製事業へのダメージがデカい。国庫だけでなく経済への影響も計り知れず、それ故に中央が動く理由としては充分過ぎる。
「───なるほど、狙いは公然と中央の捜査機関を呼び寄せること。そして合法的な封鎖か」
「然り、おそらく子爵家にも死人が出ていような。犯人探しという大義名分があれば天下御免で移動の自由も束縛出来ようて」
「・・・・・・その上、操作する人間は【
苦虫を噛み潰したように表情を歪めるクイン。まず間違いなく真っ当な操作は行われないだろうし、俺たちは見つかった時点で重要参考人だろう。
俺たちに出来ることは一つだ。通報を受けて役人共がやってくる前に、拙速をもってブラック・オパール領を走破する。相手主導で期限を設けられたのは癪だが・・・・・・他に方法はないし思惑に乗るしかないな。
「敵は最初から俺たちの事情を掴んでやがった。そうなると操作の派遣も下準備は済んでるだろ。ただでさえ足止めで一日潰された訳だし、明日朝一で向かわないと間に合わないか」
「同感です。そしてより効果的な誘い込みを狙うなら───やはり来ますか」
・・・・・・外が騒がしくなってきたな。もう夜中だってのに、キャンプファイヤーでもおっ始めたような明るさだ。
部屋を出て廊下の窓を覗けば、篝火があちこちで焚かれてやがる。照らされた連中はどいつもこいつも来客とは程遠い人相だが・・・・・・様子がおかしいな。精気が感じられないというか。
「───警戒を厳にせよ、何処かが明るくすれば陰が一層見え辛くなる」
「了解です、どう見てもアレは囮でしょうね。カーツさんは障壁の準備を」
「西に来てから切らしたことはないよ、大丈夫───うおっ!?」
言ってる傍から何かが飛んできた。其処から間髪入れずに人影が二つやってくるが・・・・・・爺さんの焔で即座に黒焦げになった。
「おいおい、室内で燃やして大丈夫かよ」
「無論だ、ちゃんと耐火仕様になっておる。しかし・・・・・・儂の力も随分と衰えたものだ」
「今の一撃を耐えやがるか、取り敢えず【
何らかの防護魔法だと判断していつも通りの対処をしたんだが・・・・・・突然糸が切れたように相手が崩れ落ちた。
燃え尽きた様子でもないし、燃えかけのローブを蹴り剥がしてみる。すると中にあったのは、肉や骨じゃなく鉄と歯車の塊だった。
「魔導人形、か。道理で油の焼ける匂いがせん訳じゃ」
「しかしあれほど機敏かつ精巧に動く人形は見たことがありません。私には手練れの暗殺者にしか───カーツさん?」
「この細工は・・・・・・だけど、どうしてアイツが?」
しっかり検めなくてもすぐ分かった。王立学校の『錬金術同好会』で何度も見た細工だ。主に雑用させられてる状況だったが、学校の展示物とは次元が違う出来栄えだったからよく覚えてる。
だがだからこそ余計に疑問だ。あの時『紳士協定』とか言って譲歩しまくってたアイツが何で今更仕掛けてくる?【浄血】の手が届かない学校の方が遥かにやりやすいだろうに。
「───チッ、まだカラレスにゃ着いてねぇとは思ったが。まさか此処に居やがったとはなぁ・・・・・・どうやってウチの眼から消えてみせたんだよ。土地勘ねぇ筈だろうが」
「誰かさん達が性急過ぎたお陰でな。中央に靡けば地方の態度は硬化する。アンタならよく知ってるだろ」
「クソがっ、よりにもよって迷宮抜けてくるとか想像出来るかよ!?そんな柔軟な考え・・・・・・いや、そうじゃねぇな」
青筋立ててた"ティアマト"が急に真顔へ変わる。まあそこは俺も引っ掛かってた。蛇蝎の如く嫌われちゃいるが、同時に滅茶苦茶畏怖されてるのがオニキスフレアだ。
デュッセルも言ってたが、同胞の墓所同然の迷宮に立ち入ったら普通に殺される。ギルドがそれを知らない筈もないし、まず地元の人間が考えることじゃない。つまりは、誰かの入れ知恵ってことだ。
どっから情報が漏れたかは知らないが、フリー素材みたくばら撒かれたとは思えない。俺のことを始末したくて仕方ない王族連中は違うとして、教会の協力者に伝手があるなら最初から頼ってる筈。ということは───。
「お互い背中から刺されて大変だな?どうせならこっちに鞍替えしろよ」
「はっ、あの時の意趣返しかよ?性格悪いなお前・・・・・・イカれた反社会勢力が裏切り対策を練ってないとでも?」
「まあそりゃそうか。それでアンタは何の用だ?」
わざわざ顔見せしてきたってことは、少なくとも"ティアマト"視点では交渉の余地がある内容だろ。絶対碌なことじゃねぇと思うが。
「・・・・・・クソ教主サマからの命令だ。"鍵"を取り返してこいってな。大人しく従うなら捕縛は勘弁しといてやる」
「はぁ、やっぱり碌でもない要件だったな。俺にとってもコイツは厄介事そのものだが・・・・・・今の言葉で余計に渡せなくなった」
半信半疑だった繋がりが確定した。【
そもそもどうやって俺から分離させるんだって話なんだが・・・・・・仮に『精神を洗い清める遺跡』とやらが駄目だったとしても、コイツらの手を借りる訳にはいかなくなったな。
「・・・・・・あっそ、なら予定通りにやるだけだ。オニキスフレア、テメェら屑共対策に用意した対炎属性特化の魔導人形で夜通し遊んでやるよ」
「ふむ、やはり我らの消耗が目的か」
「───口開くんじゃねぇよ。何時まで現世にしがみ付いてんだよ死に損ない」
ジグムントの爺さんへ絶対零度の視線が突き刺さる。そりゃ家族も家伝も何もかも奪った相手だ、当然だろう。
とはいえクソ爺いがそんなもんで堪える訳がない。限りなく無反応な姿にますます"ティアマト"の憤りが増していく。
「テメェらが縋り付いてきた権益と【浄血】から見限られる末路を楽しみに待ってたのによぉ・・・・・・本当に生き意地汚ねぇ野郎だよ」
「おぉ、儂も全くもって同感だ。故にこうして屋敷を棺桶と覚悟しておったのだがな。有能な組織に所属しておるようで羨ましいことだ」
「───ッ!」
おいおい、この状況で煽るのかよ爺い。まあ逆に萎らしく謝罪するのも相手の神経を逆撫でするだろうが。
だけどそういうのは俺たちが居ない時にやってくれ。こっちへの被害がデカくなるだろうが!確かにどう考えてもテロリストのヘイト管理がガバガバな所為だけどさ!?
「・・・・・・まあ良い、どうせやることは変わらねぇ。テメェら骸骨擬きの弱点は熟知してんだ。このままじっくりなけなしの体力削いでやらぁ!」
「ふっ、二兎追う者は一兎をも得ずとはこのことだな。襲撃は若造が居ない時にすべきだったな───そら、目にもの見せてやれ」
「えぇ・・・・・・はぁ、仕方ないな。【
爺いの思惑通りは癪だが仕方ない。カラレス自治区へ行く前に潰れられても困るからな。そういう訳で、光属性魔法式のデスマーチを連中にも体験してもらおう。
【浄血】最大の弱点である貧弱さ・・・・・・肉体の脆さもそうだが体力がとにかく低い。特にオニキスフレアは見た目通りな訳だが、俺の
そんで俺自身の体力やら何やらが減ってきたら、【
「───はぁ?おま・・・・・・んなの反則だろうが!?」
「・・・・・・寧ろ俺的には疑問なんだが?倫理的にどうかはともかくとして、教会だって一人くらいはこういう運用考えるだろ」
「出来て堪るか馬鹿野郎!?そりゃあ体力や身体の修復程度は治癒士の十八番だろうな!だけど頭の疲労や心身のバランスまで癒やすなんざ『聖人』でも出来ねぇよ!!」
「・・・・・・マジか」
思わず後ろに振り返るが、全員がそっぽを向いた。クイン、お前までか・・・・・・。
「───考えてもみろ。貴様が特別でなければ態々儂等が身柄を狙うものか」
「えっと・・・・・・トマス殿の協力の元、ノアさんに私の記憶を見ていただいたんです。そしたら『僕こんな芸当ムリです』とのことで」
「待って、それ初耳なんだけど???」
・・・・・・思い返してみれば、ノア少年も【
いやでも俺には"地元"での一般教養やオタク知識っていうアドバンテージが・・・・・・いやそれだけじゃ説明つかんわ。
「マジでふざけんなよお前・・・・・・チッ、嫌がらせにしかならねぇじゃねぇかよ!」
「そういう訳だから引いてくれないか?出来ればブラック・オパール領からも」
「無理だっつってんだろうが。はぁ、消耗しねぇオニキスフレアとか勝てるかっての。続きは明日だ、今日の借りは億倍にして返してやる」
捨て台詞を吐いて"ティアマト"は撤収した。爺さんも部下には追撃はさせず、殿に残していった魔導人形の殲滅で終わらせた。とはいえ数がかなり多かったから、それも大分時間が掛かってたけど。
クイン達の睡眠時間は減ったが許容範囲内だ。俺は元々寝るつもりはなかったし、いざとなればデスマーチをしてもらうだけだ。あと1日の辛抱だしな。
「一応礼を言っておこうか。どうやら貴様が居なくても今日儂等を襲うつもりだったようじゃからな」
「どうやらそのようですね。睡眠妨害だけなら最初のように配下にやらせれば良い。殆ど撤退したみたいですが、あの数は"ティアマト"の総軍ではないでしょうか?」
「そうじゃろうな。如何に才ある錬金術師とはいえ、操れる数にも限度はある。推測じゃが貴様らを見失った故に、儂等と相討とうとしたのやもしれん」
さっきの会話からして、"ティアマト"は命令に逆らえないっぽいもんな。俺たちをもう一度補足出来るか不明だし、せめて怨敵のオニキスフレアを道連れにしようとしたってとこか?
最初は俺たちへのハラスメント攻撃かと思ってたんだが・・・・・・向こうも向こうで板挟みらしいな。やっぱり反社と付き合うと碌なことにならねぇな。