"ティアマト"の襲撃から一夜が明けた。あの後は貴族の私兵や傭兵くらいで大した被害はなかった。オニキスフレアの防人が寝不足で疲弊したけど、【
「───ふぅ、流石は健康の為に国を敵に回した一族。
「・・・・・・他に言うことがあるだろうが。水薬だけで夜戦を支え切ったぞこの男」
「寧ろ昨日よりツヤツヤしてません皆さん・・・・・・?」
デュッセルどころかクインまで苦笑いしてる。何だかんだ王都に居ても冒険には事欠かなかったからな。
それでもそろそろ睡眠が恋しくなってきた。徹夜も良い加減慣れっこだけど、爆弾と隣り合わせなのは心臓に悪い。枕を高くして寝るにはあと少しの行軍が必要だ。
「それじゃあ人相の悪い連中も片付いたことだし、俺たちも出発しよう。"バシュム"は俺に用があるみたいだが、こっちがそれに付き合ってやる必要もない」
「えぇ、カーツさんも戦闘に支障がないとはいえ消耗していますから。とはいえカーツさんの治療中に攻め込まれても迷惑です。一番望ましいのは、ブラック・オパール領へ潜入しあんさ───失礼、奇襲を成功させることでしょう」
あらやだ、クインが珍しく物騒。まあそれだけ俺のことを心配してくれてるってことだな。俺としても楽に決着するならそれに越したことはないし。
消耗品はばっちり補充出来たし、念の為領土沿いに前線基地を敷くことも約束してくれた。万一旗色が悪くなれば戻って補給するなり、一度撤退して作戦を練り直すことも可能って訳だ。
「あの"蛇"がどれだけ兵を連れているかは知らんが、索敵にはそれなりに戦力を割く筈だ。もし我々の足取りを追えず、先走って【天門僧衆】へ仕掛ければ挟撃の危険があるからな」
「しかも俺から"鍵"とやらを回収する必要がある。無差別攻撃で怪しい場所を片端からって選択も無しだろう。兎に角見つからないようにするのが肝心だな」
まあ相手は腐っても天才錬金術師だ。魔法による迷彩は探知される可能性が高いし、魔導具も向こうの方が性能は上だろう。ウォルフが居てくれたら上手く誘導してくれたと思うけど、居ないんだから仕方ない。
取り敢えず事前に考慮するのはそのくらいか。【
◇
「・・・・・・・・・うわぁ」
「この光景、ラリマー領の緊急依頼を思い出しますね・・・・・・」
「信じられん、これだけの数を何処から・・・・・・」
ブラック・オパール領へ足を踏み入れてからおよそ5分。早くも俺たちの行軍は頓挫していた。茂みに隠れたは良いものの、一歩も前に進めてない。
その原因は目の前に広がる"雲霞の群れ"にある。文字通りの虫じゃなくあくまで比喩表現だけど。腐乱した狼型のモンスターに定番のスケルトン。それからどんな原理で飛んでるのか不明な、翼の生えた爬虫類・・・・・・の白骨死体。
クインの言う通り"コアトル"とやり合うきっかけになった依頼を思い出す景色だ。とはいえ規模は桁違いだが。街道も草原も区別なく敷き詰められてる所為で隠れる隙間が全くない。
「視界の端から端までアンデット塗れとはな。うへぇ、まるで蟲の群れみたいで気持ち悪いな」
「・・・・・・呑気だな貴様は。いつもこうなのかセレストゲイルの?」
「まあそうですね、どんな状況でも悪態付けるのがカーツさんの良いところです」
・・・・・・それ、本当に褒めてる?まあいいや、それはさておきこの事態は予想外どころの話じゃない。
当初の予定である『忍び込んでサクッとアンブッシュ』作戦は完全に破綻した訳だ。早急に次善の策を考えないといけなくなった。取り敢えず状況を纏めよう。
「───流石にあの数を隈なく統制しちゃいないよな?こっそり始末しながら進むってのはダメか?」
「どうでしょうね・・・・・・カーツさんの言う通りだとしても、異常を検知させる指揮官を置いているのでは?情報伝達が遅くては監視の意味がありませんし」
「仮にスケルトンの性能が低かろうが魔導具で補強も可能だ。兵隊の視界を利用し、数の増減さえ把握するだけならややこしい仕掛けは不要だ」
昨日の夜襲はこの布陣を知られない為でもあったのか。確かにこんなもん、土壇場で対応しろって言われても無理があるな。
「それでどうする。一度戻って応援を呼ぶか?」
「殲滅については請け負える。対多数は我等の得意分野だ・・・・・・問題は伏兵と搦手だな。昨日の襲撃者の殺意を考えれば、全力で出血を強いてくるだろうな」
「魔導人形の様な高性能かつ耐炎に秀でた戦力、あるいは腕利きの弓兵等が鬼門ですね。城塞のような屋敷と違い、全方位を警戒しなければいけません」
うーん、そこが問題だよなぁ。ありとあらゆる敵を灰燼へと変えるオニキスフレアは、突破力と対軍戦力において最強だ。だけど連中には打たれ弱さと寡兵っていう致命的な急所も存在する。
ましてや相手は一族をクソ爺いの意向で滅ぼされてるんだ。その切れ過ぎる頭で何度も黒衣の防人を滅ぼすシミュレーションを繰り返したに違いない。それを考えるなら応援要請は無しだな。監視網を崩そうと安直な陽動を用意しても、悪戯に犠牲を増やすだけだろう。
しかしそうなると目の前の分厚い防壁に手も足も出ない。さてどうしたものかと頭を抱えていると──────足が浮きそうになるほどの"暴風"が眼前を蹂躙し始めた。
「「・・・・・・へ?」」
「これは・・・・・・・・・むっ?東の方角だ!!」
デュッセルの指差した方向に目をやると、地平線の彼方から軍馬の嘶きが聞こえてくる。高々と掲げられるのは蒼色の旗印で、【蒼の防人】を先頭に多種多様な家紋の旗と騎士がそれに続いていった。
「───セレストゲイル、それに南部貴族の連合軍・・・・・・?」
「奥の方には教会の旗まで見えているな。まさかあのシュナイゼル卿が───部隊が一つ此方へ近付いてくるぞ」
「大丈夫だ、焔を仕舞ってくれ。間違いなく信頼出来る味方だ」
鮮やかな水色の生地に『調和』を意味する花の家紋。地獄の勉強期間より前から知ってるし、何度も世話になった南部貴族───ラリマー子爵家の旗だ。
牛みたいにガッシリした軍馬に跨ってるのはカイツ殿か。その後ろに騎士が10名とウォルフの姿もあった。
「やあユークレス卿!よくぞ無事であられた。クイン殿と共に襲撃されたと聞いた時はどうなることかと・・・・・・」
「カイツ殿、ご心配をお掛けしました。ウォルフもよく来てくれた・・・・・・けど、どうして西部に南部の騎士達が?」
「───そ、それについては、僕が説明するよ・・・・・・・・・うえっぷ」
あれ、この声はまさかトマス殿?だけど何処にも姿が・・・・・・あ、カイツ殿の背中に括り付けられてる。余程揺さぶられたのか顔色が滅茶苦茶悪い。
「・・・・・・ふぅ、死ぬかと思った。久しぶりだねカーツ───じゃなかった、ユークレス卿。僕たちが此処に居るのは、第三王子殿下の遺した影響と貴殿自身の働き振りによるものだね」
「えっ、俺と・・・・・・アーサー殿下の?」
「君も知っての通り、セレストゲイル一門と南部貴族の関係は良好だ。中央の迷走振りに揺れていたところに第三王子の働き掛けが功を奏してね」
「親【浄血】で連帯を強めていた折に今回の襲撃事件の一報が届きましてな。貴殿等の救出および賊徒の殲滅に便乗させていただきました!」
トマス殿の説明にカイツ殿が被せる様に話を続ける。王立学校で会った時と変わらない声量の大きさが今はとても頼もしく聞こえるな。
それはそれとして、色々聞きたいことが増えた。悠長にしてる暇はないけど、必要なことは押さえておこう。
「救援は本当にありがたいんですが、大丈夫なんでしょうか?後々問題になる予感しかしませんけど」
「まあ事情を知らない人から見りゃ、すわ内戦かって光景っすね。けど安心してくれ、大義名分はギルドが用意してくれたんで」
「ギルドが・・・・・・?」
「忘れてるかもっすけど、カーツはれっきとしたラリマー支部所属の冒険者だろ?加盟冒険者の救助って名目で、南部冒険者ギルドが懇意の貴族へ協力要請を出したんすよ」
・・・・・・あっ、そういやそうだった。いやでも、貴族になったタイミングで自動的に脱退させられてるもんかと。トントン拍子で貴族にさせられたからそういった相談も碌に出来なかったし。
「いやでも、クインはともかく俺を助けるのに何でそんな大事になってんだ?」
「はっはっはっ、北の『迷宮騒動』で多くの冒険者を救った治癒士さまが何言ってるのさ。アイゼナッハ支部長はもちろん、他の支部も総出で伝手を当たって働き掛けたそうだよ」
「今アンデットとやり合ってる軍勢にも二等級冒険者達が混じっていますよ!俺達は貴方達の護衛に回りますので、あの骨共は南部軍にお任せを!」
───あれほど堅牢だった雲霞の布陣はもうズタボロだ。クイン対策である程度は風属性にも耐性は付けてたみたいだが、屈強な冒険者や騎士達によって道は切り拓かれた。
恩を売りたくて頑張ってきた訳じゃないが、こうして困り果てた状況で恩返しされれば胸に熱いものが込み上げてくる。それにウォルフにカイツ殿、そしてトマス殿が加勢してくれるんだ。どう考えても負ける気がしない。
「───それでは全力でご厚意に甘えさせてもらいます。俺達は南部の連合軍が引き付けて下さってる間に、首魁の"ティアマト"を打倒します」
「承知しましたっ!」
「俺らが早く討てばその分被害が減る。責任重大っすね」
「手練れの前衛が2枚か、これなら私も敵の焼滅に専念出来そうだ」
「それでは私はカーツさんの護衛に専念します。防御はご自身でも充分でしょうが、回避についてはお任せください」
「あ、僕は凄く貧弱なので全力で守ってくださーい」
俺の言葉にカイツ殿、ウォルフ、デュッセル、クイン、トマス殿の順で返事をしてくれた。本当に頼もしい人達だ。