「───ったく、本当に誤算って話じゃねぇぞ南部のイノシシ共が。テメェらさえ居なけりゃ何も問題なかったってのによぉ」
「・・・・・・その割には焦ってねぇよなアンタ」
「そりゃ
"ティアマト"を守る大型魔導人形は満身創痍、南部連合軍の相手で余力がないのか他の人形は出してこない。どう考えても追い詰められた状況なのに、目の前の蛇は欠片も揺るがない。
ハッタリや強がり、じゃなさそうだ。この後に及んでまだ切り札が伏せられてるなんて考えたくもないが・・・・・・そもそも相手は何もかも奪われた状況から、女手ひとつで這い上がった女傑だ。そもそも油断出来る相手じゃない。
「カーツさん、動いて大丈夫なんですか?」
「ああ、心配かけた。魔力を使うのは無理だけど杖でぶん殴るのは問題なさそうだ」
「・・・・・・解せねぇんだよなぁ。"コアトル"から聞いたぜ?テメェ【
いや、俺に聞かれてもなぁ。そもそも比較出来るほど他人の魔法を知らないしな。
そういやモーガンも変なこと言ってたな。内容はちょっと忘れたけど、【硬気丹術】の総本山の世話になるんだ。そこで調べて───ちょっと待った。
"コアトル"に聞いたって言ったよな?それに加えて王立学校でも俺の魔法を何度も見てきた筈だ。それだけのアドバンテージがあるんなら・・・・・・っ!?
「───今頃気付いたのかよ!テメェの苦手分野をまだ馳走してねぇってよぉ!!」
「クソッ、止め───」
「手遅れだっつってんだろぉが!こっちは大見得切る前から仕込んでんだよぉ!!」
"ティアマト"が指を鳴らすと同時に、周囲で逆巻いていた焔が消えた。遮る物の無くなった快晴の空も、花火の様に散る残り火も認識した端から
───大慌てで俺を連れて離脱しようとしたクインが、足を縺れさせて転倒する。捨て身で突貫しようとした騎士達が喀血して崩れ落ちる。
そして俺自身も、声を掛けようとした瞬間天地がひっくり返った。地面に這いつくばってることも、打った頭の痛みで漸く理解したくらいだ。
「───じゅ、呪詛・・・・・・いえ、これ・・・は・・・・・・」
「惜しいなぁ、コイツは呪詛と毒のごった煮だよ。テメェもコレだけはゴリ押せねぇんだってな?」
「はっ・・・・・・よく、調べてんな。気持ち悪いっての」
目が回って気分最悪、力は入らねぇし足腰も碌に言うことを聞かない。せめて痛みがあれば頭がしゃんと働くんだが・・・・・・。
しかしどうなってんだ?超即効性の毒物なら最初から使えば良い。それに合図と同時に毒性を発揮するのも訳が分からん。
「───はぁ・・・・・・つっっっかれた!!これでまだ動きやがったらどうしてやろうかと思ったぜ。何せ毒は最初っからたらふく盛ってたんだからよぉ?」
「・・・・・・さいしょ、から?」
「おぉよセレストゲイルの防人さんよぉ。呪詛に耐性持ってても毒までは専門外らしいな?周りでボーボー燃えてた焔の火種に鎮静剤を仕込んでたんだ。大変だったぜぇ?無味無臭に仕上げんのは」
・・・・・・そういうことか。毒は突然発生したんじゃなく、無害な状態で空気中に漂ってた訳だ。おそらくは俺たちが来る前から、大量に。
毒を中和もせず、薬を抜いた途端活性化させるなんてどういう仕組みだよと言いたいが・・・・・・錬金術に常識を説く方が間違いか。そんなことより、問題はどうこの状況を突破するかだ。
わざわざ魔法を使えなくした上で、ゴリ押しの効かない解毒で仕留めに来た。【
「───さて、嬲る趣味はないしさっさと終わらせるか。悪いけど左腕は貰っていくから。生命取られるよりはマシだろ?」
「・・・・・・こんなもん、持ってって・・・・・・・・・どうする気だ?マジもんの厄ネタ、だぞ」
「知らねぇし、知りたくもねぇな。クソ教主がボケ老人みてぇに前言撤回した所為で─────」
「あぁ、打ち止めってのはホントだったんすね」
"ティアマト"の声が途切れる。腹から槍が生えてきたんだから当然だ。
勝利を確信し、意識が戦闘から事後処理に移るまで完璧に擬態してからの伏撃。魔導人形の自衛機能すら擦り抜けて、ウォルフの一撃が蛇を穿った。
「───がぁっ!?テ・・・・・・メェ!!どうやって・・・・・・・・・!?」
「いやぁ、
ウォルフがふざけ物言いで犬耳に触れたかと思えば、一転して殺意を表情に乗せて槍を振るう。"ティアマト"の鮮血が宙を舞う中、辛うじて人形を盾にする。
しかしそれは完全に悪手だ。"ティアマト"がまずすべきだったのは身を守ることより俺たちを人質に取ることだった。いま1番脅威なのは、"ティアマト"本人じゃなくアイツの被造物からな。
あっさりと殺意を引っ込めたウォルフは、露骨に動きが悪くなった人形を瞬時に解体する。己の失策に気付いてももう手遅れであり、眼前に突き出された穂先を睨むしかない。ウォルフの言う通り漸く手詰まりになったらしい。
「・・・・・・意味分かんねぇ。"バシュム"に調合させた毒に手を加えた代物だぞ?事前に抗体を用意したウチですら勘が鈍るってのに」
「ああ、随分楽に背中を獲らせてくれるなとは思ったすけど。質問に質問で返して悪いが、アンタ等の方が詳しいんじゃねぇか?20年くらい前に人体実験とかやってたりとか。見た目も記憶も変わっちまうようなキツい奴っすよ」
手早く両手の腱を切り、無防備となった"ティアマト"の服を検めていくウォルフ。多分解毒薬を探してくれてるんだろう。時間経過で抜けるかもだが、碌に動けない状況は可能な限り短くしたいからな。
"ティアマト"は万策尽きたからか、されるがままで思案して・・・・・・・・・うん?なんだ、魔力───というより生命力か?兎に角さっきまで漲っていた筈の力がもの凄い勢いで減衰していってる。
「───あぁ、そういやオニキスフレアを隠れ蓑に何かやってたらしいな。ウチはその頃まだ【
「やっぱアンタ達の仕業っすか。黒い防人さん方の仕事なら俺は生きちゃいないだろうからな。そんなことだろうとは思ったが」
「はっ・・・・・・連中の暗躍っぷりは相当だからな。しかし、テメェが
「・・・・・・チッ、となるとラリマー子爵の予想は的中ってことかよ。どうやら此処には来てねぇみたいすけど」
───確かに、南部の連合軍に【明星】は見当たらなかったな。てっきり見落としたかと思ったけど。
「可哀想な女だよなぁ、"本当の自分"を奪った相手と『悪魔の取引』をしちまうんだからよ?これが"バシュム"の言う『まっちぽんぷ』ってやつかぁ・・・・・・?」
「・・・・・・何でそんな情報を明かす?利敵行為なんざ───っ!?おいっ!!」
「くくっ・・・・・・んな不思議なことかよ。死に際の善行ってヤツさ。どうやら連中はもうウチが用済みみたいでなぁ・・・・・・なら義理立てする必要もねぇだろ」
"ティアマト"がまるで、数日飲まず食わずだったみたいに窶れていく。ウォルフが【触媒】を使って癒そうとするが全く効果がない。まるで
抱き起こされた"ティアマト"がウォルフへ何かを耳打ちする。此処からじゃ聞こえなかったが、言い終えた"ティアマト"・・・・・・いやセレンディバイト元公爵令嬢は眠るように眼を閉じた。
何が何だか分からんが、取り敢えず戦いは終わった。連合軍の方も心配だけど、俺たちの中から一人も犠牲が出なかったのは何よりだ。
「───袖の仕込みポケットに解毒薬、ね。あったあった。まずは一番狙われてる・・・・・・・・・・・・カーツ?」
「・・・・・・ん?ど、どうしたウォルフ??」
突然向けられた視線に思わず口籠もってしまった。いきなり信じられない物を見たみたいな顔をされたら誰だって困惑する。
視線の方向は俺の左腕付近。釣られて俺もそっちを見たが──────
───肘から先が何処にも見当たらなかった。