「───ふう、あまり醜聞を晒す様な真似は慎むべきなのだがね。少し愚痴を聞いてくれるかな?」
「え、ええ・・・・・・私達で良ければ」
「ありがとう。そうだね、結論から話すと───我がラリマー家もお家騒動とは無縁で居られなくなったのだよ」
「お家騒動・・・・・・いやですが、子爵閣下は未だ若くご健壮とお見受けしますが」
クインの言う通りだ。ガッシリした体格が頼り甲斐を演出してるし、さっきの健啖ぶりも不健康とは程遠い印象だ。しかしとうの子爵様は苦笑いを浮かべている。
「そうだね、君の言うことは尤もだよ。私自身あと20年は現役で居るつもりだ。だがやはりというか、幾ら健康に気をつけていても風邪くらいはひくものだろう?」
「・・・・・・あの、子爵閣下。一応確認したいのですがその風邪は重い症状だった、などでは無いのですよね?」
「うむ、少しばかり熱が出た程度。大事を取って二日も休めば全快したわ。無論体調管理も貴族の務め、脇の甘さと指摘されれば返す言葉もない。しかしなぁ、まさか息子らの取り巻きがああも反応するとは思わなんだ」
ラリマー子爵によると、今回の騒動の要因は二つあるらしい。一つはラリマー領の統治のし易さ。先祖と領民が血と涙を流して築き上げた防壁都市は、数多の魔物と賊を退けてきた。そうして得た安寧は技術の発展と継承を育み、優秀な冒険者や技術者を排出してきた。
それ故に、後継に求められるハードルは幾分か低くなった。極端な話、よほどの暗君でもない限り次世代に引き継ぐことは難しくない。直属の部下や関係機関の人材も厚く、多少の汚職はあれど経済や防衛も問題なく機能しているそうだ。
「そして此方が深刻なのだが・・・・・・我が不肖の息子二人は同じ年に生まれ、また能力についてもほぼ同格と来た。加えて10代以上も前から安寧を享受してきた為に、片方は危機管理というものに少々欠けておる。そしてもう片方は逆に過剰反応しておる始末だ」
「・・・・・それはつまり、家を割りかねない行動に躊躇がない。あるいはその自覚がない、と?」
子爵は声に出して返事はしなかったが、眉間に皺の寄った表情が何よりも雄弁な答えだった。なるほど俗に言う後継者争いは、言っては何だがよくあることだ。だがよほど過熱化しなければ、家が倒れる程争わないだけの理性は残るし周りが止める。
だが安全かつ安定した生活を当たり前に享受して君たご子息達には、そういった歯止めになる懸念事項がない。有り体に言えば、欲を止めるブレーキの効きが凄く弱い。
「───さて、後継者育成も満足に出来なんだ男の愚痴によく付き合ってくれた。これはその礼だ。受け取ってほしい」
「いえいえ、そんな───」
歓待してもらえただけで充分過ぎる対価だ。貰い過ぎは寧ろ後が怖いし、クインもやんわりと断ろうとした。だが子爵の側近らしき人が持ち込んだのは、二通の書類だった。
高そうな包みで覆われたソレに、クインも言葉を途切らせた。俺はまだ読み書きが満足に出来ないが、反応から察するによほどの内容が書かれてるんだろう。
「その免状には、儂のサインと印璽が押されている。貴殿らの行動の自由を認める内容を認めた。もし儂以外の者がラリマーの名を使って来たら、多少手荒に追い返して構わんとも書いたがな」
「「・・・・・」」
思わず二人で顔を見合わせてしまった。なるほど、コレが子爵様の本命か。庶民の俺でも流石に分かる。残念な息子達が迷惑を掛けてきた際の言い訳を用意してくれたんだ。逆に言えば、ソイツ等が迷惑を掛けてくる可能性が高いとも見積もってる訳だ。
クインなんて注目の的だろう。南部地方で一番の貢献度を誇るセレストゲイル、しかもとびっきりの美人ときた。支持を表明してもらえば、どんぐりの背比べの関係から大きくリード出来る筈だ。門番さん達なんか効果覿面だろう。
「───あれ、一枚多くないですか?」
「これこれ、何を他人事のように言っておる。身の危険という意味ではカーツくんの方が寧ろ高いぞ?」
「・・・・・・へ?」
「あの、詳しくお伺いしても?」
ちょっと待て、何で俺が出てくるんだよ。まだ大した活躍もしてねぇぞ!?青田買いするほどの実績もまだ上げてないんだし。ハンスの馬鹿が登録させなかった所為で。
「うむ、やはり知らなんだか。ギルドも君を見定めてから話すつもりだったのだろうな。防人殿は聞き覚えはないかな?北で発見された新しい迷宮の話を」
「それは・・・・・・はい、今思い出しました。何でも、有力な発掘品を求めて北部以外からも探索者を募っているとか」
おい、また新しいキーワードが出てきたぞ。どういうこと?説明プリーズ!!
「迷宮そのものは要点ではない。後で防人殿に聞きたまえ。重要なのは、その迷宮攻略に王都からお触れが出ていることだ。ラリマー領以外からも、次期当主や候補者の推薦した強者が続々送られている」
「・・・・・・もしかしてですが、ご令息のどちらかが俺を送るってことですか?まだ碌に実績のない俺をですか??」
「寧ろその方が話題性がある、と考えかねんのだよ。特に回復が出来る魔法使いは需要過多だ。成功すれば派遣した自身の手柄、失敗したところで痛くもない出費とでも考えているのか・・・・・・愚かなことだ。"人財"こそ何より得難い財産だと分からんらしい」
思わず差し出された書類を手に取ってしまった。いや普通に怖いわ!もしいきなり現れて子爵家の威光を笠に着られでもしたら、正直躱しようが無かった筈だ。
ギルドを頼ろうにも、入ったばかりの新人の為に貴族と喧嘩してくれるほど酔狂じゃないだろう。子爵さまの施しはまさに天の助けだ。
「重ね重ねありがとうございます、ラリマー卿。今の私程度ではカーツさんの後ろ盾にはなれませんので」
「いや、謝るべきは我々の方だ。此方の事情に巻き込んでしまい申し訳ない。そして私が言えたことではないが、どうかこのラリマーの地で有意義な時間を過ごして欲しい。何か必要なことがあればいつでも言ってくれ」
肩に力の入る話はここまでだった。あとは雑談に興じたり、子爵さまからの希望でクインの武勇伝を聞かせてもらった。
そうしているとあっという間に時間が過ぎ、お土産の乳製品を沢山持たされた俺たちは子爵家を後にした。
◇
行きと同じく馬車に揺られる中、俺達は今後のことで額をつき合わせていた。食べ過ぎて少し眠いが、大事なことだからと気合を入れる。
「・・・・・・想像してたより厄介な話が飛び込んできたな」
「ええ、まさかあのラリマー子爵家の中でこのような揉め事が起きていたとは思いもしませんでした」
だろうな、子爵様本人は至って紳士的で頼りになりそうな御仁だった。街の栄えっぷりを見ても、トラブルがアンブッシュしてるなんて想像出来る筈がないさ。
「まあ当面はギルド通いだから問題ないと思いたいけどな。クインはどうするんだ?確か冒険者登録してなかったろ」
「流石にこの髪と家名が目立ち過ぎますからね。要らぬ迷惑を掛けたくありませんし。暫くはカーツさんに引っ付いて社会勉強に勤しみます」
「いや、一番目立つのはその顔・・・・・まあ良いか。福利厚生はちゃんとするから安心してくれ」
「ふふっ、そこは初めから心配してませんよ?」
まあトータルで言えばかなりプラスの筈だ。滅茶苦茶優秀な旅の道連れに、冒険者登録も歓迎気味だ。というか、あの歓迎振りは治癒士が引き抜かれてたからってのもあったんだろうな。タイミングが良かった。
そして地元の有力者と繋がることも出来た。俺一人じゃここまでの待遇は絶対無理だったろうな。人生再出発という意味じゃ恵まれてるとすら云えるだろう・・・・・前途多難だけどな!