「───見事だフォウ・セレンディバイト。その献身によって、汝は大蛇の臓腑から脱け出した」
削り取ったように途切れた左腕を見て真っ白になった頭に、機械のように無機質な重低音が降ってくる。目だけ動かしてみると、ゴテゴテとした装飾の付いた祭服を来た老人が立っていた。
立ってるだけで匂ってくる強烈な
「───お前が【
「いかにも、下々には"ウロボロス"と呼ばせている。毒に蝕まれているにしてはよく喋るな」
「おいおい、お前まで渾名を使ってんのかよ?他人から付けられたのか、それとも本名が名乗れないくらい───っ!?」
「口を慎め下等生物風情が。我が真名はいと気高き創造者から賜りしもの、下賤の口で穢すなど罷りならん」
頬を地面で削られる感覚で自分が吹っ飛ばされたのを認識した。毒で鈍ってるのを抜きにしても動きがおかしい。速いんじゃなくて、予備動作が丸々省略されてるみたいだ。
その証拠に、大男を覆い隠す法衣には乱れが全くない。トマス殿との会話で浮かんだ推測が嫌でも頭を過ぎる・・・・・・予想が当たりそうなのに嬉しくない経験なんて初めてだよ畜生。
「・・・・・・だが貴様には一応礼を言っておこうか。失敗前提の実験で思わぬ成果を得られたのだからな。お陰で計画が随分前倒しとなった」
「離れやが───クソッ、面妖な業っすね。うざってぇ・・・・・・!」
「お望み通り離れてやったのだ。その物言いは無いだろう?まあいい、貴様も僅かだが私の役に立った。この程度の無礼は目を瞑ろう」
ああもう、またかよ!?ウォルフが一足飛びで近寄っても、槍を振りかぶった瞬間に奴が消えた。しかもウォルフの槍を両断するおまけ付きでだ。
だが今ので確信した。コイツは何らかの方法で時間を操ってる。俺たちをトロくしてんのか、それとも過程を吹き飛ばしてるのかは不明だが。
「・・・・・・その言い草からするに、俺のけったいな身体もアンタの仕業か」
「裏切り者の賢者を再現する試作の一つだ。肉と魂を理想通りに成形する実験を南部で行っていてな。あの地方は『ナンバーズ』も存在しない故に監視の目も薄い」
「・・・・・・・・・」
「中央の伝手で集めた『ナンバーズ』や孤児、それから"居ない方が良い人間"で実験させていたのだが・・・・・・蛮族の嗅覚は大したものだ。試しに御落胤騒動でもと考えた矢先に補足されてしまったわ」
被造物は造物主によく似るのか、無表情な癖にえらくペラペラと喋りやがる。聞き手の表情を一切考慮しないのもイカれ異邦人の薫陶なんだろう。
しかし、ウォルフが養子なのにラリマー子爵と似てるのはそういう絡繰かよ。ノア少年の身体を構築したあの術式・・・・・・そのプロトタイプってとこか。
「───そうだ、嗅覚と言えば"鍵"を探り当てた貴様も南部出身者だったな。薄汚い手で御方の傑作へ触れた罪は万死に値するが・・・・・・こうして我が手に舞い戻ったのだ。不問にしてやろう」
「畏れ多くて眩暈がしてくるよこの野郎。随分と口が軽いじゃねぇか」
「既に計画は大詰めを迎えているのだ、こうして"鍵"を献上した以上もはや貴様の出番はない。多少口を滑らせても問題はあるまいよ」
そう言って乱雑に掲げられたのは俺の左腕だ。一瞬で風化したみたいに塵になったかと思えば、奴の手元に無色の宝石みたいな鍵が握られていた。
「ふむ、余計な小細工はされておらんようだな。身の程を弁えていたとは重畳だ。賢者の模造品も要石として機能することは実証された。あとは"神殿"さえ用意すれば全ての準備が整うだろう」
ウォルフが注射器っぽい魔導具を俺に刺してくる。多分血清か治療薬だろうがそんなのはどうでも良い。絶対に聞き逃せないことをコイツは宣いやがったからだ。
「───テメェ、ノア少年に何かしやがったのか?」
「ノア?・・・・・・ああ模造品のことか。無論我が手中に収めたとも。その点においても貴様に感謝しなくてはな。名前も知らん捨て駒がこれほど役に立ったのは初めてだ」
「・・・・・・・・・殺す」
───色んな意味で目の前が真っ白になった。考えるより先に足が前に出たが、デカい背中が邪魔で前に進めない。
「落ち着けカーツ!!無策でどうにかなる相手じゃないすよ!」
「どけよウォルフ!?あの野郎、よりにもよってノアを・・・・・・!」
「───何と惨めなことよな、だがこれで少しは溜飲も下がった。それでは残った雑務を片付けよう。目障りな土着信仰の破壊と、"蛇"の抜け殻の回収をな」
・・・・・・もう眼中にねぇってか?俺たちから完全に視線を切って、親玉野郎は"ティアマト"の方へ向かっていく。
流石に臓器が破けてるとか言ってる場合じゃねぇ。死体は兎も角『天門僧衆』を潰されたら西部での何もかもが水の泡だ。
そう思って無理矢理魔力を込めようとした瞬間───視界を紅蓮の焔が埋め尽くした。
「・・・・・・ほう、巣穴から出てきたか。ジグムント・オニキスフレア」
「若造共がどいつもこいつも不甲斐なくてのう。文字通り老体に鞭を打ってきたわ」
焔が消えると同時に、"ティアマト"と親玉野郎の間に現れたクソ爺い。予想外にも程がある乱入に、仕事を放棄してた俺の頭も多少は落ち着いてきた。
その姿は昨日と変わらず枯れ切った筈なのに、何故か初対面の時と同じ圧を放ってる。その表情も合わさって、まるで消えかかった蝋燭の最後を思わせる風貌だった。
「───衰えたな。初代共に迫った威容は見る影もない」
「さてのう、衰えたかどうかはその腕で試してみるか?北部での"死体漁り"では素材の格が足るまい」
「・・・・・・・・・いや、止めておこう。
睨み合ってたのは僅かな時間。だけど"ウロボロス"は結局手を出さずに消え去った。隣りで膝を着くウォルフに、俺も釣られて座り込んだ。
「・・・・・・ふぅ、大人しく退きおったな。貴様らも災難だったな」
「───助かりました。救援感謝します」
「ほう?随分殊勝ではないか」
「そりゃ窮地を救われたなら敬意も払うっての」
・・・・・・正直もの凄く複雑だけどな。とはいえ筋を通すのは大事だからな。礼を言ったから後はいつも通りにするけど。
「ジグムント翁、御身は屋敷で指揮を取っている筈では・・・・・・?」
「うむ、実を言うと元々此方へ向かうつもりだったのだ。無駄に取り囲んでおった連中も消えよったからな。家人は全員逃がしてある」
「・・・・・・そういう問題か?流石にあの親玉が来るのは想定外だろ。結果的に助かったのは感謝してるけど、結局何しに来たんだよ」
ヘイト買いまくってる所為で身動き取れねぇって言ったのはアンタだろうが。それにその鬼気迫るような雰囲気についても説明がないままだし。
だけど俺の疑問には答えようとせず、そのまま"ティアマト"・・・・・・じゃなかった。セレンディバイトの側に寄って何かを確かめてやがる。
「───ふむ、やはり術式は大昔のままか。彼奴はのう、上質な人材と見込んだ物のマナを特殊な方法で取り込んで寿命を延ばしておる。この小娘はその前段階に陥っておる」
「・・・・・・仮死状態ってことか?ウォルフの槍撃が致命傷になった訳じゃないのか。つまり───」
「そういうことだ。今ならまだ延命が間に合おう。無論それなりの代償は必要だがな」
それだけ言うと、爺さんは膨大な魔力を一気に吹き上がらせた。