───辺り一面に火の粉が舞う。だけど不思議と熱さは感じない。恐らくこの光は熱じゃなくマナによるものだろうか?
「───何をしておる、【触媒】でも何でも使って早く止血せんか。此処まで来て失血死なんぞ笑い話にもならんぞ」
「いや、それは当然やるけど・・・・・・何をする気だ爺さん」
「ふっ、最期の最期まで口の利き方を覚えん奴だ。大したことではない、ただの後始末じゃよ」
火の粉の中心に居るジグムント翁は凪いだ瞳でセレンディバイトを見つめてる。屋敷で見た時に感じた、一門の当主としての覇気が微塵もない。
まるで死期を悟った老人みたいだ。そんな先入観からか、思わず爺さんを止めようと口が勝手に動いた。
「後始末って・・・・・・そんな柄じゃねぇだろ」
「確かにそうだな、だが悠長にはしておれん。あの引き篭もりが表に出て来た以上、猶予はさほど残ってはおるまい。そうであるならば、戦えぬ老耄よりマシな駒を生かすべきであろう?」
「・・・・・・・・・やっぱり死ぬ気かアンタ」
一体どういう風の吹き回しだ?自分が追い詰めた小娘への償いで動く爺いじゃねぇしな。
俺の疑念を悟ったのか、くぐもった声で笑いながら爺さんが話を続ける。まるで自分の生命力を分け与えるように、どんどん魔力を萎ませながら。
「───アレの陰湿さを甘く見るな。儂等が腹の内に"熱"を封じているのは知っていよう?もし前準備もなく暗殺などされれば、西部は残らず火の海になるぞ」
「・・・・・・どんだけ溜め込んでんだよ」
「伊達に数百年と生きておらんよ。だからこそ此処で後始末をしておくのだ。そこの『細工師』と組ませれば、身一つの小娘でもマシな魔導具を用意出来よう。後顧の憂いを断ちつつ戦力も確保出来る・・・・・・一石二鳥とは思わんか?」
こっちに尋ねてる風だが、爺さんの中では既に決定事項なんだろう。話を聞く気なんか更々ないし、止める言葉も思い付かなかった。
【
「爆弾処理については分かったけど、これ本当に何とか出来るのか?いち治癒士としては、もう死亡判定出す状況だが」
「儂を誰だと思っておる?これでも延命措置に使えそうな人財を片端から犠牲にしてきたのだ。この程度の死に体なぞどうとでもなるわ」
「・・・・・・自慢になんねぇよソレ。いや待て、そんな便利な魔法があるなら自分に使ってるだろ」
「残念ながら不可能だ、既に試した施術が足枷になって機能せんのでな。正しく自業自得というものよ」
自嘲する様に笑うジグムント翁。確かに、新しいネタが既存の技術と喧嘩するってのはよくある話だ。
目新しい物を、データも蓄積せず見つけた端から試せばそうもなる。とはいえその焦った施術が無ければ今日まで延命出来なかった可能性もある・・・・・・まあコイツのやってきたことを擁護するつもりはないけど。
「それ故にこの術は次世代の後継者へ施す予定の魔法じゃった。儂に及ばずとも、次の数百年を預けるに足る同胞にな───尤も、そんな者はこの世に存在せなんだがな」
「・・・・・・居なかったというより、アンタの要求が青天井だったんじゃないか?ただでさて貧弱なのに、今のアンタを引き合いに出されちゃ堪んねぇだろ」
「そうだな、儂は焦りと無力感で何も見えておらなんだわ。一族が衰退し滅亡する・・・・・・その果てにこれまで積み上げてきた全てが、文字通り塵芥となる悪夢に取り憑かれておったからのう」
数百年の誇りと責任、か。自分が強過ぎる所為で後を任せられなかった苦しみなんて俺には理解出来ない。それにこの爺さんも同情なんて求めちゃいないだろう。
ただまあ、そんな悪夢が晴れるくらいノア少年の存在が救いになったのは不幸中の幸いだったか。現在進行形で巻き込まれてるのは業腹だが。
「まあ儂の話は良い。せっかく形となった魔法を無駄にするくらいなら、この小娘で有効活用すべきじゃろう?契約に縛られておらん此奴ならどうとでも交渉出来ようからな。今も眠らされておる第三王子の助命を餌にでもしておけ」
「・・・・・・そういう遺恨の残るやり方は嫌なんだけど?」
「言っておる場合か、それよりも問題は貴様だ」
・・・・・・あ?確かに臓器に空いた穴は早く専門家に診てもらわなきゃだが───そんな話じゃなさそうだな。
「幾ら鈍い貴様でも気が付いていよう?貴様の魔法には光属性以外にも何か混ざっておると。今はまだ自覚が薄いようだがな」
「・・・・・・まあそうだな。【
「その魔法が何を指すかは知らんが、つまりそういうことだ。光属性魔法でないなら攻撃魔法へ転用出来る。カラレスで己の魔法をいま一度見つめ直せ」
爺さんの鋭い眼に射抜かれ、思わず視線を自分の手へ背けてしまう。言ってることは理解出来る。【
おそらく既存の魔法と毛色が全然違うんだろう。もちろん対策はされるだろうが、一発限りの初見殺しとしてはほぼ確実に機能する筈だ。
そういう意味じゃ、あの親玉野郎に使えなかったのは棚ぼたかもしれない。もし俺の魔法の特殊性を知られたら厄介だった。とはいえ、魔法を攻撃に転じるのは問題がある。魔法そのものにじゃなく、俺自身に。
「───ジグムント翁、俺は地下で人間
「それが普通ではないのか?冒険者は魔物を殺すのが本業、人間同士の争いはその副産物に過ぎん」
「本当なら治癒士一本で食ってくつもりだったし、それで良かったんだけどな」
「相手に直接する魔法なら他にもあろうが。とどめはセレストゲイルかラリマーの小僧にやらせればよかろう」
俺としても出来ればそれが一番だと思う。あいつらへの負い目は当然あるけど、ここぞって時にやり損ねる方が大問題だからな。
だけど今回はそれで済ませちゃまずい。相手は正真正銘、イカれ異邦人謹製の怪物だ。この世界の魔法や魔技が一切効かない、くらいは想定しておくべきだ。ならトドメも俺がさせるようにしておかないと。
「───さて、術の行使は済んだぞ。早く小娘達を連れてカラレスへ向かえ。早晩王族の息が掛かった者共が来る」
「あぁ、分かってる。けどアンタはどうするんだ?」
「無論、先に逝った同胞と同じ場所で果てるさ。溜め込んだマナも、【緋を呑む迷宮】に収まる量になったからな」
・・・・・・擬似的な死者蘇生をやったってのにまだそんだけ残ってんのかよ。全貌は知らないが西部一帯を収めるデカさだったろあの迷宮。
舞い踊っていた火の粉は完全に消え去り、爺さんは今までより更に萎んで枯れ木のようになってる。それとは対照的に、セレンディバイトは抜け殻みたいだった身体から生気が溢れてる。胸元の上下も規則正しく問題はなさそうに見えた。
「───カーツさん、全員の治療が終わりました。気に掛かることは多いですが、早く出発しましょう」
「おう、クインも無事回復したみたいだな。俺が治せれば良かったんだが───」
「この中で一番重傷なのはカーツさんです!・・・・・・すみませんがジグムント翁、私たちはこれで」
「何度も言っていよう、さっさと行け」
爺さんは少数の護衛だけ連れて、振り返ることなく引き返していった。復活したカイツ殿も連合軍へ報告すべく此処で離脱した。
トマス殿とラリマー領の騎士達は俺たちに同行してくれている。戦いが終わった後はこれまでが嘘のようにスムーズに順調に進むことが出来た。
そうして俺たちがカラレスに辿り着いたのは、日が完全に沈んだ頃だった。連合軍が先に知らせを出してくれてたのか、頭を丸く剃った僧兵さん達が出迎えてくれる。
「ようこそカラレスの地へ、『天門僧衆』の寺院はもうすぐです。あと少しの辛抱ですよ」
「わざわざ出迎えてくださり感謝します。ようやく辿り着けて気が抜けそうですが、もうちょっとだけ気張りますよ」
穏やかながら逞しいお坊さんと握手を交わす。争った形跡もなさそうだし、やっと一息着けそうだ・・・・・・そんなことを考えていると、突然視界の端が凄く明るくなった。
「───っ、何だ!?」
「・・・・・・おそらくジグムント翁でしょう。カーツさん、貴方にとっては因縁のある方でしょうが、今だけはどうか黙祷を」
まるで"故郷"の都会を思い出させるような、夜の藍色を塗り潰す輝きが彼方此方で立ち昇っている。きっと迷宮の通風孔からキャンプファイアーみたいに吹き上がったんだろう。
随分と派手な葬儀だな・・・・・・そう苦笑を飲み下してから、俺もクインに倣って祈りを捧げた。