「はい、それじゃあ違和感があったら言ってください───【
「ほー・・・・・・、身体の重みが抜けていくようじゃわい。こりゃあ極楽じゃ」
お爺ちゃんの厳つい表情がスライムみたいに溶けていく。相手はこの2週間って短いスパンで既に常連になってくれてる人だ。こっちもある程度好みの加減は把握している。
「いやー、坊主はええ治癒士じゃのう。最近はみーんな北に行ってしもうて、残っとるのは足元見ようとする詐欺まがいばかりでな。本当に助かっとるよ」
「あれ、そうなんですか?てっきり冒険者ギルドが最低限の人員は確保してそうだけど」
「幾ら睨みを利かせようが、ギルドも所詮は互助組織じゃしのう。貴族様のお触れもあっては無理に引き留めるのも敵わんじゃろうて。その結果が、大波に乗れずイジケる阿呆と算盤しか見ん阿呆よ」
おおう、割と大変なことになってたのか。多分魔物討伐とかのアグレッシブなパーティには治癒士も残ってるんだろうが、かといってその人達を引き抜く訳にもいかないだろう。たとえ前衛が熟練だとしても、突然現場で治癒される環境を取り上げられたら危険過ぎる。
万一想定外の強力な魔物と遭遇でもしたら目も当てられない。もし治癒士が居れば助かったかもしれない、なんてことになれば冒険者とギルドの間で亀裂が走りかねない。
「・・・・・・道理でお客さんが多い訳だ。最初は開店休業かと思ってたんですけど」
「ワシはお主が最近まで知らんかったのが驚きじゃがのう。田舎の方が寧ろ一攫千金狙って噂が広まりそうなもんじゃが」
「情報とは断絶した状況だったもんで、はい」
宿から碌に出歩けない環境じゃ知る機会もなかったな。ハンスの野郎は知ってたんだろうか?いやでもアルマあたりが止めてそうだな。遠出とかすげぇ嫌がってたし。
「はい、施術は以上ですよ。いつも通り此処にサインしてってください。お疲れ様でした」
「ほいほい・・・・・押し掛けておいてなんじゃが、いつも割安で引き受けてくれてすまんのぅ」
「いやいや、こっちとしても試験中の魔法ばかりやらせてもらって感謝してます。気にしないでください」
小切手の様な書類にスラスラとサインをする爺さん。今でこそ皺くちゃで穏やかそうな人だが、現役の頃かなりの貢献度を積み上げた叩き上げらしい。
空き家になってた診療所をギルドから貸してもらってから数日後。ギルドの職員さんから『そういう事情なので、申し訳ないが配慮してもらえないか』と口利きがあった。それからは毎日の様にやってきている。
「・・・・・・多分、しがらみとか厄介な客をどう捌くか見るってのも含まれてんだろうな。今のところは及第点ってとこなのかね?」
確か爺さんの後にも、若い冒険者が割安施術を強請ってきたことがあった。なのでご老人には試せない、痛みやお腹がゆるくなる副作用が残った治癒魔法を使わせてもらった。
あれから割安治療はご年配の専用コースみたいになった。もちろんだからって値を吊り上げたりはしてない。相場よりちょい安い施術費でやらせてもらってるつもりだ。
「カーツさん、ただ今戻りました。此方頼まれていた材料です」
「おおご苦労さん、助かったよ」
「いえいえ、お世話になってるのは私の方ですから。それで言われた通り買ってきましたが、本当に内容は間違ってませんかね?」
考えごとをしてると、買い物に出ていたクインが帰ってきた。紙袋に入ってるのは一山幾らの木材だ。たしかに安物だけど、れっきとした材料の筈なんだが。
もしかして俺が間違ったか?どれどれ・・・・・・。
「───安心しろ、ばっちりだ。これで【触媒】を用意出来る」
「【触媒】って、あらかじめ術式を封じ込めることで、いざという時に魔力だけで魔法を発動出来る簡易魔導具ことですよね?」
「そうそう、クインの魔法はこんなモンじゃ収め切れないだろうけど。俺なら多少材料をケチっても大丈夫だ。カーツ少年の努力のお陰でな」
【触媒】というのは、魔法使いにとってメジャーな専用装備だ。基本的に手作りで、クインの言う通り術式を刻むことで魔力以外の負担を減らす効果がある。他には単純に、魔力の貯金箱的な用途の【触媒】なんてのもある。
非常に便利な代物だが、性能を上げる為には魔物の一部や特殊な鉱石なんかが必要になってくる。それに数を持つと嵩張るから、よほど細工に自信が無ければ作っても2〜3個くらいだな。
あと因みにだが、クインには俺の事情をある程度話してある。流石に異世界転生だの憑依だのは伏せたが。カーツ少年は二重人格者で、俺はその別人格って感じに説明した。
多分クインなら本当のこと言っても信じてくれそうだが、この世界の何処に地雷が敷設されてるか分からないし、不必要なことは伝えなくて良いと思った。
「そうですか・・・・・・私から見てもカーツさんの魔力操作は非常に洗練されていると思います。私も見習わないと」
「ははっ、クインにそう言われると自信が付くな。まあ【触媒】作りは後回しってことで、君が最後の患者さんだ。ほらこっちへ」
そう言って診察室のベッドをポンポン叩く。クインは苦笑しながら、特に何も言わずベッドへ横になった。襲撃があったあの村で経過観察をして以来、クインには【
「どうだ、やっぱり痛むか?」
「───ッ。痛み、と言いますか・・・・・・血流の悪化が改善された際の痺れに近い感覚、ですかね」
正座の後に悶絶するアレか。拒絶反応なのか治療の賜物か、ちょっと判断に困るな。魔法の反動で俺の感覚も鈍るから、日に何度も施術出来ないのが難点だな。
何故こんな事してるかというと、どうやら俺の【
「しっかし、能力の可視化かぁ。話に聞くのと実際に見るのとじゃやっぱり違うな。努力の結果が目に見えるのも善し悪しだな」
「それは確かに・・・・・頑張ったのに思った通りの成果でなければ気持ちが沈んでしまいますよね。けど本当ならあの魔導具はカーツさんに使って欲しかったのですが」
「いやいや、使い切りでしかも滅茶苦茶高級品なんだろ?そりゃ使うなら俺なんかより、今まで貢献してきた【蒼の防人】さまにだろ」
そんな貴重品どうやって手に入れたかといえば、なんと子爵閣下の"お土産"の中に紛れていたんだ。返しに戻るのも相手の顔を潰してしまいそうだし、遠慮なく使わせてもらうことにした。
───話を戻すと、譲渡した生命力はその殆どが時間経過で消滅するが、ごく僅かにクインの身体へ残り続けているらしい。増した生命力が一過性なのかそれとも永続的なものなのか。その辺も追々調べられたら良いと思ってる。
さらに付け加えると、健康に近付いたからといってクインの魔法には特に悪影響もないらしい。施術時に多少悶絶するハメになるが、それ以外にはメリットしかない。ならこうして続けるしかないよな!
「今はまだ研究段階ですが、この魔法が実用化されれば【浄血】が目の色を変えてカーツさんを頼ってくるでしょうね。まず間違いなく最上級の待遇が用意されますよ」
「そりゃご機嫌だが、謹んで遠慮したいね全く」
国を動かす大貴族サマだ、爵位くらいポンっとくれそうだが正直面白くない。贅沢な話だが珍しい魔法が注目されただけで、カーツ少年が評価された気が全然しないんだ。
それに【
『生命力を分け与える』ことが、術者と被術者にどんな影響を及ぼすかも未知数だ。とはいえ有用な魔法なんだし、より安全性を高める為に研鑽は惜しまないつもりだ。
「ま、クインの健康で文化的な生活の為にも頑張るさ。旅がしんどい歳になったら、一等地の別荘と一生分の不労所得で術式を売ってやるかな」
「随分と気が長い話ですね。それまでに他の方が考案してしまったらどうするんです?」
「めでたい話じゃないか、きちんと系統化された技術から出たんなら安全安心だ。カーツ少年の名を上げる手段なら他に幾らでもある」
クインがキョトンとした顔してるが、俺は足場も固まってない状況で変に注目なんかされたくない。名声だの対価だのより、絶対面倒ごとの方が増えそうだ。
「まあ研究や功績集めも大事だが、まずは地力を高めないとな。最低でも村で襲ってきた反【浄血】の連中くらいは、自力で跳ね除けられるようにならないとな」
「はい、あの時は醜態を晒しました。同じ轍はもう踏みません」
「そうこなくっちゃな!・・・・・・にしても、少し歯痒くはあるな。あの狭い
治癒士の不足、将来性のあるオリジナル魔法、そしてコツコツ磨いてきた技術。何か一つでもボタンが掛け違えば、カーツ少年の努力は報われていたかもしれない。そう思うと遣る瀬無い気持ちになってくるな。
「・・・・・・確かに、もう一人のカーツさんは不運だったと私もそう思います。ですがもし貴方があの日あの時行動していなければ、私は今こうして笑ってはいなかったでしょう」
「クイン・・・・・・」
「それに、諦めてしまった訳ではないでしょう?貴方の元を去ったもう一人のカーツさんが、もう一度戻ってくることを」
「・・・・・・だな。まあ取り敢えず目下の目標は、ラングレーさんの言ってた【硬気丹術】ってヤツの習得か。あともし叶うなら、今の俺を別の身体へ分離させる方法とか探してみるのも良いかもな」
この世界に来たばかりの時は、最悪カーツ少年に身体を返して消えることも覚悟していた。だけどクインを仲間にする決断をしたのは誰でもない俺自身だ。
それをカーツ少年に押し付けるのはお門違いってモンだろう。そんな無責任な真似は絶対に嫌だ。
「カーツさんが二人ですか。私はもう一人のカーツさんには会ったことがありませんが、きっと素敵な方なんでしょうね。そうなったらとても楽しい旅になりそうです」
「そうだろう、そうだろう!その為にも、まずは目の前の用事を片付けていこうか」
こんな感じで、割と毎日充実した日々を送っている。