さて、本日は治癒士の仕事も午前中で仕舞いだ。午後からは買ってきてもらった材料で【触媒】を作ることにした。此処からは時間外だが、ギルドにはちゃんと治療院を使う許可は取ってある。
「えーっと、どんな風に作るんだったかな?教えて、カーツ少年!」
「・・・・・・何やってるんですか、カーツさん?」
いや全く意味のない独り言なんだが、口にしてみるとやり方が何となく浮かんでくる気がする。なるほど、写経みたいな感じか?素材である魔法杖の加工で出た木片に魔力を浸透させる。
「ぐぎぎ、これ俺が一番苦手な根気の要る作業じゃねぇか。多分5分で飽きそう・・・・・・クイン、応援頼む」
「えぇっ!?が、頑張りましょうカーツさん!今日の努力は必ず未来の助けになる筈です」
よっしゃやる気出た。でもすぐにソレも萎んでいくので、クインに励ましや気を紛らわせる雑談で繋いでもらう。何とか完成までやる気を保たせないと。
「冒険者ギルドの報酬システムってああなってんだな。取りっぱぐれが無くて助かるけど」
「そうですね。ギルドから支給された小切手にサインを貰って、ソレと引き換えに施術料をいただけました。確かギルドは金融業も営んでいた筈なので、それを利用したものかと」
「なるほど、後で纏めて貯金から引くって訳か。効率的だなぁ」
やっぱり何処の世界でも頭の良い奴が居るもんだな。あるいはもしかすると、俺みたいに別世界から来たヤツが持ち込んだのかもしれないな。
黙々とやるのは苦手だが、雑談しながらの作業なら多少マシだ。チマチマ手を動かすのは変わらないけど、時間が経つのが早い気がする。
「そういえば、街に出た時に何度かお礼を言われましたよ。治療院が早くも評判で、私も誇らしいです」
「商売敵がどうも不甲斐ないらしいからな。そのうち足を引っ張ろうとしてくるかも。店の安全はクインに掛かってる。頼んだぞ───あ、ミスった」
・・・・・・まだ最初の方で助かった。仕上げでやらかしてたら萎えて不貞寝してたかもしれん。勉強とかは一夜漬けで何とか誤魔化してきたが、投げ出さずにコツコツやれる人って本当に尊敬するわ。マジで。
木片をひたすら削って形を整える。魔力を込めながら、調味料を刷り込む感覚で小刀を押し入れるのがコツだ。そうやって続けること約30分。ようやく一つ目が完成した。
「で、出来た・・・・・・これを予備も含めて量産しなきゃならんのか」
「お疲れ様ですカーツさん。これは、小鳥を模っているのですか?」
「ああ、魔力を込めるだけじゃなく意味のある形で彫ると長持ちするんだと。セレストゲイルじゃ【触媒】は用意しないのか?」
「自慢みたいになっちゃいますけど、私達は魔力の質量共に普通の方とは違いますから。特注の素材で作られた【触媒】でもない限り魔力も術式も込められないんです。そういった事情でごく一握り、上位の方しか所有も作成も許されていないんですよ」
そういえばそうだった。攻撃用の魔法なんて日常生活じゃそう使わないし、しかも扱うのは国内有数の風魔法ときた。しかしクインの言うセレストゲイルでも上位の魔法使いって、いったいどんな化物なんだか。
通りで俺が頼んだ素材を不思議そうに見る訳だ。カーツ少年が普段使ってた素材と違って、一応【触媒】に使える材料を選んだ筈なのにって少し不安になったよ。自分で作った経験がないなら知る由もないわな。
「まあ【触媒】なんて、使う機会がないのが一番だけどな。それより君の方はどうなんだ?俺の手伝いだけじゃ退屈だろうし、腕が鈍るんじゃないか?」
「いえいえ、私には今の生活の何もかもが新鮮で充実してますよ。これまでの私は、魔法を使う以外に何もしてこなかったので」
そう言ったクインの声音や表情に嘘は見当たらなかった。本心からこの生活を楽しんでいるらしく、思わず見入ってしまうほど綺麗な笑みを浮かべている。
「それに幾らお役目から外されたとはいえ、防人の肩書きは目立ち過ぎます。私一人で魔物を退治したりは出来ませんよ。今はあくまで貴方の個人的なお手伝いさんですので」
「おっと、それは考えが至らなかった。そりゃそうだよな、どれだけクインの私的な行動って言っても【蒼の防人】の行動と受け取られかねんよな。今までの知名度もあるし」
ということは、今のクインは以前の俺みたいな立ち位置って訳だ。改めて待遇について擦り合わせしとかないとな。給料は日当か月給どっちが主流なんだろうか。
そんなことを考えながらせっせと【触媒】を作っていく。苦手な作業は早く終わらせたいし。そう自分を鼓舞しながら作業を続け、途中で休憩も挟みながら彫り進めていく。
何とか3個目を仕上げた頃には、外の景色はすっかり夕暮れていた。どうやら夕飯には間に合ったと安堵し、クインに感謝を伝えながら片付けをしていると───慌ただしく入り口を叩く音が聞こえてきた。
「すいません!まだ治癒士さんは残ってますか!!急患なんだ!!」
「───夕飯は外食かな。クイン、悪いけど奥の用意を頼む」
「はい、あとひと踏ん張り頑張りましょう」
パタパタと診察台の準備に行ったクインを見送り、壊れそうな勢いで叩かれてる扉を開けてやる。そのまま倒れ込みそうな勢いで入ってきたのは、カーツ少年と同じくらいの若い連中だった。
「うわ───っとと!?ま、まだ居てくれたんだな・・・・・・良かった!!あの───ッ」
「分かった分かった、詳しいことは奥で聞く。先に怪我人を入れてやれ」
「あ、ああッ!!デニス、しっかりしろ!あと少しの辛抱だ!!」
さっと退いてやって奥へ促すと、後ろから血塗れの大柄な男が運び込まれてきた。意識がないのかぐったりしていて、両脇を二人で抱えて何とか寝かせることが出来た。
まずは鎧を脱がして観察する。血の所為で見辛いが、爪や牙による傷跡じゃないな。カーツ少年の経験から察するに、刃毀れした剣か斧によるものだろうか。
「何はともあれ、まずは消毒だな───【
「・・・・・・?お、おい。怪我が全然治ってないじゃないか!早く傷を───」
「素人は黙ってろ。傷を治しても病気や菌が残ってりゃ最悪切断するハメになんだぞ!」
おそらく光属性魔法全般に多少の殺菌効果が内包されてると思う。だが錆びた金属で斬られたとなると、新しく考案したこの魔法でしっかり清潔にしといた方が良い。
元現代人としての知識と、それを実現可能なカーツ少年の技術との合作だ。そしてこの魔法には個人的に可能性を感じてる。現代人の感覚からすれば立派な医療行為だが、物理的には『
研究と改良が上手くいけば、光属性の攻撃魔法を開発することだって───おっと、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
「下準備はこれで完了だ。そんじゃこのデカい兄さんにこれを握らせてくれ。よし、始めんぞ───【
色々やらなくちゃいけないが、まずは止血だ。破れた血管を補修し断裂した筋肉を結び直す感覚で魔法を使う。やっぱりイメージが固まってるかどうかで魔法の効率は全然違うみたいだな。
パキン、と軽い音と同時に【触媒】が砕ける。そうして魔法の効果が途切れる前に、今度は自分で【
【触媒】と俺自身で魔法をリレーみたいに掛け続ける。そうすることで魔法の発動時間を無理矢理引き伸ばす作戦だ。強い威力の治癒に耐える体力は無さそうだし、効果の持続時間でカバーする苦肉の策だけど。
「あ、ああ・・・・・・良かった。ちゃんとくっ付いてる・・・・・・!」
「止血がちゃんと出来てたのが幸いだった。そうじゃなきゃ、傷は治せても失血死してたかもな。にしても、こんな大怪我何処でしてきたんだ?」
よくよく見れば、他の冒険者もみんな結構な怪我を負っていた。ひと段落したし他の人も治療しようか聞いてみたが、『治療費が払えないから止めとく』だそうだ。何とも世知辛い。
怪我したまま話させるのも何だし、包帯くらいはサービスしてやった。流石に心得はあるらしく、応急手当てはすぐに済んだ。
クインが気を利かせて用意してくれたお茶で一服していると、一足先に手当てを終えた少年が話し掛けてきた。