「「───ッ」」
脳裏に浮かんだのは当然、あの村でのことだ。クインから右腕を奪い、何か一つでもボタンが掛け違えていれば命は無かったあの事件だ。何が何でも殺すという悪意に満ちた、あの真っ黒い泥が嫌でも頭にチラつく。
咄嗟に顔を向けると、クインも同じことを考えたのか冷や汗混じりに目を合わせてきた。俺達の反応に戸惑う副支部長へ説明しようとしたが、それをトマスさまが手を翳して止めに入った。
「ラングレーには後で報告書を渡します。申し訳ありませんが、【蒼の防人】さまがラリマーに入られた時点で情報収集をさせていただきました」
「・・・・・・本当にたいした諜報能力ですね。まだそんなに時間も経っていないでしょうに」
「それが僕の武器ですので。調査で得た内容を考えると、迷宮で発生した呪詛は貴方達が遭遇したソレより遥かに弱い。大勢が負傷し専門機関での療養を強いられていますが、呪いで死亡したという報告は今のところありません」
聞かされた内容に少しだけだが安心した。あのヤバい呪詛をばら撒かれてたら悪夢でしかないが、そこまでではないらしい。どうして呪詛が弱くなったのか、思惑が掴めないのは不気味だけど。
だがそうなると一気にきな臭くなったな。最初から機会を窺ってたのか、それとも突発的に一枚噛んできたのか。詳しいことは分からないが、災害だって思われてた迷宮騒動がいつの間にか人災に変わってたってことか。
「───【漆烙の汚泥】、その劣化版ですか。では十中八九、結社─【
「はあッ!?大陸を跨がるテロリスト集団じゃねぇか!!第一級冒険者が出張る案件じゃ───」
「言っただろう、アガットランドは穏便かつ速やかな解決を求めていると。君のボスがどういう対応を強いられているか、君が一番よく知ってる筈じゃないのか?」
げっ、ここでそう繋がってくんのか・・・・・・。いやでも、寧ろ応援呼ぶチャンスじゃねえのか?今までのトラブルも全部そのテロリストの所為にしてしまえば、アガットランドの面目も立つだろうに。そう聞いてみたところ───。
「・・・・・・そうか、お前さんラリマーで初めて冒険者になったんだったな」
「あ、やっぱりそうなのか。通りでピンと来てない訳だ」
・・・・・・え、ここから更にややこしくなるなんてことある???
「───カーツさん、ラリマーの門を潜る前に言ったことを覚えていますか?この街は例外ですが、基本的に憲兵をはじめ為政者側は冒険者ギルドと不仲であると」
「ああ、そういえば言ってたな・・・・・・え、こんな非常時にそんな話が出てくんの?」
「非常時だからこそ、ですよ。専属契約を結んだ子飼いの冒険者なら兎も角、貴族側は平民の集まりであるギルドを目障りに思っています。それこそ大義名分があるなら弱体化させたいくらいには」
うっそだろ?【一番星】もそうだが、この街じゃ冒険者と憲兵が協力して治安維持に勤めてる。てっきり他所も最低限の協力関係くらい築いてるもんだと思ってたが。
「個人的な関係で協力する人は居るでしょう。ですが貴族にとってみれば、暴力を持った被支配者階級の集団というのは要警戒対象です。合法的に力を削げる機会があれば、飛び付く者も出るでしょう」
「でもそんなことしたら、ギルドと完全に敵対してしまうんじゃないですか?」
「まあ正面切って喧嘩する馬鹿は居ねぇわな。だからアガットランドの要請を都合の良い盾にする気だろうな」
いやいやいや、そもそも冒険者に需要があるのは行政が仕事を世話出来ないからだろうに。平民の暴力が怖いって気持ちは理解出来なくもないが、まるで現地の冒険者を人質にする様な真似はやり過ぎだろ。
余計な遺恨を残すだけだし、もしそれで取り返しの付かない犠牲が出たら最悪だ。それこそ秘密結社からすれば階級闘争を煽る絶好の機会にされかねん。
「───無理に理解しなくて結構ですよ、というか多分出来ません。思考回路がそもそも違いますから。相手が同じ貴族でなければ、正しさに理由が要らなくなるんですから。皆さんは喋る災害くらいに思っておいた方が楽ですよ」
「・・・・・・滅茶苦茶言いなさるな。トマスさまだってその貴族サマでしょうに」
「内側に居るからこそよく見えるものだよラングレー。彼らは、こと平民か領民相手だと思考が極めて単純になる。もちろん全員がそうなどと言うつもりはないが、王立学校で何度か目にした光景は傑作だったよ」
『───え、なに?私貴族なんですけど??』
誰かの声真似をするトマスさまは、言葉とは裏腹に侮蔑の表情がはっきり滲み出ていた。どんなシチュエーションで聞いたかは知らないが、相当不快な出来事だったんだろう。
しかし、正しさに理由が必要ない・・・・・・か。うん、全く想像が出来ん。まあ封建制の領主は領内じゃ自分がルールな訳だし、現代の市長や知事と違って逮捕もリコールもされない訳だからな。俺の常識で推し量るのがそもそも間違いか。
「・・・・・・そうなのですか?私も数年とはいえ防人の任に着いていますが、そのような無体は見たことがありません。いえ、貴方の言葉を否定するつもりはないのですが」
「それはそうでしょう、公爵にすら直接要請が出来る名門中の名門である貴方に醜態を晒す馬鹿は居ませんよ。そして貴方からの"命令"と解釈すれば平民と馴れ合うこともします。あくまで上位階級からの指示ですから、彼らの価値観とも相違しません」
「・・・・・・」
あ、そっちはまだ理解出来るな。平民には幾らでも横柄でいられても、より階級が上の人間は自分の地位を脅かせる存在だ。態度も掌も180度回転させるだろうな。
もし仮にセレストゲイルの不興を買ってクレームでも入れられるとどうなるか。政敵には突かれ、上役には責任を押し付けられ切り捨てられかねない。
処罰は重い時は領地や権力の召し上げ、最悪お取り潰しってこともあり得る。それを避ける為なら
「───話が逸れましたね。そういった事情なので、正直にいえば今回負傷者を戻せたのもかなりの力技なんです。おそらく次は不可能でしょうね」
「・・・・・・一応理由を伺っても?」
「他所から来た冒険者の不満が爆発するからですよ。実際に、自分達も連れて行けと脅しどころか実力行使に出ようとした者は少なくなかったそうです。支部長殿がその場に居なければどうなっていたことやら」
・・・・・・考えたくもない光景だな。治癒士が呪詛の対応に駆り出されてるってことは、呪い以外の負傷が後回しにされてるってことだ。
しかも今までの話が真実なら、物資の支給や治療の手配を騎士や兵士に偏重させてる可能性すらある。その状況で一部とはいえラリマーだけ帰還するとなれば、不満の矛先が貴族からそっちに集中しかねないな。
「───なるほど、事情はよく分かりました。公爵サマの"命令書"ってのも、要するに負傷者を戻したけりゃ代わりを寄越せってことですか。そしてその場合、不足してる治癒士を優先的に送る必要があると」
「正直にいうと、今この場にカーツ氏が居ることも天恵に思えてなりません。もし貴方が居なければ、ラリマー周辺の治安維持に回している人員まで引き抜かなければなりませんでした」
「いや、俺一人の力なんてたかが───」
「何より、あの悪名高い【漆烙の汚泥】の解呪に携わった貴方を引き込めるメリットは何ものにも替え難い」
その言葉に表情がスンっとなった。調べてるってのは聞いてたが、まさかそこまで掴んでるとは。
アレは表向き【明星】が全部片付けたことになってる。彼らが早く出発したかったのと、俺がそう望んだからだ。経験積む前に変に期待値だけ上がるとか勘弁してほしかったし。
だから俺が解呪に関わったなんて話、現地に行ってよほど詳しく調べないと出てくる筈がない。ヤード商会さんも詳細は知らないだろうし、そもそも呪いが怖くて村の人達も不用意に近付かなかったからな。
「・・・・・・本当に大した諜報能力ですね」
「ええ、僕の自慢ですよ。まあそういうことなので、こうして独断で押しかけた訳です。いざ負傷者が帰還してからでは、話が纏まる気がしませんので」
「・・・・・・お心遣いに感謝します」
ラングレー副支部長が礼を言って頭を下げる。俺たちもそれに続いた。帰還する冒険者の状態にもよるが、きっと想像以上に悪い状態だろう。
そこから追加で人員を寄越せ、なんてことになればどうなるか。おそらく良好だった子爵家と冒険者の関係に暗雲が立ち込めるだろうな。こうして下話を済ませておくことの影響は小さくない。
・・・・・・とはいえ、ちょっと頭がパンクしそう。一般市民には荷が勝ち過ぎる話題じゃないか??
「そうそう、話ついでに聞いておこうか。僕が───失礼、父上が依頼した討伐依頼についてだが」
「何ですかい、こちとらちゃんと手続きに則った依頼ですぜ。わざわざ釘刺さねぇでも、残るはあと一件だけですわ」
「ああすまない、悪気は無いんだ。ただ少し気掛かりなことがあってね。地図を貸してもらえるかな?」
てっきり依頼内容に手を加えた件かと思った。副支部長も訝しみながら、棚に収納していた地図を机に広げる。
トマスさまが指し示したのは、ラリマーから王都へ続く街道の途中。森林資源の採取地だ・・・・・・うん?最近どっかで聞いた覚えが───あっ。
「もしかして、【一番星】ってパーティがアンデットと遭遇した件ですか?」
「ああ、ご存知でしたか。それなら手間が省けます。おそらくギルドでも近日中に対処する予定だったのでは?」
「・・・・・・そいつが何か問題でも?子爵閣下とは連絡を密にして調査してますぜ」
「ああ、だが詰めの追跡は父の右腕に任せていただろう?その調査結果がこれだ」
トントンと叩く様に指を走らせる。それを目で追っていくが・・・・・・目撃場所が王都側に北上してる?いやまて、これは───!?
「なんてこった、王都との唯一の街道をまっしぐらじゃねぇか!?このままじゃ北部からの帰還組とカチ合うぞ!」
「ああ、負傷者という足手纏いを連れた状態での遭遇戦だ。付け加えるとまともな平民なら、貴族主義の牙城たる王都で補給するとは思えない。間が悪いにも程がある」
本当にその通りだ。しかも怪我人の具合も相当悪いだろうな。仮にも国中から冒険者が集まった迷宮なら治癒士も選りすぐりの面子だった筈だ。
そんな腕利きが忙殺されてるとはいえ、匙投げられて地元へ引き返す様な大怪我だ。仲間にしてみれば信頼出来る場所で一刻も早く治療してやりたい筈だ。王都は論外として、帰る途中の街での補給も必要最低限で済ませるかもしれない。
そんなところに遭遇戦なんて最悪ってレベルじゃない。それに一口に負傷って言っても、肉体以外にも精神的に重傷な人も居るだろう。パニックなんて起こされたら最悪全滅だってあり得る。
「さて、そういう訳です。【
「・・・・・・俺としちゃ是非もない。カーツさえ良けりゃ、すぐにでも取り掛かってもらいてぇ」
「俺も構いません。依頼とあらば粛々とこなすだけです。あ、ウォルフにも連絡しとかないと」
そうとなれば準備するモンも変わってくる。ライル達から聞いた後少しだけ調べもしたが、いざ戦うってなると流石に情報不足だ。
副支部長は急いで席を立ち、クインも俺の代わりに準備をすると言って同じく応接室を出て行った。なので俺もそれに続こうと立ち上がり───トマスさまに両肩を掴まれて阻まれる。
「・・・・・・えっと───」
「やだなぁ、まだ"内緒話"が残ってますよ?これだけ情報を吐いたんです。約束はしっかり守ってくれなくちゃ♪」
・・・・・・・・・・・・後日じゃ駄目っすか?もうお腹一杯なんですけど。