「───カーマイン伯爵領に向かうにあたって、懸念点を再確認しよう」
ラリマー領を出発して早くも3日。その間はトマスさまのご厚意で、俺たちも貴族が遠出用に使う高級馬車に相席させて貰ってた。野営の時は普通に雑魚寝してたけど。
今日もそうやって快適な馬車に揺られていた訳だが、唐突にトマスさまが切り出してきた。中に居るのは俺とクインのみで、ウォルフは『俺が居ると狭くなるんで、身体が鈍るないよう外で走っとくっすわ』とのことでこの場には居ない。
「懸念点っていうと・・・・・・呪詛のこととかですか?」
「【
「まあその二つは大問題だよね。だがそれ以前の問題として、迷宮攻略を管理監督してる下っ端貴族の妨害をどうするかって話だよ」
クインはなるほど、と納得してるが俺はいまいちピンとこない。中抜きや職権濫用の件は前任者から腐るほど聞いたけど、子爵家名代にまでそれをするとは考えにくいんだが。
そんな俺の内心を察してくれたのか、二人はもう少し詳細に説明してくれた。
「まあ普通に考えたら他派閥とはいえ、貴族相手に訴えられれば負ける喧嘩なんて吹っかけませんよね。私も【
「連中のシンパは意外と何処にでも居るからねぇ・・・・・・伯爵領となれば、広さの問題で街の管理を寄子の男爵あたりに任せてる場合もある。男爵本人は無理でも、最悪実務担当者を抑えれば何とでもなる」
「・・・・・・カーマイン伯爵は北部派閥だけど、北の迷宮は王都の近く。なら、管理役は
クインもトマスさまも無言のままだが、ほぼ確定事項と考えてるらしい。言われてみれば、【浄血】や公爵さままで関わってるのにグダグダ過ぎるとは思ってたけど。
嘘の発覚を防ぐ為に更なる嘘で塗り固める事例は、まだ日本で生きてた頃にもよく聞いた話だ。最初は工作員による隠蔽でも、見過ごした以上管理役にも当然責任が行く。そいつが腐敗した貴族さまなら唆さなくても片棒担いでくれるって寸法か。
「平民蔑視と冒険者への忌避感という『動機』、貴族と平民という非対称的な権力構造による『機会』、それからカーマイン家やその上から押し寄せる圧力という『正当化』。寧ろ不正しない動機がないだろうね」
「貴族と専属契約した冒険者でもない限り、そもそも窮状を訴えることすら叶わない。その上仮に契約していたとしても、情報統制によって庇護者の耳には届かない・・・・・・」
"不正のトライアングル"ってやつか、厄介だな。これまで不正を維持できたメカニズムは、あくまで平民にしか通じない方法だ。トマスさまなら裁判所にも告発出来るし、実地調査されれば結果は言うまでもない。
だが当然のことだが、ここまでグダグダになってもまだ現状維持を望んでる連中に遵法精神なんて期待するだけ無駄だ。下手に刺激したらどんな手を撃つか想像も出来ない。
それこそ【
「───トマスさま。そろそろ以前言ってた『解決策』をお聞かせ願えませんか。この場には俺たちしか居ませんし、俺たちにも役割があるんでしょう?」
「そうだね、流石にここまで来て実家に妨害されることもないだろうから伝えておこうか。まあ結論から言うと『迷宮を踏破しちゃおうぜ!』ってのが僕の提示する"解決策"さ」
引っ張るほどの内容じゃないし、とお茶を飲みながらあっさりと告げられる。いや、まあなんというか・・・・・・クインもぽかんとしてるよ。
「───言われてみれば、迷宮そのものがなければこんな面倒も無くなる訳ですが・・・・・・それが出来ないから困ってるんでは?」
「迷宮の維持そのものは適正な手続きを踏んだ正当な権利ですからね・・・・・・」
「けど他に方法なんて無いよ?迷宮を管理する側がこのままじゃ、仮に結社を追い払えたところで何時でも簡単に元通りさ」
それはまあ、そうだな。既に秘密結社にはノウハウの共有がされてるだろうしな。今は北の迷宮一箇所だけだが、似た条件の迷宮で同時にこの状況を再現されたら目も当てられない。
『大蛇衆』なんて呼び名が付いてるんだ。あんまり考えたくないが、"コアトル"と同格の奴が他に何人か居ても不思議じゃない。呪詛をばら撒く道具さえあれば、同時多発テロは全然あり得る話だ。
「───なあクイン、国が認可した迷宮って核を壊しちゃったらどうなるんだ?」
「か、カーツさん!?えぇっと・・・・・・法律の上では迷宮は国家の財産であり、領主はその管理者という扱いになります。なので枢密院から賠償命令が下る、というのが"建前"です」
「・・・・・・それじゃあ実態は?」
「お国からのペナルティはほぼないよ。そりゃ平民の台頭も怖いだろうけど、貴族の専横だって頭痛の種だからね」
なるほど、それが前に言ってた『ちょっと面倒になる』ってことの意味か。国から変な圧力が掛からないってのなら、残ってる問題はカーマイン伯爵家との関係悪化か。
どう考えても"ちょっと"で済まないだろうが、国政や直接の派閥から睨まれるよりはマシだな。
「───もちろん伯爵やその子飼いだって馬鹿じゃない。その辺りのことは警戒してるし、対策も考えてるだろうね」
「同感です。おそらくトマス殿が来たことも、ラリマーの冒険者に泣きつかれたものと予想しているでしょうね」
「当然僕が召集した【明星】も警戒対象だろうね。彼らは結構信頼度の高いパーティだし・・・・・・だからこそ君たちが付け入る余地が生まれる」
俺なんかは冒険者に成り立ての三等級冒険者だからな。この前の指名依頼で
もしかしたらセレストゲイルがアガットランドと情報共有してるかもだが、カーマイン伯爵家やその子飼いにまで伝えてるかは微妙なところだ。
「作戦としては、僕と【明星】で連中の注意を引き寄せる。君たちは現地での治療行為と並行して迷宮に慣れてもらい、準備が整い次第最深部の攻略に取り掛かって欲しい」
「迷宮深部に居ると思われる『大蛇衆』への対処についてはどうお考えで?」
「現地で合流する支部長殿とその側近に君たちと同行してもらうつもりです。60を過ぎても現役かつ一等級目前の実力を維持してるバケモノ爺さんだ。迷宮についても僕たちより遥かに精通してるし適任でしょう」
そういえばウォルフから以前聞いた話じゃ、冒険者としての師匠はラングレー副支部長だが武芸者としての師は支部長らしい。それなら滅茶苦茶強いだろうな。
流石にずっと北部で頑張ってた以上相応に疲弊してるだろうが、寧ろその事実が良い隠れ蓑になりそうだ。ギリギリまで治療を後回しにしたと演技してもらえれば、簡略を出し抜けるかもしれない。
「しかし考えてみれば不思議だよねぇ。貴族への不平不満ならまだしも、【浄血】との敵対を標榜する【
「そう言われてみれば・・・・・・捕まえた連中は何て言ってるんです?」
「調書は何度か目にしたけど、心酔してるのか要領を得なくてね。『真実を知った、それを隠してた政府を許さない』とか何とか───おっと。何事かな?」
景気良く走ってた筈の馬車がゆっくりと停止した。突然止められた訳じゃないし、敵襲って感じじゃないよな。
俺が外を確認しようと思ったが、それより先に扉が開け放たれる。視界に飛び込んできたのは、最近すっかり見慣れた"透き通る様な水色の髪"だ。
「───失礼しますよっと。話し合いの最中にすんません」
「構わないよ、ウォルフ・・・・・・だったね。どうかしたかな?余裕を持たせてあと一日野営するって聞いてたけど、もう予定地に到着したのかい」
「いや、まだちょいと掛かる距離なんすけど・・・・・・ちょいと厄介なことになったみたいですわ」
そう言ってウォルフが横にズレると、ボロボロな風体の冒険者らしき人物が姿を見せる。参加者全員の顔は流石に把握してないけど、確かこんな人は居なかった筈だ。それに道中の魔物相手にここまでやられる人は、そもそも人選から外されてるだろうし。
ラリマーからの同行者じゃないとすると、何処からやって来たんだろうか?まるで逃亡してきたみたいな風情だけど───まさか・・・・・・?
「───予定を繰り上げる。防人さまにはすみませんが、野営は中止と伝達をお願いします。それからカーツさん、他の治癒士の方々と共に体力回復の魔法を準備していてほしい」
「光属性魔法を用いた強行軍・・・・・・ですね。すぐ取り掛かります」
クインが空を翔けるように飛び出し、俺たちもそれに続く。どうやら貴族さまの隣りで優雅な旅ってのは終わりらしい。
取り敢えずは普通に【