───いよいよ迷宮攻略本番の日を迎えた。情報を集め、出来る限りの戦力も整えた。仮に俺達が失敗したとしても、すぐさま【明星】が追撃を加える算段だ。これでも駄目ならもう尻尾を巻いて逃げるしかない。
俺達が今まで伸び伸びと準備出来たのも【明星】が目眩しになってくれたお陰だ。到着初日に10階層まで進撃し、一週間目には更に下層へ潜ったのに消耗は軽微ときた。街の管理者はかなり焦っただろう。
10階層から下が危険だと事前に知っていたこと、そして俺達が回収した呪詛を元にトゥエルブさんが対抗策を用意出来たこと、更にトマスさまが収容所の環境を改善したことで治癒士を引き離す理由を失ったこと。それらの要素合わさったことで、連中の目は【明星】へ釘付けになった。
「───それでは最終確認といこう。トゥエルブが作成した抗呪詛薬と、発掘された霊薬は持ったな?」
「・・・・・・はい、間違いありません。一人三つずつ確保してあります」
「うむ、これで最深部に更なる隠し玉があったとしても、そこに至るまでカーツを温存出来る。おそらく上層の魔物は他の冒険者に間引かれているだろう。中層からはウォルフ、それから防人さまに尽力していただく」
二人がしっかりと頷きで返す。衣食住が足りて活発になった冒険者達のお陰で、上層の魔物は数を減らしている。今ならほぼ素通り出来る筈だ。
中層と下層についても、呪詛対策が出来る『恩恵』を持ったウォルフと、新しい戦法を編み出したクインに任せれば万全だ。俺も出し惜しみなく【
支部長達は最深部まで温存だ。二人とも長時間の『溜め』が要る魔法やスキルを持ってるから、道中はその準備に費やしてもらう。自分達が手を出さなくても問題ないって信用してくれてるんだし、その期待には全力で応えたい。
「しかし・・・・・・君たちには言うまでもないが、【明星】にもギルドから謝礼を出さねばならんな。もはや隠しもせず探索を邪魔されたと聞いたが」
「え、そうなんですか!?あの人達と碌に話せてないし、トマスさまからも大した妨害はないって伺ってましたが・・・・・・」
「私も詳細は知らぬが、小物が想像以上に愚かだったとか。彼らをこれ以上煩わせぬ為にも、今日で決着を付けねばな───では行こうか」
持ち物に不備がないことを確認してから、俺達は迷宮へ足を踏み入れた。もう何日も入り浸ってたのに、心持ち一つで全然景色が違って見える。この光景を今日で見納めにするんだと、改めて気を引き締める。
内部に踏み込んでからは、最初から全速力で突っ走る。俺が居れば体力を温存する必要もない。最初から最後まで全力疾走だ。
やっぱり魔物の数が少ない。先に潜ってる冒険者達ともすれ違ったが、此方に気付いて手を振ってくれた。初めて会った時は武器を向け合わないと会話すら出来なかったけど・・・・・・やっぱり環境って大事だよな。
「・・・・・・取り零しが居るな。カーツ、準備運動がてらやってみるか?」
「了解っ、秒で終わらせます!」
進路上に居たのは兎型の魔物が3体。回り道は時間の無駄だ。支部長が俺をご指名みたいだが望むところだ。
当然【硬気丹術】擬きは無しだろうな。こんな所で消耗してられないし、習った【魔技】だけで相手をする。
先頭に躍り出て、刃が飛び出た前脚を最低限の捻りで避ける。そのままカウンターの要領で手刀を叩き込み逆に首を刎ねる。残る2体が同時に仕掛けてくるが、落ち着いて対処し宣言通り秒殺することが出来た。
「───お見事、魔物相手も随分慣れてきましたね」
「ありがとうクイン、教わった【魔技】も良い感じだ」
指先にのみ魔力を流す一点集中型の【魔技】で、ちゃんと当てないと効果ゼロだけど消費は軽く威力も高い。最初は使い辛くてヒーヒー言ってたけど、慣れれば強力で重宝してる。
上層はコイツらみたいな、小型で攻撃力重視の魔物が多い。装備に手が回らない新人には厳しいが、金と手間を掛けられるベテランなら安定して潜れるだろうな。発掘品も豪華だしテロリストと貴族に目を付けられなきゃ、理想的な迷宮になってたかもな。
そのまま予定通りのルートを進み、11階層へと差し掛かる。この階層からは大型の魔物が跋扈してるし、中には呪詛付きの奴も居る。此処から先は二人の出番だ。
「それではウォルフさん、お願いします」
「はいはいっと。弓は趣味じゃねぇんすけど、こういう時は便利だな」
ウォルフが構えるのは身の丈以上の長弓。先任冒険者から『もう使える奴は居ないから』と譲ってもらった遺品だ。
トゥエルブさんの解析によると、此処の呪詛は血を媒介に『触れた武器や魔法から伝播して穢す』らしい。その情報から、遠距離武器なら安全に攻略出来るのではと考えた。
実際弓の持ち主が亡くなったのもパーティの疲弊が要因で、呪詛に掛かった様子は無かったとのこと・・・・・・まともに情報共有が出来る環境なら、犠牲はもっと小さくなっただろうな。
「素晴らしい、見事な連携ですね。我々を下がらせるだけはありますね」
「ありがとうございます。特にクインは、以前似たような呪詛に遭遇しましてね。それ以来色々対抗策を考えてくれた成果ですよ」
とはいえ、弓は矢がなきゃ無用の長物だ。しかも汚染される所為で折れてない矢も再利用出来ない。なので可能な限り最小限の消費で倒す必要がある。
そうして編み出されたのがクインの新魔法だ。直接攻撃したら呪詛を喰らう、矢を強化する魔法も穢れが伝播するから駄目。ならば飛翔する矢を風圧で押し込み、貫通力を上げようって訳だ。
例えるなら、矢を釘に見立てて風圧の金槌でぶっ叩くイメージだ。以前使用した、呪詛に触れないよう大気を盾にする魔法の応用だな。この迷宮は天井が狭いからあの魔法は使えないし。
「なるほど、ウォルフの腕力はラリマーでもかなりのものですが、弓の扱いに長けている訳ではない。あの魔法は足りない技を補う効果もあるのですね」
「本人は、単純に矢を強化するのと変わらないって謙遜してましたけど。状況に則して代替になる魔法を作るのも才能ですよね?」
「・・・・・・それは同感ですが、貴方に言われれば形無しでしょうね。しかし、難攻不落とされた迷宮をこうも容易く切り崩せるとは」
それについては、メタを張れる人材が揃い過ぎてるからな。迷宮の外じゃ霧散する筈の呪詛を持ち帰れるカーツ少年の魔法、それからそれを解析し対抗策まで編み出すトゥエルブさんの手腕。そして実戦豊富なパーティの地力あってこそだ。
「───おっと、あぶなっ!?」
「後ろに居るからって気を抜くなよカーツ!お前が触れたら後が面倒だぞ」
「おう、気を付ける!心配かけたな」
呪い自体は最悪喰らっても【
どうやら呪詛の威力が低いのもこの機能に術式を割かれている所為だとか。穢されると同時にかなり魔力を吸い出されるらしい。呪詛を止めても魔力を浪費させられちゃ、迷宮での稼働時間が大幅に減ってしまう。
呪詛で弱めるだけでなく、魔力の消耗でも戦力を削ってくる。相変わらず嫌がらせに特化した呪詛だよ。くれぐれも触れないようにしないと。
「さて、此方は片付きました。足元に気を付けて進みましょう」
「そっすね。聞いた話じゃ、血痕を踏んじまって脚から呪詛を喰らった奴も居たらしい」
「最悪だなそりゃ・・・・・・自覚症状出るまで絶対気付けないだろ」
まあそんな感じで、下層でも特に問題は起こらず順調に走破していった。一度も休憩を取ることもなく・・・・・・やっぱり光属性魔法を使ったデスマーチは最強だな。絶対に口外してはいけないが。
「いやはや、あっという間の行軍だったな。事前に予習していたとはいえ、ここまで遅滞なく事が進むとはな」
「ええ、この下は最下層となる15階層・・・・・・皆様、いま一度気を引き締め直してください」
大人数でも一度に降りれそうなデカい階段。その目前でようやく小休止を取った。此処を降りたらいよいよだ。此処まで新手の嫌がらせは無かったんだし、その分終点に手の込んだ細工でもしてるんだろう。あんまり考えたくないが。
「皆、此処までよく戦ってくれた。お陰で私もマリエッタくんも万全の状態で挑める。とはいえ、相手は『大蛇衆』だ。此処からも頼りにしているぞ」
本丸へ挑む前に戦列の変更だ。パーティの最大戦力である支部長達が先頭に立ち、俺とクインはいつでも動けるよう魔法の準備。ウォルフは俺たちのカバーだ。
支部長に続いて全員で階段を降りていく。この先は未知の領域だ。さあ何が来る、降り着いた途端呪詛の濁流か?魔物の大群か?それとも───は??
「・・・・・・クイン、この迷宮の最下層って15階層だったよな?」
「はい・・・・・・間違いなくそう聞いてます。ですが、これは・・・・・・」
「どう見ても上の階と同じ景色っすね。最下層でコレはあり得ねぇ」
事前情報だと迷宮の最下層ってのは大抵コロッセオみたいなドーム状か、玉座の間みたいな間取りらしい。だが目の前に広がってるのは、柱や曲がり角に溢れた迷宮らしい光景だ。
「アガットランドが誤ったのか・・・・・・?いや、こと迷宮に関して彼らが見誤るとは考えにくい。まさか───」
「───そう、そのまさかだぁよぉ?迷宮がね、成長したんだぁ」
大声でもないのにフロアに響き渡るソプラノボイス。暗がりから大袈裟に戯けた身振りで現れたのは、幽鬼みたいに血の気のないチビだった。
「・・・・・・貴様が、この事態を引き起こした『大蛇衆』か?」
「そだよぉ?【
舌っ足らずな口調は別に見た目に反しちゃいない。だが異様なほどしっくりこなくて不気味さが前に出てる。
バカ正直に相手せずさっさとやっちまいたいとこだ───って思ってたら、一瞬で支部長が間合いを詰めて剣を振り下ろしてる。目の前に居たってのに全然見えなかった・・・・・・。
「へぇ?」
「誰が貴様の道楽に付き合うか、疾く失せよ」
白刃が皮膚に喰い込む。視線は間違いなく追えてたのに、奴は身を捩ることすらしなかった。頭から股あたりまで一息に切り裂かれても、アレは三日月のような笑みを崩さない。
───鮮血が飛び散る。まるで雨のように舞うソレは、幽鬼のモノじゃない。血飛沫が噴き上がったのは
「───ッ!?」
「・・・・・・アハ、アハハハハッ!!凄いねぇ、一等級以外に"膜"を突き破られたのは本当に久しぶりだぁよぉ」
「アイゼナッハ支部長!カーツさん、治癒を急いで!!」
言われるまでもない!支部長の足元へ剣杖をぶん投げ、即座に【
「予定とちょっと違うけど、これで大人しく着いてきてくれるよねぇ?せっかく説明してあげるんだから、ちゃんと聞いてよぉ。良い子だからさぁ」
「・・・・・・」
光属性魔法も使ってないのに、勝手に皮膚がくっ付いていきやがる。ほぼ真っ二つになったってのに、血の一滴も出やしなかった。そんな得体の知れない相手に、これ以上無策で突っ込むなんて出来るかよ。
「ご無事ですか、支部長」
「ああ、見た目ほど酷くはない・・・・・・言いなりになるのは癪だが、奴の能力を推理する時間が要る。此処は付き合ってやるしかあるまい」
「・・・・・・ウォルフ、貴方からはどう見えましたか?」
「あのチビっ子が物理的に何かした様子は無かった。呪術か何かだろうが・・・・・・同じ『大蛇衆』でも、毒沼で会った奴の方が可愛く見えてくるっすわ」
全く同感だよ。次から次へと・・・・・・化け物の見本市だな、【