執事さんに相談してから6日、表面上は特に変化もなかった。修行の方も一段落したということで座学に切り替わり、今まで蔑ろにしてた基礎知識の詰め込みに追われている。
クインはとっくに基礎を終えてるから、応用編の知識に加え、貴族絡みの教育も並行してやってるらしい。急ぎ過ぎだと思ったけど本人からの希望らしい。
あんまり顔色窺われるのもストレスかもと思い、構い過ぎないよう気を付けながらフォローしてるつもりだけど・・・・・・成果は芳しくない。
「───うーん、中々目当ての情報はないな。とはいえ、簡単に見つかるなら苦労しないか」
そんな訳で迎えた2回目の休息日。俺は護衛の人と、先日回れなかった総合書店に来てる。杖の仮調整は夕方なので、それまでは自由時間だ。
クインも誘ってみたが、今日は自室でゆっくりしてるとのことだ。良い方向に気持ちの整理が付けば良いんだが・・・・・・。
初めて会った時が顕著だったが、クインは自分の生命より『防人』としての使命を重視してた。そうすることで精神を守ってたところに、突然"個"としての自分に目を向けさせられたんだ。混乱して当然だろう。
「一番良いのは自己肯定感を爆上げすることだけど、うーん・・・・・・」
「───カーツさま、失礼ながら本日はどういった内容の本をお探しなんですか?」
「うん?ああ、不妊治療の医学書とかですね。ほら、貴族にとっては死活問題ですし此処なら充実してそうかなって」
「それならば私も手伝いましょう。もちろん護衛としての仕事が優先ですが」
あれから色々考えてみたが、前世日本で参考になりそうなネタが幾つか思い出せた。俗に言う『性転換』って分野だ。
現代社会の医療だと確か『性別適合手術』とか言ったっけ?詳しくは俺も知らないが、令和時代の技術なら摘出だけでなく創ることすら可能だって聞いたことがある。
そのイメージを転用すれば、【浄血】の皆さんに"生やす"ことも可能じゃないか?とはいえこれだけじゃ片手落ちだ。必要なのは"子作りまで可能な精度の器官"だからな。
「一番理想的なのは、加齢や病気が原因で性機能をなくした人の治療方法───それも魔法だと言うことなしだ。けど、それらしい本が見当たらないんですよねぇ」
「はぁ・・・・・・それも治癒士としてのお仕事ですか?」
「まあそんなところです」
うんうん唸る俺に、護衛さんが心配そうな顔で話しかけてくれる。それに返事をしながら次の本棚を漁る。ほんの少しの立読みならお咎めなしだとか。
結構お高い本屋らしいからとても助かる。買ってから目当ての内容じゃなかったら落胆が凄そうだ。そんなことを考えてると、本を取る手が誰かとぶつかりそうになった。
「───おっと、すみません!」
「いえ、お気になさらないで・・・・・・あらお久しぶりですね」
「えっ、イーグレットさん!?」
そこに居たのは【明星】の治癒士であるイーグレット・トゥエルブさんだった。こんなところで会うなんて予想外で、つい大きな声が出てしまった。
「カーツさん、此処ではお静かに」
「す、すみません。それでどうして王都に?」
「そう驚かれることではありません。確かに此処は外部の人間への風当たりが強い土地柄ですが、教会関係者は別なのですよ」
ああそういえば、確か北部の迷宮街でもそうだった。冒険者に酷い待遇を強制した管理者も、教会所属の治癒士には対応を変えてたな。離間工作の意味もあっただろうが、そもそも貴族ですら教会関係者を軽んじることは不可能なんだろう。
地方出身者を軽視する王都も、治癒士や司祭さんは特別って訳か。軽く周囲を見回してみたが、イーグレットさんを蔑む視線は飛んでこない。
「確かこの辺りは医療関係の本棚でしたわね。何かお探しでしょうか?」
「あ、えっと・・・・・・そうなんですが、ちょっと大っぴらに話すのは憚られる内容でして」
「お気になさらずともよろしいのに。ご存知の通り私も治癒士なのですから」
いや分かってても恥ずかしいんですよ。医療関係者なら気にしないだろうけど、泌尿器科関連の本を探してるってのは言い辛い。異性相手だと特に。
まあトゥエルブさんも深く突っ込んでこなかったし、俺の表情から成果が芳しくないと察してくれた。凄く助かります・・・・・・。
「医療関係の知識をご所望であれば、教会を訪ねてみてはいかがでしょう?この書店ほどの品揃えで見つからないとなると、他の選択肢は絶望的かと」
「そう、ですよね。俺の探し方が悪いのもありそうですけど、他の選択肢があるのはありがたい。次の休みにでも行ってみます」
「あら、善は急げと言いますが?」
「俺が教会とのコネを持ってないのもありますけど、夕方から予定が入ってまして」
まだ此処に来てあんまり時間も経ってないからな。中途半端で切り上げるより、とことん探してから教会に移りたい。
「・・・・・・なるほど。それでしたら後日、私が教会との伝手になりましょう」
「え、良いんですか?トゥエルブさんだって忙しいでしょうに」
「私が王都を訪れたのも、教会への報告とトマスさまへ言伝を頼まれたからなのです。エッジ団長やアイゼン支部長では動き辛いでしょう?此処へ立ち寄ったのは、ちょっとした寄り道ですね」
ああ、それで独り王都までやってきたのか。多分入口までは【明星】の仲間が送ってくれただろうけど。
俺は許可証があったから無料だったけど、トマスさまは馬鹿高い入場料を取られたそうだ。しかも出入りする度にぼったくられるらしい。
外からの情報を得るからトゥエルブさんに頼るのが一番リーズナブルって訳か。流石に教会関係者なら良心的な価格で対応してるだろうし。
「しかし大丈夫なんですか?俺ってモグリの治癒士ですんで、てっきり教会から忌避されるものかと」
「それは誤解ですね。教会が禁じているのはあくまで無償の治療行為ですから。寧ろ独学で此処まで練り上げたカーツさんには敬意を評するでしょうね」
「・・・・・・しつこく勧誘されたりとかは?」
「それこそまさかですよ。まあ貴方が無所属であれば保護のために帰依することを勧められたでしょうが。失礼ですが、冒険者になる前は無体な扱いをされてはいませんでしたか?」
ええ、心当たりしかないですね。そういえば修道教会は治癒士の庇護組織って側面もあったな。
「最初に軽く提案されるくらいはあるでしょうが・・・・・・改宗を強制されるなんて、ごく一部の例外を除いてあり得ません」
「・・・・・・・・・・・・"ごく一部の例外"?」
「───言葉が過ぎましたわ。それでは私はこれで失礼しますね。トマスさまに言付けいただければ日程の調節致します」
それだけ言って、イーグレットさんは足早に去って行った・・・・・・聞き流した方が良かったかな?
そういえば、忙しくてすっかり忘れてた。せっかく王国有数の書店に来た訳だし、『ナンバーズ』とやらについても軽く調べてみるか。
あくまで本命は不妊治療の本だけど、気分転換ついでに探してみるか。えーっと、な行の列は・・・・・・流石にタイトルに堂々と記載してないか。今まで聞いた感じだと、大手を振って話す内容じゃなさそうだしな。
「取り敢えず、無難に歴史書でも買っておくか。多分政策か何かっぽいし、何かしらの取っ掛かりくらいは書いてあるだろ」
「歴史本、ですか。それでしたら此方はいかがでしょう?」
うん?どれどれ・・・・・・へぇ、王立学校の指定教科書なのか。王都だけじゃなく地方の学院でも広く使われてるらしいな。
ディスプレイの装飾を凝るのはどこの世界でも同じなんだな。主義主張が偏ってそうでちょっと不安だけど、情報の信用性はある程度保証されてそうだ。これにしよう。
「───カーツさま、そろそろお時間です。オークス商会へ向かいましょう」
「おっと、もうそんな時間ですか。すぐに会計を済ませてきます」
護衛さんの声掛けで席を立つ。空気を読んでイーグレットさんとの会話中、気配を消してくれてありがとう。
教科書と、多少関連がありそうな本をニ冊会計へ持っていく。値段も武器に比べれば安いし、このくらいなら許容範囲だ。
「お目当てのものがなく残念でしたね」
「まあ簡単に答えが出てるなら俺の出番なんか元々ありませんよ。次の予定も出来たし気長にやります」
アテがまだあるんだから落ち込む必要はない。本は屋敷に送ってくれるみたいだから、心身共に軽くしてから商会へ向かおう。
何せ自分だけのフルオーダーだ。正直ウキウキしてるところはある。色々悩ましい問題はあるけど、それはソレ。これはコレだ。