「───トゥエルブ女史?ああ来たよ、君が戻ってくる前に帰っちゃったけど」
「あ、やっぱりですか。書店じゃバタバタしちゃったんで、落ち着いた場所で改めて迷宮でのお礼を言いたかったんですけど」
買い物を済ませて戻ってきた俺は、早速トマスさまのところへやって来た。王都に居るんだからのんびり、とはいかないらしい。書類の山に埋もれる姿は客人とは到底言えないものだった。
「・・・・・・出直した方が良いですかね?」
「気にしなくて良いよ、これでも大分マシな方だから。匿われてるのがこの御家じゃなかったら今ごろ干物になってたかもね。事情聴取に託けて何度も同じ書類を送ってくるなんてもう嫌がらせだよね?」
「お、お疲れさまです」
どうも北部での事後処理は順調じゃないらしい。詳しく聞いたところ、連中は俺たちが迷宮の最深部で得た成果を秘匿してるんじゃないかと疑ってるらしい。
別に確証がある訳じゃなく、イレギュラー続きの迷宮だったから戦果が【
「てっきり情報が漏れたかと思ったけど、どうやらその線は薄そうだ。無駄に長いやり取りに付き合った甲斐はあったかな」
「北部に残った支部長は大丈夫でしょうか?」
「ギルドの支部長って肩書きは少し頼りないけど、アイゼナッハ殿は純潔の
そう口にしたものの、トマスさまの眉間には皺が寄っている。この人を悩ませているのは、冒険者への"賠償"という不確定要素があるからだ。
カーマイン伯爵家は自体を速やかに隠蔽して終わらせようとしている。その為には変な注目を集めず穏便に事を進めなければならないが、隔離施設で辛酸を舐めさせられた冒険者にとっては知ったことじゃない。
普段なら権力で一蹴出来る伯爵家も今回ばかりは話が別だ。下手に本部を焚き付けられて大事にされれば目論見が破綻しかねないし、強硬する訳にはいかないんだろう。
「管理人のやり口が非常に
「───そしてそんな分かりやすい"弱味"に食いつかないほど冒険者は慎ましくないってことですか。あるいはそれも狙いなんですかね?」
「どうだろうね、それで手を引けなくなるのはあくまで僕だけだ。最悪アイゼナッハ殿が一喝すれば済む話で、寧ろ揉めるのはラリマー領以外の冒険者だろうな」
それはそうだ。凄腕の冒険者でもある支部長が中心に居たから、ラリマー組は脱落者を出さずに済んだ。でも他の連中の中には、相当悲惨な目に遭った奴も居ただろう。
とはいえラリマーが被害を被ったのも事実だ。ここで簡単に手打ちにしたら、相当反発されるのは目に見えてる。いまトマスさまが目を通してる書類も聴取の書類だけじゃなく、冒険者から申告された被害報告や買い叩かれた記録も含まれてるらしい。
「つまり謀略の線は薄そうだけど、予定より長く留まる羽目になりそうってことですか?」
「勘弁してほしいよねぇ。せっかく頑張ってもらったのに、時間が空いたら功績の鮮度が悪くなる・・・・・・とまあ愚痴はこの辺にしておこう。僕に何か用があるんだろう?」
おっと、そうだった。色々気になる話題だったけどまた今度だ。それよりも先に聞きたいことがあるんだ。
「折り入ってお願いしたいことがありまして───『ナンバーズ』とやらについて教えてください」
「・・・・・・そりゃまたデリケートな題材だ。ちょっと待ってて」
そう言って懐から取り出したのは、いつぞやに見た防音用のお札だった。いや助かるんだけど、他人さまの家で堂々と使って良いのか?
「ああ、安心して。コレについては事前に伝えてあるから。まだ利用価値のある相手の"密談"を覗くほど狭量じゃないでしょ」
「───話が通ってるんなら安心しました。それでなんですけど、こうして教科書を買ってみたんですが、やはり高等教育を受けた人の知恵もお借りしたいと思いまして」
「なるほど、当事者に直接聞かなかったのは正解だよ」
立ち上がったトマスさまがそのまま備え付けのグラスを二つ取り、これまた備え付けの魔導具から水を汲んで渡してくる。この世界魔導具が発展してるからか、飲み水は潤沢だし衛生面で困ることもあんまりないんだよな。
話の前に一度喉を湿らせる。ここからは込み入った話になるって訳か。事前知識から察するに、愉快な内輪話とは程遠いんだろうが。
「───『ナンバーズ』は土地の名前さ。ヴィブギヨル王国によって
「滅ぼされって・・・・・・今のこの世界じゃ戦争は御法度では?」
「お、よく勉強してるね。実際その通りで、世界各地に点在する【浄血】によって戦争は出来ないようになってる。まあ多少の小競り合いくらいは目溢しするだろうけど」
やっぱり間違ってないよな。以前クインからは教わった内容はそうだった筈だ。
もし紛争地帯のど真ん中が"災害"の発生予測地点だったらどうなるか?敵対国家が被災するよう、防人の行動を妨害されれば?戦争という"動機"によって【浄血】のコントロールにない技術が生み出され悪用される可能性は??
そういった懸念を潰すために【浄血】は、ヴィブギヨル王国を含めた大陸の主要国家へ不戦条約を強要している。逆らえば"災害"から守ってもらえない以上、大国といえど選択肢なんて存在しない。
「知ってるかい?この大陸って大国間で国境がきっちり引かれてて、緩衝地帯が存在しないんだ。普通は防波堤代わりの小規模な衛星国や不干渉地域くらいありそうなのに」
「え、でもそれは【浄血】っていう安全弁があったからで・・・・・・いや待てよ?確かラリマー子爵家は───」
「───以前話したことを覚えてたんだね、お陰で話が早くなる。そう、かつては必死に開拓しなきゃいけないくらい人類の生存権は狭かった。なら戦国時代よろしく、小規模国家が乱立した時代があった筈だよね?」
それは確かに・・・・・・外国はどうか知らないけど、少なくともヴィブギヨル王国は昔ならもっと小さかった。それは書店で立ち読みした内容からみても間違いない。
そして王国が今の領土まで拡大出来た事実。更にそれを【浄血】が掣肘せず、かといって庇護下から追放しなかったという現実。それはつまり───。
「───【浄血】公認の侵略戦争。その結果滅ぼされた国々の末裔が『ナンバーズ』ということですか」
「ご名答だよ、これがテストなら100点を進呈してるところだ」
「いやでも、じゃあイーグレットさんの苗字は・・・・・・?」
「ないよ。侵略された国は同化政策を徹底されて、苗字も文化も失逸したらしいね。彼女の国は12番目に滅ぼされたから『トゥエルブ』って訳だ」
・・・・・・想像してたよりヤバい話になってきたな。生半可な気持ちで扱っちゃ駄目な内容だなこれは。
いつの間にか渇いてた喉に水を流し込む。居住まいを正し、より一層気を引き締めて話の続きを待った。