異世界憑依生活記〜治癒士と厄ネタを添えて〜   作:章介

60 / 70
─幕間─ side:クイン①

 

 

 

 

 

 ───私には"名前"がありませんでした。もちろん出生と同時に与えられた"記号"は存在しましたが、呼ばれることのないものの何処に価値があるでしょうか。

 

 古い記憶の私は、常に痛みと共にありました。身体の中を弄られる痛み、強い魔力の制御に失敗して起きる反動の痛み、そして"名前"を持つ方々による訓練の痛み。その中でも一度として"記号"を呼ばれることはなく、代わりに私たちは別の名称で呼ばれていました。

 

 『出来損ない』・・・・・・その言葉が自身を指す言葉だと疑わなくなった頃、"防人"という新たな呼び名が増えました。そこで私たちに毎日訓練を施していた理由を知りました。

 

 忙しなく各地を飛び回る毎日も、時折り『【防人】さま』と呼び感謝を与えられる日々も、私の心に何の波風も立てませんでした。感じ入るものが無かった、とは言いませんが。

 

 何故なら彼らの称賛は全て、【蒼の防人】という群体に向けられたものだからです。きっと彼らの前に居るのが私とは違う誰かであっても、差異など生まれようもありません。だって、それ(自尊心)を教えてくれる人は居なかったのですから。

 

 

「───出来損ない、貴様に"指令"が下った。薄汚い【蛇の群れ】が我等の膝下に巣を作ったらしい。貴様に予測地点の巡回を任せる」

「・・・・・・かしこまりました、アデルさま」

 

 

 "指令"とは普段命じられる、大気中のマナを分解・鎮静化する『浄化』の任務とは異なる命令を指します。それは特別な任務ということでもありますが───それ以上に危険度の高い任務であることを意味します。

 

 ですが私の脳裏に去来したのは"安堵"でした。昨日と同じ今日を繰り返すだけの日々が終わる。少々唐突で面食らいはしましたが、怒りや悲しみを感じるだけの愛着などこの身にはありませんでした。

 

 

『───ああほら、無理すんな。他の人はもう行ったみたいだから』

 

 

 囮として襲われやすいように、いつもは雇う護衛も付けずの一人旅。しかも大抵はその土地の領主殿から移動手段を提供されるので、まさか偶々利用した辻馬車があれほど過酷だったとは思いませんでした。

 

 身元がバレて無関係な人々を巻き込む訳にはいきません。当時の私は被りのついた外套で顔を隠し、とても近寄りたい人間には見えなかった筈です。

 

 ・・・・・・ですがあの人は打算のない、本心から心配した声で話し掛けてくれました。【防人】として相対したならともかく、その瞳は他でもない"私"を見てくれた気がしたのです。

 

 

「あ、あの!一緒にお食事でもいかがですか?軽食をご馳走するくらいなら目くじら立てられません・・・・・・よね?」

 

 

 ───気付いた時にはそう言っていました。任務に関係のない、個人的な接触は禁じられていたにも関わらず。

 

 どうして自分はそんな行動を取ったのか?その理由すらあの時の私には分かりませんでした。少し意外そうな顔をしながら、それでも快く受け入れてくれた優しい人。

 

 ですがそんなあの人を、私は指令に巻き込んでしまったのです。

 

 

『私としては、貴方達のどちらかが怪しいと踏んでいますの。人違いでしたら申し訳ありませんが、貴方は私達と任務で一度ご一緒しませんでしたか?』

 

 

 トゥエルブさんも本心から疑っている訳ではありませんでした。ですがあの人が疑われる事態を作ったのは他ならぬ私です。

 

 まさかこんなに早く仕掛けてくるとは・・・・・・なんて言い訳にもなりません。寧ろ二等級冒険者のパーティから加勢を期待出来るのは行幸以外の何物でもない。

 

 

「この状況を生んだ責任は私にあります。貴女達を置いておめおめと逃げる訳にはいきません。どうか私も戦力に数えてください」

 

 

 ───しかしそんな算盤を弾くよりも、あの優しい人を危険から遠ざけたかった。命令ではなく、自分の意志で動いたのはこれが初めてでした。

 

 この任務が"指令"である以上、おそらく仕掛けてきたのは【献言する蛇(サマエル)】の中でも特級の敵性個体───『大蛇衆』の筈。そして私に施された"調整"から、御家の意図も察せられます。敵に捕捉された以上、此処が私の死に場所なのだと理解しました。

 

 それでも、【防人】ではない私に優しくしてくれた人を守って死ねるなら、望外の終わりでしょう。

 

 

『───俺の名前はカーツといいます。独学ですが治癒と快復ならある程度やれるので、俺にも手伝わせてください』

 

 

 しかしあの人は自分から危険な場所へやってきました。荒事は冒険者に任せるのが常識だというのに。報酬が出る訳でもないのに、どうしてそんな真似をするのでしょうか?

 

 

『任せてください、決して足を引っ張る真似はしません』

 

 

 その手と声が、僅かに震えているのはすぐに分かりました。教会未所属の治癒士と伺いましたし、【魔技】が使えるようにも見えません。鉄火場に立った経験はあるのでしょうが、前線の経験がないのは明らかです。

 

 しかしそんな予想に反して、彼は勝利に大きく貢献しました。【反転魔法(ネガ・スペル)】───おおよそ真っ当な魔法使いが得る筈のない魔法を宿したあの人が、一体どんな人生を歩んできたのでしょうか・・・・・・。

 

 

「っ───!?危ないっ!!」

 

 

 襲撃者は周到かつ執念深い相手でした。まさか倒された魔物の死体が"泥"へと変じるとは。これまで同胞の目を掻い潜ってきたのも納得の奇襲性です。

 

 咄嗟に放った風の壁が"泥"に触れた途端、全身の皮膚が沸騰したかのような痛みが駆け巡りました。魔法との繋がりという、強固であれどか細い線から侵食する神業。驚嘆すると同時に、役割を果たせた安堵を感じながら意識を手放しました。

 

 

『───ッ、目が覚めたか!此処は村の宿だ、何処まで覚えてる?』

 

 

 次に目覚めたとき、額に汗を浮かべたカーツさんが傍に居てくれました。二度と覚めることはないと思っていたので驚いたのと、胸の内側から感じたことのない温もりに困惑していました。

 

 満足に舌も動かせない私に、カーツさんは痛みを和らげる魔法を使ってくれました。もう死ぬだけのこの身へ最期まで与えられる"慈悲"に、私は指令も忘れ思うままに口を開きました。

 

 

「"クイン・セレストゲイル"です。どうか、名前で呼んでいただけませんか?」

 

 

 ・・・・・・今にして思えば、身勝手にも程がある願いですね。どうか気に病まないでほしいと、出来損ない()など忘れてほしいと言ったその口で、意味のない"記号"を覚えていてほしいなどと。

 

 そのあとも本来部外者には決して話してはならない話を延々としてしまいました。何故アデルさまが私たちを"出来損ない"と呼んだのか、よく分かります。

 

 優しい人に出会い、私を見てもらえた瞬間から、悍ましいほどの欲が湧き上がったのです。塵ほどの重みも感じなかった筈の"私"を、どうか覚えていてほしいと。今更存在した意味を欲しがって、未練たらしく縋りました。

 

 そんな私を最後までカーツさんは見届けてくれました。一とつたりとも取り溢さないとばかり、真剣な面持ちで。その事実があまりにも嬉しくて、幸せで・・・・・・己の弱さに懺悔しながら、それでも満たされながら今度こそ眠りに着きました。

 

 

 ───えぇ、そうです。みなまで言わずとも、私はこうして生き残りました。片腕をなくした程度、生命と引き換えなら安過ぎる対価でしょう。

 

 何が起こったのか、どうして私は生きているのか。何一つ理解できないまま、外へ出た私が見たのはアデルさまの姿でした。

 

 其処にいた誰にも悟られないように、あの御方は私を一瞥しました。呪詛の籠った魔導具と黒ずんだ右腕を受け取りながら、その瞳には何の色も宿ってはいませんでした。

 

 

『───残ったもの(出来損ない)については好きにしろ』

『───お前の魔法は多少使い道がありそうだ。目印代わりに置いてきた、とでも報告しておこう』

 

 

 それはカーツさんだけでなく、私にも向けられた言葉でした。おそらくカーツさんが私の"記号"を知っていたことで確信したのでしょう。もはや私は【防人】として役に立たないと。

 

 あの時死んでいれば、末期の気の迷いで終わったでしょう。しかし生き残ってしまった以上、もうこれまで通りとはいきません。今の私はたとえ御当主さまが命じようと、カーツさんの要望を優先してしまうから。

 

 だからアデルさまは言外に命じたのです。【防人】の役割に殉じて死なない代わりに、見込みのありそうな優しい人の役に立って死ね、と。

 

 どうせ呪詛に蝕まれ、片腕まで失ったのです。元より貧弱な寿命は間違いなく目減りし、遠くない将来今度こそ終わりが訪れるでしょう。私はアデルさまの餞別に心から感謝しました。

 

 

 

 そんな未来予想も、カーツさんは軽々と粉砕してしまうのですが・・・・・・この時の私には知る由もありませんでした。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。