『─── 勢いで外に出てきたけど常識とか読み書きとか全く出来ん。なのでお願いします、色々教えてください。あと助けてください!』
一息に告げられた言葉と、綺麗な角度で下げられた頭には面食らいました。ですが包み隠さない姿がいっそ清々しく思えましたし、カーツさんのお役に立てるのは純粋に嬉しかったです。
カーツさんの教養は、何とも偏っていました。ごく自然に敬語を使い熟すくらい高度な教育を受けている筈なのに、時折り子どもでも知っているような常識が欠けていたり。
『───うーん。【触媒】をもっと楽に作れる方法はないものか。なあクイン、オススメの素材とかあったりする?』
「えっと・・・・・・そもそも使ってはいけない素材があるんでしょうか?す、すみません。私自身が作った経験がないものでして」
『あー・・・・・・あの凄い魔力を考えたら無理もないか。生半可な素材じゃ耐えられないだろうし』
・・・・・・まあ私もあまり他人のことは言えませんね。カーツさんに色々お教えしていく中で、自分もまた偏った知識の中に居たのだと思い知らされました。
襲撃でお世話になった村で、お野菜をいただいた時は驚きました。調理された状態でしか見たことがなかったので、最初は食べ物かすら分かりませんでしたから。それに、お裾分けされた果実の熟し具合に一喜一憂したり・・・・・・自分がよく食べる方だというのも、あの時初めて知りました。
無事に体調が戻った私は、カーツさんにラリマー領を紹介し、当面の活動拠点にしてはどうかと提案しました。領主や冒険者ギルドが信頼出来るからというのもありますが・・・・・・今にして思えば、中央に伝手のない場所であの人と余生を過ごしたかったのかもしれません。
『───ま、クインの健康的で文化的な人生の為にも頑張るさ。旅がしんどい歳になったら、一等地の別荘と一生分の不労所得で手を打ってやるかな』
そんな侘しさを孕んだ私の思惑は、まるで常備薬を飲ませる様な気軽さで施された魔法によって吹き飛びました。現在でもお世話になってますけど、どう考えてもおかしいでしょうアレは。
『魔法を無効化する魔法』ならまだ分かります。希少ですが前例がない訳ではありませんから。しかし『魔力が原因で生み出された
私の身体は言ってみればセレストゲイルの末路です。魔導具によって悪化したとはいえ、病弱さは生まれた時から決まっていた性質なんです。光属性魔法で症状の緩和は出来ても、改善することはあり得ない筈でした。
『・・・・・・にしても、少し歯痒くはあるな。あの狭い
本心からそう言っていたカーツさんですが、失礼ながらもう一人のカーツさんが大成するのは難しかったと思います。カーツさんから聞き及んだ彼の性格では、光属性を隠れ蓑のようにしている"もう一方の魔法"は使い熟せないでしょう。
カーツさんの長所は想像力とそれを活かした『問題を解決する能力』にあります。私を呪詛から救ってくれた魔法を筆頭に、今所持している手札から最適解を導き形にする力が非常に高いと思っています。
ではもう一人のカーツさんはというと、能力は私も知り得ませんが本人の行動力に難があります。カーツさんは思い立った当日にかつてのパーティを飛び出しましたが、彼は何年もその環境に甘んじています。酷な話ですが必要は発明の母と言いますから、やはりカーツさん抜きで身を立てるのは難しいでしょうね。
・・・・・・しかし、『カーツ少年が作り出した別人格』で押し通すのはやはり無理があると思うんですけど。嘘、という訳ではないんでしょうが。誰にでも話せないことはありますが、もう少し上手い隠し方はなかったのでしょうか?
『ラングレー副支部長、それから【蒼の防人】さま。僕はカーツ氏と内密な相談がしたいので、席を外していただけませんか?』
それはさておき、呪詛に蝕まれ残り短い筈だった時間は脈絡なく引き伸ばされました。それ自体は大変喜ばしいことなんですが、それだけの能力を自重なく使えば有力者の目に留まらない筈もありません。
トマス殿の積極性は予想外でしたが、この流れは遅かれ早かれだったと思います。騒動に巻き込まれ、勝手に押し付けられた期待にカーツさんはそれ以上の成果で応えました。
はっきり言って私は役立たずでした。アデルさまが助けに来なければどうなっていたことか。
『───やはり出来損ない、か。任を解かれて腑抜けたか?』
"コアトル"を撃退したあと、アデルさまはそう仰られました。ウォルフさん達は庇おうとしてくれましたが、何一つ間違いのない叱責でした。
戦闘についてだけではありません。カーツさんが『セレストゲイルにとって価値ある人材』である以上、本人を気絶させてでも危険から遠ざける義務があったのです。しかし私は何も考えることなく、カーツさんの行動に唯々諾々と従っていたのですから。情状酌量の余地はありません。
その後も迷宮騒動に巻き込まれたりしましたが、私は私自身が評価出来るほどのことは出来ませんでした。確かに
『───まさかこんな形で夢が叶うなんてな・・・・・・おかえりカーツ少年。ようやく君と話が出来る』
複数の偶然と奇跡が重なった結果、カーツさんは"護るべきもの"が出来ました。まるで救われたのは自分だと言うように、もう一人のカーツさんを見守るカーツさんは綺麗で、私もあの人を護りたいと思いました。
───ですがどうやって?これからのカーツさんは、文字通り立場が違います。オニキスフレアに目を付けられることが確定した以上、いち冒険者では抵抗すら出来ません。
けれど立場を得る以上、暴力だけでなく様々な思惑や謀略から身を守らなければなりません。そしてそれは、ただ従うだけの人間など役立たずになったことを意味します。
『及第点だ───クイン』
その事実から目を背けて、目の前の楽しさに逃げていました。しかしアデルさまが私の逃避に気付かない筈がありません。あの言葉は間違いなく私への最後通牒でした。
初めて掛けられた褒め言葉に嘘はありません。ですが認められたということは、もうただの【防人】では居られないということです。そう自覚した途端、今まで目を背けてきたものが視界に飛び込んできました。
『───カーツ殿が我々を庇護者に選んだのは貴様が理由だクイン。故に貴様はその一点において、決して替えの効かない価値を持っている。その意味が分かるな?』
新たに追加された従者教育を受けるなか、アデルさまからはそう問われました。憚りながら私は、セレストゲイルで最もカーツさんに近しい人間です。それはカーツさんが拒まない限り変わらないでしょう。
そうである以上私は、カーツさんが不得手であろう悪意がひしめく"政治"であの人を護らなければなりません。これまでのようなあの人に
短命を理由に逃げることは叶わず、誰かに
「・・・・・・今なら愛した人に文字通り全てを捧げた、セレナ・オニキスフレアの気持ちが少しだけ理解出来ますね」
肉体の欠陥についてはさほど思うところはありませんが・・・・・・尽きることのない不安については共感します。とはいえカーツさんがそんなことを望まない以上、私がその選択を取ることはありません。
・・・・・・ここで『私自身が嫌だからその選択を取らない』と、そう言えないのが駄目なのでしょうね。いい加減堂々巡りの思考に嫌気が刺していると、扉を控えめに叩く音が聞こえてきました。
「───クイン、いま良いか?話したいことがあるんだけど」
「・・・・・・どうぞ、入ってください」
ああ、やはり貴方は私より先に動いてくれるんですね。安堵してしまいそうな心を叱咤していると、私が知る最も優しい人が顔を見せてくれました。