───招き入れてくれたクインは思ったより元気そうだった。執事さんから、今日一歩も出歩いてないって途中で聞いたから心配してたけど。
ただまだ油断しちゃいけない。俺は気が回る方じゃないからな。分からないなら聞く。コミュニケーションが大事だって、トマスさまも言ってたしな。
「執事さんからココア貰ってきたんだ。ちょっと付き合ってくれないか?」
「そうだったんですね、私で良ければ是非」
流石に話す内容が無策で、部屋に入る理由まで無しじゃ不味いからな。咄嗟に頼んだけど正解だったな。
部屋のソファに二人で座る。軽くグラスを当ててから中身を呷ると、濃厚な味わいが口の中で広がっていく。うん、昔飲んだインスタントとは比較するのも失礼な味だ。
「今日はすみませんでした。急に予定を変えてしまいまして」
「いやいや、休養日に休むのは当然だろ?何もおかしなことじゃない。寧ろ自己管理が出来てて凄いなって思ったくらいだ。多分俺なら風邪引いててもそのまま動き回りそうだし」
「・・・・・・それは流石に周りが許さないかと」
「そりゃそうか、きっとアデルの野郎が鮮やかに意識を刈り取ってくるな」
簡単に想像が付くな。それで無理して迷惑かけそうだから、俺はクインの判断を素直に尊敬してる。
「それで、どうしたんですか?わざわざ部屋まで来るなんて」
「うーん、親切の押し売り?珍しく空気を読んでそっとしてたけど、俺の残念な頭じゃ悩んでも上手くいく気がしなくてな。だから本人から話を聞きたくなった。もちろんクインに無理強いする気はないからな?」
「無理強いなんてそんな・・・・・・寧ろ私の方が申し訳ないです。また貴方の優しさに甘えてるんですから」
お、おう?クインにとっての俺って優しい、のか?自分目線だと全然そんなことないんだけどな。
まあ変に茶化して話の腰を折る訳にもいかない。冷める前にココアを飲み干してから、しっかり話を聞く姿勢を取る。
「・・・・・・此処最近、少々自信を無くしてしまいまして。今後のことを考えれば私には自主性と、貴方の不興を買ってでも護る姿勢が必要なのに。分かっていても中々身に付かなくて自己嫌悪してしまいました」
「あー・・・・・・分かってるのに出来ないのはもどかしいよな。俺は俺を肯定してくれながら具体案を出してくれるクインを信頼してるけど。それだけじゃ足りないのか?」
「ええ、これから貴族となるカーツさんには様々な思惑が舞い込むでしょう?【浄血】と誼を得たい貴族や、利益を奪おうとする者。何より、【浄血】を敵視したりこれ以上の増長を抑えたい人間の悪意から貴方を護る責務が私にはあります」
・・・・・・・・・・・・おぅふ。貴族のしがらみについて何となーく考えたことはあったけど、いざ具体化されると凄く面倒だなぁ。
でも考えりゃ当然か。こうして呑気に話せてるのは偶然と奇跡の産物な訳で、普通の人にとっては文字通り雲の上の存在だ。
取っ付き易そうなのが現れたら利用しようって奴は出てくるのが自然だよな。完全に失念してたわ。
「いや待て、何でそれがクインの"責務"なんだよ?そりゃこれからも山ほど頼ることになりそうだけど、本来は本人である俺の責任だろ」
「もしカーツさんが正規の手続きで貴族になったのなら、おっしゃる通りです。しかし今回の件はあくまで【浄血】の都合が発端ですから、我々が担うべきでしょう。御当主さまもカーツさんには、他のことを優先してほしいと思いますよ」
そう言われると反応に困るなぁ。技術を見込んで囲い込んだ奴が、本職以外に専念してちゃ本末転倒だからな。それに付け焼き刃でどうにかなるとも思えないし、後見人に任せるのが一番安牌なのは同感だ。
とはいえ急拵えはクインも同じだろう。やっぱり責任をおっ被せるのは筋が違うんじゃないか?じゃあどうすれば良いかってのは、上手く言葉が纏まらないけど。
「・・・・・・つまり、急な環境の変化に不安を感じてたってことか?クインの言った未来予想だと自分から、しかも全然経験がないのにガンガン動かなきゃいけないんだから当然だよな」
「そう、なんでしょうね。これまでは与えられた指示と仕事を、ただ無感動にこなしてきただけですから。言われてみれば何もかもが異なりますね」
いやいや、クインにとっちゃクソもクソな環境で文句一つ言わずに務め上げてきたんだろ?俺にはとても真似出来そうにないんだけど。
それはそうと、自然っていう無感情な存在を相手にしたルーティンワークから、人間の悪意と作為に真っ向から対立する日々に変わる予定なんだよな。
確かに対照的だ。【
「ふむ、じゃあ自分の待遇が急に変わったことへのモヤモヤとかはどうだ?あるいは、その───じ、自分の身体についてとか」
「・・・・・・ああ、なるほど。やっぱりカーツさんは優しい人ですよ。でもどうなんでしょう?待遇を気にするほど自分に興味を持ったことがありませんし、身体のことについても同様ですね。まあ自覚していないだけかもしれませんけど」
お、おう。意外とその辺ドライなんだな。まあ本人の言う通り、痛みやショックを自覚出来てないだけかもしれないし油断は禁物だが。
自己肯定感を育める環境じゃなかっただろうし、感情が不安定になったり抑圧してた物が溢れたりしないか心配だった。今のところはそういった兆候はなさそうだな。
ただこういうのって、後から急に湧き上がったりするって聞いたことあるんだよな。貴族の右腕(と書いて俺の尻拭いとも言う)もきっとクインなら如才なくやってのけるだろうし。
未知の体験を上手く乗り越えた経験ってきっとクインの自信にも繋がると思う。その時に今までを振り返ってダメージ受けたりしそうで心配だ。もしそんな時が来たら、酒でも片手に思う存分吐き出させよう。聞き役なら任せろ。
「まあそっち方面で気に病んだりしてないのは少し安心した。ほら、落ち込んだ時って何でも悪く捉えがちだし。寧ろそこで自分が不甲斐ないって思えるクインは凄ぇよ」
「ふふ、ありがとうございます。カーツさんにそう言ってもらえると、少しだけ自分のことが好きになれそうです。身体のことについては、
「まあそれが目的で囲われてるんだしな。取っ掛かりは掴めそうだし・・・・・・あ、そうだ。次の休みに教会へ行く予定なんだけど着いてきてくれるか?」
話を総合すると未知への不安や自信のなさが悩みらしいから、必要なのは行動だろう。俺は社交とか全然興味ないし、セレストゲイルも俺が表舞台に立つのは本意じゃないだろう。
だから焦らず一緒に勉強していけば良いんだよ。どうせ俺はこの世界の常識とか疎いってレベルじゃねぇんだし。今の時点でも正直、『カーツさんは私が着いてないとダメですね!』って言えるくらい世話になってるし。
まあその辺は追々・・・・・・おっともう一つ忘れてた。もし聞けなさそうなら後回しにする予定だったけど、クインの様子を見るに聞いても問題ないだろ。
「なあクイン、もし俺がこの先無事【浄血】の問題を解決したとして───どっちになりたい?」
「・・・・・・・・・・・・はい?」
「いや、無いものを生やすにしても俺が勝手に決める訳にはいかないだろ?普段のクインって品行方正で俺を立ててくれるけど、スケルトン退治の時なんかかなり男前なことしてくれたよな」
あの時は危うく、存在しない筈の乙女心が爆発するところだった。エスコートとかの所作もスマートにこなすんだよなクインって。
「せっかく頭痛の種を治したってのに、自認と違う性別になったら後で問題になるだろ?自分に興味ないって言ってたから難しいだろうけど、ちょっとは考えて───クイン?おーい、クインさーん」
「───わ、私が夫?あるいは妻に・・・・・・??いや、でも、それは・・・・・・しかし・・・・・・・・・・・・きゅぅ」
「わーっ!?クイン、しっかりしろー!!」
頭から湯気が出たと同時に気絶しやがった!?しまった、この話題はちょっと早過ぎたか!!