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───話は【迷宮氾濫】が発生したときまで遡る。カーツ達が命懸けで騒動の解決に動いている間、ハンスが行っていたのは避難誘導でもなければ溢れ出た魔物との戦闘でもなかった。
「は、ははっ・・・・・・やっぱり俺様はツイてるぜ!!まさか代官さまの屋敷がもぬけの殻とはなぁっ!」
彼はこのどさくさに紛れ、迷宮街の管理者が逃げたのを横目に不法侵入と洒落込んでいた。目的は勿論、自身の罪状を示す書類と隷属契約の破棄である。
「───これでよし。こうして暖炉で燃やしちまえば俺を縛るものは何もねぇ。きひひひ、これで俺は自由の身だが、それだけじゃ足りねぇな。散々コキ使ってくれた見返りを貰わなきゃ割りに合わねぇ・・・・・・!」
もしこのタイミングでさっさと逃げていれば、この後待ち受ける"悲劇"を回避出来たかもしれない。しかし屋敷の中に放置された金銀宝石を前に、ハンスの欲望は容易くなけなしの理性を決壊させた。
キャビネットに安置された瀟洒な酒盃に銀細工、私室のクローゼットには指輪や非常用の魔導具。探せば探すほど見つかるお宝に、ハンスは火事場泥棒に没頭し続けた。
「さて、と。こんだけありゃ当分食うのに困らねぇな。いや待てよ、コイツを持って村に帰るのも悪くねぇな。俺の
下衆な皮算用を中断しても、無駄に飾り付けられた扉はびくともしない。家主が戻ってくる可能性に今更気付き、扉を破壊してでも出ようとする。しかし取っ手を掴もうとした手が何故か宙を掻いたことで、
「・・・・・・・・・・・・へ?あれ、どこいっちゃったんだおれの手」
呆然と呟いた口元へ、"ドス黒い何か"が覆い被さる。突然の自体に抵抗する暇もなく、ハンスは標本の蟲が如く床へと縫い止められた。
「───あー、よかったぁ。とっくに誰も居ないと思ったのにぃ。やっぱり日頃の行いって大事だよねぇ?」
「むごっ!?ふ、がぼぼぼっ!!」
ハンスは目の前の光景が信じられなかった。突然屋敷に現れた不定形の存在、そしてソレに大事そうに抱えられた
必死に現実から逃れようと踠くが、唯一の拠り所であった"冒険者としての暴力"は彼を救ってくれなかった。そんな無様を"蛇"は愉快そうに嗤って眺めている。
「そんなに不思議かいぃ?首を斬ったくらいで死ねるならさぁ、僕は数百年も活動出来やしないよぉ。まあ死にかけなのは事実だけどねぇ」
「───っ!?───っ!!」
「んー?何で、どうやって此処に来たのかってぇ?そりゃ管理者は僕たちの共犯者でぇ、僕は迷宮をある程度自由に出来るんだよぉ?抜け道の一つくらい用意するでしょぉ。疑問が解けてよかったねぇ?それじゃ───いただきまぁす」
どろり、そう音がするように生首が黒い粘液の中へと溶ける。そのまま不定形をレールのように伝い、強制的に開かれたハンスの喉へと零れ落ちていく。
何が起きているか、ハンスには何も分からない。ただ喚き立てる本能に従い、全身全霊で抵抗するも魔人となった男に通用する訳もなく。
泡を吹いて痙攣し倒れたハンスは、やがて目を覚ましゆっくりと立ち上がる。しかしその表情は全くの別人となっていた。
「『───ん、ん〜・・・・・・。ふふっ、やっぱり
喉は一つしかない筈なのに、音は二重に絡まっていた。しかし喉をマッサージしながら発声していくうちに、身体の持ち主と同じ音のみに変わっていった。
「さて、暫くはお休みするしかないなぁ。となると喋り方も変えないとねぇ、今度はもっと万人受けする方向でやってみるか・・・・・・」
まるで人が変わったように話し方が変遷する。粘ついた陰湿さから、爽やかで男らしいものへ。姿見を参考に手慣れた様子で身嗜みも整えていく。
「───ま、こんなものか。せっかく無名の身体を手に入れたんだ。素質もまあ悪くないし・・・・・・真面目にやってればそこそこやれてたのに勿体ないなぁ」
こうしてハンスは生命と共に尊厳すら奪われた。新しい顔と名前を得た"蛇"は、次の遊び場へ赴く計画を一人練るのだった・・・・・・。
◇
「───とまあ、そういう訳なんだよねぇ。北部の新星ハンスの正体はぁ、何と死んだ筈の"バシュム"くんなのでしたぁ!ぱちぱちぱち〜」
「・・・・・・」
・・・・・・正直、予想はしてた。あの吐き気すらする腐臭のような【呪詛】には心当たりしかないし、どう考えてもハンスとは行動が似ても似つかなかった。
それでも動揺は隠せない。散々嫌な目に遭わされたとはいえ、死んでほしいと思ったことはない。俺に関わらない場所で、他人の迷惑にならなければそれで良いと思ってたから。
「───この外道が。殺すだけじゃ飽き足らず、クソとはいえ死人の尊厳まで弄びやがって・・・・・・」
「ええ、まったく同感です。貴方は此処で必ず滅ぼします。まさか生還していたとは思いませんでしたが、そのような無茶何度も行えはしないでしょう?」
クインもウォルフも敵意全開で、今にも襲い掛かりそうだ。まあ俺も同じなんだけどな。
誰かの身体を奪えると分かった以上、何が何でもコイツは殺さなきゃならない。大切な仲間や味方に成り代わられでもしたら最悪だ。
「おっと、勘弁してよぉ。ご明察の通り今の僕はぁ、本調子とは程遠いんだからさぁ」
「・・・・・・何処まで舐めてんすか?それとも誘ってやがんのか」
「まっさかぁ、でも良いのかいぃ?さっきはああ言ったけどー、砦の中にはまだ生存者が居るんだよねぇ。もちろん呪詛塗れなんだけどぉ」
・・・・・・はっ?
「さあそこで選択肢だぁ。一つは此処で僕たちをやっつけるぅ。まあ今の君たちなら殺せるかもだけどさぁ、砦の生き残りは全滅だねぇ?」
「・・・・・・くそったれ」
「君たちが砦で大人しくしてるならぁ、僕も潔く撤収するよぉ?あ、"お祭り"に向かうって手もあるねぇ。まあその場合は遠慮なく悪巧みさせてもらうけどぉ?」
俺も悪態が付きたくて仕方がない。実質選択肢なんて無いも同然だ。だけど敷かれたレールに従うしかない。
何度も繰り返すが、此処に居る人材は文字通りこの国の命綱だ。助けられる生命を取り零すなんて許されないんだ。
「おいおい、俺が身体張って稼いだ時間は何だったんだよ」
「お疲れぇ"コアトル"ぅ♪まあそのお陰でこうしてダメ押し出来たんだからぁ、言いっこなしだよぉ」
「・・・・・・クイン、戻ろう。一人でも多く救わないと」
歯を食いしばってその場を離れる。意識を切り替えろ。コイツらを相手してられない以上、此処に居る意味はもうない。
「もう行っちゃうのぉ?少しは感謝してくれても良いんだけどねぇ。これで君たちの悩みのタネも消えるんだからさぁ」
「・・・・・・相手は最凶の【浄血】ですよ?直接対決を避け続けたにしては随分強気ですね」
「強気にもなるよぉ、あの爺さんのことだから多少意地は見せるだろうけどねぇ───相手が悪過ぎる」
最後の一言には、ほんの少しだけ寂寥感が混ざってた。まるで長い付き合いの知人を見送るような、不幸な事故を悼むような響きだった。
「───まあ不幸なのはこっちもだけどねぇ。生まれだけで『大蛇衆』になったヤツとかぁ、要らないヤツは生き残れないだろうしぃ?こっちも半分くらい死ぬと思うよぉ」
「・・・・・・にしては気楽っすね。自分も殺されかけたってのに」
「その分燻ってたのが上がってこられるからさぁ。世代交代って大事だよねぇ?ああ、そっちは出来そうにないんだったー失敬失敬ぃ」
捨て台詞を残して"バシュム"は撤退した。"コアトル"もいつの間やら居なくなってるし。
気になることが多過ぎるけど、今は考えてても仕方ない。目の前のことに集中しよう。
「───酷いっすねこりゃ。取り敢えずまだ息があるヤツを集めてくる」
「私は風を使って【触媒】を配置します。カーツさんは治療に専念してください」
「分かった、任せろ・・・・・・!」
砦の内部は凄惨だった。誰一人として身動き出来る人が居なかった。護衛の防人さんや冒険者、治癒士に至るまで全員が倒れ伏していた。
最優先は解呪が出来る治癒士さんの治療だ。『迷宮騒動』のときイーグレットさんから渡された"対策"を処方していく。
その後は彼ら彼女らの治療が間に合うよう延命措置だ。クインが【触媒】を設置し終わってすぐに取り掛かった。とにかく体力の維持と呪詛の停止に全力を注ぐ。
「───カーツ殿、魔法の行使はもう充分です。生存者の治療は全て完了しました」
「・・・・・・ふぅ、お疲れさまでした。二人もお疲れ、助かったよ」
とても外を気にする余裕もないくらい、全力で対処に当たった。それでも助けられた人はそう多くなかった。
治癒士にも多数の犠牲が出た以上、教会は今後協力体制を見直すかもしれない。【浄血】が安全を保証出来なかったという事実は、それだけの衝撃を齎すだろう。
「───うぉっ!?だ、大丈夫かクイン!!」
「はいっ!ウォルフさんと様子を見て回りますので、カーツさんは皆さんと此処に!!」
暗い予想に沈んでいたところを、一際大きな爆音と振動で揺さぶられる。窓から外を窺うと、空を焼き潰せそうな"焔のカーテン"が広がっていた。
その衝撃を最後に紅い雲が晴れていく。煌々と照らす陽の光が、被害の深刻さを詳らかにしていく。
「───終わった、のか?結局俺たち・・・・・・いや、俺は何も出来なかったな」
オニキスフレアの脅威も『災害』についても、俺にやれたことは微々たるもんだ。圧倒的な暴力と状況に流された結果で、こうして俺たちが無事だったのもこの絵図を描いた奴の気紛れでしかない。
・・・・・・正直、自惚れてた。強敵を退け格好良く事件を解決したことで、自分が主人公にでもなった気でいた。目の前に横たわる、物言わぬ冷たいヒトガタが嫌でも自覚させてくれた。
「───それでも、やれるだけのことをやりました。まずはこうして生き残れたことを喜びましょう」
「そうそう。生き延びた奴が辛気臭いなんて、死んだ奴に失礼っすよ。反省は全部終わってからでも遅くないだろ?」
「・・・・・・・・・・・・ああ、本当にな」
戻ってきた二人がそう言って励ましてくれる。その言葉に感謝しながら、それでも湧いてくる自責の念を必死に呑み込んだ。