第六十八話
『災害』の終了からはや3日、どれだけ急いでもそれだけの時間が経った。【浄血】の皆さんは免疫能力も弱いらしく、些細な外傷でも残しておけないため完治まで面倒を見ることになった。
既にヒュアランレインの女当主とアガットランドの次期当主は城砦を去っている。残った面々も大慌てで帰還の準備をしているなか、俺とクインはアデルの案内で一等豪勢な一室へ招かれていた。
「───御足労感謝する。死に損ないの我が儘に耳を貸すとは、貴様らも随分と酔狂だな」
「・・・・・・呼び出しておいてその言い草かよ。それより、随分感じが変わったな」
声を聞くまでは誰か分からなかったくらいだ。まず顔の半分が焼き潰され、ローブの上からじゃ両腕の質量が感じられない。だけどそれ以上に変わったのは爺さんの雰囲気だ。
世の中の全てに憤り、威圧せんとした覇気が微塵もない。それは力を失ったことによる諦観からか、それとも他に理由があるのか俺には分からないが。
「それで何の用だ?俺たちの役に立つ話なら嬉しいんだけど」
「ふっ、随分態度が大きくなったな。年寄りを労わらんか」
憑き物が落ちたみたいに穏やかに笑ってやがる。もしそっちが最初からそういう態度だったなら、俺たちだって協力関係を持とうと思っただろう。
実際に今こうしてお喋りに興じてる訳だしな。本当に人間関係ってのは単純じゃない。
「労ってもらえるような間柄かよ?俺としちゃもう会うこともないだろうし、アンタからどう思われようが関係ないから遠慮もしないさ」
「・・・・・・ああ、そうだろうな。儂等は遠からず滅ぶ。儂等───いや儂のエゴが生んだ自業自得よ」
「否定はしないけど、アンタなりに正しいと思ってやったことだろ?自分一人の所為なんて、それこそ傲慢ってモンだ」
そりゃ百年以上生きた怪物にしてみれば、現役の防人なんて赤子同然だろう。でもだからって何の意見も出さず唯々諾々と従うのは話が違う。このジジイに全部任せきりなオニキスフレアだって同罪だ。
「───気遣いは感謝するが、その言葉を受け入れる訳にはいかん。他ならぬ儂だけは───【浄血】の栄枯必衰を実感出来る唯一の存在である儂だけはな・・・・・・」
「・・・・・・それで、俺達を呼んだ理由は?」
「うむ、儂等は滅ぶ。いや滅びねばならない。他の【
当主関係がさっさと引き上げたのはそういう事情か。まあ冷徹だが妥当な判断だろうな。
今ならまだオニキスフレアだけを【浄血】から切り離してしまえる。他の御家も手がお綺麗じゃないだろうが、散々非難されたこの家よりはマシだろう。
【浄血】の名を穢した裏切り者として、貴族に迎合し切り捨てる。寧ろ下手に庇えば【浄血】全体の評価を更に落としかねない。理屈としては分かる。俺は絶対同じこと出来そうにないけど。
「───だからこそ、この世から去る前に遺さねばならん。儂が見てきたもの、懸念するもの・・・・・・そしてこの目で見たものを」
「ああ、それは俺たちにとって一番欲しい情報だ。今のところ、【
その為にわざわざ時間を作って、会いたくもないジジイのとこに来たんだ。結局"コアトル"と"バシュム"の所為で俺たちは完全に蚊帳の外だった。
【
「もちろんタダとは言わねぇ、アデルとも下話はすませてある。無茶な要求でなきゃこっちも聞く準備はしてる」
「ほう、それは結構な話だ。だがその前に───」
───パチンッ。そんな軽い音が首筋の傍で鳴った。万一のため入室前に張っといたバリア目掛けて"何か"が接触した音だ。
振り返って先には、焦げ臭い臭いとペンで描いた線みたいな跡が残されてた。射線上にあった水差しが溶断してるところを見るに、ひと1人殺すには充分過ぎる威力だ。
「・・・・・・再起不能になったって聞いたんだが?」
「その通りじゃろうが。この程度の
確かに息は荒いけどさ・・・・・・魔法を編み上げる速度、それでいて威力も充分。そして見てからじゃ防御が間に合わない隠密性。
同じことが出来る魔法使いがこの国に何人居ることやら。言うまでもなく俺は出来る気がしない。
「───ジグムント翁、幾ら何でもお戯れが過ぎるかと」
「この程度で死ぬようであればどの道生き残れん。悪用されるくらいであれば死なせてやるのも慈悲であろう」
「・・・・・・一回死に掛けたくらいじゃ性根は直んねぇよな」
もう帰って良くないか?駄目か。仕方なく殺気立つクインの袖を引っ張って静止しよう。余計なドンパチしてる暇ないし。
「───あの若造はそれ以上に早い一撃を余裕で凌ぎおった。今の貴様達では対峙した時点で死ぬしかあるまいよ」
「・・・・・・どんだけだよ」
「彼奴を人間だと思うな。全盛の【浄血】を知る儂ですら、あれほどの練度は見たことがない。いや、もはや既存の魔法技術なのかすら疑わしいな」
規格外なのは散々聞いてるよ。とはいえこの無茶苦茶っぷり、一瞬俺の"同郷"かもと疑ったけどやっぱ無いな。発想や教養はともかく、俺の前世に魔法なんて存在しないからな。
常識外れは出来ても練度で追い抜くなんて不可能だろう。となると・・・・・・俺の前世とはまた別の異世界からやってきた、とかか?
「その痴れ者とは会話なされたのですか?」
「うむ、儂と違い若造には余裕があったからな。それでも全力は出させたつもりだが・・・・・・まだ手の内があるとは思いたくないな。碌な準備もせず攻めてきたのなら尚のことだ」
ああ、それは"コアトル"も言ってたな。あの作戦は急にぶっ込まれたんだって。その話を振ってみたところ、爺さんもうんうん頷いてる。
「彼奴が行動に移した理由は二つあったそうだ。一つは気に入りの玩具───恐らく貴様のことだろうが、横取りを企んだのが不愉快だったらしい」
「・・・・・・ゾッとしねぇな。もうイカれポンチに目ぇ付けられてんのか。そんでもう一つは?」
「どうやら儂の耳に届いてはならぬ情報が届いたようじゃ。時期的におそらくヴィブギヨルの外の件じゃろうな───『僕のお遊びを邪魔するな』などと吐かしおったわ」
なるほど、流石形振り構わず突っ走ってただけはある。国内だけじゃなく、外国にまで手を伸ばしてたのか。
それで肝心の内容についてだが、爺さんは喋ろうとしない。モゴモゴと口を動かすだけで音になってないし、こんな時に何やってんだ?
「───"呪い"ですか。まさか、オニキスフレア当主の魔法耐性すら凌駕するとは」
「察しの良さは貴様の方がマシらしいな、"蒼"の小童。お陰で話が早いのう」
「・・・・・・悪かったな、察しが悪くて」
じゃあ結局そのイカれについては碌に情報がないまま、か。分かっちゃいたが、中々尻尾を出しやがらねぇな。
・・・・・・いや待て、諦めるのはまだ早い。確か防人さんが気になること言ってたな。
「そういえば、何でソイツはアンタを殺さなかったんだ?最低限の口封じはしたみたいだけど、完全勝利を喧伝するのなら生かしとく理由なんてないよな」
「はっきり言いおるわ、当事者に向かってぬけぬけと・・・・・・気を失っておった儂にも真意は分からぬ。だが恐らくは───貴様等の
・・・・・・もしかしてバレてる?そうなると今度は俺たちが口封じしなきゃならないんだが。
「先ほども言ったが、儂の情報網を舐めるなよ?とはいえ、詳細は知らなんだが。あのセレストゲイルが───よりにもよって、家訓に忠実で嘘の付けぬ
「・・・・・・そういうことなら、御当主さまの人を見る目も捨てたもんじゃないな」
道理で爺さんに対して脇が甘かった訳だ。『政治に関与しないセレストゲイル当主が情報統制を行った』って事実こそが最大の牽制だったってことか。ジジイの焦燥が予想以上過ぎてあんまり機能してなかったけど。
「ふっ・・・・・・彼奴が最後に放った魔法によって結界が破壊され、本来であれば大量のマナが国中に散る大惨事になる筈であった」
「マナを大気や物質から分離させる魔法って聞いてたが・・・・・・そんなヤバいことするつもりだったのか」
それってつまり、マナの濃度を増やして『災害』が起きやすくするってことだろ?ただでさえ防人の数が減ってるんだから、最悪『浄化』が間に合わなくなるぞ!?
「───でもそうはならなかったんだよな。何があったんだ?」
「うむ・・・・・・あり得ない話なのだが、破壊された結界の向こうから気配を感じたのだ。恐らく彼奴と儂、それと『盟主』のみが───
──────それって、まさか・・・・・・。調整とやらが終わったのか?それとも、大量のマナが弾け飛ぶのに影響されたのか。
今すぐにでも王都に帰りたい衝動に駆られながら、内心で歯を食いしばって話の続きを待った。