ずっと感謝を伝えたい、恩を返したいと思ってた相手との邂逅。本来ならもっと時間を掛けて、これまでのこととか色々話し合いたいってのが人情だろう。
だけど残念なことに、時間は待ってなどくれない。しかも著しく回り始めた歴史の歯車はとんでもなく無情で残酷だった。
「ドーモ、仕立テ屋デス」
「ドーモ、宝石商デス」
「ドーモ、家庭教師デス」
「ドーモ、貴族教養ノ講師デス」
「ドーモ、垢スリ職人デス」
「 」
タイムリミットが1ヶ月を切ってるんだ、そりゃあ俺の予定なんて詰め込めるだけ詰め込まれる。ご当主直々に頭を下げられ、泣く泣く【
いやぁ、生まれて初めて
「ぶへぁ・・・・・・」
「あちゃあ、今日はいつも以上に凄い有様だね」
「これで身体的には健康そのものなんですから、人体って不思議ですね・・・・・・はい、こちらの氷菓子をどうぞ」
正直俺のメンタルがまだ保ってるのはこの二人のお陰だ。それぞれ講義に付き合ってくれたり、合間合間に世話を焼いてくれてる。
「あ"ぁ"〜、疲れ切った頭に沁みるぅ。ありがとなクイン、それからカー・・・・・・じゃなかった。
「私に出来ることはこのくらいですから、何かご要望があれば何でも言ってください」
「全然しんどくないよ?寧ろ色んなこと教えてもらえて楽しいんだ。クインさんも手が空いてる時は勉強見てくれるよ!」
ああ、朗らかな笑みから活力が貰える。そうだよな、ハンスのところじゃ勉強どころじゃなかったもんな。俺の分まで健やかに育ってくれ・・・・・・デスマーチは俺だけで良いんだ・・・・・・・・・・・・。
どうやらクインとも良好なコミュニケーションが取れてるらしい。クインが自分から動こうと頑張ってくれてるお陰で、カーツ少年改めノア少年も話し掛けやすいんだろう。
ちなみにノア少年の名前だけど、安直ながら某方舟の主が由来だ。苦難の先に祝福と新天地を得られますようにって願掛けだ。幸いというか、異世界だから特に突っ込まれることなく受け入れられた。
「───失礼致します。お休みのところ申し訳ありませんが、カーツさまをお呼びに参りました」
「・・・・・・もう時間か。じゃあ逝ってくる」
「あ、あのカーツさん?微妙に言い方がおかしかった気がするのですが・・・・・・??」
残念ながら気のせいじゃないんだクイン。今だけの辛抱だって理解しててもこの強行軍はしんどいんだよ。だって食事すらレーションみたいな簡易食で済ませてるレベルだぞ。
特に厄介なのが貴族教養の授業だ。生まれも育ちも、ついでに前世も合わせて純度100%平民な俺に貴族の事情なんて未知の世界だ。完全に初見だし参考に出来る記憶も皆無。一番ストレスの多い内容だ。
その次に大変なのが垢すり職人だ。どうやら『天職』の能力を使って田舎臭さを抜く職人さんらしい。本物の貴人は肌の色艶からして別物だから、様々なやり方で貴族っぽい肉体に仕上げていくんだとか。
「・・・・・・その代わり、皮膚や普段使わない筋肉が死ぬほど痛いんだよなぁ」
「ああ、垢すり職人の件ですね。本来であれば僅かな違和感程度らしいのですが、かなり詰めた予定の為に痛みが出ているとのことです。カーツさまにはご負担をお掛けします」
「気にしないでください、独り言が口から漏れただけなので。それじゃ気を取り直して頑張りますか」
執事さんとそんな会話をした後、教室代わりの部屋へと入室する。今からやるのは家庭教師さんの授業だ。
数学や文字の読み書きは前世知識とこれまでの経験からある程度着いていけてる。頭が痛いのは王都貴族の政治力学だ。
「シトリン伯爵家は第一王子派、モリオン子爵家は中立派。クォーツ一族は───うわぁ、バラバラだ。覚えるのが面倒臭ぇ・・・・・・」
「何ですかその呼称は?貴族の家名は生命より重いのですぞ」
「うっ、すみません。ローズクォーツ子爵家、レモンクォーツ子爵家、ファントムクォーツ伯爵家・・・・・・似た名前の貴族が多くないです?」
「それはそうでしょう、彼の方々はアイスクォーツ公爵家から別れた分家なのですから」
やっぱり一族じゃないか・・・・・・まあ名前を間違えたら物凄く面倒になるし、ちゃんと覚えておくのは賛成だけど。
名前だけでなく派閥や家同士の繋がりとかも覚えなきゃいけないし大変だ。王都の令息にとっちゃ基本教養なのかもしれないけど、正直尊敬するわ。
「カーツさまは編入組というだけでなく、地方の新興貴族。少しでも隙を見せれば厄介なことになります。急拵えといえど、手を抜く訳には参りません」
「うぐぐ・・・・・・まあ助け合える親戚も居ない訳だし、身一つで何とかするしかないですもんね。俺の失態だけでなくセレストゲイルの迷惑にもなりますし」
「重要性を理解していただけて何よりです。貴方は敬語がある程度形になっていますし、教え子としては中々ですよ。少なくとも、親の威を狩る頭の軽い後継ぎよりはよほど・・・・・・」
「は、ははっ・・・・・・」
先生の怨念籠ったぼやきをスルーしながら授業を進める。予定の時間を過ぎれば、次は垢すりの時間だ。
「あだ、痛たたたっ!!?」
「すみませんねぇ、普段は半年ほど掛けて施術するものですから。一月なんて注文滅多にありませんのよ?」
垢すり職人さんはふくよかなご婦人だった。ただ見た目は人好きそうな人だけど、俺がどれだけ痛がろうと施術に乱れは全くない。
しかも腕っ節もかなりもので、俺を上から片手で抑えつける剛腕ぶりだ。もちろん迷惑にならないよう多少自重してるとはいえ、冒険者相手に大した職人さんだ。人は見かけによらないな。
「はい、此方をご覧ください。鏡型の魔導具で記録したお姿ですが、見比べてみると結構違いますでしょう?」
「・・・・・・本当ですね。文字通り垢抜けたというか何とというか」
恐るべしスキンケアの威力。冒険者稼業で傷んだ髪や皮膚が見違えたように綺麗になってる。まるでテレビで見たアイドルみたいな化けっぷりだ。
こうしてみると、やっぱりカーツ少年って整った顔立ちだよな。自分の顔だったら何も感じなかったろうが、元はノア少年の顔だから遠慮なく褒められる。普段芸術品レベルの顔を間近で拝んでるからよく感覚バグるけど。
「しかし冒険者さんは忍耐強いのねぇ。昔一度だけ同じくらい無茶したけど、もう止めてくれって泣いて縋られたわ」
「そりゃこんなに痛い思いを毎日ですからね・・・・・・というか一体どんな依頼だったんですか」
「───知りたい?」
「いいえ結構です俺が悪うございました!」
やっぱ王都は魔窟だわ・・・・・・興味本位で覗いたら火傷じゃすまなさそうだ。それはさておき、自分磨きが済んだらお次は着ていくものだ。まあそっちはオークス商会さんにお任せしたからそんなに大変じゃなかった。
値段については相変わらず見ないフリだけど。今回は強行軍の報酬って自分に言い聞かせてる。実際精神的な負担は正直『迷宮騒動』並みだしな。
───とまあそんな感じで、大変なスケジュールをひいひい言いながら必死に熟す日々が続いた。途中から記憶が曖昧だったけど、そうこうしてる内に王立学校へ編入する日がやってきた。