───自分語りの趣味はないので、過去だの何だのについては割愛する。重要なのは、私の物語に"余録"が生まれたという事実のみ。ならば私は自らへの報酬として、残りの時間を余生として過ごそうと思う。
しかしそうするには、私が落ちた世界は極めて不完全で歪つだった。まあ故郷が物理的に消滅してしまった私が言っても滑稽だろうが。なのでまずは、異世界DIYと洒落込もう。
差し当たって必要なのは、この世界における地政学的な知見。そして原生生物についての詳細だろう。幸い私が降り立った周囲には、魔力資源となり得るものが幾らでもある。有り合わせで作ったものでも交渉材料としては充分だ。
◇
───フィールドワークに1ヶ月も費やしてしまった。非常に後進的な社会インフラに目眩がしたが、これも得難い経験と自身を納得させた。お陰でそれなりの収穫もあった。
まず初めに、この未開の大地にかつてそれなりの文明があったのは間違いない。でなければ『災害』とやらでとっくの昔に人類は滅びている筈だ。
近場にある原生生物の集落を"駆除"して調査した限りでは、旧文明の遺産をシェルター代わりに生き残ってきたと推察出来る。しかしこれでは文明の再建など夢のまた夢だろう。
何せ『災害』は50年と経たずに発生してしまう。その度に地図が役に立たなくなるほどの被害が起きるのだ。生半可な魔導技術では塵芥であり、技術の積み重ねは困難を極める。私が住みたいのは終の住処であって、賽の河原では断じてない。
しかし嘆くだけでは何も変わらない。それに朗報と言うべき情報も手に入った。解剖調査で判明したことだが、原生生物には旧文明による"品種改良"の痕跡が見受けられたのだ。技術的には褒める余地など皆無だが、一から研究するより遥かにマシであろう。
まるで汚染区域に除染用の植物を栽培している気分だ。とはいえ自分好みの環境を創りたいならやるしかあるまい。
初期調査はここまでだ、計画を次の段階へ移行する。差し当たっては、私が改良するに値する素体集めを開始する。おそらく世界を巡れば片手で足りるくらいは見つかるだろう。
◇
───やはり母数の少なさは如何ともし難いものである。まさか大陸中を回って、本当に片手で足りる数しか集まらないとは想定外だった。
私が素体に求めた素養は、この無駄に濃い魔力を取り込んでも死なないだけの耐性。ただそれだけだ。『災害』を引き起こしている直接の原因は、過剰な【マナ】によるものだ。しかし根本的な原因は、魔力が世界に余り過ぎている事実にこそある。
【マナ】が魔力と生命力で構築されているのは周知の事実だ。だが私の世界では魔力がそもそも消耗品であり、【マナ】は発生した端から分解され消滅していた。大気中に溢れるなど考える必要すらなかったのだ。
しかしこの世界ではそういった機構が念入りに排除されている。理由として考えられるのは、人類の総数を調整するためだろうか。生命力が還元されなければ食糧も新世代も生産しようがないからな。
こういった人口統制は私の世界でも一時期流行った記憶がある。その経験から察するにこの世界の旧文明は、資源枯渇の危機に直面したことがあるのかもしれない。
そうして過剰なほど蓄えられた魔力と【マナ】が、結果的に『災害』を引き起こし旧文明を滅ぼした。おそらくそんなところだろう。原因が分かった以上、あとは対応するまでだ。
此処からは試行錯誤の時間だ。なるべく巻きで品種改良を行うつもりだが、どれだけ時間を浪費するかは現状未定である。腰を据えて掛からねばならない。
◇
───ようやく研究が実を結びつつある。大急ぎの急拵えだが、環境整備の土壌改良剤としては充分だろう。
彼らには特別に、私自ら名をくれてやった。『その"血"脈を捧げ私の理想郷へと世界を"浄"める』という由来なのだが、まあ勝手に都合の良い意味として捉えるだろう。しかし家名まで考えてやるなど、私は何時から慈愛の神に転職したのだろうか。
さて、とはいえ流石の私もそろそろ疲れた。元々草臥れた身体を取り替えるつもりだったが、この辺りで一度眠りにつこうと思う。
もちろん私の代行者は用意しておかねばな。目覚めた時に改善どころか悪化までしていたら、私は世界を滅ぼさない自信がない。
ついでに今までの功績も、全て代弁者に押し付けておくとしよう。原生生物に崇められて喜ぶほど酔狂でもないからな。寧ろ無駄な期待や理想を負わされるなど不愉快極まりない。
代弁者には【浄血】達を率いて、精々働いてもらわねばな。といっても難しいことなど何もない。この大陸中で魔法を使い、【マナ】の分解を促進するだけだ。
そのために態々、苦労して肉体改造に必要な魔導具を作ったのだ。ただ【マナ】を分解し続けても永遠のイタチごっこだからな。大雑把に見積もって1000年ほどでガタが来るだろうが問題ない。その頃には【マナ】もある程度削減されているだろう。
それぞれに備えた地・水・火・風との親和性。その因果を拠り所に世界と接続し、森羅万象へと溶けた魔力を消費し【マナ】の総数を削減する。これは原生生物には絶対に不可能な芸当だ。
・・・・・・まさか、その辺りを考えもせず排斥などすまいよな?そこまで原生生物が愚かとは断じたくないが、念の為代弁者にはその辺りの教育も引き継いでおこう。
それはさて置き、取り敢えず用意した生産体制であれば、大陸に余さず人員を配置することは可能な筈だ。状況を介さない野蛮人が現れたところで、私の作品ならば容易く殲滅出来るだろう。
そもそも【浄血】の助力抜きで国造りなど不可能だ。庇護者としても、暴力装置としても劣る原生生物に出来ることなどありはしない。
とはいえ余計な面倒を起こされても困る。原生生物に対しては毅然とした対応を取るよう、もう一度代弁者に言い含めておくとする。
◇
───いよいよ私が眠る日も近づいてきた。此処で改めて情報を整理しておく。
【浄血】には充分な才能を与えておいた。彼らなら私の為の掃除人として過不足なく働けるだろう。だが半端な状況で目覚めても興醒めなので、二つほど条件を設けておいた。
①大気中に存在する【マナ】の濃度が基準値を下回っている
②私が一生分の余生を過ごすに足る基礎文明が敷設されている
それに加え、何らかの理由で計画が続行不可能と判断されれば例外的に目覚められるよう設定しておくこととする。まずあり得ない話だが、念には念を入れておいて損はない。
しかしまだ足りない。私という"異分子"が存在する以上、同じ穴の狢に邪魔される可能性は想定しておくべきだろう。私は私の終作を『徒労』と名付けたくはないからな。
まず想定されるトラブルは異世界からの漂流物が齎らす混乱。これについては【浄血】ではなく別の組織に対応させよう。ちょうど【浄血】に使うつもりで余った素体がある。これに組織を任せ対処させることとする。
そしてこの組織には異分子の対処に加え、敢えて【浄血】と争う敵役も担わせるつもりだ。外敵の居ない生き物は退化するもの。それに二つの勢力争いに巻き込むことで、原生生物が余計なことをしないよう力を削ぐ意図もある。
これで大凡の事態には対応出来る筈だ。一つ懸念点があるとすれば、世界に溶ける私の因子が何らかのイレギュラーを起こすことだが・・・・・・それも代弁者に任せれば問題あるまい。
アレは私にとって素晴らしい傑作となった。そして私に似ず無駄に博愛精神に溢れてもいる。うっかり目覚めた私が根切りにしてしまわないよう、この世界のものを正しく整理するに違いない。
実際に【浄血】や原生生物が早くも『始祖の賢者』などと崇め奉っているそうだ。アレの成長速度は私の想定以上であり、イレギュラー如きがどうこう出来る存在ではない。
万一の保険として、私の研究成果を残させるつもりだが・・・・・・おそらく日の目を見ることはないだろう。第二の人生が始まるその日を、今から心待ちにしておこう。