───ヴィブギヨル王国の中心に聳え立つ、最も高く最も絢爛な白亜の城。王家と国政に身を捧げる直臣達の為に捧げられた王城は、しかし雲に覆われたような"燻み"を見る者に感じさせる。
ここ最近出入りするようになった集団の纏う"穢れ"がそう錯覚させるのだろうか。『反【浄血】』を掲げる反社会的組織ー【
既に城内の権力争いは大勢を決しつつある。第三王子が
自分達がある種軽視していた、第三王子という旗頭の庇護。それがどれだけ大きいものだったのか、実感した時にはもう手遅れであった。
「───ほんっとうに救うようのない連中だよなぁ?自分達が何で残して貰えてたのか、まるで分かってねぇ」
「放逐して目の届かない不穏分子化しないための"流刑地"、あるいは自分の手を汚したくない時のための"捨て駒の吹き溜まり"・・・・・・其処にすらしがみ付けない奴らに存在価値なんかあるかよ」
城内で尤も離れに存在する塔の最上階。魔導具で造られた堅牢な"人形兵"に監視された一室に、第三王子であるアーサー・ダイヤモンドは寝かされていた。
まるで眠り姫のように微動だにせず目を閉じている姿は、胸の上下が無ければ死体にしか見えないだろう。真っ白になった頬を慈しむように撫でるのは、かつて公爵令嬢でもあった一匹の"蛇"。
「本当にどうしようもない男だよ貴方は・・・・・・ガキの時からちっとも変わらない。ウチから何言われてもヘラヘラしてた癖に、腹括った途端、簡単に生命を賭けやがるんだからよ」
「──────」
「今は眠っときな、どうせ貴方の出番はもうないさ。ヴィブギヨルはもう終わりなんだよ・・・・・・いや、最初から詰んでたっていうべきか」
かつてはその隣りに返り咲きたいと、犯罪者集団に身を売ってでも叶えたいと思っていた。しかしかつて切望した景色を手に入れた今も、彼女の心は些かも晴れはしなかった。
裏社会に身を浸していたからこそ、フォウ・セレンディバイトはこの国の暗部に直面した。
「下手に大国だった所為で【
ただ都合が良いという理由で【浄血】に玉座を
もちろん真っ当な統治者も存在したが、寧ろ彼らの存在こそ神経を逆撫でしただろう。大陸中の『浄化』を使命とする【浄血】にとって、安定した統治が出来る貴族は重用すべき存在だからだ。
その結果出る杭を打ちたい中央の意向は悉く無視され、東西南北に門閥の雄となる大貴族が生まれることとなった。自分達は支配者などではなく、都合の良い頭飾りなのだと思い知らされ続けた。
「貴方はもっと知るべきだった・・・・・・大国として何不自由なく暮らせて、何故争いの種を蒔こうとするのか不思議だったんだろう?けどね、この国の独立心は
当代の"窓口"は第二王子派閥であったが、すぐさま第一王子派も接触出来たように【
遡れば初代ヴィブギヨル国王の時代から、王族の教育係に"蛇"は紛れ込んでいる。大国の君主とは何ぞやと意図的に矜持を肥大化させ、現実とのズレに苦悩させる。
そして地方貴族にも根を伸ばし、分断を煽り不穏の芽を育んできた。何が組織をそこまで駆り立てるのか、フォウは【浄血】と同じく劣化した組織から読み取ることは出来なかったが。
「───やはり此処に居たか、"ティアマト"」
「・・・・・・一応王族の私室なんですけどぉ?声掛けくらいしてもらえませんか、教主さま」
無遠慮に入室してきたのは、瀟洒な黒い法衣に身を包んだ老人であった。無数に刻まれた皺は年輪のように積み重ねた歳月を思わせるも、経年劣化を欠片も感じさせない巨躯が見る者を威圧する。
【
「"ティアマト"、西へ向かえ。間諜に手引きをさせるゆえ、カーツ・ユークレスを強襲し捕縛せよ」
「───ああ"?どういう風の吹き回しだぁ!?"ザット"や"バシュム"に好き放題させてたってのに、今更何言ってやがる!」
"ティアマト"の当て擦りに答えようとせず、淡々と次の命令を言い渡していく。しかしその内容はこれまでと矛盾するものであり、思わず彼女の語気が荒くなる。
「その"バシュム"が下手を打った。大人しく天災共の玩具になっておれば良いものを・・・・・・みすみす"鍵"を奪われた。捨て置くとは出来ぬ」
「・・・・・・あのバカ共はどうすんだ?ウチに飛び火くんのは御免だぞ」
「私から言い含めておく。死体でなければ構わん、早急に連れてこい」
"ティアマト"の表情が露骨に歪む。イカれ男二人に『獲物を横取りされた』と逆恨みされるリスクもさることながら、そもそも彼女は戦闘に秀でた『大蛇衆』ではない。
加えて魔導具を主戦力とすり彼女では、魔力の活動そのものを停止させてしまうカーツの魔法とあまりにも相性が悪い。寧ろこの世界で相性が良い者はある皆無なのだが、生身が貧弱な"ティアマト"は尚更であった。
「・・・・・・"コアトル"はどうしたよ?こういうのは筋肉ダルマの仕事だろうが」
「奴には他の仕事を申し付けてある。本来であれば"バシュム"に不始末のけじめを付けさせるが、アレは最悪"鍵"を壊しかねん」
「・・・・・・・・・」
「問答をしている時間はない。既にそちらが提示した盟約は果たした筈だ。祖の大望を果たす礎となれ」
チラリと寝台の君へと視線を逸らす。露骨なやり取りに思わず舌打ちするも、渋々"ティアマト"は了承した。
「・・・・・・チッ、面倒だがやってやるよ。待ち伏せ先は何処だよ」
「アガペレ修道教会、その分派である【天門僧衆】の総本山だ。奴らに辿り着かれては面倒になる。手遅れになる前に片付けろ」
言うべきことは済んだと、"ウロボロス"は早々に退室していった。その後ろ姿に中指を立てながら、気持ちを切り替えアーサーの枕元へと身を寄せる。
「・・・・・・きな臭くなってきやがったなぁ。もしかしたら貴方と会うのはこれで最期かもね。ばいばい、アーサー」
名残惜しそうに指を絡めたあと、未練を断ち切るように真っ直ぐ部屋を出て行った。"バシュム"に無理矢理作らせた薬によって、第三王子は長い夢と引き換えにあらゆる呪詛から護られている。
己の傑作である魔導人形も配備した。自分が裏切らない限りは、アーサーの安全は確保されている・・・・・・そう自分に言い聞かせながら、彼女は一人西部へと向かった。